第33話 宝石王と万華の筒 (2)
「……えっと」
見つめてくる瞳に、サラはどうしたものかと頬を掻いた。
「シャルちゃん、かな?」
台所で夕食の支度を進めていたサラだが、現在は手が止まっている。
理由は単純で、ここにいるはずのないお客様の一人がじっと自分を見上げてきているからだ。
「メイド、これあげる」
「えっ? あ、ありがとう」
綺麗なブロンド、幼いながらも整った顔立ち。エルフって特だよなと思いながら、サラはシャルが差し出してきた右手の下に手を添える。
はらりと落とされた数本の黒い髪の毛に「なんだこれ?」とサラは首を傾げた。
「ヘンヤの髪。むしったからあげる」
「ふぇ!? へ、ヘンヤさんのっ!?」
驚いて思わず落としそうになった髪の毛を、サラは咄嗟に握り込んだ。言われてみれば、黒髪のツヤが偏也っぽい気もする。
頬を染めて動揺しているサラを見て、シャルは満足そうに笑みを浮かべた。先ほどのネコ耳メイドよりは反応がいい。
髪の毛をちり紙で包んでいるサラを見上げつつ、シャルはふと視線をサラの頭で止めた。
「……角のいろ、へん」
「へっ? あ、ああ。これはね、なんていうか」
ピンク色に染められた竜の角を指さされて、サラはどう答えたものかと言葉を詰まらせた。お客様のお子さんに妙なことを吹き込むわけにもいかない。
だから裏方に回ったのにと思いつつも、サラはうーんと腕を組んで思案した。
「メイド、あなた不良でしょ」
「うっ。返す言葉もございません」
小さな子に不良と呼ばれ、サラの乙女心が少し傷つく。いやまぁ、普段から子供には避けられがちではあるのだが。
けれど、シャル自身は気にしないのか、肩から下げた鞄をごそごそとまさぐりだした。
「れでぃーにとってオシャレは大事よ。あなた、なかなかセンスあるわ」
「あ、ありがとうございます」
子供に褒められて、複雑そうにサラが礼を言う。ただ、よくよく見れば目の前の女の子は確かにお洒落さんで、耳には宝石のイヤリングをしていた。
サラの視線に気が付いたのか、女の子が恥ずかしそうに頬を膨らませる。
「こ、これは。ほんとはピアスがいいんだけど、お母様がまだ早いって」
「あー、なるほどねぇ。アタシも空けたのは10歳過ぎてからだなー」
そう言いながら、サラは髪を上げて耳をシャルに見せてあげる。左耳に付けられた3つのリングに、シャルは尊敬の眼差しをサラに向けた。
「や、やるじゃない庶民のくせに。ピアス自体は安物だけど」
「あはは、安月給なもので」
正直、シャルの耳のイヤリングひとつで、ピアスどころかサラの給料数ヶ月分は吹き飛ぶだろう。けれど、お金持ちの娘さんに言われるのは悪い気はしないと、サラは微笑みながらシャルの手元をのぞき込んだ。
「それなに?」
見ると、シャルは黒い筒状の何かを取り出していた。書状を入れる筒にも見えるが、どうやら蓋の切れ目がついていない。
サラに聞かれ、シャルはむふーと鼻の穴を広げた。得意げに、自分の宝物を自慢する。
「これ、ヘンヤに貰ったのよ。いいでしょ」
「ヘンヤさんに?」
それは羨ましい。サラの気持ちなど知る由もなく、シャルは満面の笑みで偏也からのプレゼントを説明する。
「誕生日にヘンヤから貰ったの。メイドの誕生日はいつ?」
「へっ?」
思わぬ質問に、サラの目が見開かれた。シャルにとっても何気ない質問だっただけに、返答に困っているサラを見て首を傾げる。
まさか、孤児院の前に捨てられていたので分かりませんとも言えず、サラは誤魔化すことに決めた。
「んー、アタシの誕生日はとっくに過ぎちゃったかなぁ。それより、それってどうやって使うの?」
腰を落とし、目線をシャルに合わせる。大股開きははしたないが、別に叱る者もここにはいない。
シャルも誕生日自体にさほど興味はないのか、むふむふと笑いながら筒の先端をサラへと差し出した。
「ここ、ここ覗いてっ!」
「あ、なんか穴開いてる。……って、うわ!?」
筒の底、小さく開いた穴が透明な板で仕切られている。言われるがままに覗き込んだサラは、そこに広がる光景に思わず声を出した。
「綺麗……」
片目で覗いた先の世界に、サラはもう一度言葉をこぼす。
きらきらと、美しい結晶が光っている。口を開けるサラの右手をシャルが握り、ゆっくりと筒を回すように指導した。
「でしょ! でねでね! 回してみて、こう!」
興奮するシャルに導かれるがままにサラが筒を回せば、目の前の光の世界が次々に顔を変えていく。こぼれ落ちた結晶が対照的に輝き、変化していく煌めきにサラの胸が高鳴った。
「ふふふー、すごいでしょ!」
感激しているサラを見て、嬉しそうにシャルが微笑む。得意げなシャルの笑顔に、サラも楽しそうにはにかんだ。
「いや、これ凄いね。魔法みたいだ。さすがヘンヤさん」
「ヘンヤはね! めんどうな男だけど楽しいものくれるの! だから好き!」
自分の宝物のついでに偏也も自慢するお子さまに、サラは苦笑しつつ角を掻く。偏也も色々と苦労してそうだ。
すっかりサラを気に入ったのか、シャルはサラに胸を張って仁王立ちした。
「あなた、みどころがあるわね。わたしの友達にしてあげるわ」
「おー、そりゃあ嬉しいね。よろしくシャルちゃん」
言われ、サラもにこやかに右手を差し出す。それをむふーと握りしめて、シャルは満足げに目を細めた。
「ところでメイド、ピアスはやっぱりお医者さまに空けてもらったの?」
「んー? いやー、適当にそこらへんの裁縫針で空けたかな」
サラの話をぎょっとした顔で聞くシャルを愉快だと眺めながら、真似しちゃだめだよとサラは綺麗なブロンドを撫でるのだった。
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「シャルちゃん!? シャルちゃあああああああん!?」
その頃ミアは、絶望の表情で冷や汗をかきながら「まさか外に!?」と屋敷の玄関から飛び出して行っていた。




