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不良メイドと異世界の街々(1)


「すげぇ……」


 身体をゆったりと湯船に付けながら、サラはボヘっと風呂場の天井を見上げていた。

 温度は完璧、それどころか浴室はぼんやりと赤い明かりで覆われていて、自慢の尻尾もすっぽり浴槽に収まっていた。


「サラ! このシャンプー私のですから、勝手に使わないでくださいね!」


 ちゃぷちゃぷと尻尾で水面を打って遊んでいると、横の洗い場から聞き慣れた声が聞こえてくる。見れば、メイド長が妙に綺麗なボトルを片手にこちらを見ていた。


「しゃんぷぅ? なにそれ」


 縁に腕を置いて、ミアが持つボトルを覗いた。なにやら蜂蜜でも入っているような色の容器は、それだけで財産になるくらいに見える。

 サラに質問されて、ミアは頬を綻ばせた。


「そっか、そうですよね。サラはシャンプー自体知りませんよね。すみませんでしたよ」

「むっか、なにおう。あんた、ちょっと先輩だからって調子のんなよー」


 ことあるごとにこちらの世界の自慢をしてくるミアに、サラはぴしゃりとお湯をかける。それに「やめてください」と怒りながらも、ミアは得意げに胸を張った。


「シャンプーっていうのはですね、髪を洗うための石鹸なんですよ。これで洗うと髪はサラサラ、なんかいい香りがするんです」

「あー、それでか! あんた、なんか妙に色気づいた匂いするなって思ってたんだよ!」


 ザバリとサラが浴槽から身を乗り出す。亜人である彼女たちにとって、匂いは中々に重要な要素だ。あの蜂蜜のような淡い香りの正体を知って、サラはずるいぞとミアに抗議した。


「いいじゃんよぉ、アタシにも使わせてくれよぉ」

「い、いやですよ! 同じ匂いになっちゃうじゃないですか! それにこれ、結構高かったですしっ」


 ミアに拒否されて、ちぇーとサラは唇を尖らせる。しかし、ミアの言い方に少し引っかかって、サラは言葉を続けた。


「ん? ちょっと待って。てことはさ、それあんたが買ったの?」

「そうですよ? ……あ、そうか。サラお給料まだだから」


 言われてミアも気がついた。偏也にしては珍しく、給料の細かい仕組みをサラに説明していない。まぁ押し掛けたのは自分たちだし、明日にでも詳しい説明がありそうだが。

 とりあえず話しといてあげようと、ミアはふふんと鼻を鳴らした。


「実はですねぇ、このお屋敷では向こうの通貨とこちらの世界の通貨で、2種類お給料が貰えるんですよ。で、こうやってこっちのものを買ってもいいんです」

「な、なにそれずるいっ!」


 今度こそサラは上半身を全部お湯から出した。驚愕しつつ、そういえばとサラは最近の親友の言動を思い出す。


「あー! まさかあんたが見せびらかしてた水筒とかお菓子って!」

「にゃははは! こちらの世界のものですよ!」


 どんなもんですと笑うミアにサラは悔しそうに唇を結ぶ。しかし、すぐに悔しがる必要もないと気がついた。


「え? てことはさ、アタシもこっちで買い物できんの?」

「そりゃあ、できるんじゃないですか? ヘンヤさんがお給料払わないとかあり得ませんし」


 仕事や給金にはウルサすぎるくらいの雇い主だ。自分にあってサラにはないのは変だろうと、ミアは呑気に返事をした。

 それを聞き、サラの目がにわかに輝く。


「ま、マジかよ……てことは、あのコンビニってとこにも行けんの?」

「えーと、コンビニはスーパーの途中ですから、大丈夫ですよ」


 外出は、スーパーまでと固く言いつけられている。ミアはあまりコンビニには行かないが、確かにサラは好きそうだ。


「マジか。すげぇ、今日売ってたビールとか買っていいのか」

「ここまで来てお酒ですか。まぁ、サラらしいといえばらしいですけど」


 呆れたようにミアは笑う。コンビニに寄ったときも驚いてはいたが、それよりも偏也に買ってもらった缶ビールに喜んでいた。

 シャンプーで尻尾の毛を泡立たせながら、ミアはじゅるりと音を立てる。


「こっちの世界、美味しいものたくさんありますからねぇ。ほんと、いい職場に就職できましたよ」


 いい職場で済ますのもどうかと思うが、これ以上の待遇なんて世界中を見渡してもないだろう。数奇な自分の運命に感謝しながら、ミアは洗面器にお湯を張る。


「まぁ待遇いいんですから、その分働かないと。サラもさぼってばっかりだとクビになりますよ」

「さ、サボんねーし。……たぶん」


 サラの弱々しい返答に苦笑しつつ、ミアはタオルを泡立たせる。この不良メイドの先輩は、サボることにかけては天才的なのだ。

 しかし、明日から作業を分担できる。ミアは肩を重々しく動かしながら、やれやれと口を開いた。


「サラが来たおかげで、やりたくても出来なかった仕事とかできますし。助かりますよ」

「……ほんとあんたって真面目だよね。そんなに働いたら死んじゃうぜ?」


 親友に忠告を受けて、ミアはうーんと考え込む。どうせ働くならきっちりやりたいタイプだが、サラみたいなタイプからすれば変なのだろう。


「まぁ確かに。昔っから、サラと私のお給料が同じなのには納得いってませんでした」

「へへへ、上手いことやったもん勝ちってことさぁ」


 尻尾を揺らしながら得意げに語るサラを見やり、ミアはふふんと口元を緩める。

 ボーナスのことは黙っておこうと思いつつ、ミアは鼻歌交じりで身体の汚れを落とすのだった。



 ◆  ◆  ◆



「サラ、洗濯なんですけど、洗うのと干して畳むのとどっちがいいですか?」

「は? そんなの干す方に決まってるじゃん。なにあんた、洗うほうやってくれんの?」


 次の日、ニヤリと笑うメイド長の罠には気がつかず、サラは当然のように口を開いた。優しい後輩だと感謝して、サラはそれまでの掃除も引き受ける。



「にゃふふふーん。……ポチっとな」


 洗濯機のスイッチをポチリと押して、余った時間でなにをするかをミアは口元を緩めながら考えるのだった。


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