隙間産業
一般には、完璧な密閉なんていう部屋は存在しないの。
そう、部屋は隙間だらけ。
気密性の高いマンションでも、気密性が高いからこそ二十四時間換気が必要だったりするの。
でも、隙間があると風の音がしたり埃が入ってきたりするし、ドアの立て付けが悪いと開け閉めに音がしたり軋んだりするのよね。
だから、隙間テープを売っているの。隙間テープ。
ドアに貼る、粘着付きのスポンジの、あれよ。
「へえ、隙間産業なんて言うから、どんなニッチなターゲットにアプローチするのかって気になっていたけど、DIYの店なんだね」
私の想い人の男性は、私の仕事をカタカナやらアルファベットの難しい言葉で評価する。
いいのかどうかも判らないけれど、私のことを考えてくれたことだけでもうれしい。
「そういえば俺の部屋もドアの閉まる音がうるさくてさ。その隙間テープを貼ったら、静かになるかな」
「ええ、静かになるわ。クッションにもなるからドアも痛まないで済むようになるし」
「そうなんだ、じゃあ一つくれよ。試してみるからさ」
そう言って、明らかに大きい金額の紙幣が私に手渡される。
「お釣りはいいから」
彼の笑う顔が可愛い。
ああ、彼の部屋に、私の隙間テープが備え付けられるのだ。
彼のいる空間を、私の部屋にあった隙間テープがその隙間を埋めるのだ。
私が彼を想って愛したスポンジを、彼が部屋のドアに貼りつけるのだ。
私の分身が彼の部屋にいる。
考えただけでも、身体の芯が熱くたぎる。
でも、私は知っている。
ドアだけじゃない。窓だけじゃない。
ほんの少し、換気口、クローゼットの隙間、玄関のカギ穴。
それで十分。
少しの隙間でも、彼の姿を見るには十分。
彼の匂いを嗅ぐには十分。
彼の立てる音を聞くには十分。
一般には、完璧な密閉なんていう部屋は存在しないの。
そう、部屋は隙間だらけ。
隙間があれば、それで十分。
ねえ、部屋のドア、ちょっと開いていない?
誰もいないはずなのに、物音が聞こえたりしませんか?