第19話 ミアと女子高生と(1)
「ふふふふーん。わったしは無敵の優奈様ぁー」
その日、神崎優奈はご機嫌な気分でスーパーのお菓子売場へと歩みを進めていた。
曾祖父の経営する喫茶店でバイトをするようになってからというもの、懐事情がだいぶ明るい。そのため、こうして学校の帰りにおやつを購入することも出来る。
「ははははーん。わたしは時給1500円の女ぁー。じいちゃんありがとー」
即興で作詞作曲した鼻歌を歌いながら、優奈は乾物のコーナーを抜け、お菓子が陳列されている棚へと差し掛かった。本日のお目当てはスナック菓子だ。新しい味が出ていないかチェックしながら、優奈はふんふんと顔を動かす。
そのとき、前方にいる奇妙な物体に優奈の視線が止まった。
「ん? あれって」
しゃがみ、じぃっと手元を睨みつけている少女。そこまではよくある光景だが、いかんせん少女の見た目がイレギュラーだ。
メイド服に、頭の上のネコ耳。よく見れば、お尻から尻尾も生えている。
その横顔には見覚えがあった。
「あのー?」
特にためらいもなく、優奈は件の少女に声をかける。突然の問いかけに、少女がびくりと振り向いた。
「ふにゃ!? な、なんでしょう!?」
慌ている様子の少女の顔を確認して、優奈の顔が明るくなる。それもそのはずで、こんな格好の人物が何人もいるはずがない。
「あー、やっぱり! この前店に来てた子だよねー!?」
「へっ?」
話しかけてくる優奈をミアは見つめた。どうも自分のことを知っているようだが、ぱっと誰だか思い浮かばない。
けれど、自分がこちらの世界で出会った人たちなど限られている。記憶の糸を辿り、ミアもあっと声を上げた。
「ケェーキ屋さんの、メイドさん?」
「そうそう! うわー、ほんとに普段からメイド服なのねぇ」
しゃがむミアを見つめながら、興味深そうに優奈はミアを眺めた。この間と違い、夏用なのか袖が短くなっているが、メイド服であることに変わりはない。
ミアの傍らに置かれたカゴに食材が入っていることを確認して、優奈は楽しそうに中身を指さした。
「合い挽きのミンチ肉に、卵ですかぁ。夕食の買い出しかなんかですか?」
「にゃ、あ、はい。そうですけど……」
恐る恐る頷くミアを見やりながら、優奈はにやりと笑みを浮かべた。
「ちょっとお時間よろしいですか?」
女子校生である彼女のモットーは、とりあえず楽しそうなら首を突っ込むである。
◆ ◆ ◆
「へぇー、じゃあ本当に住み込みで働いてるんですねぇ。あ、お姉さんバニラシェイク2つにポテトのLひとつ。あと、このクーポン使えます?」
カウンターに肘をかけ注文をする優奈を見上げながら、ミアはちらりと買い物袋を心配そうに確認した。
思わず付いてきてしまったが、今日は生肉を買っている。これだけクーラーが利いていたら痛みはしないだろうが、なんとなくため息を吐いてしまうミアである。
一応、この得体の知れない赤と黄色の派手な外見の店は自宅とスーパーの間に建っているので、偏也の言いつけを破っているわけではない。
「ミアさんでしたっけ? 他になんか食べます?」
「い、いえっ。おかまいなくっ」
優奈にぶんぶんと首を振りながら、ミアはどうしたものかと冷や汗を流した。
悪い人ではなさそうだが、ぐいぐいとくるノリにちょっと付いていけていないミアである。
「シェイクとポテトのお客様ー」
「あ、はいはーい!」
料理の出てくる早さに驚きながら、ミアはとりあえず優奈のミニスカートの後ろを付いていくのだった。
「ミアさんって言うんだ。可愛い名前だねー」
「あ、ありがとうございます」
二人席に向かい合って座り、優奈がにこにこと歯を見せた。ミアの視線に、これは失礼と優奈が少し身を乗り出す。
「私は神崎優奈。見ての通り女子高生です」
「女子、こーせい?」
ひとまずとやった自己紹介はミアに首を傾げられてしまう。ありゃと思い、優奈はミアの碧眼を覗き込んだ。
栗色の毛並みはまだしも、日本人には見えない瞳の色だ。まるで人形のような愛くるしさのミアを前に、優奈は深く座り直す。
「えっと、女子高生ってのは高校……高等学校に通ってる女子生徒のことですよ。ハイスクールスツーデント」
「ああ、なんだ。じゃあユーナさんは学生さんなんですね。すごいですぅ」
ぱんと手を合わせたミアを見て、優奈が気恥ずかしそうに頬を掻いた。褒められるのは嬉しいが、そう大したものでもない。
「いや、別に凄くは……」
「そんなことないですよー。私は初等部しか出てませんし、周りにも高等学校出てる人は少ないですぅ」
凄いですともう一度言われ、優奈はちょっと面食らってしまった。なにか言いたくなるが、ミアの容姿を見て喉を止める。
頭をガシガシと掻いた後、優奈はミアに気になっていたことを質問した。
「ミアさんってメイドなんですよね?」
「そうですよ?」
きょとんと、何を今更と言わんばかりに返される。優奈は感心したようにミアのメイド服を見つめた。
エプロンは外しているが、高級感のある作りだ。生地も、自分がバイトで着ているものよりも数段上のようである。
「てことは、この間の男の人が……その、ご主人様?」
「そうですよー。ヘンヤさんです」
にへりとミアの顔が緩み、優奈はごくりと唾を飲み込んだ。半信半疑だったが、どうやら本物のメイドさんなようだ。だとすれば、あの男性がミアを雇っていることになる。
「い、いつ頃からメイドさんやってるんです?」
「私ですか? えっと、九歳くらいからですかねぇ。それで前の旦那様がお亡くなりになりまして、紹介された私を偏也さんが雇ってくれたんです」
ミアの説明に、あんぐりと優奈は口を開けた。国というか、世界の違う話だ。想像よりもずっと複雑なミアの経歴に、優奈は思わず頭を下げた。
「にゃっ!? ど、どうしましたっ!?」
「いや、なんか。ほんとすみません。真面目に勉強します」
ぺこりと謝る優奈に、ミアはくすりと笑みを浮かべる。なんとなく優奈の言いたいことを察して、しかしミアは気にしないと目を細めた。
「そういえば、優奈さんはメイドじゃあないんです?」
「あ、はい。わたしは、なんだろ。バイト? えっと、臨時のウェイトレスです。格好がメイドさんなだけで。あ、ポテトどうぞ。冷めちゃう前に」
言われ、ミアは納得いったように頷いた。それならば学生との両立も可能だろう。大したものだと、ミアは目の前の苦学生を見つめながらポテトを摘んだ。
「むっ! これおいしいですっ!」
「よかった。美味しいですよね、ミャックのポテト」
ポテトを咥えて、ミアはハフハフと熱を逃がす。熱いが、美味しい。ほどよい塩気がいい感じだ。
どうも芋を揚げたもののようだが、ミアはじぃっとポテトを凝視した。
「これ、お芋ですか? おいしい」
「ですよねー。なんで芋揚げただけなのにこんな美味しいんだろ」
優奈に賛同され、ミアはふむとポテトをかじる。理由は丸わかりで、まず芋が違う。向こうでも揚げ芋は老若男女問わず人気だが、ここまで美味しい芋は初めて食べた。
ホクホクとしていて、全然パサパサしていない。それに、揚げ物なのに油の匂いがほとんどしない。感心しながら、ミアはずぞぞぞっとシェイクのストローに口を付けた。
「冷たくて甘いですねっ!?」
「あ、大丈夫ですか?」
口の中に広がる冷たさと甘さに、ミアは仰天してしまう。美味しい。しかし、これは飲んだことがあるぞとミアは優奈に顔を向けた。
「私これ知ってます! マンゴオフロートですっ!」
「えっ?」
得意げな表情のミアに、まぁいいかと優奈は口を噤む。あんまり突っ込んでも野暮というものだろう。
なにはともあれ、仲良くなれそうだと優奈は胸をなで下ろした。そして、そろそといいかと思い一番気になっていたことを聞いてみる。
「ところでミアさん、その耳ってどうなってるんです?」
興味津々な様子の優奈に、ミアは待ってましたとにかりと笑った。
「にゃふふ、これはですねぇ……」
答え方はすでに、ご主人様から聞いている。




