第21話 ミアと女子高生と(3)
「さてと、と」
ご主人様を玄関口で見送って、ミアは腰に手を当てた。
どうも自分のご主人様は今夜は知人の娘さんの誕生パーティーらしい。面倒くさそうにコートを羽織って、プレゼントを片手に出ていった。
(大丈夫かなぁ)
ミアは眉間にしわを寄せて偏也の右手の包みを思い出していた。細長い、大きくはないプレゼント。いったい何を買ってきたのやらと思ったが、けれど向こうの世界を思い出して変なことにはならないだろうと息を吐く。
「なぁにしましょうかねぇ」
当面の問題は自分自身だ。今日はもう業務終了を言い渡されてしまった。
暇ならば掃除でもと思うが、自分の雇い主は業務外に家事をこなすと怒り出す変人で、なのでミアは床を掃くことすらできない。
『休みのときまで仕事をするな。なんのための休みだと思ってるんだ』
とは雇い主こと偏也の弁だが、物心ついたときからメイドとして生きてきたミアにとってはいまいちピンとこない。メイドが休みに働けば素直に喜べばいいし、なんなら普通は褒めてくれる。
「よくわかんないとこありますよね」
まぁ偏屈で有名な主人だ。休みがあるのはいいことだと、ミアはとりあえずメイド服のエプロンを外した。
このまま外出してもいいが、生憎と既に夕日が傾いている。女の夜道は止めた方がいいと、ミアは室内で出来ることを探した。
「……とりあえず部屋に戻りますか」
クーラーは快適だが、いつまでも主人の自宅に居座るのも居心地がよくない。どうせ向こうは冬なんだしと、ミアはぺたぺたと鏡の向こうへと戻っていった。
◆ ◆ ◆
屋敷の自室、ミアはベッドの上から満足げな顔で床を見下ろした。
「にゃふふー。たくさん買いましたねぇ」
ベッドの周りには、所狭しと大小様々なペットボトルの清涼飲料水が並べられている。床の一本に手を伸ばし、ミアはにへりと頬を緩めた。
『青森リンゴ水』ミアお気に入りの一本である。リンゴの木が描かれたラベルが芸術的だ。それに、中のリンゴジュースの色も琥珀色で綺麗である。
「にゃふふふーん。お洒落ですねー」
ミアの部屋の床は、ほとんどペットボトルで埋まっていた。ちゃんと自分のお給料で買ったものだ。外出する度に、ご褒美として近所の自販機で購入している。おかげで近場の自販機はコンプリート済みだ。
初めは中身も美味しく頂いていたが、偏也から割と日持ちすることを聞かされてからは色の付いたジュースはそのまま飾っていた。
「よいっしょ、今日はこの子たちの水を入れ替えましょうか」
飲んでしまったペットボトルは、きちんと洗って水を入れ直して飾っている。一度ミアの部屋に入った偏也がたまらず悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。
偏也から見れば、猫除けのアレにしか見えない。
「私も都会人らしくなってきましたねぇ」
どこか的外れなことを呟きながら、ミアは上機嫌で『おーい緑茶』と『なっつん』の容器を抱えて台所へと歩いていくのだった。
◆ ◆ ◆
「ふにゃ? もうこんな時間ですか」
ペットボトルの水の入れ替えが終わる頃、ミアは驚いたように時計を見上げた。
偏也に教えてもらった時計の見方を思いだし、ふむと窓の外へと目を向ける。
日が高い夏の空も、随分と暗くなっている。そろそろ夕飯の時間だろう。
「にゃふふふ。今日のご飯は豪華ですよー」
そう言って、ミアはキッチンの方へと尻尾を揺らしながら歩いていく。シンクの下の扉を開けて、中から白い容器を取り出した。
発砲スチロールで出来ているそれを手にとって、ミアは口元を緩めて笑う。
「ラアメン。ヘンヤさんから好きなものを食べていいと言われました」
自分に説明するように、ミアはごそごそとシンクの下からカップ麺の山を取り出していく。
数分後、台所には様々な種類のカップ麺が並べられていた。
「にゃうぅ、悩みますねぇ」
オーソドックスなヌードルを手にとって、ミアはくんくんと鼻を近づける。けれど透明なビニールに阻まれて、亜人のミアといっても中身の匂いは分からなかった。匂えなければ文字の読めないミアは味の想像ができない。
仕方がないと、ミアはパッケージの雰囲気で選ぶことに決めた。
「……赤いのが美味しそうですかねぇ」
パッケージの傾向は大きく分けて3種類ほど。赤いものと、黄色く派手なもの、後は白を基調に落ち着いた感じだ。
安全を取るなら白色かと、ミアはじぃっと白地に赤字の容器を見つめる。
「どうせなら大きいやつという手も」
そう言いながら、今度は黄色く四角い器をミアは手に取った。勿論、カップ焼きそばの文字はミアには分からない。
「そうだ、ヘンヤさんからのメモ」
ごそりと、ミアはポケットからヘンヤに渡されたメモを取り出す。そこには、ミアの世界の文字でカップ麺の作り方が丁寧に書かれていた。
「なになに……お湯を注いで三分待つだけ。か、簡単ですぅ」
わなわなとミアが震える。こんなものがあれば自分のご飯なんか要らないんじゃないかとミアは思うが、偏也に言わすとそうでもないらしい。
不思議に思いながらも、ミアはメモの注釈に目を通した。
「にゃ? 中にはお湯を捨てないといけないものや、5分のものもあるので注意。……ええっ!?」
そんなぁとミアは転がるカップ麺を見渡した。そんなことを言われても、ミアにはどれがどれだかさっぱり分からない。
メモを読む限り、小袋が入っていればお湯を注ぐ前にそれを開けないといけないらしいが、お湯を捨てるだの時間がどうだのは分かりようがない。
「ぐっ、にゃむむむっ。か、賭けるしかないですねっ」
出来るだけ簡単そうな奴だ。ミアはパッケージが派手な奴を脇に寄せ、赤いカップうどんと白いヌードルの容器に的を絞った。
片方は5分、片方は3分である。
「こ、こっちですっ!」
なるようになれと、ミアは覚悟を決めて赤いパッケージを手に取るのだった。
◆ ◆ ◆
「おいしいです。うう、よかった」
十数分後、キッチンには安堵の表情でうどんを啜るミアの姿があった。
沸かしたヤカンを横に置き、ずるずるとうどんの麺を啜っていく。
「上手にできました」
満足そうなミアだが、実は5分のところを3分で作ってしまっていた。しかし、正直ミアにとってはそれでも十分美味い。
この前食べたものよりも太めの麺だ。もっちりとしていて、食べ応えがある。
麺の入ったスープも以前のラーメンに比べると随分と優しい味だ。魚で取った出汁だろうか。ミアの嗅覚は、鰹節由来の旨味をきちんと鼻で捉えていた。
「んぐんぐ……ぷはぁっ! スープもおいしいです!」
クーラーが効いているというのに額に汗を掻きながら、ミアはカップうどんの汁と麺を交互に口に入れていく。そして、ついにミアは今晩のメインディッシュに目を細めた。
「これは、なんでしょう?」
なんとか箸で持ち上げたきつねうどんの揚げに、ミアは首を傾げてしまう。肉でもなければ、魚でもない。得体の知れないうどんの具を、ミアは恐る恐る睨みつける。
「……はむっ」
覚悟を決め、ミアは揚げにかぶりついた。噛みしめたとたん、じゅぷりとミアの口を揚げが吸った汁が襲う。
「あ、熱ぅッ!?」
鼻まで攻撃され、ミアは思わず目を瞑って顔を引いた。この野郎と揚げを見つめ、慎重にふーふーと冷ましていく。
息を吹きかけた後、ミアはゆっくり揚げを咥えた。
今度はしっかりと揚げの旨味がミアの口へと広がっていく。
「はふっ、はふぅ。これおいしいでふ」
お揚げの本領にミアは目を細めた。噛むとじゅわりと汁が染み出してきて、美味い。揚げ自体も優しい味わいだ。
なんでできているんだろうと、ミアは不思議そうに揚げを見つめる。
慣れない箸に悪戦苦闘しながらも、これが異世界の醍醐味ですとミアはうどんに舌鼓を打った。
「ラアメンおいしいですねぇ」
うどんとラーメンの違いを知らぬネコ耳娘は、尻尾をご機嫌に揺らしながら、主人の帰りを今か今かと待ちわびるのだった。




