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第30話 ドラゴンの少女と甘い感触 (2)


「いやぁ、本当は君とミアくんにと思って買ったんだが。まぁいいだろ。お仕事ご苦労様」


 にこやかに笑う偏也が、テーブルの上に白い皿を二つ並べる。

 食器棚に目を凝らし、用意したカップに慎重に紅茶を注いでいく。


「あの、紅茶ならアタシが……」

「ああー、大丈夫大丈夫。今日はサラくんはお客さんみたいなものだからね、僕が淹れるよ」


 ちょこんと椅子に座らされ、サラは困惑しながら目の前の物体を見つめていた。

 赤色と黄色の派手な蓋をした、黄色いカップ。どんな素材なのか、中身の黄色が見えていた。


(ど、どうしよう。いいのかな)


 そわそわと目を泳がせながら、サラはお茶の準備を進める偏也に目を向けた。

 言われるがままに座っているが、こんなこと初めての経験だ。


 屋敷の主人が、ただのメイドである自分にお茶を淹れてくれている。意味がわからなすぎて、ただただ不安になってしまうサラである。


「サラくん、紅茶にはミルク入れるタイプかな?」

「へぅ!? い、いえお構いなくっ!」


 振り返った偏也の声に、サラはぶんぶんと首を振った。

 返事をされながらも色々と戸棚を漁る偏也に、サラの緊張が際限なく上がっていく。


(まずいよねっ? これまずいよねっ? 旦那様にバレたら絶対に怒られるっ)


 サラは自分が仕えている主人の顔を思い浮かべた。自分を雇ってくれるくらいに懐の大きな主人だが、他人様の家でとなると話が別だ。

 出かけ先の主人を小間使いのように働かせたとなれば、減給や折檻で済むかどうか。


「よしよし、ようやく準備できたな。すまないね、普段はミアくんに任せきりなものだから。今じゃ、どこになにが置いてあるのか」

「あっ、いえ! ほんと大丈夫ですからっ!」


 ただ、当の偏也本人がやる気満々なのだ。わざわざの好意を無碍にするというのも、それはそれで失礼な話。

 答えが出せないままに、サラはせめて行儀良く座っていることしかできなかった。


「さて、二つしか買ってないからね。ミアくんが戻ってくる前に食べてしまおうじゃないか」

「は、はいっ」


 意地悪そうに微笑む偏也に、サラは頬を染めて下を向いた。

 誤魔化すようにプリンの容器を手に取るが、そこでサラは眉を寄せる。


 食べ方がわからない。


 慌てて偏也のほうへ目を配ると、偏也が派手な色のパッケージをぺりぺりと剥がしているところだった。

 サラも急いで、見よう見まねで蓋を剥がす。


「ミアくんはこのままスプーンで食べていたがね。それでは実は意味がないんだ」

「へっ?」


 偏也の言葉にサラはどきりと鼓動を跳ねさせた。てっきり傍らのスプーンで食べるものだと、サラも思っていたからだ。

 それじゃあ、どうやって食べるというのか。迂闊には動けずに固まっているサラの前で、偏也は楽しそうにプリンの容器をひっくり返す。


「えっ!?」


 びっくりして思わずサラが声を出すが、少しもこぼれてこない中身を誇るように偏也は愉快だと笑ってみせた。


「ふふ、安っぽいと言われるが……僕は昔からプリンはこれでね。ジャージー乳やらリッチカスタードとやらもいいが、やはりプリンはこれだよ」

「は、はぁ」


 言っている意味はさっぱり分からないが、とりあえずサラは同じ様に逆さに向けた。

 本当に落ちてこない中身を見て、サラの瞳が不思議そうに輝く。


 偏也も楽しげに、容器の底のでっぱりを指さした。


「ここ、ツメがあるでしょ。それ折ってごらん」

「お、折るんですかっ!?」


 偏也の言葉にサラは驚いて容器の底を見つめた。なにやら底は茶色いが、それは中身が透けているからだ。どうやらガラスではないようだし、見るからに高級そうな容器なのだが。


 確認のために、サラはツメに指をかけながら偏也へ顔を上げる。偏也がにこやかに頷いたのを見やってから、サラは覚悟を決めて指に力を入れた。


「わっ!?」


 とたん、落ちる中身。用意されていた平皿に着地したプリンが、サラの目の前で左右に踊る。


「ふわ、すごい」


 思わずサラの目は釘付けになってしまった。ぷるぷると揺れるプリンは、今まで見たこともない食べ物で、サラは興奮した眼差しを偏也に向ける。


「上手上手。ふふ、子供の頃はこれが好きでね。母は洗い物が増えると言って嫌がるんだが、頼み込んでプッチンしていた」

「ぷ、ぷっちん?」


 手元に落としたプリンを懐かしそうに見下ろしつつ、偏也は愉快そうにサラへ笑う。ぷっちんと言われても、異世界の女の子にはわけが分からない。

 それも愉快だと、偏也はスプーンでプリンをすくった。何の抵抗もなく入る匙。口に入れ、この味だと偏也が微笑む。


「ん、これこれ。はは、今食べるとほんと安っぽいな。美味い美味い」


 頬を緩ませている偏也を、サラは意外そうに見つめる。

 第一印象はそれはそれは良いものだったが、それでも気難しそうな人だと思ったものだ。ミアが、偏屈だと言い切るのも納得だった。


 偏也に促され、サラも恐る恐るプリンに匙を入れる。

 持ち上げただけでスプーンの上で震えるプリンに、サラはごくりと喉を鳴らした。


 目を瞑り、勢いよくスプーンを咥える。


「ふぁ……」


 瞬間、サラの口の中を甘い刺激が包み込んだ。


 舌の上でもぷるりと揺れる。噛む必要なんかない。

 それに、甘い。優しい感じだが、とにかく甘い。


 流れていく甘い感覚に、サラはふるりと身を震わせた。


「お、美味しい」


 じわりと感想が漏れる。

 未だに衝撃で開いてしまった毛穴を感じながら、サラは慌てて偏也を見つめた。


「美味しいですっ!」

「そうか、それはなによりだ」


 興奮している様子のサラを見て、満足そうに偏也は微笑んだ。

 目を細める偏也の表情に、サラの顔が真っ赤に燃える。


 誤魔化すように下を向き、なにもすくっていないスプーンを口に咥えた。


「ほんと、美味しいです。その……あ、甘くて」


 味の感想なんて上手く言えない。恥ずかしそうに俯くサラを微笑ましく眺めながら、偏也はパクリとプリンを咥えた。


「うむ、美味いな。甘いし」


 にこりと笑ってみせる偏也。サラは目を見開いた。

 正直、プリンなんてどうでもいい。


「それに、揺れるしな。……うん、揺れるのは大事だ」


 皿を揺すっては愉快そうに笑う偏也を見ながら、ゆっくり流れてくれと、サラは時間にお願いするのだった。



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