表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/46

第04話 ねこ耳の少女と不思議な鏡 (1)

「お帰りなさいませっ!」


 鍵が開く音に、ミアは慌てて玄関へと駆けていった。

 挨拶をしながら駆けつけると、すでに偏也は靴を脱いでいるところだ。


「すまない、予定よりも遅くなった」

「いえいえ。お疲れさまです」


 くたびれた様子でミアに声をかける偏也に、ミアは明るく笑みを返した。それを見て、偏也も少しだけ表情を和らげる。

 偏也のコートを受け取りながら、ミアは得意げに主人をリビングに連れて行った。


「ほう……これはまた」


 リビングに踏み入れた瞬間、偏也の顔が驚きに染まる。


「ミアくん、凄いじゃないか」


 思わず、偏也はミアに向かって感嘆の声を出していた。ミアも、誉められたことが嬉しくて、その顔が一面に輝いていく。


「いや、本当に綺麗だな。僕の家じゃないみたいだ」

「にゃふふ。頑張りました」


 偏也が嬉しそうに部屋を見渡すのを見ながら、ミアは胸を突きだした。


 それもそのはずだ。足の踏み場もなかった床は、ぴかぴかに。ゴミで埋まっていたテーブルも、埃一つ落ちていない。


 得意げな様子のミアに、偏也も嬉しそうに頷く。正直、そこまで期待していなかったが予想以上だ。


「あ、そうだ偏也さん。水筒とお皿、洗っておきました。後、よく分からないものはこちらに」

「……水筒?」


 部屋を眺めている偏也に、ミアはそういえばと口を開いた。偏也を手招きし、キッチンのテーブルの上に指をさす。


 首を傾げる偏也の視線の先に、綺麗に洗われたペットボトルとカップ麺の容器が飛び込んできた。

 丁寧に並べられているプラスチック達に、偏也は目を見開く。


 さすがの偏也も、思わず横を向いて小さく噴き出した。


「っく。くく、そうか……綺麗に洗っておいてくれたんだな」

「はいっ! 割らないように、丁寧に洗いましたっ!」


 偏也の堪える笑いには気が付かずに、ミアは元気よく返事をした。

 ありがとうと呟きながら、偏也は愉快そうに流し台を見つめる。


「おや?」


 流し台まできちんと洗われていることに感動しつつ、偏也は流し台の一角に目を留めた。

 除菌も出来る食器用洗剤の隣に、ちょこんと小さな石鹸が置かれている。置いた覚えはないと、偏也はミアの方を見つめた。


「あっ、石鹸がなかったので。私のを使わせて貰いました。い、いけなかったですかね?」


 そう言いながら、ミアが偏也を見上げる。何か専用のものを使わなくてはいけなかったのだろうかと、ミアは不安そうに尻尾を垂らした。

 それに大丈夫だと見下ろしながら、偏也は愉快そうに蛍光色の容器をミアの前で指さす。


「いけなくはないが。洗剤なら、ここにある」


 偏也が洗剤の容器を掴み、その怪しげな緑色に光る入れ物に、ミアが信じられないと目を見開いた。


「そ、それっ! 石鹸の入れ物なんですかっ!?」


 震える瞳で、ミアは洗剤の容器をまじまじと見つめる。ミアにとって、洗剤は風呂場の隅か流し台の隅に転がしておくものだ。定位置があれば上等で、それは何処の貴族の家も同じだった。


 それに、何処に石鹸があるというのだろう。何やら油のようなものが入っている容器を、ミアは怪訝そうに見つめた。

 ミアの疑いの視線に、偏也はきゅぽんと蓋を開ける。


「ほら、ぶくぶくー」


 水瓶から水を掬い、偏也は手で洗剤を泡立てた。みるみる大きくなっていく白い泡に、ミアがこの日一番の驚きに目を丸くする。


 口を開け、無言で顔を向けるミアに、偏也は楽しそうに笑顔を見せた。


「明日からは、これを使うといい」

「は、はいっ! 使いますっ! 使いたいですっ!」


 瞳に光を輝かすミアを、偏也は愉快だと見つめるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「ほう、美味いな」


 口に運んだシチューの味に、偏也は小さく声を出した。その賛辞に、ミアが嬉しそうに口を開く。


「ほ、ほんとですかっ!?」

「ああ、ほんとだ。久しぶりに暖かい料理を食べた」


 偏也の感想を聞いて、ミアは首を傾けた。誉められるのは嬉しいが、偏也の昨日の料理も十二分に温かかったはずだ。

 ミアの疑問に気が付いて、偏也は小さく苦笑する。


「あたたかさにも、色々ある」


 偏也の呟きに、ミアはますます首を傾げていった。

 そんなミアを見やって、偏也はからんとスプーンを置く。ミアが見れば、シチューは既に空だった。


「君を雇ってよかったということだよ」


 偏也の言葉に、ミアの顔がぱあっと華やぐ。

 料理は上手い方だと思っていたが、こんな風に褒められるのは初めてだ。


 明日からも頑張ろうと、ミアは拳を握りしめるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「にゃふふふー。今日も楽しかったなぁ」


 窓の外の月を眺めながら、ミアはベッドの端に腰掛けていた。夕食の席を思い出し、勝手に頬がにやけてしまう。


 褒められたこともそうだが、それよりも一緒に夕食を食べるということそれ自体が嬉しかった。

 使用人と同じ食卓を囲む旦那様など聞いたことがない。まぁ、自分一人だからかもしれないが、それにしてもやはり変わっているとミアは思う。


 それに、この前の麺料理。どう思い返しても、湯を沸かすので精一杯くらいの時間しかなかった。あんな上等な料理、以前の屋敷でも食べたことがない。


 料理人でもあるのだろうか。なにせ魔法使いだ。なにが出来ても不思議ではない。

 本当に、魔法のようだった。


 偏也が魔法使いと呼ばれている理由が、ミアには何だか分かった気がする。


「明日も頑張って働こう」


 こんなにも素敵な時間の代金である。手は抜けない。そう思い、ミアはよしと気合いを入れた。

 早く寝なければと、ミアはおもむろに服を脱ぐ。


 ベッドの脇に置いた桶の湯に、ミアは布巾を浸した。ぎゅっとしぼり、それで身体を拭いていく。

 水ではなく、お湯で身体を拭けるのだ。ありがたい話だと、ミアは脇をよいしょとあげた。


「ミアくん。明日の夕食なんだが……」

「ふにゃああああああっ!?」


 まさに脇を拭こうとした瞬間、ミアの部屋の扉が開かれる。ひょっこり出てきた偏也の顔に、ミアはつい叫び声を上げてしまった。


「むっ、すまない。……ところでミアくん。何をやっているのかね?」


 慌てて身体を布巾で隠すミアに、偏也は謝りながらも首を傾げる。偏也に見つめられながら、ミアは頭に疑問符を浮かべた。


「な、何って。身体拭きですけど」


 マジマジと半裸を見つめられ、ミアが恥ずかしそうに身を捩る。そんなミアの手元の布巾を見やって、偏也は両手をぽんと付けた。


「そうか。確かに、この屋敷には風呂がないな。すまない、失念していたよ」


 申し訳なさそうに謝る偏也に、ミアの目がぱちくりと見開く。


 お風呂というと、浴場のことだろうか。この街にもいくつかあるが、個人の屋敷にあるところなど聞いたことがない。そう思いながら、ミアは両手をぶんぶんと振った。


 偏也が謝っている理由が分からず、ミアは困惑したように口を開く。


「い、いえ。お風呂なんてっ。構いませんのでっ」

「そうもいかない。君も女の子なんだから」


 ミアの言葉に、偏也は思案するように口元に指を置く。そう思うならひとまず出て行ってくれと生娘のミアは思うが、雇い主な手前強く言えない。


 しかしながら、これは浴場に連れて行って貰えるのだろうかと、ミアは少し心を踊らせた。

 けれど、偏也の口から出た言葉に、ミアは首をますます傾けさせることになる。


「よし。僕の家で風呂に入るといい」


 致し方ないと口を開く偏也を、ミアは思わず見つめてしまう。


「こ、このお屋敷って、お風呂があるんですか?」


 その一言に、偏也はきょとんとミアを見やった。

 ミアの言葉をやんわりと否定し、けれど偏也は言葉を続ける。


「風呂があるのは、僕の自宅だ」


 当然のように口にする偏也に、ミアはわけが分からないと、ただただ口を開けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ