存在に依りつく
ツイッターお題シリーズです!
お題「DV依存」
夏休み。受験生は来年に控える一般受験に向けて基礎学習を総まとめし、対策を本格的に練り始める。
彼はそんな受験生の一人、陽輔。
彼の部屋には窓が二つあり、一つは道路に面しているもののもう一つは隣の家の一室に面している。そのためか彼の勉強机は前者の窓の近くに置かれ、夏の季節は毎度そこから空気を仕入れていた。とはいえそこだけでは涼しさに不足があるので後者の窓も開ける。しかしこの窓は開けると隣の家が丸見えだし隣の家からも丸見えとなるので厚手のカーテンで空気は循環させながらも空間は仕切っている。
そんな彼が夏のある日出逢った奇妙な出来事。それは春先に引っ越してきた嶋夫妻によるものだった。
彼の部屋から見える家に越してきたのは双方とも三十歳程度の夫婦だった。夫は清潔感があり、ぱりっとスーツを着こなしていた。妻は肩まで伸ばした髪の毛をウェーブさせ、おしゃれな雰囲気を醸しだしていた。
陽輔の父親が家に面する陽輔の部屋の窓のことを説明すると、「構いません。お気遣いないようにあそこの部屋は物置にしますから」と。流石にそれでは申し訳ないのでと、当時は仕切りなど無かった窓にカーテンを取り付けた。すると嶋夫妻は喜び感謝を述べた。
そこまでは良かったものの、それから数ヶ月。又、陽輔が高校生活最後の夏休みに入って数日後。
陽輔は奇妙な音を耳にする。
ゴッ、ガタッ、あっ・・・バゴッ
聞こえたのは殴打音とあの日聞いてから数度話した妻の声。仕切りがあったので容赦なく窓を開けていたのが災いして、陽輔は隣人の秘めたるプライベートを耳にしてしまった。
しかし奇妙なのは音だけでなく、夫の車がその音の後に自宅に到着こともだった。
最初陽輔は「あ、片付けしてて物落としたのか」と完結して勉強に戻った。
夫が帰宅してからはそんな音が聞こえることは無かった。
しかし次の日、再び暑さ故に窓を開けていると、
ドッ・・・許し、バキッ・・・
再び奇妙な音と、それに加え妻の懇願の声が聞こえていた。
流石にヤバイと思った陽輔は仕切りの隙間から部屋を覗いた。しかし部屋にはカーテンがかけられて中の様子が見えない。どうやら音だけが漏れているようだ。
陽輔はそこから目線を下に落とし、夫が帰ってきていないかを見る・・・車は無い。夫はまだ仕事から帰ってきていない。
陽輔はこの奇妙な現象に鳥肌を立たせ、勉強を続ける気にもならなかったので、その日はすぐさま寝ることに決めた。
この時点で陽輔は両親に相談することもできた、いや。すべきだったのかもしれない。
しかし陽輔は妻の不倫を疑い、ここで大事にしてはご近所間の付き合いに溝が出来る。と要らぬお節介を焼いたことで、一連の奇妙な出来事は陽輔の耳と心の中だけに留められることとなった。
次の日もまた殴打音が聞こえる。窓を閉め切り音を遮断することも出来たが、それでは暑過ぎる。エアコンは無いために密閉は命取りだった。そこまでしなくても音の聞こえる窓は閉めても良かった。しかしこの時陽輔の心中には、隣人の秘密を自分だけ握っている優越感と、奇妙な出来事への興味でいよいよ窓を閉め切ることは無かった。
そして夏休み中盤、陽輔はある作戦に出る。
開け放たれた仕切りのついた窓からは今日も、
バゴッ、ドガッ・・・いっ、ゴッ・・・
殴打音と妻の声が聞こえていた。
そのまま時間が過ぎるとそれが終わる。そしてある時間になると夫の車がやってくる。
陽輔の作戦はこの時点から開始された。
「嶋さん」
声を潜め部屋から車を降りたばかりの夫へ声をかける。
すると夫は部屋を見上げ、
「・・・あ、君か。やぁ」
と手を挙げてきたので、陽輔は手を挙げるように、
「すみません、進路のほうで相談がありまして・・・」
と、夫を手招きした。
「私に相談?ご両親は?」
部屋の椅子に座りながら夫が問う。
「あいや、これは両親よりも先に嶋さんに伺うべきだと思いまして・・・」
といいながら窓の仕切りを開ける。
「すみません。嘘です。進路の話じゃありません」
きっぱりと嘘を宣言した陽輔に夫は驚きながらも窓の向こうにある自宅を見る。
「うちが、どうかしたかい?」
陽輔はあくまで単刀直入に、言う。
「言い辛いですがきっぱり言います。奥さん不倫してます」
その時陽輔の心にあったのは苦渋の決断と、宣言によって静かな夏を手に入れたいという欲望、そして奇妙な出来事の真相を知りたいという興味心だった。
当たり前ながらも夫の目は真ん丸く固まり、審議を問う。
「いや、それこそ嘘だろう?なんだって妻が」
それに被せて陽輔は言う。
「しかも奥さんは不倫相手に暴力を受けています」
その言葉を受けた瞬間、夫の表情は一変した。
「暴力・・・!?一体誰に!!!」
大声を上げた夫に陽輔は「静かに」と口の前で人差し指を立てる。
まずはどうして不倫とまで確信づいたかを説明しなければ。
陽輔は夏休みに入ってからの殴打音と妻の声、そしてそれらが窓を閉めているはずの家の中から響くほどに大きな音をたてているということを説明した。
「どんな男か、わからないかい・・・?」
夫は非常に怒った様子で、しかし落ち着いて陽輔に問う。
「すみません。俺も俺で勉強があって出入りまで監視することは出来ないんです」
うなだれる夫に、陽輔はもう一言謝罪を入れる。
「すみませんでした、言うのが遅くなってしまって」
しかしその謝罪を受けた夫はむしろ感謝したようで、
「いや、君が真面目に勉強をしていたのが幸いだった。ありがとう。日々勉強の邪魔をしてしまい悪かったね」
疲れたような顔で立ち上がった。
「・・・どうするんですか?」
恐る恐る夫の答えを待つ。夫は振り向かずにこう言った。
「それは、夫婦間で話し合って決めるよ。私は妻を愛しているからね」
夫の「愛している」という言葉が陽輔にはとても悲しく、そして重く感じられた。
夫が去った部屋の中で陽輔はボーっと事の顛末を想像する。
(このままだと嶋夫妻は奥さんの不倫が原因で離婚・・・二人とも親切にしてくれたのにな・・・)
そしてそのボーっとした中で陽輔は『あること』に気付く。
「・・・ちょっと待て」
陽輔は飛ぶように仕切りから顔を覗かせる。するとちょうど夫が家に入ろうとしている時だった。
微かだがドアを開く音が聞こえる。それと同時に陽輔は叫ぶ。
「嶋さん!!!!入っちゃ駄目だ!!!」
窓から落ちるほどに顔を出した陽輔の声に反応して夫は陽輔の方を向いた。
「陽輔君!?どうしたんだい」
陽輔はそのまま『あること』を夫に吐露する。
「奥さんの不倫相手、家から出てません!!!今気付きました!!奥さんの声が途絶えてから嶋さんが帰ってくるまでお宅を出た人間は居ない!!!不倫相手は毎晩、そこで過ごしています!!!!」
そう。最初こそ見ていなかったものの、聞けば聞くほどに意識を殺がれた結果、陽輔はいつも窓の向こうの音を見て、夫の帰りを覗いていた。
その間誰も、玄関から出た人間は居なかった。
とすれば可能性は唯一つ。今日に限らず声が聞こえた晩はほぼ確実に、不倫相手は嶋夫妻と同じ屋根の下に居る。
陽輔が声を荒らげた影響で両親が陽輔の部屋に入り、嶋宅からは妻が出てくる事態となった。
それ自体はしょうがないことだった。ここで問題なのは、家の中に潜んでいるはずの妻の不倫相手がどこにも見当たらない、というものだった。
後日、陽輔は奇妙な出来事の非常に奇妙な真実を知ることとなる。
両親から聞いたことだが、嶋夫妻は共に再婚だった。
過去に夫婦はそれぞれ違う家族が居た。それが決別した原因が、この一連の大きな原因になっているという。
夫は二十歳過ぎで初の結婚を果たした。が、仕事のストレスがたたり日々当時の妻に暴力を振るうようになっていたという。それが原因で離婚した後に更生期間を経て、現在の妻と結婚した。
それを聞いたとき陽輔はそれとの関係性が窺えなかった。
妻も二十歳過ぎで初の新婚を果たし当時の夫に尽くしていた。しかし運悪くその夫には暴力的な面があり、日々暴力を受けていたのだという。それが原因でその夫とは離婚し、心身の療養を終えてから現在の夫と結婚した。
その時点で陽輔は「じゃあ奥さんは暴力を受け入れていた・・・?不倫相手からの・・・?」と思案したが、
どれもこれも陽輔の思案は見当違いだった。
嶋夫妻となった二人からはすでに暴力の残り香は消えていた、はずだった。
夫は会社員として日々奔走していた。しかしそれにはストレスが付きまとう。更生期間を経てもなお、暴力の欲求は生まれていた。
妻はパートで働き夕方には帰宅していた。そして一人になると過去の痛みを思い出していた。そして、過去の夫に付けられた傷を懐かしく思っていた。
夫は帰宅する前にジムに通い、清潔感溢れる見かけによらず力を奮った。今度は妻ではなく物に。しかし過去に妻を嬲って解消していたストレスはべっとりと奥底に染み付いていた。帰宅する度に襲い来る衝動に悩まされ続けた挙句、夫は自らを痛めつけることに決めた。自分の二の腕を噛み、痛みで自分を律することに徹した。そのお陰か夫が妻に暴力を奮うことはなかった。
対して妻は、日々増え続ける被虐欲に悩まされていた。妻は過去の夫に殴られ続けた結果、無意識に暴力を受けることでしか愛情を確認できなくなっていた。しかし夫は暴力を奮わない。妻は妻で夫を困らせまいとしていた。その結果、妻は自分で自分を殴り、痛めつけることで一定の快楽を得ていた。
つまり、夫は加虐欲を出来るだけ抑えようと自らを痛めつけ、妻は被虐欲を出来るだけ満たそうと自らを痛めつけていたのだ。
それを知ったのは俺が大学三年になって実家に帰った頃だった。
隣の家から人の気配が消えていたのを両親に聞いたらそのことを話してくれた。
あまりにも訳がわからなかった。つまり俺が聞いていた音は不倫相手のそれじゃなく、奥さん本人の音と声だったってわけ。不倫相手なんて最初から居なかった。居たのはずっと二人だけ。
なら良かったか?不倫じゃなくて?いや良くねぇだろ。奥さんはそれまで我慢できなかったんだからそれからも我慢できなかった。
旦那さん?
あぁ、あの後お互いDVを認め合ったせいで双方DV依存。暴力が日常茶飯事になって、奥さんをアクシデントで殺したからって逮捕されたらしい。あの時俺が奥さんの声を聞くのを諦めて窓を閉めてりゃ、こんなことにはならなかったかもな。
如何でしたか?
これを思いついたとき俺は天才なんじゃないかと思いました。
大げさですね。俺は天才じゃなくて秀才なだけでした。




