第28話 ミアとプリン (2)
「申し訳ありませんでしたあああああああッ!!」
地面にひれ伏し許しを講うミアの後頭部を、偏也は困った表情で見下ろしていた。
用事を済ませ本日二度目の帰宅をした偏也を待っていたのは、泣きながら額を床に擦り付けているミアの姿だ。
何事かと驚いたが、顔を上げたミアの言葉で偏也は大体の事情を察する。
「あの、おいしい……黄色いお菓子を……へ、ヘンヤさんの分まで」
とんでもないことをしてしまった。そんな表情のミアを見て、偏也は笑ってしまいそうになった顔をなんとか保った。
確かに、一緒に食べようと思って二つ買っていた。要は名前に気づかずに二つとも食べてしまったということだろう。
食い意地の張っている自分のメイドを愉快そうに見下ろしながら、偏也はわざとらしく声を上げた。
「ま、まさか……全部食べたのかっ!?」
「にゃう!?」
なんてことだと演技をしつつ、偏也は絶望の表情で右手を額に持って行く。
なにやら想像以上に深刻な偏也の様子に、ミアは今度こそ全身の血を凍らせた。
「あ、あのすみませ……私、てっきり」
じんわりと涙を浮かべつつ、ミアがこれ以上不幸な子がいるのだろうかという表情で偏也を見つめる。
泣きたいのにショックを受けすぎて泣けないといった感じだ。
かくなる上はこの身をとミアが覚悟したその瞬間、偏也の顔がついに崩れた。
「っぷ、ってははははっ! だ、大丈夫だミアくん! ただのお菓子だから。ははっ、まぁ僕の分はまた今度買えばいい」
お腹を抱えて笑う偏也に、ミアの顔がぽかんと開く。
ようやくからかわれていたのだということに気が付いて、ミアはわなわなと震えだした。
◆ ◆ ◆
「うう、ひどいですぅ。私、とりかえしのつかないことをしてしまったかと」
「ははは、悪かったね。もう少しわかりやすく書き置きしておけばよかった」
シチューを食べる偏也を眺めつつ、ミアは深く溜め息を吐いた。騙されたと思った瞬間は色々と思ったが、数秒後にやってきたのは大きな安堵だ。
未だに寒気のする背中に、ミアは気を付けておこうと心に刻んだ。
「とはいえ、まぁ僕の分のプリンを食べたのは確かなわけだし。少し頼みごとを受けてもらおうかな」
「うっ」
美味しそうにシチューを口に運びながら、偏也はふりふりとスプーンを動かす。にやりと微笑む偏也の顔を見て、ミアが承知しておりますと頭を垂らした。
「にゃんにゃりと仰ってくださいですぅ」
「そうだな、そうさせてもらおう」
偏也の言葉に、ミアも何だろうと居住まいを正す。家事ならばともかく、偏也が頼みごととは珍しい。
「実は今度、知人を屋敷に呼ぶことになってね。夕食もうちで取るらしいし、まぁミアくんの大仕事なんだが」
「こ、このお屋敷にですか!?」
言われ、ミアが驚いて口を開く。とはいえ、屋敷自体は来賓を招いても問題ないほど立派なものだ。
すっかり綺麗になったダイニングを見回しながら、偏也はシチューに入った野菜を端に寄せた。
「ミアくんのおかげで見違えたからね。これなら人を呼んでも大丈夫だろう? 君のおかげだ」
「そ、それはありがとうございます。……それで、頼みというのは?」
すかさず皿を回して野菜を正面に向けるミアに唇を尖らせつつ、偏也は観念したように口に運ぶ。
今晩のシチューも手が込んでいると言えば言えるが、これをそのまま客に出すわけにもいけない。
「来客用の食事に準備となれば、君ひとりだと色々と大変だろう? 日当は弾むから、君の知り合いで信頼できそうなメイドを紹介してくれないか」
「ああなるほど。確かにそうですね」
本来、この規模の屋敷をひとりで回しているだけでもおかしな話なのだ。日々の掃除や雑務に加え、来客用の準備もとなればミアひとりでは手が回らなくなるだろう。
メイドギルドに募集をかけてもいいが、ミアも初対面の者と仕事をするよりは幾分か気が楽なはずだ。
「何人くらい必要かね?」
「そうですねぇ、お客様の人数にもよりますが……二人くらいまでなら、もう一人もいれば」
ミアの計算に、ふむと偏也は腕を組む。来客の予定は二人だと伝え、残りの野菜を苦い顔で飲み込んだ。
「なら、君の知り合いを一人。来週までに大丈夫かな?」
「大丈夫だと思います。結構暇そうにしている子がいるので」
言いつつ、ミアは親友のメイドを思い浮かべた。お金がないと言っていたし、呼べば喜んで来てくれるだろう。
見た目が少々あれな子ではあるが、裏方に回ってもらえば問題ない。
「ところでミアくん、シチューの具材についてなんだが」
「お野菜、次から増やしときますね」
にっこりと微笑むミアに、偏也は困ったように頬を掻くのだった。




