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第23話 竜と猫 (2)

「へぇー。てことはその後、ケンタウロス車で帰ったんですか?」

「そうなんだよ。いや、初めて乗ってさー。緊張したぁ」


 照れるように角を掻くサラを見つめながら、ミアは手元のグラスに口を付けた。ずずずっとミルクを喉に通し、友人の珍しい表情を見やる。


「でも、紳士な人っているもんですねー。私もケンタウロス車乗ってみたいですぅ」

「あはは、いーだろー。お嬢様になった気分だったぜ」


 自慢のピンク角をいじりながら、サラは先日の出来事を思い出していた。

 盗人に間違われそうになった自分を颯爽と助けてくれた男性。服装からして上流の人間だろう。サラはほんのり染めた頬を緩めていく。


「世の中にはあの人に仕えてるメイドもいるんだろうなぁ。くそ、不公平ってなもんだぜ。うちの爺さんと換えてほしい」

「またそう言ってぇ。だめですよ、ご主人様の悪口なんか」


 カットされた果物を摘みながらミアは友人へと眉を寄せた。反対に、あんたは真面目すぎるのだとサラも目を細め返す。


 平日の真っ昼間。休みが重なったメイド二人は、高い太陽の下で場末の酒場へと洒落込んでいた。


「あんたんとこの旦那様は若くて気前いいだろー? しかも噂じゃ、結構いい男だって言うじゃん。ずるいぜ」

「いい男……う、うーん。どうなんでしょう」


 サラの問いかけの返答にミアは詰まってしまう。

 偏屈そのものな主人の顔を思い出して、ミアは思わず腕を組んだ。


 顔は、悪くはないのだろうがエルフと比べてずば抜けてというわけでもない。というより、いつもしかめっ面でよく分からない。

 性格も、不満はないが色々とよく分からない人だとミアは思う。


 まぁ、異世界人なのだからそれも当然。常識も文化も、なにもかもが違う世界から来た人物だ。ただ、話を聞く限りでは向こうの世界でも変人の部類だろう。


「というか、そんなに気になるならメイドギルドの求人見たらいいじゃないですか。もしかしたら募集してるかもですよ?」

「それがさぁ。これが名前も言わず立ち去んのよ。駅舎まで連れてかれて、『この子を丁重に頼む』だぜ? さすがに惚れたわー」


 参ったねどうもと、サラは首を背もたれに預けた。天井を見上げ、ぼうっと口を開けたままのサラにミアも苦笑する。


「惚れたんですか?」

「あー、うん。どうだろ」


 質問にサラは口ごもった。分かっているミアもそれ以上は聞かない。

 彼女たちは、よく分かっている。


「上流階級のお人だよ。惚れてどうなるもんでもねーし」


 サラのあっけらかんとした答えに、ミアもそうですねぇと頷いた。


 この世界には、あらゆる境界が存在する。

 国、領地、種族、性別、年齢……中でも最も分厚い境界が、身分だ。


 どれだけ酒場で乙女な話題に華を咲かそうと、それはただの与太話であることを彼女たちは理解している。


「でも、もし今度会えたら思い切って声かけてみたらどうです? 案外うまく行くかもしれませんよ」


 くすりと笑いながらミアは手元のグラスに目を落とした。残り少なくなってきたミルクのお代わりを、通りがかりのウェイターに頼む。


「最近もほら、ヴィラード伯爵のところのアンナさんが」

「おいおい、嫡男誑かして金品奪って夜逃げしたやつと一緒にすんなよ」


 気の抜けたサラの声を聞いて、ミアはくすくすと微笑んだ。こう見えて、目の前の友人はその辺りは誠実に生きている。


「あんなことやって、二度とメイドは出来ねぇ。どうするつもりかね、まったく」

「実家が果樹園やってるって言ってましたし、継ぐんじゃないですかねぇ。確か、幼なじみの男の方がいるって言ってましたし」


 ミアの思い出すような声に、サラが不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「へっ、帰るとこがあるやつは気楽でいいやね。こちとら親の顔も覚えてないっていうのに」

「ですねぇ。私も末っ子ですし、実家には戻れないですぅ」


 都会に出てきて早八年。両親とは年に数通の頼りだけの関係だ。それでも、元気にしているかくらいは聞いてくれる。

 少しだけ羨ましげにミアを見やって、けれどサラはなにも続けなかった。目の前の少女が、自分がまだ施設で暮らしていたような年齢から働いているのをサラはよく知っている。


「八人だっけ?」

「また一人増えたらしいですけどね」


 サラの質問に、ミアは呆れたような声で返した。それに、サラもくすりと笑う。


「まぁでもほんと、好きになったなら行ってみたらどうです? 独身ならそんなに悪いことでもないですよ」


 話を聞く限り、微妙な年齢だ。実際、妻子がいない男性でメイド遊びが好きな者はたまにいる。

 まぁ、その人物には当てはまらないかもしれないが。しかしミアは友人の背中を押したい。


 案外と乙女なところのある友人だ。そもそもサラのこういう話は初めて聞く。よほどピンと来たのだろう。それに、そんな御仁ならば悪いようにはならなそうだ。


 けれどミアの提案をゆっくりと噛みしめた後、サラは笑いながら口を開いた。


「いや、やっぱ止めとくわ」


 そのまま、皿の上のハムを摘む。黙って食べ始めた友人に、ミアは「いいんですか?」と視線を送った。


 ぐびりとビールを呷ってから、サラは赤い顔で目を細める。


「……アタシみたいな不良娘でも、一応は若いからさ。寄られて悪い気はしないかもしんねーな。もしかしたら、少しくらい遊んでもらえるかもしんねぇ。……となりゃあ、服の一着、宝石の一個くらいは買って貰えるかもな」


 だったら。そう言い掛けて、ミアはサラの表情を見て言葉を止めた。

 サラは、「しゃーねーよなぁ」とくすりと笑う。


「でも、そんだけだろ。服が二着、宝石が三つになっても同じこった。……それは、ちょっとさ。嫌だよなって」


 ミアは、サラの話を無言で聞いて、ぐいっと二杯目のミルクを飲み干した。驚くサラを無視しながら、通りがかりのウェイターにビールを二杯注文する。


「いいのか? あんま飲めないだろ?」

「そこまで付き合い悪くないですよ。今日は奢ってあげますから」


 まったくもうと、ミアは八年来の友人へ息を吐いた。サラが嬉しそうに顔を綻ばせ、しかしミアは彼女の変化に目を細める。

 どうも彼女は、見た目以上に乙女なのだ。


「煙草、今日は吸わないんですか?」


 じとーと見つめられ、サラは照れたように角を掻いた。

 ああは言ったが、鳴る鼓動はどうしようもない。


「いや、その……一応、ね」


 恥ずかしそうに笑って誤魔化す友人へ、ミアもしょうがないですねと笑うのだった。



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