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第27話 ミアとプリン (1)


「えっ、じゃあ平手でばーんっていったんですか?」

「にゃうぅ、恥ずかしながら」


 ファーストフード店で揚げたてのポテトを摘みながら、優奈は対面に座るネコ耳少女を見つめた。

 相変わらずの奇抜な格好だが、今日は珍しく恥ずかしそうな表情で耳をしょぼんと垂らしている。


 どうやって動かしているんだろう。そんなことを思いながら、しかし優奈の思考は今し方聞いたばかりの話題へと集中した。


「しっかし、アレですねー。勿体ない気もしますねー。つき合えばいいじゃないですか?」

「そうもいきませんよ、旦那様ですし」


 もぐもぐとポテトを口に咥えている少女を見ながら、優奈は納得がいかないように眉を寄せる。

 メイドと主人、これほど面白そうな恋愛話のネタもない。それに、向こうがいいと言っているのだ。なんの問題があるのだろうと平成生まれの優奈は思う。


「やっぱあれですか? 女のプライドですか? 確かにひどいですもんね」


 シュッシュッと平手で空を打ちながら、優奈はミアに同意を求める。玉の輿はどうあれ、ミアの話を聞く限りは偏也が悪い。

 いくらなんでも失敗しても構わないからという理由では思うところも出るだろう。


 しかし、先ほどまでの話とは裏腹に、ミアは困ったような表情で頬を掻いた。


「んー、どうなんでしょう。ヘンヤさん、そこら辺は本当に子供っていうか……なにも知らないところあるから」


 正直、恋人同士になったところで偏也とどんなつき合いになるのか想像もできない。案外と今となにも変わらない可能性すらある。

 偏屈で子供っぽい自分の主人を思い浮かべて、ミアはくすりと笑ってみせた。


 そんなミアの微笑みに、優奈は一瞬吸い込まれた。


「なんか、アレですね。……ミアさん、大人ですね」

「え? い、いえ、そんなことは」


 なにやら興奮と共に尊敬の眼差しを向けてくる優奈に顔を近づけられ、ミアは困惑したように少し引いた。

 齢16歳。なんなら優奈の方がひとつ上だ。


「優奈さんの方が年上でしょう?」

「いや、そういう問題じゃないんですよ。やっぱアレですかね? こう、働いてるとアレになるんですかね?」


 要領の得ない優奈の言葉に苦笑しつつ、ミアはなにか勘違いされているなぁと頬を掻く。恋愛のベテランのような目を向けられても、ミアは男性とつき合ったことすらないのだ。


「ちなみに、何人くらいの男性のお相手したことあるんですか?」

「つ、つき合ったこともないですよぉっ!」


 案の定妙な勘違いをしている優奈に、ミアは慌てて潔白を証明しようと叫ぶのだった。



 ◆  ◆  ◆



 1時間後、すっかり話し込んでしまったミアは偏也の家への帰路を急いでいた。

 今日のメニューは偏也の好きなシチューの予定で、スーパーで買ってみた野菜をいろいろと煮込んでみるつもりである。


「あっ、赤ですね」


 信号機を見上げ、ミアの足がピタリと止まる。

 車の気配は毛ほどもないが、ミアは行儀よく横断歩道の手前で立ち止まった。


 赤は止まれ。ミアが最も厳格に守っているこの世界のルールである。


「それにしても、助かりますよねぇ」


 頼れる赤いランプへ、ミアはご苦労様ですと頭を下げた。

 偏也が以前に言っていた通り、ミアの世界にも馬車は存在する。


 跳ねられれば命が危ういのは自動車も馬車も同じだが、今となってはミアには日本の道の方が安全に感じられた。


 信号機もない異世界の土道、毎年のように幾人かの悲報を耳にする。


 歩道も定められていないような道だ。子供が馬車に跳ねられてなんかはよくある話。信号機なんてないものだから、「赤は止まってね」と教えることもできない。


「緑は進めですね!」


 青色のランプに変わったのを見て取って、ミアは念のために左右を一度確認した。そして、小走りに偏也のマンションへと駆けていく。


 尻尾を揺らして駆けていくメイド姿の少女に道行く人が目を留めるが、声をかける者などいはしない。


 赤い夕焼けを背中に浴びながら、ミアはアスファルトの地面を踏みしめた。



 ◆  ◆  ◆



「うわっ、ヘンヤさん帰ってるっ」


 玄関のドアを開け、踵を揃えて並べられている革靴を見てミアはしまったと尻尾を立てた。

 用事があるからと昼から出かけていた偏也だったが、帰ってくるのがミアの予想よりも随分と早い。


「にゃううう、話しすぎましたあ」


 急いで靴を整えて、ミアは買い物袋を両手にリビングへと駆けていく。


「す、すみませんっ! 遅くなりましたっ!」


 偏也が居るであろう部屋に、ミアは謝罪を口にしながら飛び込んだ。

 しかし、帰ってこない返事。


 それもそのはずで、誰もいない部屋の中をミアは不思議そうに見回した。

 見ると、出かけるときに切ったはずのクーラーの電源が付いている。やはり偏也は一度帰ってきたようだ。

 けれど、亜人の耳を澄ましても主人の存在を感じることができない。


「向こうに行ってるのかな?」


 首を傾げながら、ミアは冷蔵庫へと足を進める。

 偏也のことも気になるが、事件性はないだろう。まずは買った食べ物を氷室に入れようと思い、ミアはキッチン横の冷蔵庫の扉を開けた。


「にゃふぅ、相変わらず涼しいですねぇ。お肉もお魚も日持ちするなんてほんと素敵……って、にゃう?」


 鶏肉をチルド室に入れていたミアの目に、なにやら見覚えのないものが目に留まる。

 卵色のカップ状の物体が二つ。ひとつを気になって手に取ってみれば、どうも中身が透けて見えているようだ。


「食べ物ですかね?」


 底の方が茶色くなっていて、しかしその層は随分と薄い。


「にゃ?」


 じぃと凝視していたミアの手が俄に止まった。

 よくよく見れば、カップの合った場所に折れた紙が置かれている。かさりと開けてみると、そこには見慣れた文字が綴られていた。


 ミア君へ。食べ物だから好きなときに食べなさい。


 確かにそう書かれている。ミアの世界の文字だ。

 見覚えのある筆跡に、ミアは顔を輝かせた。


「ヘンヤさんからのご褒美ですっ!」


 ここまでくればミアとて文字の意図は理解できる。この謎の物体は、偏也からミアへのプレゼントということだろう。

 意気揚々と、ミアはプリンを掲げてテーブルへと走った。


「にゃわぁ、嬉しいですぅ。……ここを剥げばいいのかな?」


 尻尾を振り乱し、ミアはふんふんと鼻を鳴らす。

 蓋をぺりぺりと剥がしていくと、中から黄色い甘味が姿を現した。


「にゃふふふ、美味しそうですねぇ」


 キッチンからスプーンを拝借し、ミアはプリンへと銀色の匙を進入させた。

 つぷりと、ミアの想像よりも遙かに軽い感触が手元を襲う。


「にゃっ!? ぷるぷるしてますっ!?」


 すくい上げた黄色がふるふると揺れるのを見て、ミアは驚いて口を開けた。

 なんとも不思議な食べ物だ。見た目的にはスライムに似ているなと、ミアは思わず目を細める。

 田舎では食べるところもあるらしいが、あいにくミアの故郷では害虫扱いだ。


「えいやっ」


 覚悟を決めて、ミアはぱくりとプリンを口の中へと放り込んだ。

 その瞬間、ミアの口の中を柔らかな甘さが駆けめぐる。


「んむ~~~~ッ!」


 美味しさに、ミアはぶんぶんと尻尾を振った。

 一瞬でもスライムなどと思った自分が恥ずかしい。未知の食感を持つ甘味との出会いに、ミアの手が進んでいく。


「すごいでふ。すごいおいひぃ」


 一度スプーンの上で揺らしてから、口の中へ。初めて食べる食べ物だが、正しい食べ方な気がした。

 そうこうしているうちに、キャラメルの層まで匙が届く。


「にゃむっ!? ちょっと苦いですっ!?」


 けれど、美味しい。ほんのりと舌を刺激する苦みが黄色い甘みと相まって、先ほどよりも美味しく感じる。

 

 あっという間に、容器は空になってしまった。


「ああぁぁ、なくなってしまいましたぁ」


 空になった容器を舐めながら、ミアは切なそうに涙を流す。美味しすぎてがっついてしまったが、こんなことならばもっとゆっくり食べればよかった。


 しかしミアの脳裏に、冷蔵庫の光景が思い起こされる。


「ん?」


 そういえば確か、もうひとつあったような。

 やったぜと、ミアは冷蔵庫へと駆けていくのだった。



 ◆  ◆  ◆



「にゃふぅ、おいしかったですぅ。二つもなんてヘンヤさん優しい」


 げふとお腹をさすりながら、ミアは空になった二つの容器を満足げに見つめた。

 ケーキやパフェも美味しかったが、あんな食感は初めての経験だ。なんて不思議で素敵な食べ物なんだと、ミアはプリンを思い出して口を舐める。


「さて、さすがにそろそろ夕飯の支度を……っと、んぅ?」


 向こうの屋敷にいるであろう偏也にお礼も言わないといけない。立ち上がろうとしたミアは、そのとき空の容器にとんでもない違和感を発見した。


「なんですかこれ?」


 透明な容器の側面に、なにやら文字のようなもの。

 くるりと回転させてみて、そこに書かれている文字にミアは目を細めた。


 ミアくんの


「私の名前?」


 裏からだから読めなかったが、こうして正面から見ればきちんと読める。自分の世界の文字で書かれた、自分の名前だ。


 その文字を読んだ瞬間、ミアの背中を得体の知れない悪寒が駆けめぐる。

 おそるおそる、ミアはもうひとつの容器に手を伸ばした。


「ま、まさか」


 頼むと、ミアは速くなる鼓動と共に側面へと視線を向ける。

 けれど、そこに書かれていた文字に、ミアの両目が見開かれた。



 ヘンヤ


 血の気が引いていく音を頭に感じながら、ミアはやってしまったと絶望の表情で白い天井を見上げるのだった。


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