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青山さん家 2  作者: 宇佐美 風音
8/21

青山さん家へ来訪

一二月。


とある世界線ではヒロインが消失して、主人公が喜び庭駆け回る犬のように奔走すると言ったように、一世一代とさえ呼べるイベントを前にする月となった中。


俺はカレンダーを眺めながら腕を組み仁王立ちしていた。


それ自体は何ら珍しくない、実は飯の献立に困った時カレンダーを見て自分がどの日に何を作ったかを想起し、今日はこの日以来作ってない料理にしようとする思考に用いているからだ。


けれどこの度の問題はそこじゃない。むしろそこで悩んでいた方が身のためだったのでは、なんて思わざるを得ない心境の表れか眉間に寄った皺が戻る気配を見せない。


そう、皆さんご存知クリスマスが今年にもやって来る。来いと言わずとも「ずっと影でスタンバってました」と抜かして姿を表す、そのイベントが頭角を表す一週間前。


ある人は獣となり恋人へと襲いかかり、ある人は家族との団欒を……ある人はクリスマスなんてただの平日だと言わんばかりに労働に勤しむ、あの日。


指示語及び的を得ない人々の羅列で大変申し訳ないけれど、こればかりは察してくれと声を大にして叫びたがる俺の心情を汲み取って欲しい。


お馴染みの自分を片付けられない代わりに他人への世話、そして関係することに対してのみその才を発揮する俺の愛すべき嫁、日和(ひより)


誕生日にプレゼントした髪留めを通帳と印鑑並みに大切な扱いをして、クォーターの特権だと見せつけるような茶髪ポニーテールを垂らす彼女には、とある事実がある。


こんな詰問を労せば大体の人が察することと存じ上げる、なので単刀直入に問おう。


あなたが私のマスターか……違うそうじゃない。


あなたはサンタクロースを、いつまで信じていただろうか。


そう、困ったことに御歳二四となった 青山(あおやま) 日和は、今もサンタクロースの存在を信じているのだ。


人の家に上がり込み、どこから仕入れたのか宛先不明の手紙を片手に欲しがるプレゼントを持って馳せ参じる赤服爺さんは実在する、そう信じて止まない俺の嫁。


この子のために結婚して同棲を始めて以来ずっと枕元に置いた手紙と靴下に、所望する物体を置き続ける俺の苦労が、ついに再臨したのだ。


ゆえに溜息。また溜息。涼◯ハルヒの溜息。


こう言う時、読心術でもあればと無い物ねだりをしてしまう。まず日和から前以て欲しい物を聞かなければならない。


日和は当日になるまで具体的に欲しがっている物を文章にしたためてくれないので、毎度断片的な情報からこちらが捻出し、混乱した後に身内へ相談して解決へと誘って来たのだが、今回ばかりは難題過ぎてどうにもこうにも頭が回ってくれない。


クリスマス当日、カレンダーには花丸で覆われている。無論犯人は日和だ。


互いのシフトをカレンダーに書いてる以外はメニューを決めるくらいにしか使わない飾り同然のそれを、憎らしげに睨みつけてしまう。


「……やれやれ」


肩を落とし呟く。ニチアサに夢中な本人は意に介さずテレビに視線が釘付けだ。


日和の欲しがる不完全な情報。奇怪にして不可思議なそれは、「私たちにとっての宝物」であること。


分からない。まさか思い出とか、俺が居ればそれで良いなんて生易しいものではないのは分かる、伝わる伝播する。


けれど、物欲センサーだけはすこぶるバリ三の日和がここで物ではなく酷く抽象的で概念すらも巻き込みそうなものを欲しがるなんて、思いもしなかった。


なので悩むし嘆息だってする。理解してくれ、この苦悩。


宝物と言ってる以上物ではあるのだろうが、まるで想像がつかない。いつもみたいにサイクロンジョーカーになれるあれ、とか新しい仕事道具みたいに想像が出来る範疇に留めて欲しい。


こうなれば……素直に情報収集しかないか。


「ごほん……日和、ちょっと良いか」


声が裏返ったのは秘密である。


「なに」


仮面ライダーが始まったところで、首だけをこちらに向ける。ポニーテールが揺れ、見慣れた無表情を見遣る。


「もう少しでクリスマスだけど、どんな風に過ごしたいとか要望はあるか? ほら、もしあるなら今から準備しなきゃだしさ」


主にプレゼントを、なのだが。


「ひーくんと居られれば特にないわ」


はい去年と一言一句寸分違わぬ解答をありがとう。ちくしょうめ。


しかしこのまま食いさがる俺ではないぞ。断られるのは承知の上、本題はここからだ。


「じゃあ去年と同じで。それより日和はプレゼント何が良いんだ?」


これだよこれ!


まさにさり気なく安全な問いかけ、流石俺!


馬鹿!


ど真ん中直球過ぎるわ!


「秘密よ」


ですよねー!


ちくしょうめ!


「秘密のトワレよ」


マイシークレットオーデトワレッツ!


「そんなこと言わずにさ、俺にだけ教えてくれよ、な?」


隣に座り、もう仮面ライダーに夢中な日和の横顔に言ってやる。


しかしテレビのオー◯に釘付けだった視線を投げられた時には、訝しむようなじと目だった。


「ひーくん、秘密って言うのはここだけの話しってだけで秘密ではなくなるのよ。だから私は言わない」


むう、頑なだ。梃子でも動かないとはこのことだろう。言い得て妙だし。


それにしてもますます分からんな。日和が俺に秘密ごとを作るのは決まってこの瞬間だ。


だが今回はいつもに比べ入念と言うか、これ以上ヒントすら出してくれないとは。


頼むから隠れてしこしこプレゼントを用意する俺の身にもなってくれ、だなんて口が裂けても言えない。


「ひーくんは欲張りさんね」


「何さ突然」


「別に」


ぷいっとそっぽ向かれてしまう。仕方ない、リーサルウェポンを出すか……。


「日和のことは何でも知ってたいんだよ」


どうだ、これでどうだ!


「…………」


手応え、ありです。


肩がぴくりと震え、◯ーズから目を離してこちらを見据えた。もしかしたら、解答に近いヒントを得られるのでは……ないだろうか。


「その言い方はずるいわ」


「じゃあ……」


「でも言わない」


ガッデム!


「そこを何とか」


「いやよ」


「拝むから」


「拝まれても出ないわ」


「この通り」


「どの通り」


「やなのやなの、日和の欲しいもの知りたいの」


「ひーくん可愛い」


抱き着かれた。好感度が上がって終わってしまった。


「ひーくんは天使」


こうなれば、本当のリーサルウェポン……奥の手を使うしかあるまい。


と言うか現状、こっちに頼った方がまだ今回のクリスマスの成功率は高まるだろう。





と言うわけで。


「いらっしゃいな雰囲気だね!」


ポケモ○に与えればたちまち瀕死状態から体力マックスまで回復する元気の塊、袴塚(はかまづか) 小町(こまち)のお宅へお邪魔した。


まぁ流石に仕事中なのもあってか家内には入れないため、商売用の駄菓子が陳列する棚たちとは一段隔絶されたレジのあるそこへ腰を据える。


その後ろで俺を出迎えてくれた小町が正座で居る。


紫と緑といった普段見ない和装の上から白いエプロンを着込む彼女は、これまた出迎えた人々に誘い笑いを与えそうな笑顔だった。


「いきなり押しかけてすまない。実は相談があってな……」


「ほうほう、聞いてみようじゃないかい! して、その相談とは何ぞな雰囲気?」


やけに口調が古いな、最近のブームか何かか?


そのまま行けば一人称が我輩になりそうだぞ。


「実は……かくかくしかじか……」


「はぁ?」


小町が笑顔を消した……だと……?


それだけ腹立たしい伝え方だったのか、或いは具合悪いのか?


何てすっとぼけは置いといて、事の詳細を汚名返上と言わんばかりに懇切丁寧な説明をした。


付き合いの長い俺ですら分からないことのある日和ではあるが、同性であることで何かしらのヒントを得られないかと小町を頼ってはみたものの……。


「うーん、ごめん……今は何も思いつかないや」


結果は肩を落とすものだった。


「せめて何か言ってたりしなかったか?」


「漠然とした雰囲気で言われてもなー、そもそもウチ、ひーくん家に行った時くらいしかぴよりんと話せないからね!」


そこなんだよな、日和は着信とメールは受け身ならちゃんと反応するのに、こいつからの連絡ってのはないからな。


元々意思疎通が独特なのもあって、学生時代は浮いていたような子だ。情報伝達に齟齬があるのは当然だろう。


結婚した今でも、行動パターンこそ読めても思考までは完全に読めず仕舞いなのが現状である。


「ふむ……うん、分かった。世話かけてすまんな」


腕を組んで小町に頭を下げる。そんな彼女は相談料と言わんばかりに小さなピンクの籠を差し出す。


「まぁまずは、ぴよりんのお土産でも持って帰りなよ! サービスする雰囲気だよー?」


駄菓子の値段だけでもサービス過多な安さだけどな。けれど、折角来たのだから確かに日和と小町に貢いでも良いのかも知れん。


籠を受け取り立ち上がる。立ち眩みも何のその、店内を見て回る。あいつ何食べるかな、適当に甘い物買ってけばハズレはないだろうが。


「あ、そう言えばぴよりん、家族が今度遊びに来るって言ってたよ!」


「……なんやて」


結婚式からしばらく会ってなかった、あの白鷺(しらさぎ)家が来るだと。と言うか家族の俺に言わず、何故小町に報告するんだあのお馬鹿。


と言うか後輩のノラと話してた時もそうだけれど、俺はどうやら自分の考えから逸脱した出来事に直面するとエセ関西弁が出るようだ。いらん癖など付きおって。


それよりもご家族だよ白鷺家だよ。一切合切が初耳なんですけど、ちょっと日和さんどう言うことなんでしょうか。


「それは是非帰ったら日和に問い詰めなきゃならんな……何故そんな大事なことを俺でなく小町に言うんだ」


「ひーくん信用されてないんじゃない?」


やめろ、その言葉は俺に効く。やめろ。


いっそやめて。


「冗談はさておいて、何でもぴよりんの様子を見に来る雰囲気だよ!」


それは別に構わんのよ。むしろウェルカムだけどさ、前情報があるのとないのじゃこちらとしても準備とか掃除があるわけじゃない?


まさかあの荷物が累積した魔窟を見せるわけにはいかんだろう、最近じゃがっつり賞味期限が切れた饅頭とか出て来てるんだぞ、真面目に饅頭怖いみたいになるところだ。


挙句日和のやつそれを俺に食べさせようと画策してたのだから驚きだよ。曰くあげようと思って忘れてたから、思い出した今あげるとのことだがありがた迷惑の代表だわ。


「今日は悩みが一つ増えて終わりそうだ……」


ウェハースチョコを三つ程籠に入れつつ心中を吐露する。日和は俺を悩ませることに生きがいを覚えてそうだな、今度問い詰めてやる。


「まぁまぁ、何か思いついたら伝えるよ! ところでひーくん、今日はこれからどうするのー? 確かお仕事休みな雰囲気だったよね」


チョコバットを二本手にした所で、小町は小首を傾げながらスケジュールの確認を求める。


「次は時也(ときや)に相談を持ちかける……予定だったんだがな、どうやら今日は冬のライブのためにリハーサルがあるらしくてさ、このまま帰るつもりだったよ」


「あじゃぱー! まぁひーくん、友達居ないしそうなるよねー!」


「……あぁ」


何だ、今日の小町やけに毒舌だな……涙出て来そう……。


華やかな笑顔でぐさりとハートを抉る小町を他所に、適当に飴や水を入れるとコーラやらメロンソーダになる粉末を籠に突っ込んで小町に差し出す。


「友達居ないのはさておき……部屋の掃除でもしておこうと思う。ところで白鷺の人はいつ来るとか言ってなかったか?」


籠を受け取り手打ちで値段をレジに打ち込んで行く小町が、片手で携帯をいじる。どうやら日和とのやり取りを確認しているようだ。


財布を取り出し会計と返事を待つ。


「……あー、突然だけどウチ、ひーくんの運勢を占ってあげる」


「何だ突然。言っておくが、俺は占いとか霊的な類いは信じてねぇぞ」


「いやいや、聞いといて損はない雰囲気だよ?」


言いながら駄菓子の合計金額と一緒にスマホをこちらに向ける。


その画面に映し出された日付に、俺はまたぞろげんなりした。


「……今日、だと……」


成る程、小町の占いをわざわざ聞くまでもない。


今日の俺は、つくづく凶なようだ。


まだメールのやり取りはあったようで、メール画面の前に戻った後も日和の名前が羅列したボックスがチラッと見えた。


しかしそこには触れず小町は会計を受け取るために手を差し伸べ、満面の笑みで俺を見上げる。


「ねぇ知ってる?」


何急に。豆シバ?


「女の子はね、秘密を共有する生き物なんだよ!」


そうして。


日和が俺にプレゼントと家族の一件を隠したフォローのような何かを受け取り、返すように財布から指定された金額を取り出した。


レジの金額を知らせるディスプレイには、四が三つ並んでいた。


と言うか日和、メールの返信が出来たのなら何故俺のメールを返さない。





何はともあれ準備だ。この際分からない点である日和のプレゼントは優先順位の二番目に置くとして、ご家族来襲に備えて買い物をして帰る。


そう言えば誰がどれだけ来るのか分からないので、どれくらいのもてなしをすべきなのか定かじゃないな。白鷺家は確か次女の日和を入れて五人家族、まさか全員で突撃をかけるわけじゃあるまいな。


流石に対応出来ないけれど、両親は中々休めない仕事をされていたはずだし、長男氏に至っては現役の陸上選手であることから多忙を極めており、俺でさえいまだに会えていない始末だ。


ともなれば、これまたいまだにどんな職業をしているのか聞きそびれている長女のあの方が消去法で残ることとなるわけか。


長女。白鷺家において末っ子の日和の上に位置する方、白鷺 明日香(あすか)さん。


現状彼女が訪問する可能性が圧倒的に高い。


当然本人には言えないけれど、実を言えば俺はこの人に苦手意識を持っている。


今は言えないもっとも昔、俺が義妹の(ひな)からひーくんと呼ばれるきっかけともなったとある日、死の淵を彷徨う俺を救い出してくれた恩師にあらん限り似ているからだ。


傷だらけでただ死を待つだけだった(それ)に、心血を注いで知識をくれた恩師。


たくさんの犠牲の中生き延びた俺に……生を与えてくれた人に、顔も性格も酷似している。ゆえに俺はどこかで認められていないのだろう、「似ているだけ、あの人はもういない。なのに心が揺らぐ」。


これが俺の動揺の陰にある真実。恋とは違う、尊敬の最大値に居るその人に心を乱されるから。


「気にし過ぎと言われれば、それまでなんだけどなぁ」


それでも俺という個人を成り立たせてくれたのは恩師だ。構築してくれたのは彼女の功績だ、思い出だ。


それだけが揺らがず、だから俺は迷うのだ。もしもこの人がそうなら、ありったけの謝罪とお礼を言いたい。


だけどそれは叶わない、何故なら彼女はも「お帰りひーくん」


「人のモノローグ遮るのやめない?」


あとここ家じゃねぇし。


はてさて、ここはスーパー。サイヤ人とかボールの略ではない、大量の野菜や肉を売ったりお菓子を陳列したあのスーパーだ。


日和に家族来訪の件について問い詰めるべく、そしてその罰則として荷物持ちを手伝ってもらおうと電話で呼び出した次第である。


三〇分程だろうか、駄菓子しか入れる用途のない買い物籠とは違い、二倍はある大きさのそれを持つ俺の思案投首もお構いなしに現れたのはマイスイートエンジェル、日和だった。


暑さに弱い彼女ではあるが、寒いのも苦手と言う我儘ボディの持ち主であるせいで赤いマフラーに黒いダッフルコートを着込んでいる。ヒートテックも恐らく着ているのだろうが、うんちょっと待とう。


下着すら自分で選べないこの子が服を着て外に出ている時点でとんでもないのに、残念だよ日和。


「それ、着る時大変だったでしょ?」


だがまぁ、ダッフルコートを裏表逆に着る奴を始めて見る、良い機会ではあった。


そう捉えてやろう。そうしなきゃならない、ようやく自分で服を着られるようになったんだ、これを感動せずに何で泣けと言うんだ。泣かないけど。


それでも喜ばしい、態度にこそ出してないが、そうだな……お土産の駄菓子とは別に、何か欲しいお菓子でも買ってやるか。


「褒めて」


表情はなく、だけど胸を張って腰に手までやる。頭を子供をあやすように撫でてやってもいいのだが、手放しで褒めるにはちと材料が足りない。


突然のスケジュール追加、及び俺に隠していた事実がある以上、喜ぶことはあっても褒めることは出来ない。


「残念だけど、褒めることは出来ないなぁ。取り敢えず今日家に来るのは誰かを教えてくれる?」


「ひーくん」


「まぁ俺たちの家だしね。俺も帰るよ」


「寒いわ」


「何でだよ。そのコート暖かいだろ? それに今朝ヒートテックも着せてたろ」


「あったかいんだから〜」


「棒読みで言われてもな……んで、何故に寒いのよ。暖房も効いてるんだぞ?」


いくらか寒さに対抗がある俺ではあるが、心地良い温風がそよぐスーパーで聞くはずのない言葉だ。


ゆえに問う。そして答えられる。


「産まれたままの姿だからよ」


瞬間、俺は日和の手を引いて踏ん張りダッシュで多目的トイレに駆け込む。そして強姦も唖然とするような勢いで裏表逆のダッフルコートを脱がす。


案の定そこにはすっぽんぽーんな日和の肢体があったことに、最大級の溜息を吐き捨てる。


俺の嫁が……馬鹿通り越して大馬鹿になりおった。


「今朝服着てたじゃん……近所でしかないこのスーパーなら、その上からダッフルコート着るだけで良かったのに……」


何故脱いだんだこの馬鹿ちんは……着るだけで良いようにと、わざわざお気に入りだと言っていたダッフルコートを魔窟か見出したと言うのに、何故脱いだんだこの馬鹿ちんは。


この馬鹿ちんは!


「……ちなみに、どうしてそうなったか教えてくれる?」


……いやいや、落ち着け俺。こんなアマゾネス姿になったのは、きっと何か理由があるはずだ。


ちゃんとダッフルコートは言いつけ通り着ていたのだ、納得出来得る何かを説明されるはずだ。そうであってくれ頼むから。


神頼みなんてものを信じてない俺が何に頼んだのかはさておき、顎に指を置いて何かしらの順を追い始める日和の言葉を待つ。


まさかこれ以上驚くことはないだろう、なんてフラグを立てておこう。


「電話を取ったわ」


「電話したからね。それからは?」


「部屋からコートを持ったわ」


「日和の体質じゃしんどい寒さだったからね」


「羽織ったわ」


「裏表逆だったけどね。と言うか、何だよ、ちゃんと出来てたじゃない。なのにどうしてこんな悲惨なことになったの?」


「ひーくん、酷いわ」


「酷いのは今の日和の格好だよ」


何でこんな魅惑のボディをオブラートよろしくコートで包んでるんだよ。


「欲情してるところごめんね。私それどころじゃないの」


「いやひでぇ言い草だ。心躍る状況じゃああるけど、ここまでの軌跡の方が気になるね」


「脱いだわ」


「何で脱いだ」


「……脱げたわ」


誤魔化しきれてねぇから。驚きの回避下手かよ。何お前車に撥ねられてから「撥ねられそうだわ」とか言うの?


違うでしょ?


「素直な日和に問うよ? 素直が可愛い日和に俺が問うよ? 何で脱いだの?」


「知りたがりさんね」


「気になってしょうがないからね」


主に出かける用意が出来ていながら脱いだ理由が、だけども。


「安心してひーくん」


「安心要素皆無の中言うんだ、相当な何かを発言するんだろうな」


「私は出かける前から、全裸よ」


「な ん で だ よ」


一言一句ごとに語気を強めて肩を掴み揺する。なすがままの日和の胸が揺れる、こんな我儘ボディ引っ提げて全裸の上にダッフルコート着たってのか。変質者かお前は。


しかも滅多に見せない微笑なんて浮かべやがって、この淫乱嫁め、結婚しろ。してるけど。


清々しいくらいの自作自演をやってのけ、顔を手で覆い嘆息。


「今は当然寒い、そうだな?」


「靴下は履いてるわ」


「靴下で凌げる程冬は甘くねぇんだよお馬鹿」


日和の家族が来るのが何時かなんて分からない分、恐らくあまり時間も残されていないのだろう。なのにこうなってしまっては買い物どころじゃない、こいつがいつぽろりするのか気が気でない状況で呑気に「今日は皆大好きカレーにしよっか」とか話してらんないわ。


「一旦帰るぞ。着替えるんだ」


「いやよ」


「なんでさ」


思わずどこぞの聖杯戦争に巻き込まれた赤髪主人公みたいな発言になるが、でもそんなの関係ねぇ。


変態未遂を起こすその前に手は打たねばなるまい。何より公共の場で嫁を全裸にする気はない。


手を引いて多目的トイレを出る。終始強引ねとか助平ねとか言われ続けたが、助平なのはお前だと言わざるを得ない。何コートの下全裸って、自分のことを片付けられない上位互換みたいなことしおってからに。


「ひーくん、激しいわ」


「ねぇ何で日和はそんなクールなのん? 自分が全裸にリーチかけてる立場分かってる?」


俺は気が気でないよ、そんなブレスレットをドンマイみたいな意味だと勘違いしてたような恥ずかしい行為を見過ごせるわけないよ。


これがラッキースケベ的アニメなら脱げてるぞ。


「私は準備万端よ」


「聞かずとも良いんだろうが、何のさ」


これが白鷺家御一行様を迎えることの意だったらな、良いか、俺は暴れるぞ。それはもうそれぞれの分野に分かれて行われた風○雄二奪還作戦ばりに、刹那の果実たち並みに暴れるぞ。


自動ドアを抜けて道路を挟んだ先にあるマンションを目指すべく、赤信号から青に変わるまで立ち止まる。


「言わせたいの?」


「いや、やっぱ良い」


そうか、そうだよな。配達員にすら下着姿でお迎えしようとした過去のある日和にとって、全裸で俺と待ち合わせしたところで何の痛手にもならんよな。


理解した頃には信号は青に点灯していた。俺は早歩きに手を引くが、元来マイペースの権化である日和が急がないので結局歩幅を合わせる形と相成る。


それでも何とか気持ち早めた歩調のおかげでエレベーターは待たずに乗れた。目的地までの階を指定して、動き出したのに合わせて壁に背をもたれさせる。


本日何度目の嘆息だろうか。あぁもう、今日は頭も体も忙しい日だな。完全休養日の意味を為してないじゃないか。


「……ひーくん、イライラしてる?」


「どうしてそう思うの?」


思わず棘のある返答になってしまう。顔を覗き込み頭上に疑問符を浮かべる彼女は、相変わらずの無表情だ。


日和の羞恥心が起動するタイミングを図れずにいると、そのまま離れたかと思いきや隣に同じくして壁に背を預けた。


「私は楽しいわ」


気持ち高揚したその言葉に嘘はないのだろう、見れば少しだけ口角が上がっている。


「俺は雪山の遭難者みたいな気分だよ」


「どういうこと?」


「道が分からないように、たまに日和が分からないからだよ。だいぶ長い付き合いを経て理解出来たとお前ば、想像も付かないことで俺を驚かすからさ」


本当、この子は先を見ないと言うか……前しか見えていない。


「そんな私のこと、嫌い?」


いつぞやの大号泣を想起し、日和を顔ごと見つめる。しかしそこには変わらぬ表情しかなかったことに、どこか安堵する。


「何でだろうね。毎日変わらないのに、飽きないんだよ、日和は」


きっとそれは、日和を心底好きになっていなければ愛想がつきていたような日々だった。


だけど日和を愛する気持ちは失せるどころかますばかりなのは、多分そういうことなのだろう。


「日和はさ、大体が分かってないんだよ。大元の部分、根幹をさ」


俺も大概日和のことを分かってないのだろうが、当然彼女も俺のことを分かっていない。


愛想が尽きる程度の愛しか持たない人間が、そもそも永遠を誓って結ばれることを選びやしないのさ。


普通である理由なんていらない。日和のために片付けて、日和のために生きていく。


「……分かってない?」


おっと、肝心の日和を置いてけぼりにしてしまった。まぁそんなこと面と向かって言えやしないシャイな俺は、顔をあらぬ方へ向ける。


「日和は俺が全裸で街中歩いてたらどうする?」


「やだ気持ち悪い」


やだ泣きそう。


「そんな気持ち悪いひーくんを愛せるのは、私しかいないわ」


くすりと笑う声が付け足され、目が合う。頬を紅潮させて、僅かながらに笑みを浮かべる女の子は悪戯な口調で言った。


「ひーくんは、私のこと分かってないわね」


まさかの日和から意趣返しを貰い、観念したように肩を落とす。全く、いつまで経ってもこの子には敵わないなぁ。


「お互い勉強不足ってわけか。情けない話しだよ、いやはや」


ゴウンゴウンと音を鳴らすエレベーターがやがて静寂を取り戻す。目的地に到達したことで扉が開かれ、その場を後にしようと歩み出す。


「ひーくん」


と、そこへ日和の声がかかる。振り向けば、ハムスターのように膨らんだ頬を隠そうともせずに手を差し出す。


あぁ、はいはい。


そんな億劫そうな溜息をつきながら、ほのかに暖かい嫁の手を握る。心とは裏腹に、高揚した自分に驚きながら家路を目指す。


ところが。


「……うん?」


家と廊下の境にある扉。その眼前で腕を組み、立ち往生する一人の女性。


どこまで野放しにするんだと思うほどに伸びた完全なる茶髪は、辺りを見回して眉間に皺を寄せている。


長旅にでも出るのか、グレーのキャリーバッグを側に置き、ついぞ俺たちと目が合い冷や汗を一つ。


当然だ、俺たちはその人を知っているのだから。無論その人も、俺たちを知っている。


だからツカツカとヒールの高い足音を鳴らしながら怒りを露わにした表情のまま、その人は俺たちの前で立ち止まり……日和の頭部目掛けてチョップを振り落とした。


「ひぐぅっ!」


「この愚妹め! ここでも相変わらずの無用心なのか!」


日和の口から滅多に聞くことの出来ない、悲痛の声。頭を押さえながら日和が見上げる先には、般若を思わせる怒りのお顔。


なにぶん恩師に似て身長も高い所謂モデル体型のその人は、踏ん反り返る。威厳丸出しの……姉として、柔和な表情へと変貌させる。


無論視線の先は、俺。日和には何人たりとも見せることのない、やんわりとしたそれもまた……あの人に似ていた。


「すまんなひー坊。うちの愚妹が今日も迷惑かけてよ。すぐに突っ返して良いからな、白鷺家のクーリングオフ期間は年中無休だ」


俺から離れることを予期した日和は繋いでいた手をそのままに、腕そのものに抱き着く。そんな震えなくても突っ返すなんてことしないっての。


「鍵の件、ですよね。そこはもう慣れっこですよ」


自分を片付けられない日和は、当たり前だが家の施錠なんてものはしない。何度持たせても落とす鍵ももはや暗黙の了解、俺がきっちりする羽目になったのは言うまでもない。


実を言えば俺も鍵を閉める習慣がなかったため、同棲直後は忘れることもしばしば。


「ひー坊の順応力、痛み入るばかりだな。おら愚妹、お前もいつまで引っ付いてんだ、邪魔になるだろ!」


笑顔から一転、眉間に寄せた皺をそのままに俺から日和を引き剥がそうとする。一見コアラにも見える日和はついぞ足ごと俺に抱き着き、断固として離れることを拒絶した。


重くないとは言え、このコートの下がにっぽんぽん……もとい、すっぽんぽんだからだろう、体温や柔らかさは伝わらないが、何故か気持ちが落ち着かない。俺って案外正直ね。


小さい挙動でぷるぷると首を振る日和の顔は、アライグマくんに怯えるシマリスくんのそれだった。俺はと言えばぼのぼのばりのマイペースで二人の奮闘を見つめている、どちらかを救えばどちらかに反感を買ってしまうしな。


まぁ、当然嫁の日和を優先すべきなのだろうが、そうすればこの人がさらに日和を怒るのでな……であればわざわざ事を荒立てる理由はあるまい。


「いやよ……私はひーくんから離れないわ……」


「んなこと聞いてんじゃねぇ、離れろって言ってんだ!」


「まぁ……まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


だから俺は二人を止める。どちらか一方ではなく、二人を止める。


「ちっ……ひー坊の寛容な心に感謝すんだな、愚妹」


何はともあれ落ち着きを取り戻してくれた彼女……否、白鷺家の長女にして日和の姉であるこの方。


「はてさて、久しぶりだなひー坊、愚妹。ウェルカムトゥオレってところだ」


白鷺明日香さんが、何の準備も出来ていない青山家に訪問を果たしたのだった。


「悪いがしばらく厄介になる、よろしくな!」


そんな俺たちがそれぞれ胸中に抱く思いも何のその、はち切れんばかりのウィンクと犬歯を露わにした義姉さんは、やって来た。

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