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竜の召使い(2)

「……なにこれ?」


 ミアの手元をサラは眉を寄せて見つめていた。

 得意げなミアはそのまま皿洗いを続けていく。あんなに頑固だった油汚れがみるみるうちに消えていくのを見て、サラは奇妙な表情でミアを見やった。


「え、ごめん。なにこれ?」

「にゃふふふー、すごいでしょう。ほら! しつこい油汚れもきゅきゅっと! きゅきゅっと一発ですよ!」


 どんなもんでいとミアは軽やかに食器を鳴らした。確かにきゅきゅっと鳴り響く音色を聞いて、サラは目の前のボトルを興味深げに持ち上げる。

 何色と言えばいいのだろう。緑色なのだろうが光っている。綺麗だがどことなく不気味だ。

 得体の知れない液体洗剤に、サラは不安そうな視線を送った。


「だ、大丈夫これ? 絶対身体に悪いよ。あり得ないもん。石鹸じゃないよ多分」

「大丈夫です! ヘンヤさんから貰った魔法の洗剤ですので!」


 ミアの鼻が再び広がる。魔法の洗剤と言われてもサラからすればちょっと恐怖だ。とりあえずよく濯いでおこうと、サラはじゃぶじゃぶとタライの中に皿を浸けた。


「……あんたってさ、炊事洗濯、買い出しに掃除と全部やってんだよね? それヤバくない?」

「そうですよー。大変で大変で」


 サラに言われ、凝った肩をミアはボキボキと鳴らす。昔から要領のよい後輩だったが、それはちょっと異常だとサラはミアの横顔を覗いた。

 なにせこの屋敷の大きさだ。部屋の様子を見るに手を抜いている気配はないし、どうやっているのだろうとサラは首を捻る。


「まぁ、サラもそのうち分かりますよ。そのうちね」


 含みを持った顔でミアがサラの肩を叩いた。得意げを顔面に張り付けたような表情に、サラは少々眉を上げる。


「なんだよ、生意気だぞミアのくせに」

「ちょっ! いひゃ! いひゃいでふ!」


 両頬をつねられてミアが涙目で抗議する。この猫娘は他の先輩には驚くほどに下手なくせに、自分相手だとなぜか生意気なのだ。


「白状しろ! あんたなんか隠してるだろー!」

「しょ、しょんなことありまへんよっ!」


 ヘッドロックをかまされて、ミアはバタバタと尻尾を振った。嘘を吐いていることになるが、これだけは言うわけにはいかない。

 偏也のことだからサラにも伝えるのだろうが、そのタイミングは主人である偏也が決めるべきである。当初は自分も鏡の部屋に入るのは禁止されていたのだ。


「……ん? 喧嘩かね」


 そのときだ、口を塞ぐミアの耳に件の主人の声が聞こえてくる。顔を上げれば呆れ顔の偏也がそこにいて、サラの顔が真っ赤に染まった。

 まずいところを見られてしまった。勘違いされたかと、サラは慌てて弁解を口にする。


「へ、ヘンヤさん!? ち、ちがっ! これはですねっ!」

「ああ大丈夫だよ。君とミアくんが仲いいのは知ってるから。……ミアくん、ちょっと」


 別にイジメ等とは思わない。偏也はサラの口を制すと、ついとミアに向き直った。やや真面目な表情の偏也に、ミアがなんだろうと駆け寄っていく。


「なんでしょう?」

「うむ、サラくんも増えたことだしな。君は頑張ってくれているし、雇い主としてはそれなりの誠意を見せなければと思ってね。これを君にあげよう」


 言いつつ、偏也はミアへ右手を差し出した。きょとんとしたミアが両手を広げ、偏也から何かを受け取る。

 金色に輝く小さなそれを、ミアはまじまじと見つめた。


「これは……バッジ、ですか? ありがとうございます」


 高級そうな金細工のバッジだ。サラが横から羨ましそうに顔を出して覗き込むが、いまいち二人とも乗りきれない。

 プレゼントは嬉しいが、このバッジの意図がよくわからないのだ。見つめてくる二人の視線に、偏也はやや畏まって口を開いた。


「ミアくん、君を我が屋敷のメイド長に任命しよう」


 瞬間、ミアの口がぽかんと開く。徐々に言葉の意味が染み込んできたのか、数秒後にミアは両目をこれでもかと見開いた。


「め、めめめ、メイド長ッッ!!」


 毛を逆立たせ、わなわなと震える手で偏也を見つめる。

 バッチと偏也の顔を交互に見比べ、ミアはあんぐりと開いた口で叫んだ。


「めめめ、めーどちょおおおおおお!?」


 もはや壊れた玩具のように言葉を繰り返すミアに、やや引き気味に偏也が答える。喜ぶだろうとは思っていたが、予想以上すぎだ。


「う、うむ。こういうのはきちんとしておいた方がいいと思ってな。勿論昇級だから給料も上げるぞ」

「にょはぁああああああああ!?」


 仰け反りながらバッジを見つめるミアに偏也は苦笑してしまう。半ば思いつきだったが、ミアからすればとんでもないことだったようだ。

 横で見ているサラに偏也はこそこそと耳打ちした。


「そ、そこまで喜ぶことなのかな?」

「んー、そりゃあまぁ。メイド長なんて同じ屋敷で何十年も勤めて初めて出来るもんですし。憧れっていうか、まあ最終目標的な感じですよね」


 サラの説明に、偏也は「しまったな」と眉を寄せた。軽い気持ちで渡してはいけないものだったようだ。だが、渡してしまったものは仕方がない。


「ヘンヤさんッッ!!」

「お、おう」


 半泣きのミアが身を乗り出し、いつの間にやら鼻水で汚れた顔を近づけてくる。危ないと偏也は鼻先から距離を取るが、ミアは勢いのままに自分の主人に誓いを立てた。


「こ、この命ッ! この命に替えましてもぉおおおおおッ!!」

「いや、いい。命まではいいから。今まで通りでいい」


 命まで懸けられた日にはいくら払えばいいか分からない。ミアをなだめつつ、偏也はサラへと顔を向けた。


「そういうことだ。悪いが、サラくんはミアくんの部下という形でいいかな?」

「あ、はい。全然、アタシは別に」


 後輩であるミアだが、この屋敷においては先輩だ。古株を尊重することになんの不満もないとサラは両手を上げる。

 それにうむと頷いて、偏也はまだ感涙しているミアを見やった。


「どれくらいかかるかな?」

「最悪3日ほどは」


 しょうがないと頷くサラに、偏也は諦めたように前髪を掻くのだった。



 ◆  ◆  ◆



「あ、ミア。そういったら雑巾ってどこにある?」


 数時間後、掃除用具の場所を把握していたサラは隣で作業しているミアへ話しかけた。

 すると、聞こえていないのか、ミアは黙々と乾いたカップを食器棚へと戻していく。


「あれ? ……ミア! 雑巾なんだけどッ!」


 小さく叫ぶ。耳はいいはずなので、今度はさすがに聞こえたはずだ。


「……よいしょっと」


 しかし、なおもミアは黙々と皿を棚に戻していく。振り返りもしない。

 サラが目を細めてミアを見つめ、まさかと思って口を開いた。


「め、メイド長?」

「はぁーい! なんですかサラさん!」


 満面の笑みで振り返るメイド長に、サラは呆れたように眉を寄せながら、今後の生活に思いを馳せるのだった。


 

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