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第02話 偏屈荘の御主人さま (2)


『今日はもう遅いから、仕事は明日からでいい。今夜は君の歓迎会をしよう』


 そう言って、偏也は一人で台所の方へ歩いていった。お構いなくとミアが声を上げるが、偏也はミアに座っていろと指示を出す。


 主人にそう言われては従うしかない。かろうじて何も掛かっていない椅子を一つだけ見つけると、ミアはそこにちょこんと腰掛けた。


 それにしてもと、ミアはテーブルの上の皿の山を見つめる。そしてその横に、ミアは奇妙な深皿の山を見つけた。

 こちらも白い皿だが、何か蓋のようなものが付いている。薄い、紙のような蓋だ。色とりどりに彩色されているその蓋を、ミアは興味深げに見つめる。


 なんだろうこれは。そう思い手を伸ばし、ミアは深皿の一つを手に取った。


「わっ!?」


 深皿を持ち上げた瞬間、ミアはびっくりしたように声を上げる。

 軽かったのだ。ミアが思っているよりも遙かに軽く、その深皿は持ち上がった。


 木の器よりも、更に軽い。不思議そうな表情で、ミアはその深皿を手元に寄せる。

 赤色で彩られた蓋には、何か麺料理の絵が描かれている。随分と精巧だ。こんな上手な絵は初めて見たぞと、ミアはじぃっとその蓋を見つめた。


 無造作に置かれているが、とんでもない高級品に違いない。そう思ったミアは、そっとその深皿をテーブルの上に着地させた。明日には自分が洗うのだろうが、割らないように気をつけなければとミアは気を引き締める。


 よくよく見てみれば、屋敷の中はミアの知らないものだらけだった。ミアは椅子に座ったまま、きょろきょろと辺りを見渡す。

 何に使うか分からない道具。奇妙な形の物体。見たこともない程に色鮮やかな小物の数々。


 とんでもないところに来てしまったと、ミアはふるりと背中を震わせた。ここで何かを壊してしまった日には、一生働いても返せない額の負債を負うかもしれない。


「ミアくん。君は、猫の亜人だったね? 魚は食べられるかい?」


 一人緊張で震えているミアの元へ、台所から偏也が顔を見せていた。はっと顔を上げると、ミアは慌てて偏也へ声を張り上げる。


「す、好きですっ! あっ、でも! そんなに気を使わなくてもーー」


 これ以上、雇い主に気を使わせるわけにはいかない。そう思ったミアだったが、その声の続きは台所からひょっこり姿を見せた偏也に遮られた。


 歩いてくる偏也の両手には、先程の深皿に似た器が二つ支えられている。バランスを取りながらテーブルに向かってくるが、床に散らばった衣類に足を取られて偏也の身体がおっとと揺れた。


 はらはらしながら見守るミアの元へ、偏也は何とか到着を果たす。


「そろそろ三分だ。もう食べられるよ」


 そう言いながら、偏也は満足げに器をミアの前に置いた、ミアは、先程見た深皿と同じ器をまじまじと見つめる。


 蓋が付けられている。冷まさないためだろうか。それにしても、あの短時間で何を作ったのだろうと、ミアは偏也の方へ顔を向けた。


「最近はやりの魚介系だ。口に合うといいが」


 偏也が、蓋をぺろんとめくりあげた。その瞬間、器の中から白い湯気が立ちこめる。

 ミアも慌てたように、偏也の真似をして蓋を外した。その瞬間、複雑な匂いと共に白い湿気がミアを襲う。


 嗅いだことのない匂いだ。複雑なのに、どこか理路整然としている。

 人間よりも数倍の鼻の良さを誇る亜人のミアは、不思議そうに器の中身に目を落とした。


「よくかき混ぜて食べるといい」

「あっ、はいっ。……って、えっ。えっ?」


 ぱきりと偏也が割り箸を開き、それで麺をかき混ぜ出す。その見たこともない食器を、ミアは困惑したように握りしめた。

 自分の目の前にも置かれていた割り箸を、ミアは取りあえず見よう見まねで割ってみる。


 綺麗に割れずに、片方が短くなってしまった。どうしようと偏也を見ると無言で麺をかき回していたので、とりあえずは大丈夫なのだろうとミアは割り箸を頑張って握り込んだ。


「……にゃ。えっ。……えっ?」


 がしりと握り込まれた割り箸は、開くことなくミアの手の中に収まっている。ミアが偏也の右手を確認するが、偏也は器用に麺を二本の棒で持ち上げていた。


「ん? ああ、箸は少し難しかったかな。すまない」

「い、いえっ。大丈夫ですっ」


 偏也の申し訳なさそうな台詞に、ミアは急いで器を引き寄せる。偏也ほど器用には使えないが、かきこむようにすれば食べられないことはない。ミアは、何とか頑張って麺を口の中へ持って行った。


「ーーッ!?」


 ずずずっと麺を口に入れた瞬間、ミアの表情が固まる。驚いたように器を見て、恐る恐る二口目を啜っていった。


「……お、美味しい」


 思わず、呟く。本当にびっくりしたように、ミアは顔を上げた。

 偏也もわずかながら、にっこりと安堵の表情を浮かべた。


 正直、未知の味すぎてミアにはよく分からなかった。ただ、美味しいというのは理解できる。

 これだけ複雑な味だ。苦手だという人もいるだろう。しかし、ミアはこんなに美味しい物は初めて食べたと偏也を見つめた。


「へ、ヘンヤさんっ。お、美味しいですっ」

「そうか、よかった。味が濃いから、口に合うか心配だったんだが。美味いなら問題ない」


 満足そうに、偏也は麺を啜っていく。それを見て、ミアも嬉しそうに再び麺に箸を伸ばした。



  ◆  ◆  ◆



「ここが君の部屋だ」


 食事の後、偏也はミアを二階に案内した。二階の階段を登ってすぐ。扉を開けた先にミアは目を丸くする。


「こ、こんな大きな部屋っ。いいんですかっ?」


 今まで住んでいた部屋と同じくらいの大きさだ。しかし前の屋敷では、その部屋に先輩と四人で暮らしていた。個人のスペースとしては、ざっと四倍になる。


「構わんよ。どうせ使っていない部屋だ。家具も、有るのは自由に使っていい」


 ちょっと古いがと言いながら、偏也は壁際のタンスを叩く。しかし、木作りの立派なクロゼットだ。嫁入り道具といっても遜色ないそれに、ミアの心がふわふわ浮かぶ。


「そ、その。何から何まで。ありがとうございますっ!」

「いいさ。その代わり、掃除とか家事のほうをよろしく頼む」


 ミアの笑顔に、偏也もどことなしに微笑んだ。

 その顔に、頑張ろうとミアはぐっと拳を握るのだった。

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