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第20話 ミアと女子高生と(2)

「へぇ、友達ができたのか。よかったじゃないか」

「にゃへへへー。いい人なんですよユーナさん。揚げ芋とマンゴオフローズンを奢ってもらいました」


 夕方、嬉しそうにハタキをかけているミアの声を聞きながら、偏也は椅子に座って新聞紙を広げていた。

 まさかあの喫茶店の店員と仲良くなっているとは思っていなかったが、ミア自身は楽しそうだ。


「色々と教えてもらうといい。服もお金あげるから一緒に見てきなさい」

「い、いいんですか!?」


 驚くミアに勿論だと頷いた。というより、一緒に買いに行くのは偏也としても抵抗があるので大歓迎だ。

 ネコ耳少女と道を歩いて食事をとるだけでも結構ギリギリな気がするのに、女性向けブランドの服屋にでも入ろうものなら完全にアウトである。


 女の子の文化など、自分にはわからないことも多い。友達がいるのはいいことだと偏也は広げた新聞に目を落とす。


(できれば下着とかも見てきてもらいたいものだが、俺が言うとセクハラになるからな)


 向こうの世界にセクハラという単語はないだろうが、それでもデリカシーは大切だ。客観的に見れば、若い異国の女の子にネコ耳をつけさせて住み込みで働かせているヤバい奴である。これ以上の誤解は避けたい。


 そんなご近所さんからの目を気にしながら、偏也は一面の見出しを目で押うのだった。


 内容は相も変わらずたわいもない報道だ。習慣なので読んでいるが、近頃の情報スピードは紙媒体ではいかんともし難い。

 考えてみれば、海の向こうの国の首相が変わっただのというニュースが、現地の一分後には極東の国の島国、しかも庶民が持っている情報端末に流れてくるのだ。技術の進化もここまでくればいきすぎな気もする。


「ほんと、君の世界くらいがちょうどいいよ」

「にゃへ?」


 とはいうものの、やはり文明を手放すのは惜しいもので、今も部屋の中はクーラーによる冷風で快適な温度に保たれている。

 リモコンに表示された24度を確認して、冷やし過ぎかなと偏也は温度を2度ほど上げた。


「向こうに戻れば冬なんだが、あっちはあっちで寒いしな。どうも贅沢になっていかん」

「にゃはは、私も外に出るとぐでぇってなりますもん。慣れって怖いですね」


 今ではミアも、向こうとこちら、居る時間は半々といったところだ。こちらのキッチンで夕食を作り出してから、随分と楽になったらしい。

 一度「そんなに違うかい?」と聞いてみたら、「だってお水使い放題ですし」と返された。


 別に水道料金的にはそんなことはないのだが、ミアの言っていることはそういう意味ではない。

 向こうの屋敷では水というのはかなり大切な資源だ。水を使おうと思えば、庭にある井戸に水を汲みにいかねばならない。


 それでも十分過ぎるほどに快適で、普通の庶民は街に設置された共同の水汲み場へ足を運ぶのだ。


(まぁ、あれはあれでひとつの文化だがな)


 水汲み場の周りは、ちょっとした人の展覧会と化している。様々な種族、職種の人々が水を求めて集っているのだ。

 飲み水や生活用水を汲むだけではない。野菜を洗ったり、洗濯をしていたり。そんな人たちを狙って露天商までいるのだから手に負えない。


「こっちは蛇口捻れば水が出ますもんねぇ。すごいですぅ」

「案外と、そこが一番良いところかもね」


 やれ車だインターネットだ冷房だと人は文明の恩恵に感謝するが、水のありがたみを染みて生きることは中々に難しい。なにせ、キャンプに行こうが水道は確保されているのだ。


 水道料金を払っているからとも取れるが、公園に行けば蛇口に鍵がかかっているわけでもなし。この日本で飲み水がなくて乾いて死にましたはほぼあり得ないことだろう。


「極めつけに、そのまま飲んでも問題ない」

「……私は遠慮しときます」


 偏也の発言に、ミアは目を細めてキッチンの蛇口へ振り向いた。一度飲ませようとしたが、カルキの匂いに驚いて頑なに飲んでくれなかったのだ。

 まぁここら辺は地球基準で考えても日本が異常なだけなので、ミアの反応は正しいといえる。


「そういえば偏也さん、今夜のお夕飯どうしましょうか?」

「ああ、そのことだけどね。今夜は昔の友人に会うんだ。夕飯は外で食べるから、ミアくんも好きにしてくれていいよ」


 偏也の返事に、ミアが軽く驚いて振り返る。まさか自分のご主人様に仕事以外の用事があるとは思わず、ミアはまん丸と目を大きくした。


「えっと、例の会社を任したという」

「違う違う。あいつとは今更、気恥ずかしくて会えんよ。向こうの世界の友人だ」


 その発言に、ますますミアは驚いた。メイドの表情に、主人は複雑そうに顔を見合わす。


「なにかね?」

「いえ、失礼ですけど……友達いたんですね」


 本当に失礼な話だ。しかし、あのミアが直接言うくらいだから、よほど人望がないと思われていたのだろうと偏也は少し反省した。友人が少ないのは事実である。


「向こうの世界で事業を起こし始めた頃からの知り合いでね。その娘さんの誕生会があるんだ。出ないわけにもいかないだろう」

「なるほど。……いや、それでも意外です。てっきり、そういう集まりは無視する方かと思ってました」


 ミアに淡々と告げられ、偏也もまぁねと深く座り直す。新聞を投げ捨てて、ぎしりと椅子の背に体重を預けた。


「僕もできれば御免被りたいけどね。その娘さんに、次の誕生日に素敵なプレゼントをあげると約束してしまったんだ。僕のせいで男性不信になられても困るだろう?」

「ああ、それはまた。……プレゼントはもう買われたんですか?」


 偏也の話になにやら嫌な予感がして、ミアはつい聞いていた。ミアの質問に、偏也がなんの気ないように顔を向ける。


「行く途中で適当に見繕おうと思っていたんだが、だめかな?」

「だ、だめですよお! ちゃんと選んであげないと!」


 焦るミアの声に、偏也は心底面倒だと顔をしかめるのだった。



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