第14話 異世界チーズハンバーグ(2)
「にゃわぁ……しゅごい」
驚きで口を開けるミアを見て、偏也はくすりと笑みを浮かべた。
たまにはいいだろうと、五月蠅いくらいに光るネオンを見つめる。
腕時計は午後10時15分を示している。本来ならば初デートでこのチョイスはしないところだが、相手は異世界人のネコ耳娘だ。
むしろ正解だろうと思いながら、偏也はファミリーレストランの扉に手をかけた。
とたん、鳴り響く安っぽいインターホン。客の出現を聞きつけた店員が、どこからともなく現れる。
「いらっしゃいませー、二名様ですね?」
張り付けた笑顔の店員にこくりと頷きつつ、偏也は後ろのミアを手招きした。慌てて駆け寄ってくるミアの頭部へ店員の視線が泳ぐが、そこは日本の大手チェーン。マニュアル通りに、なにも言わず席へと案内してくれる。
「ご注文お決まりになりましたらお手元のベルでお呼びくださーい」
少しだけミアを気にしつつ戻っていくウェイトレスの背中を眺めて、軽く息を吐いた。改めて対面のネコ耳を見やれば、緊張している様子のミアがそわそわと店内を見回している。
「どうした?」
「えっ? いえ、その……にゃははは」
頬を掻くミアはどうも照れているようだ。しきりに辺りを気にしながら、おもむろに背筋を整える。
わけがわからず見つめる偏也に向かい、ミアは固い声で呟いた。
「こういう高級なお店は慣れてませんので」
「ぶッ」
ミアの台詞に、危うく偏也は噴き出しかける。笑ってはいけないと耐えたが、少し漏れてしまった。
横を向いた偏也に首を傾げつつ、ミアは落ち着きのない様子で卓上を見下ろす。
「よくわからないので料理はヘンヤさんに……」
「おいおい、それだとここにした意味がないだろう」
お任せします。そう言おうとしたミアを遮って、偏也はテーブルの上に立てられたメニューを引き寄せた。
それをミアに手渡すと、開いてみなさいとジェスチャーする。
「わぁ、なんか凄いですぅ」
様々な料理の写真が並べられたメニューを見下ろし、ミアは驚いて口を開けた。
この世界の職人さんはほんとに絵が上手いと、ミアは写真の出来映えに惚れ惚れする。
「なんでも好きなものを頼んでいいから、食べたいものを選ぶといい」
「にゃっ!? な、なんでもですか!?」
偏也に言われ、ミアの耳と尻尾がぴんと立った。思わず偏也の顔とメニューとを往復してしまう。
遠慮は見えるが、好奇心は隠せない。わざわざファミレスを選んだかいがあったと偏也は肘をついた。
なにせ異世界の女の子だ。牛丼は大丈夫だったようだが、あんなものはマグレである。下手な高級店よりも、こういう場所の方が好みのものがある確率は高い。
「あ、お肉もある……にゃわわっ、どうしよう」
案の定、ミアはぺらぺらとメニューをめくり始めた。困ったような表情だが、嬉しくて仕方がないという口の緩みようだ。
偏也も、自分はどうするかなと季節限定のメニューを流し見る。
「あ、あのヘンヤさんっ! 文字が読めないので値段が……!」
「気にするな」
ぴょこんとミアの顔が上がる。どうせファミレスのメニューだ。高いものでも精々が千数百円だろう。気にせずに選べばいいと偏也はミアを促した。
「何でもいいと言っただろう。好きに選びなさい」
「は、はいっ!」
ここまで来たらミアも気に入ったものを頼みたい。真剣に、じぃっとメニューの写真を睨みつける。
目力の入っているミアに、偏也も対面から助言した。
「ほら、このピザなんかは向こうにも似たような料理があるぞ」
「にゃううう。どうせなら食べたことない料理がいいですぅ」
指さされたマルゲリータを見て、ミアは渋い顔をする。それに偏也も納得して頷いた。確かに、わざわざ世界を越えているのだ。チャレンジは大事だろう。
「お肉も……焼いただけっぽいし。にゃむぅ」
ミアが悩む。味だけならばどれを食べても驚くだろうが、もの珍しさも加わるとなると安易には選べない。ステーキなんかは、言ってしまえばただ肉を焼いただけの料理だ。
そんなとき、ミアの視線がひとつの料理でぴたりと止まった。
「ヘンヤさん、これってなんのお肉ですか? この丸いやつ」
「ん? ああ、それはハンバーグって言ってね、豚とか牛のミンチだよ」
ミアの質問に偏也は簡単に答えた。しかし、ミアは小さく首を傾げる。
その様子を見て、偏也はミアの疑問に行き着いた。
「そういえば、向こうはミンチ肉って見ないね。肉を細かく刻んで練ったものなんだが」
「にゃえぇー、勿体ないですぅ。せっかくのお肉を」
偏也の言葉にミアは驚いてハンバーグに目を下ろした。ミアの世界ではミンチの肉を食べる習慣はほとんどない。くず肉は基本的には煮込み料理に回される。
しかし、写真は美味しそうだ。味も想像できないが、元が肉ならば美味しいだろうとミアは思った。
それに、ひとつ横には黄色いチーズが乗せられたものも見受けられる。
バツ印にとろけたチーズを見て、ミアの喉がごくりと鳴った。
チーズは向こうにもあるしミアの好物だ。お肉とチーズ、最高ではないかとミアの決心が固まる。
「ヘンヤさん! これ! これがいいですっ!」
「お、どれどれ。……ほう、チーズハンバーグか。いいんじゃないか?」
ミアのチョイスに偏也もなるほどと頷いた。これは中々にいい選択だ。ソースとかは苦手な味の可能性もあるが、そのときはそのまま食べればいい話である。
塩と胡椒で味付けられたハンバーグ。きっとミアも気に入るだろう。
「じゃあ、頼もうか」
「はいっ!」
元気のよい返事を前にして、偏也は微笑みながら呼び出しベルを鳴らすのだった。




