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青山さん家 2  作者: 宇佐美 風音
4/21

青山さん家と野良子ハート

神無月、通称一◯月のこと。


相も変わらずホームセンターでのバイトと並行して綴られる小説執筆をしている夕刻のことだ。


我が嫁であり、自分を片付けられない女である日和(ひより)から着信があった。


一応いつ大事が起きるか分からないので持たせていた携帯ではあるが、こいつが携帯からメールなり電話を駆使した試しはなかった。


なので親友の時也、幼馴染の小町や小説の関係者以外でこの携帯が鳴り、またその着信を寄越したのがそんな日和だったのだから驚愕以外の何物でもない。


これまで一切電話なんてしなかった嫁からのそれに、脳裏を嫌な予感が過る。あって欲しくはなかった、あることのなかったこの連絡が最悪な出来事の幕開けでないことを願い、ついぞ六コールで着信を取った。


恐る恐る携帯を耳に当てがい、そこから聞こえた声に俺は……


「もしもし、初めまして、私です」


最大級の疑問符を浮かべた。


何故ならば、嫁である日和の名前で登録された番号から発せられた声の主が、聞き覚えのないものだったからだ。


「あぁ、いきなり私ですなんて失礼でしたね。私、青山さんの同僚の美作(みまさか)と申します」


ここに来てようやく疑問が解消され、思わず安堵の溜息。電話が出来ない日和に代わって、この同僚さんが電話をかけて来たと見て良いのだろう。


片手で文章を打ち込んで行き、片耳に美作さんとやらの声、もう一方の耳にはキーボードを叩く音が広がる。


「初めまして、旦那です。うちの日和がお世話になってます、それでどうかされましたか?」


「話しには聞いております、今回はそちらにお呼ばれしたので、先回り挨拶をと思いましてお電話を借りました」


何と、あの何事にも無頓着の極みである日和が友達を連れて来るだと。


ただでさえ相手は違えど日和の携帯で着信があっただけでも珍しいのに、遊びに誘うとは驚天動地も良いところだ。


明日辺り初雪を観測するんじゃなかろうか、そんなことを思っていると美作さんが続けた。


「とはいえ、私が行きたいと言った流れで誘って頂けたのですが」


うぅむ、その点は謎だ。家にはぱっと見「えっ? ニート?」と思われてもおかしくない男が居るくらいで、他には日和の荷物で形作られた魔窟くらいしかない。


だが、まぁもしかしたら日和と仲が良くてもっとゆっくりと話したい、というのが本音なのかもしれない。


ちなみに俺は喫茶店とかの方が融通効くんじゃないかな、なんて邪推が働いてる。ドリンクバーあるし、頼めば飯も出て来るし。


どの道邪魔なんて無粋な考えはないし、むしろ何もないけど本当に良いのと聞きたいくらいだ。何よりあの日和が俺たち以外の面子と仲良くなったような人だ、無下にはしたくない。


しかしまぁ、そうなると俺こそ邪魔なんでないかな。気を効かせて外出しておくべきか。


「見所も何もないけど、それでも良ければどうぞ。それじゃあ、ちょっと日和に代わって頂けますか」


「はい、それではお会い出来る日を楽しみにしております」


短い返答の後、しばしの沈黙。


「ひーくん」


やがて聞き慣れた嫁の声が耳を通る。


「仕事お疲れ。俺、邪魔にならないよう外出するから、出来るだけ粗相のないようにね」


もっとも、自分のことを片付けられない代わりに自分以外への気遣い、手先の器用さだけは有り余っているのでそこら辺は抜かりない。


まぁ追記すると……約一名、俺を除いてだけれど。


「駄目よ」


「駄目ってより、今回ばかりは俺いらんでしょ。折角の機会なんだ、同僚さんと二人で話したらどうだ」


せめて茶菓子とかは準備しておいてやるつもりではいるが、同僚さん……もとい美作さんからすれば話すネタがなくて悩ませる結果に至るだろうからな。


幸い仕事も推敲を残すのみだし、外に出ても問題なかろう。時也か小町は暇してるだろうし、後で連絡取ってみるか。


「安心して。悪いようにはしない」


日和の発言に続いて少し遠いところから「私、何をされる予定だったのかしら」と美作さんらしき声が聞こえる。美作さんが不安になるのも分かるが、大体こういう時の日和は思いつきで喋ってるから気にしなくて良いと補足したい。


「本当に迷惑のかからないようにな……」


頭を抑えながら返答を待つ。


「そのためのひーくんじゃない」


「人を抑止力扱いするな」


と言うか迷惑かけるのが前提な段階からしておかしいだろ。まぁ日常生活すらまともに送れないくらい不器用だから、俺が世話してるってのもあるけれども。


うぅむ、結婚したからにはお互いで支え合う関係になったとも言うべきはずなんだがな、俺たちちゃんと夫婦出来てる?


「取り敢えず、気をつけて来いよ?」


「ひーくん」


「ねぇ日和、『はい』で済むはずの言葉にどうして俺の名前を出した?」


「愛してる」


と。


まるで言い逃げのように日和は通話を切り、耳に当てがった携帯からは無音しか残らなかった。


愛してる、ね。


きっとあいつ、今頃顔がトマト並みに赤くなってるだろう。デレるといつも照れるからな。


さて、どうしていきなりそんな愛の囁きを残したのか、結局答えを聞くことも出来なかったわけだが。


「俺も愛してるぞ」


今日も俺の嫁は世話が焼けて、いつも通り可愛いから、良いか。





「参った」


家を出て数分、ぽつりと呟く。


何と暇をしてると踏んだ親友二人から振られてしまったのだ。


時也はボイトレ中、小町は店番を頼まれてしまいどうしても抜け出せないとのことで、俺ことひーくんぼっち確定。


人脈が少ないとこういう時泣けるな……しかし今更家に帰るのも、そもそも外出した意義を失ってしまいそうだしな……。


仕方ない、適当に本屋とか巡って買い物しつつ帰路に着くか。


「……ん?」


いや、待てよ?


時也はまだしも、小町はまだ店に行けば会えないわけじゃないよな。時間潰すついでに店とか手伝えば本来の目的は果たせるのではないか?


ふふふ……見出してしまった、この現状を打開する秘策をな!


「……どんだけあいつらに恋い焦がれてるんだよ」


しかしまぁこの作戦くらいしか思いつかないし、実行に移すとしますか。何か土産でも持って行くのも良いな、肉食系女子だから味濃い物でも……。


「……パイ?」


パイじゃ足りんよ、もっとこう肉々しい食べ物がベストだ。


って何してんだよ今の俺の発言じゃないだろ、後ろからの声じゃないか。あれだよ、自分への声がけかと思って反応したら別の人でしたって言う、最高に恥ずかしいやつだ。


何やってんだかな。


「せん、ぱい……」


と思ってた時期が俺にもありました。もしかしてと思い振り返ると、驚愕に溢れ見開いた瞳で立ち尽くす少女が一人。


その視線の先は無論俺だ。だけど、小町の金髪を超える派手な赤色をした髪でいる彼女に、残念ながら見覚えはなかった。


人違いだろうと判断して、声をかけてやろうとしたその時だった。


「先輩どぅあああああああ!」


道行く人々と俺の意識すら置き去りにする大声を張り上げ、どでかいキャリーバッグを投げ倒して腕ごと泣き笑いでホールドしやがったのは。


そうして思い至るのは学生時代の記憶、振り返るは芸術付属高校に居た頃の後輩。


時也と同じ学科に居ながら単身海外レコーディングを行った切り会うことのなかった、黒髪ウェーブの女の子。


いやに懐かれ、その小さな体躯をこれでもかと主張するように動きの多い少女。


「お前、まさか……ノラか?」


その正体は、西表(いりおもて) 野良子(のらこ)、通称ノラだった。


「何で最初無視したんすか! 二回目呼ぶ時めっちゃ緊張したじゃないっすか!」


抱きついたまま顔を上げる。ハムスターがひまわりの種を頬に溜め込んだような顔で言うが、俺の記憶にあったノラは黒髪だったからな。


そこまで髪が短くなって、尚且つ紅に染まってるとは思わないだろう。人違いから一転してちゃんと気づけただけマシだと思ってもらいたいね。


あといい加減離れような、周りの目が痛い。何この男女往来でいちゃついてやがるって意志すら感じるまである。


お前小さいくせに胸が大きいから尚更だよ、もっと自分の美貌を自覚して欲しいよ先輩は。


「俺の知ってるお前のイメージからかけ離れてるんだし、仕方ないだろ。と言うか離れなさい、いやさ離れて下さい」


「離れなさいとか地味に傷つくじゃないっすか! 後輩の好意はありがたく受け取るもんすよ、先輩!」


笑顔に移り変わり、胸板をドラムか何かと勘違いしたのかリズミカルに頭突きをし始める。やだ何この子怖い。


引っ付き属性は日和だけで充分だからな、取り敢えず肩を掴んで無理やり引っぺがす。えぇい力加えて反抗を試みるな、素直に離れろ。


「ツレないなぁ先輩! あ、白鷺(しらさぎ)先輩は元気ですか!」


そう言えばこいつには日和と付き合ってたことは言っても、結婚報告まではまだだっけな。なにぶん入学して一年で海外に飛んだからな、付き合いもそこそこなはずなのにここまで懐かれたのも謎だが。


「晴れて既婚者になったよ」


「えっ、別れたんすか」


日和がじゃないぞ、日和と既婚関係になったんだ。だからその哀れみに満ちた目で見るな。


「しかも寝取られですか。漫画で充分っすよねー、あたしはあれ、嫌いです」


「話しを肥大化させるな。俺と結婚したんだっつの」


途端。


「えええええええ!? 先輩、白鷺先輩と結婚したんすかあああああああ!?」


拡張機を使ったんじゃないかってくらいの大声が張り上げられた。ようやく引いた目線がまたぞろ集中したじゃないかよ、どうしてくれる。


「と、取り敢えず積もる話しもあるし、どっか店入るぞ」


とにかくこの場を離れよう、落ち着いて話すべきだと判断したからな。これ以上視線を集めるのは本当駄目だ、やめてほしい恥ずかしい。


いやはや参ったな、暇潰しを予定していた俺のスケジュールが、突如として帰省した後輩によって埋まるだなんてな。





「先輩、ゴチになります!」


やって来たのは我が家の近隣にある焼肉屋、「火事場泥棒」。この町のネーミングセンスは壊滅的だけれど、味は雑誌に掲載される程のものだそうだ。


木造を基本とした構成で、座敷に案内された俺たちの靴を仕舞う下駄箱もヒノキのように木目の強調された仕様になっていた。


靴下越しに感じる木本来のシンとした冷たさが、これから食すであろう焼肉をこれまた強調してくれそうだ。


長方形のちゃぶ台に整えられたメニュー、その両サイドにある紫の座布団に腰掛ける。


向かい合った俺たちがここに来たのは、食事を済ましつつ話しが出来るからだけじゃない。偶然にも青山家の近隣にノラ宅があるからである。


だからこのまま仮に酒が入っても問題なくなるし、と言うかどうせだから飲みながら話したいのでこの場に至る。


本当なら時也や小町も呼びたかったが、そもそもあいつらと会えないからこそこうなった腹づもりもある。


まぁそこはいつか時間を作って……。


「そうだ、お前またあっちに戻るのか?」


確かアメリカまで行ってたよな、だからこそノラの横に置いてるキャリーバッグの大きさが目立つ。


話し声が幾多にも重なったこの店の中、向かい合う彼女に投げ打った質問はやがて答えとなり返って来る。


「んー、もうあっちには行かないっすよ。これから定職に着かなきゃなーとか考えてる程度にはここに居るつもりっす」


やるべきことは終えた、そう言わんとしてるように聞こえる。


「それより何か食べましょ先輩。あたしお腹空いちゃいましたよ」


腹を抑えて苦笑いを浮かべるノラは、どうやら帰ってからまだ何も食べてないらしい。折角飯にありついたのだから注文しとくか。


「何から攻めるよ」


「青い稲妻」


「僕を責める」


何このやり取り。炎カラダ灼き尽くすのん?


焼くのは肉だけで充分だっつの。


「まぁ冗談はさておきまして、あたしは断然カルビ一択ですね」


定番だよな、カルビ。俺も最初はそれで良いかな。


そこはかとなく若めの女性店員が横切る寸前、声をかけて呼び止める。


「ノラ、取り敢えず二人前で良いか?」


「倍プッシュっす」


言葉と同時に何故鼻と顎が先端恐怖症を苦しめそうな程に鋭くなったのかはさておき、四人前をコール。ついでに生を二つ。


注文しといてなんだが、そんなに食べられるのだろうか。うちの日和が少食だから癖で控えめに注文しようとしてたが、まぁ……どうにかなるか。


それからは大して待つことなくジョッキが二本テーブルに置かれた。


一本ずつ互いに持ち。


「お帰り、ノラ」


「ただいまっす、先輩」


カチンと音を鳴らす。乾杯にして本格的な会話の合図である。


西表野良子。通称ノラとはそもそも時也との繋がりで知り合った。


所属してた芸術高校の音楽科で有名だった二人が話すようになり、時也と親友関係にあった俺と面識を持ったのが始まりだ。


それからは廊下ですれ違う度再会した時と同じく抱きつくか、笑顔で挨拶をするいい子だった。時折昼も一緒に済ましていたこともあったが、付き合い的には一年あったか怪しいくらいに短い。


二年に進級する頃にはその才能を開花させ、即座に海外レコーディングを決めて日本を発った。それ以来連絡が無かったせいもあり、久しぶりに会った今日、すぐ様認識することが出来なかった。


「そう言えば、定職云々言ってたけれど歌手とかにはならないのか?」


一度に半分飲み干したノラに問う。


「なりますよー。正確にはデビュー曲の完成待ちなんすよ」


「それにしては結構長かったな」


「先輩、海外レコーディングの意味分かってます?」


小馬鹿にしたような顔で言うな、知らないよ。何かすげぇんだなって言う小学生並の感想しか出ないけれどさ。


正直わざわざ海外出て録音って何ぞ、日本で良くねとはなる。何がどう違うなんて俺には分からない。


だからノラが居なくなった理由も、理解していない。


「いいですか先輩」


人差し指を俺に向ける。と、そこへ注文していた赤い肉共がテーブルに運ばれた。


途端、一緒に持って来られたトングを掴んで瞬時に網へ並べてみせた。


早技だな、と言うか慣れ過ぎじゃねぇの、肉の並びに無駄がない。微妙に空いた隙間は肉を並べられる程の距離がない、そのおかげでムラなく火が通る。


流石だぜ、ノラ……。


「いいですか、先輩」


あ、仕切り直した。再び指を差されそれを払う。人を指差しちゃいけませんって学校で習ったでしょうが。


「環境がそもそも日本と違うんですよ。海外レコーディングってだけで話題性もさる事ながら、同じ予算でも海外の方がクオリティを高く出来るんす。あちらの電圧はこちらに比べ数値が高く、音に厚みも出る。まぁ簡単に言えば、音作りに置いてプロならではの品質を目指せるんす」


つまり、どこまでも高いクオリティを追求出来るってことか。


成る程海外レコーディング、奥が深い。


人に聴かせる以上、自分たち以外の大多数に批評を受ける「作品」であるならば、どこまでも完璧を追い求めるのは当然。


時也も恐らく、同じ意見だろう。無論俺のような小説家も同様、どこまでも作品としての品質は純度の高いものとして完成を目指す。


何より、あの若さで海外レコーディングと言う話題性は強みだ。それでいてこの期間、長らく温めた甲斐もあるだろう。


やばい、ノラのデビュー曲。時也のデビュー時に匹敵する期待が持ててしまう。


「マスタリングまで来るのにだいぶ時間かかっちゃいましたけど、それでもあたしたち一同が納得の行く曲に仕上がったのは僥倖ですね」


肉を乗せた順にひっくり返して行く。つーかノラ、ちゃっかり焼く係になってやがる。


「話題性と言えば」


ジョッキを煽り、ふと気になっていた部分に触れる。


「お前の髪も、その話題性とやらの影響か?」


昔は黒髪ロングに緩いウェーブで済んでたのにも関わらず、今は赤髪で首が露わとなるレベルで短くなっている。


この色なら確かに目立つこと請け合いではある。ちと個性が豊か過ぎるようにも思えるが、異質なのには違いない。


「そうっすよ。この髪で何かしてれば、横目で見る人らの足を止める役割が出来ますし……っと」


まぁ先程の往来だいしゅきホールドを経験した時も結構目線集めてたしな、と想起しながらも受け皿に焼けた肉を次々と乗せて行くノラ。


「はい、お先どーぞ」


タレ漬けになった肉を手で仰ぎながら笑みを浮かべる。あぁ本当、焼肉ってどうしてこんなに食欲をそそる匂いをするんだろうか。


焼き加減も上出来、焦げ目のない肉を箸で掴み、皿の端で垂れるであろうタレ(ギャグじゃない、意図的でもない)を切る。


「頂きます」


「ほい召し上がれ」


そんなやり取りの後、口に運ばれた肉は噂に違わず口一杯に本来の旨味が広がる。


タレも代々秘伝で継ぎ足してると聞くだけあり、噛んだ瞬間溢れる肉汁にタレが混じり合う。


網の上にはもう肉はなく、受け皿に乗り切らなかった肉は生肉があった皿とはまた別の皿に移し、それらを終えたノラも頂きますと一言。


そのまま口に運ばれて咀嚼した肉の感想は勿論。


「「うましゃあああああああ!!」」


言うまでもないが敢えて言おう、美味いと。


「牛○の肉と違って噛みごたえがありますね!」


「いきなり○角ディスんなよ」


素直に美味いと言っとけ。確かに気持ち薄いとは思ったことがないわけじゃないけど、やめてやれよ。


それでも蕩けそうな、悦に浸ったような表情に思わず口の端が吊り上がる。


「焼き加減も美味さの要因になってるんだろうな。ノラは焼くの上手いのな」


箸が止まらず二枚目、三枚目と口に運んで行くノラが唇を手で隠しながら噛みほぐしては喉を鳴らして飲み込む。


「おだてたって肉しか出ませんよ! いやしかし本当に美味しいっすね!」


言い得て妙だな。俺もすかさず皿から焼成済みの肉を掴み、食べる。


「人の金で食べる焼肉は格別ですね!」


「良いけどさ、ここ入る時確かに奢ると言ったから良いけどさ、あんまり大声で言うのやめような」


何か心が複雑骨折しちゃうからさ。


「さて……」


まだ焼き上がった肉もそのままに、二回戦を始めるノラは口火を切った。


「白鷺先輩との結婚生活はどうっすか」


本題へと分入る。日和との結婚生活か、苦難の連続だったな。主に俺が。


「今は青山だけどな。まぁそれなりに充実してるんじゃないか?」


今のところ喧嘩は一度くらいだし、日和の真骨頂の一つ、大泣き設定を除けば普遍的過ぎるくらい平和な家庭を築けてるように思う。


だけどこれまでの説明でどこに着眼したのか、どんぐり眼で俺を見た。


「……先輩、青山って名前だったんすか」


そこかよ。


気持ちは分からんでもないが。


「青山だよ」


まだ冷め切ってない肉を掴み食す。箸が止まらん美味さだな。


「えっえっえっ先輩先輩先輩下の名前は!?」


身を乗り出して俺のフルネームを聞きたがる。ノラよ、それ以上前に出たらお前の肉が焼けちゃうぞ。


「ひーくんだ」


「いやそういう冗談聞いてない。下の名前教えてプリーズ!」


ひーくんだっつってんだろ。苗字が青山でも俺はひーくんだ。


「ひーくん」


「強情っすね……ここまで来たら教えてくれても良いとは思いませんか!」


「教えてるだろ。俺はひーくん、はい論破」


「論旨が無茶苦茶っすよ……」


とは言ってもなぁ、本当俺、ひーくんだからな。どこにいようとも、俺はひーくんなんだ。


そうあり続けると誓った、ひーくんであると。あの子に誓ったんだ。


青山日和はあの日あの子の前で死に、ひーくんになった。それで良いじゃないか、これ以上欲するのは我儘というものだ。


ただでさえ「日和」にも言ってないんだから、特別なんてことはあり得ない。


「むぅ……まぁ良いです。それで、白鷺先輩もとい、青山先輩との共同生活はどうですか」


店員を呼びつけるベルをプッシュしながら問われる。そこへ来た店員にハラミを四人前注文。本当にそんなに食べられるのかよ。


「逆に聞くけど、お前は日和のことどんな風に見てた」


「恋敵」


息を呑む。


予想の範疇を大幅に上回る発言に今度はこちらが目を見開く番だったが、すぐにノラが吹き出す。


「嘘嘘、冗談っすよ。ミステリアスだなーとは感じてました、先輩もですが……それでも不思議な雰囲気はありましたね」


真顔で言うから真に受けるところだったぞ。


しかしまぁ、不思議ね。確かに日和は自己主張をするタイプではなかった。


今となっては自分を片付けられないということはつまり、気持ちの整理も出来ないということだと理解してるけれど。


それでもノスタルジーと言うか、儚さはあの頃から変わらないってのは同感かな。


痛むことを知らないサラサラな髪質に茶色のロングであることもあり、彼女もまた見る者の目線を集める。


本質さえ知り得ていなければ本当、ただの佳人薄命なんだがな……。


「あ、あと何事もそつなくこなしそうっすよね」


今度は俺が吹き出しかけた。ほらな、あいつの中身を知らない奴は皆そう言うんだ。


一日日和と住まわせたらそのギャップに打ちひしがれることだろう。


「自分のこと以外なら基本ハイスペックな奴ではあるかな」


嘘は吐いてないからな、事実看護と言う名目に置いて彼女は優秀とさえ言える。


「何か気になる言い方っすね。別に良いっすけど……っと、そうだ。長瀞先輩は元気ですか?」


届けられたハラミを、事前に開けていたスペースに乗せて行く。カルビゾーンとハラミゾーンと手○ゾーンが網の上で展開されている。


鼻歌交じりに先に乗せていたカルビを裏返すノラに言ってやる。


「時也は高校出てから完全に覚醒したな。つい最近全国ツアーを終えたアーティストになったよ」


「うへー! 流石は長瀞先輩、もうそんなビッグになってたんすね!」


思えば入学当時より注目を集めてたからな。あの容姿に声、さらには技術もあったと来たら先生たちのお気に入りにもなるわ。


けれど、とも思う。


彼こそ海外レコーディングをしていてもおかしくなかったのではなかろうか。


残念ながら歌に疎い俺はどういう理屈で海外レコーディング進出を決めるのか、なんて知識の片隅にもない。


聞けば答えてくれるとは思うが、それなりに黒い世界ではあると呟いていたので、あまり聞いて良い疑問ではあるのかも知れない。


芸能界は得てして花道と言うわけではないってことか。数多の苦悩を超えた先に今の彼らがいるのだろう。


「それにしても日本での情報、ほとんど伝わってないみたいだな」


てっきりもう時也のデビューくらいは把握してると踏んでいたけれども。


「あっちはあっちで忙しかったっすからね。気にはなっていましたけど、調べることよりクオリティ向上に意識を集中させてましたから、あたし」


それもそのはず、本来二年のはずがいつの間にか六年も経過していたんだ、相当根を詰めていなければ未開の地に長居は出来ない。


「ちなみに、あたしのデビューは来年の春、四月を予定してますんでどうぞよろしくお願いします」


ぺこりと下がる頭に、いえいえこちらこそと下げ返す。ついに身内に二人目のプロアーティストが生まれるのか、何気に自慢出来ることだよな。


迷惑をかけるつもりはないのでCD購入で抑えてるけれど。


「そいで先輩、先輩の方はどうですか。先輩の小説好きだったんですけどね、あれからも書いてるんですか?」


にやにやと怪しい笑みを浮かべてる。どうやらノラの奴、ここまで大きな話しが続いたせいで俺の話題にも壮大な何かを求めてるようだ。


大して変化はないけれど、まぁあの頃書いてた短編なんかはノラが読んでくれてたからな、趣味が読書なだけに感想とかも聞いてたっけな。


「おかげさまでライトノベルではあるけど、作家にはなれたよ」


ピタリ。


焼肉をひっくり返す手ごとノラの動きが止まる。おいおい焦げるぞ、お前の焼き加減には好意的なんだからな。


「……何かあたし、六年と言う時の流れに完全な置いてけぼりをくらってたみたいっすね」


苦々しい笑みを浮かべつつ止めていた手が動き出す。俺からすればノラもだいぶ先に進んでて、浦島太郎の気分だけどな。


「既刊はおいくつ程?」


「四冊程出てる。来月にはドラマCD付きで五巻が発売される予定だ」


「おー、所謂限定版ってやつだ。アニソンCDで言うところのDVD付きってやつだ」


あれ別にアニソン限定じゃなくなかったか?


いや音楽関係は全然分からんけど、アニソン限定じゃなくね?





「それにしても、先輩たちも頑張ってたんすねー……あたしも一層気合が入るってもんですよ」


ハラミと残りのカルビを焼いた辺りでそろそろ出ましょっかと提案を受けて、食べ終えてから外に出た。


結果的になし崩し的にノラに説き伏せられて割り勘で支払いを済ませ、気がつけば空は暗く沈んでいた。


携帯のディスプレイには、二○時と記されている。酒も飯もそこそこに出た割には随分遅くまで語らったようだな。


「ノラも時也も充分頑張ってると思うがな。はてさて、家まで送るぞ」


隣を歩くノラの頬は僅かに赤らんでいるように見える。酒、強い方ではないのかもしれん。


思えばノラと飲んだのってこれが初めてじゃないか?


次があるのなら、カクテル辺りを注文するか。いきなりジョッキはしんどかったのかもだし。


「そこまでは大丈夫っすよ。あんまり遅いと白鷺……っと、青山先輩が心配しそうですし」


それもあるが、そう遠い場所じゃないし送るくらいは許容してくれるんじゃないだろうか。勝手な憶測ではあるが。


「すぐそこだろ? それくらいは問題ねぇよ」


ここからなら徒歩五分とかからないところに自宅があった記憶がある。


「じゃあもう少しだけ語らいましょうか。あっ! あたしもうこっちに残るんで、これからもお邪魔して良いっすか? 青山先輩たちにも会いたいし」


構わん。そんな意思表示を相槌で表現する。あれ、そう言えば小町の話題出てなくね?


「ちなみに小町は……」


「袴塚先輩っすか」


何だ、苦虫を噛み潰したような顔して。お前小町苦手だったか?


「先輩、知らないんすか。校内で袴塚先輩がなんて呼ばれてたか」


首を振る。素直に分からん。


「もしかしたら意図的に隠してたのかもしんないっすけどね……何せ今は……」


「おい。おいおいおい何だよいやに溜めるな。小町のやつ何て呼ばれてたんだよ」


記憶が正しければ、時也やノラのように何かしらで噂になっていたことはない。本人も美術科ではひっそりと在学してたと言ってたし、陸上に熱を傾けてたし。


それでもノラの言う通り、あの元気ハツラツな笑顔の裏に何かしらを抱えていたのだろうか。


「未完の小町。袴塚先輩は、一つとしてまともに描き上げたことがないんすよ」


「……はっ?」


いや、それはおかしい。


芸術学科は毎年一つの作品完成を進級条件に掲げている。ノラたちは歌を、美術科では絵を完成させていなければ共に卒業出来ちゃいない。


共に卒業証書を拝借してあの高校を出たからには、いくらかは作品を作り上げていたはずだ。


「正確には描くことはあったんす。けど、どんな題材でも風景画オンリー、人物画は一切と言っても足りないくらいに描いてないです」


流石に卒業する間際には描いてたらしいですけど。


そう付け足すノラの発言に、頭部へ鈍器を投擲されたような衝撃が走る。


小町は一言も、微塵もそんなこと言ってなかった。


ましてや噂にすらなってたのに俺は気付くことも出来なかったと言うのか。


「それがどうしてかなんて、今じゃ知りようもないですけど。先輩が頑なに名前を教えないのと同じなのかなー、なんて予想してます」


時也よりも、日和よりも長い付き合いの中、小町はそんな俺に何も言わないままあの学校に通ってた。


何故。


何故なんだ小町、何故そんな生活を送っていたんだ。どうして、何がお前をそうした。


「……まっ! あたしから言えるのはそれくらいっすかね」


俺の思案を断ち切るようにノラが二歩前に出る。前に立ち塞がり、思わず立ち止まり、暗かったであろう話題の中ではあまりにも不釣り合いな笑顔で居る。


「もしかしたら先輩なら聞き出せるかも知れませんね、タダでとはいかないかもですが」


常に行動が一緒だった小町が言わなかったことを、今更聞き出せるとは少なくとも俺には思えなかった。


「それではまた後日、お互い暇があったら会いましょ。今度は長瀞先輩や青山先輩たちも一緒に、ね!」


言うが早いか、敬礼を残して踵を返していつの間にか足を踏み入れていた住宅街を走り去って行くノラに、俺は何も言えないまま唇を噛んでいた。


手のひらもどうやら拳を作っていたらしく、力を抜いたら少しだけ痺れた。


爪も食い込んでいたのだろう、ジリジリと痛むそれを掲げて見つめた。街灯に照らされたその手は、ただ一人の手を握るためにある。


俺は取りこぼしてしまったのだろうか。小町という友人を。


だけどそれが事実ならば、日和にまで罪が向かう。それだけは違うと願い、顔をゆっくりと左右に振る。


日和は何も悪くない。悪いのは俺だ。


多分俺が小町に手を差し伸べられなかったんだ。伸ばそうと……しなかったんだ。


「……はぁ」


吐息は視界には何も残らない。きっと、そう遠くない内にこの息は真っ白に色を変える。


肌寒くなって来る。だがそんな季節が来る前に、俺には冬がやって来た。


そんな気がした。


「……ぱーい……」


…………。


……おや?


おかしい、今ノラらしき声が聞こえたような……。


「……せーんぱーい……」


気のせいなんかじゃなかった、事実闇夜に消えたはずのノラが視界に映っている。


血相を変えてこちら目掛けて疾駆する姿は、明らかに只事ではないように見える。


「せーんぱい先輩先輩先輩!」


期せずして俺の眼前まで来た頃、肩で息をして、血の引いた表情で見上げられる。


「ど、どうした」


取り敢えず出たのはそんな端的な言葉。そこからあまりに不適切な発言が飛び出るのに。


「あ……あたしの家が、無いんですけど……!」


大して時間はいらなかった。


「……は?」

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