青山さん家が出来るまで①
長らくお待たせ(?)しました。
この度はメインヒロインの「日和」はお休みの過去編その1です。
人はきっと、忘れたいと思える記憶を保持している。
あの時の失敗、その頃の選択、何だって良い。とにかく覚えていることを罪だと意識してでも忘れ去ってしまいたい過去があると信じている。
何事もなかったかのように蓋をしてしまいたくて。
だけど逃げ切れない、容赦のない殴打を引き連れて。
起きた事実そのものを封印しようとして、それらに嬲り殺されるような。
半永久的に追いかけて来る、そんな……記憶(罪)。
例えば俺。
彼女と出会うまでの俺を知っている者はほとんど居ない。もっと言えば、幼馴染の小町すらも知り得ないだろう。それだけ喋ると言う行為を厳罰に値する何かだと呼称してしまう程の過ちなのだ。
これからもきっと伝えることのない、人生においての間違い、汚点、罪過。
決して拭い切れない、忘れたくても忘れられない凄惨な出来事ってのは、いつだって唐突に自分を苦しめる。
本人が意図しなくたって、楽しかったと言える思い出でどれだけ上書きしても、それは音を立てずに忍び寄り。
無防備な頭目がけて襲い掛かって来る。
この世にタイムマシンなんて夢物語にしかないような代物が実在してくれていたならば、間違いなく八年前を選択して……。
全てをチャラにしたいと切に願わざるを得なかった。
※
「あぁそう言えば、お前に渡すものがあったんだ」
十月。秋に突入し暑さなど微塵も感じない、少し肌寒い程度の気温に移り変わった頃。
共にプレイしていたゲームを区切りの良いところまで進めて閑話休題と言うように我が友、長瀞時也は鞄を漁り出す。
次の曲の楽譜か歌詞だろうか、文字やら何やらが羅列した紙がちらほら見えてしまっているが、こういうのって俺みたいな一般人が見て良い物なのだろうか。
「うちの知り合いから遊園地のパスを貰ったんだ。ほら、近いのに行ったことなかっただろう、良ければ行ってみたらどうだ」
言って差し出されたのは二つのリストバンド。そこには近所で昔ながらの遊園地として有名な「サニーランド~がんもどきを添えて~」のエンブレムが記されている。
そこに半額で行けると言うリストバンドとのことだ。年間パスとかの類ではなく、所謂VIP専用的な雰囲気を醸し出している系の証明なんだったりするらしい。
噂ではその園名と古いからと言う理由で売上は低調だと聞いている。アトラクション自体も時代の波に置いてかれている、など様々なことを聞いているせいで勝手に敬遠していたがゆえに足を運ぶ機会がなかったが、まさかこんなところでチャンスを得てしまうとは思っていなかった。
だけど。
「こういうのって、恋人とか連れて行くんじゃないのか?」
半分呆れながら言ってやる。こういった遊技場に一人で行く程落ちぶれちゃいないつもりだ、ましてや自ら寂しい思いをするような自虐的な趣味は持っていない。
ありがたくてかつ欲しいとは思うが、誘う相手が居ないんじゃ話しにならない。持ってても宝の持ち腐れになるのが関の山だろう。
「あいつを連れて行けば良いだろう。きっと喜ぶぞ」
あいつ。
言い得て妙だ、時也の指す子のことを失念していた。こんなことがばれたらその張本人に何を言われるだろう、考えるだけでも悍ましい。
まぁ一人で行くよりは懸命な判断だろう、俺たち二人で向かう分には当初の懸念を払拭するに足る。流石は時也、たまには良いことを言う。
「たまには余計だ」
おっと、モノローグのつもりが聞こえていたようだ、失敬。
と言うか。
「お前は来られないのか?」
彼は男でこそあるが、パッと見女に見える長髪に顏だからこそ外面はデートに見えるんじゃないかヤッホウデートっぽくなるじゃん。
なんてのは口が裂けても言えないし、言ったら本当に裂けるくらいに殴られそうなので言えないが、友達として行くなら思い出の一ページになるんじゃないかな。
「僕はその日レコーディングがある。悪いが行けない」
ところがどっこい、予定があったようで共に遊びへ出かけることは叶わなかった。
まぁスケジュールが埋まっているなら仕方ない、諦めてあいつを刺そうか。
「分かった、じゃあありがたく貰うよ」
やがて差し出されたままだったリストバンドを受け取り、いい加減掲げ過ぎたせいでプルプル言っていた手を下していつもの気難しい表情から一転、ニヒルでクールな笑みに変わる。
「僕の分も楽しんで来ると良い」
思いを承諾、俺も笑みで返した。
「ひーくんが笑うと、何か犯罪者みたいだな」
「ほっとけ」
※
友人からパス代わりのリストバンドを受け取って週末を迎えた。
連絡を取って一緒に行くと言う返事を貰っているため、外泊届を提出しながら『寮』を出る。
久しぶりの私服なのもあってちょっと浮いて無いかなといらぬ不安を抱きながらも、目的地のゲートを目指す。
近所だとは思っていたが、調べてみると本当に近くにあるようだ。授業中なんかに盛り上がった声も聞こえていなかったし、やはり噂は真実だったのだろう。
まぁそれでも調べた通りなら、数歩分時代遅れなだけでレパートリーには富んでいるようで楽しめないのかと問われれば、ノーと答えられるのではなかろうか。
なんてことを思いながら、いつの間にか待ち合わせ場所に到着を果たしていた。どうやら一番乗りのようで、辺りを見回しても探している人物も居ないようだ。
「遊びに行くなんて、いつ振りかなぁ」
呟く言葉を境に、想起してみる。あれは確か、小町と時也の三人で期待していた映画を観に行った時だったか。あの映画面白かったなぁ、そう言えばもうだいぶ時間が経過しているし、円盤が発売されているんじゃなかろうか。
折角の外泊届で外に出られているわけだし、帰りにショップでDVDがあったら買って帰ろうかな、そんでまた皆で観るのもアリだな。
「ごっめーん待ったー?」
待ち合わせ相手を待っている間、そんな物思いに耽っていると目的の人物の声が響いた。いやまぁ、響いたって程声量があったわけではない。
相変わらずのローテンションに無表情を引っ提げて、彼女は姿を現した。制服で。
誤記ではないぞ、外に居るのに何故か制服を着込んで来る辺り、脈絡のなさが服を着たような彼女を表している。それがどうしてか嬉しくて、口の端が吊り上がるのを感じる。
「今来たところだ」
目には目を、テンプレにはテンプレで。感情を垣間見せない言葉に笑顔で返してやる。
「あぁそうなんだ、じゃあもっと遅れても良かったねなぁんだ焦った甲斐ないんじゃん無駄なことしたなー帰って寝直そうかなー」
俺ほどの猛者に成れば、今の言葉も「良かったー危うく寝過しちゃうところで急いで用意して来てみたら案外間に合ったからこれで安心だわね」と訳せる。制服なのも頷けるナイス翻訳だと思わないかい?
「何か失礼な想像をしてそうだけど、別に思ってるような意味はないからね」
「またまたぁ、照れなくても良いだろ? だからその構えたプラスドライバーをこっちに向けるな、怖いから」
新聞に載っちゃうだろ、ドライバーによる殺人事件としてでかでかと記事になっちゃうだろ。
これが事実なら空気張りつめるどころじゃねぇだろ、まだ迎えてもいない真冬がやって来ちゃうから。来るなら財布だけにして欲しいよね、あれ。
……いや、やはり財布も却下だ。小遣いが生活費に直結する俺みたいな学生にとって、財布の冬到来は死を意味するからな。ペンギンも裸足で逃げ出す寒気だからね、あいつら元から裸足だけどもさ。
ともあれ突き出されたドライバーを仕舞ってもらい、それに伴い空いた手で俺のライトハンドが握られる。
「逃がさないから、逃げようとしたらホッチキスで閉じるから」
「俺を書類扱いするな、曲がりなりにも人間だからな」
普通に離さないで良いじゃない、そっちの方がドラマチックチック止められそうになくなるじゃない、何でトラウマチックチック忘れられそうにない思い出メイクしようとしちゃってんのこの子。
今時サディストでも、死語でこそあるがスイーツとやらでもそんな発想に至らないぞ。ましてやお前がそんなキャラじゃないってことは俺が一番分かっているつもりだ。
「じゃあ傀儡」
「お前の手先になった覚えはない」
と言うかだな。
「むしろ、『妹』であるお前の方が俺の傀儡なんじゃないか?」
「そうとも言うね」
少し得意気に胸を張る血の繋がらない妹――――雛は、朗らかに同意した。
※
と言うわけで、妹とのデートとも呼べないような胡散臭い時間が雛の言葉で始まりを告げた。
「ゲーセン行きたい」
「はい早速趣旨ズレたー」
首を傾けて両手を上げる。所謂お手上げのポーズだ。
確かに園の入口、お土産を陳列させた店舗内にはこじんまりとしたゲーセンがあると聞いている。だがそれこそ時代に取り残され、アームも力強く、今ではまず有り得ないであろう何と商品を持ち上げるまであり、しかしそこにある景品は一昔前のアイドルやアニメグッズばかり。
その他に衰退して葬り去られた釣りゲーム、コインで回すパチスロ、レースゲームなど、レパートリーこそ豊富であれど盛り上がるかと言われれば若者向けとは思えない内容であるが故にお土産を見て回って終わる、なんてのが日常なんだそうだ。
そこへ、こいつは、遊具に、乗りもせず、見向きもせず、ゲーセンへ行きたいなんて愚考を口走っているんだ。
いやまぁ、アホかお前。
「先に遊具で遊ぼうぜ」
折角の遊園地なんだ、酒屋に来てケーキ食うような所業はこの際置いとけ。
「…………」
「いやだから、どうしてそんな苦虫を噛み潰したような顏すんの、何お前カフェで酒飲んじゃう系アブノーマルシスターなのん?」
どんな妹だよ、そのままだとお兄ちゃんまで疑われちゃうだろ、主に頭、頭部、脳味噌。
「チッ」
腕組んで舌打ちしましたよこの子、どんだけゲーセン行きたいんだよお前、今をときめく学生かよ。良く遊園地同行を認めたよなお前、もういっそアーケード行って遊んだ方早かったんじゃねぇの、譲ってくれた時也半泣きにさせてやれたんじゃねぇの。
「と言う冗談はないけど」
「そんな冗談であって欲しかったこと言うなよ」
肩を竦める。全く、我が妹ながらキャラが濃い……もとい、世話が焼ける。本当は早く遊びたくて仕方ないくせによ。
華々しい、と言う比喩とは程遠い鉄のアーチで作られたゲートを抜けた雛は、すぐに絶叫の響くジェットコースターやらコーヒーカップに乗ってグルグル回るあれとかお化け屋敷独特の館を見て、トイザ○スで玩具を買って貰える子供のように目を輝かせていたのは承知の上。
表情に感情が出ないせいで一見大人びて見える奴ではあるが、流石に中身は十四歳と言ったところか。年相応の反応があって兄ちゃんはどこか嬉しさが込み上げるよ。
「さて、最初は何乗るよ」
問う。そのまま逡巡して、ゆっくりと指を差す先にあるのは円形の大きな籠がぶら下がるあれ。
「こういうのって、デートの最後に乗るもんじゃねぇの?」
まぁ、観覧車である。
「え、何、ひーくんえーマジえ、これデートだと思ってたの? いやだわぁ勘違い野郎とか、フォークダンスで手を取っただけで好きになっちゃうウブ系な人だったの? うわーやだやだ恥ずかしい、引くわーいっそ弾くわー」
そこまで言わなくても良くない?
お兄ちゃんちょっと目から汗流れちゃうよ?
しょっぱいもの分泌されちゃうよ?
まぁ学年も棟も違うせいで兄妹でありながら中々会うことのないお兄ちゃんとしては、こういう場はそう思って会えたことプラスデートと思ってさらに気持ちを高揚させたかったってのが、まぁあったりしたし。
「それにお前だって俺と腕組んでるじゃん、むしろお前そう思って欲しかったんじゃないのか?」
「ひーくん、すぐはぐれるから」
「迷子キャラみたいにしないでくれる? 言っておくがな、俺は産まれてこの方道にも人生にも迷ったことがないんだよ」
「そう言い残し、彼の姿を今後見たものはいなかった」
「ちょっとこらこら雛ちゃんや、どれだけ俺迷うの前提なのさ」
「人生には迷ってるくせに、なんて思ってないよ」
俺がまだ進路調査票を出していないことを知っているから、それも含めた物言いなのだろう。
「良いから観覧車はデートのシメにしようぜ」
「シスコン」
「うるせぇブラコン」
どっちもどっち、五十歩百歩、目くそ鼻くそみたいな会話はさておき。
「じゃああれに乗りたい」
期せずして、指差された方向にあったのはメリーゴーランド。馬やら馬車がまるで社会に蔓延る人々のようにグルグル回る様は、まるで歯車のようだ。
そう、俺たち人間なんてのは所詮世の中を円滑にするための歯車に過ぎないんだ。
……冗談は置いといて。
「よし、じゃあ乗って来いよ」
はぁ?
とでも言いたげな口を開いてぽかんと俺を見上げる。よせやい照れるじゃないか。
「ひーくんも乗るんだよ、当然でしょ?」
「はぁ?」
あ、俺が言っちゃったよ。
「何で」
「いや、逆になんで私一人なのよ」
「考えてもみろ、何が悲しくて高校生男子が馬の乗り物に跨ってひゃっほうと盛り上がると言うんだ」
「ひゃっほうと盛り上がらなきゃ良いじゃない」
「……それもそうか」
いやまぁ、そうでなくても男がメリーゴーランドってのもどこかとっつきにくくないか?
違和感と言うか、印象がないと言うか……分からないかなぁ。
「何がいけないのか分からないけど、じゃあ私と一緒に乗れば良いじゃん」
「馬にか?」
「馬車でも良いけど、馬の場合私が前だよ?」
お前が騎手かよ、落馬しそう。
「前が見えないからか?」
そこがメインだろう。自分が乗り物に乗ってると自覚するにはやはり、前に障害がない方が良いからな。しかし雛はプルプルと顏を横に振って違うと言う表現をする。
「どうせ来たんだから、ひーくんも乗らなきゃつまらないでしょ」
「俺は別に、楽しんでるお前をみられりゃ楽しいと感じるぞ?」
「ひーくんが、じゃない」
言って眼前に人差し指を立てられ、少し慄いて一歩下がる。
「私が楽しくないって話し」
「お前は乗るんだから楽しいんじゃ……」
「あーもー」
やがて頭を掻き毟ってかったるそうな溜息を混じらせつつ俺の手を引っ掴む。何事だと思い至るよりも早く、俺の頭目がけてチョップが振り落された。
「ひーくんも乗る、はい決定」
「いやちょっと待てって、決定も何も同意してないんだが」
と、最後まで気乗りしなかった俺に見せたのは、頬を膨らませて拗ねた風でいる雛の顔だった。
そんな顏を見せられてしまってはお兄ちゃんとしてこれ以上好意を無下には出来ない、正直恥ずかしさはあったものの最後には了承の頷きを見せた。
ようやく安心したのか、そこまで並んでいない列に参戦を果たす。順番自体はすぐに回って来たので、さして待った感覚そのものは無かった。
問題は何に乗るかだ、折角のメリーゴーランドなのだから馬に乗るものだと思っていたが、雛は馬車を指して同伴を望んだ。この気遣い上手め。
レディファイト……じゃなくて、レディファーストで雛を先に乗せてやったところで、メリーゴーランドが起動するベルが鳴ってしまう。焦りを見せつつ乗り込もうと屈めた体を他所に、妹が俺の手を掴んで引っ込みやがる。
そのまま流されるがままに尻もちを衝いた場所は、雛の隣。それも肩とか余裕でぶつかる程の近距離だ。
「おい雛……」
いくら相手が妹でも、この近さはまずい。どちらかと言えば気まずい。
「動かないでよ、メリーゴーランド動くんだから」
「いやだからって……」
いまだに手を取られたままなので、身じろぎすら封じられてしまう始末。そのまま動き続ける俺の腕を組んでくれたらもっと可愛げがあったのだが、
「もう、いい加減に動かないでよ」
何とこのシスター、そのまま腕を捻って背中まで回してキメにかかって来たのだって痛い痛いいたたたたたたたたた。
「待って痛い冗談無しで痛いよお雛様あああああああああああ!」
「じゃあ黙って乗ってる、オーケー?」
「オーケーオーケー!」
宥め方雑過ぎるだろう、聞き分けのない現行犯かよ。
ともあれ雛の思うスタイルに落ち着いたからだろう、キメていた腕を元に戻して、ナチュラルに俺の腕に自分の腕を絡めて肩に頭を乗せながら寄りかかって来る。
ふわりと鼻孔をくすぐるシャンプーの匂いに胸を躍らされたので、動揺してしまいそうな童貞ハートを悟られないように話しを振った。
「お前、だいぶ身長伸びたよな」
機械が作動し、何ともメルヘンな音楽と共に円形の台が馬やら俺たちの乗車した馬車が上へ下へ動いて行く。鼻から出たピーナッツではないからな……ってこのネタ通用する?
とにもかくにも、雛の奴うちに来た時は本当に小さかったからな、中学に進学するまで百四十センチにも満たなかったその低身長を気にしていたが、こうして傍に居ると成長を感じてしまう。
俺の肩を超えるその身長は、女子の平均から察するにだいぶ大きく育ったんではなかろうか、女子の平均知らないけれど。今度調べてみるかな。
それでも平均はゆうに超えているように思う、それだけ時間の経過があったんだろう。
「そうかな、あんまり気にしてなかったけど、昔に比べて目線は高くなった気がする」
「世界はそれを成長って呼ぶんだぜ」
「サン○マスター風に言われても」
すまん、わざとだ。そしてこれも通じる?
大丈夫?
着いて来れてる?
あと俺は誰に話しかけてるのん?
「今はこんなにひーくんが近くに感じる」
物理的にもな。目線だけでなく、物理的にもな。
気を紛らわせようとしたのに、この距離感を思い出してしまって顔が熱くなって来たよ、今肌寒さを覚える秋まっしぐらじゃなかったっけ、何でここだけ夏ぶり返してるんだろうね。
あとどうして俺は妹に対してこうも意識してしまっているんだろう、いくら血の繋がりこそなかれ兄妹だぞ、有り得ないしあってはならない。
「それだけお前が大きくなったってことだろ」
素っ気なくなってしまうが、今はそれが心地いいのかメリーゴーランド特有の上下に揺れる仕様の中一層引っ付いて来る。
やがてメリーゴーランドも時間を迎えたのか、徐々にスピードを落として行く。それを確かめながら雛の方を向く。
「次は何に乗るよ」
「観覧車」
「しつけぇ」
今度は俺のチョップが炸裂した。
※
お次はパイラット。あれだ、船が左右に今にも回りそうなくらいに大幅な揺れを起こすアトラクション。
これ乗り物酔いしない人でも酔いそうな作りだよね、船以外で酔わない俺でも酔いそうだもん……あれ、これ一応船って位置付けになるのか?
「次もひーくんと一緒だからね」
目をキラキラ輝かせて先ほどとは打って変わった行列に並びながら、隣人の雛が言う。待ってくれ、急に怖気づいてしまった、これ普通に船なのかな、もしそうなら酔うこと必須なんだけど。
まずい、船と認識してしまったからか、足がマナーモードの三倍は震えてる、会いたくて会いたくて震えてる。
「……ひーくん?」
流石に青い顔して俯き無言で居ることに不審さを募らせた雛が覗き込んで来る。すまん雛、兄ちゃんが覚悟を決めるまで少々このままで居させて、後生だから。
「あぁ、そっか」
と、何かに納得した雛がメリーゴーランドからずっと組みっぱなしだった腕を引く。
それが何を意味するかを理解したのは、行列も中盤まで差し掛かったのにも関わらずそこから抜け出していた頃だった。
「ばっ、お前何してんだよ」
慌てて列に戻ろうとするが時すでに遅し、俺たちの抜けた穴に後方からずんずんと埋めて行く模様だ。
振り向く俺を組んでいた腕で止められたのもあって、戻ることは実質不可能であることを悟った。
「どうして抜けちゃうんだよ、並び直しだぞ?」
少し下にある頭目がけて言う。
「忘れてたの、私船酔いするからこういうの苦手だったなって」
いやいや、お前乗り物酔いしたことないだろう。昔行った家族旅行で乗った船でだって俺のことを介抱して……あ。
「……俺に合わせなくて良かったんだぞ」
考えてみれば単純だったな、こいつは俺に気を遣ったのだ。車や飛行機には酔わない癖に船には滅法弱い俺のことを思って、この場は退却が望ましいと判断したのだろう。
「何言ってるのか分かんないけど、私の我が儘にひーくんも巻き込んだだけだよ」
頑なに目を合わせようとしない顏を逸らし続けると言う分かりやすい態度で居る雛に、心中にて礼を言った。
きっと直接口にしても聞き入れてもらえないだろうから。
本当に雛は、分かりやすい子だよ。
「雛、アイス食べたくないか? 奢ってやるよ」
「ほう、これは珍しい」
ようやく逸らしていた顏をこちらに向ける。目に星が見えるんじゃないかってくらいキラキラと光らせている。
ささやかながらの謝礼には打ってつけのようで安心した……のだが、注視してみると彼女の身に起きた異変に気が付いた。
額に汗を浮かべているのだ。メリーゴーランドで出た俺の汗とは違う、天然ものの汗。
暑い……わけでもないよな。体感気温は寒くもなく暑くも無い、どちらかと言えば寒い寄りだ。行列の人口密度……でもないよな、密集してたならまだしも、縦に並んでいたのだから有り得ない。
念のため額に手を宛がう。
「急に何するのよ、ひーくん」
目を細めて怪しむ妹を放って、熱もないことが分かった。分からないのはこの汗の正体だ。
だとしたら、疲労?
「雛、疲れたか?」
「生憎と、産まれてこの方疲れなんて感じた試しはないよ」
神龍寺ナーガの金○阿含かよ。それはそれですげぇな……まぁ、杞憂に終わるならそれに越したことないか。
雛専用嘘発見器の俺が言うんだから間違いない、疲れてはいない。
「ところで」
「何だマイシスター」
「いつまで頭撫でてるのさ」
おっといけない、額を触っていたつもりがいつの間にかなでなでと愛でていたようだ。流石我が妹、兄ちゃんをここまで暴走させるとはやりおるな。
問題はないと判明したわけなので、頭から手を離しておっぱいを一揉みして一歩下がる。
「何でさらっとおっぱい揉んだ」
「え? おっぱいあったら揉まない?」
「捕まってしまえ」
そんな阿良々木○的絡みは無限の彼方へ置いといて、飯処を探す。
しかし残念ながらここには腹を満たす場所がないらしく、大概は観覧車の傍にあるポップコーンとジュースか敷物を広げてピクニックよろしく弁当を食べる入場者ばかりであった。
我々は弁当を用意していないのでアイス専用自販機を用いて購入を果たしてベンチに腰を落ち着ける。
「妹のおっぱいも揉めて、アトラクションも古いと聞いていた割に楽しめて、アイスにも辿り着けて……今日は幸せな日だな、雛」
「おっぱいに関しては被害者だけど、まぁ確かに面白いよ」
溜息が混じった感想であるが、きっと兄ちゃんにおっぱいを揉んでもらえて嬉しい雛。
「勝手な憶測立てないでよ、ひーくんは本当、都合良いよね」
じとっとした梅雨を思わせる疑いをもった細い横目。そう言えば、話しを逸らすわけではないけれど、気になっていたことがあったんだ。
「雛はどうして俺をお兄ちゃんではなく、ひーくんと呼ぶんだ?」
お前のそれのせいで、今では俺の本名そのものがひーくんになってしまっているのだが。終いには教師からもひーくんと呼称される始末なのだがそれはいかに。
「何言ってるの、むしろ感謝して欲しいくらいだね」
と言うと?
「お兄ちゃんの本名、どう聞いても男の子に聞こえないじゃない? だけどひーくんにすることでとっつきやすいあだ名になるし、元来の目的も果たせて一石二鳥なのよ」
言い得て妙ではあるな。
青山日和、もはや誰の耳にも通っていないであろう俺の名前はおよそ男性らしからぬ名前だ。聞けば女の子を産む気満々だった母が男だと分かってもなお、押し通したのが原因らしい。
それが恥ずかしいからと言う理由で本名を口にしないようにして来たが、雛がこの「ひーくん」を流行らせてくれたことから気揉みすることはなくなったが。
余談だが、同じ揉むでもおっぱいの方が良いよね。
「ありがたい理由ではあるが、俺としてはお兄たまって呼んでくれるのも嬉しいぞ?」
両手を突き出してゲッツのポーズ。その指先を握って百八十度反対方向目指して曲げられて行く。
「痛い痛い痛いから! 曲がらないそっちには曲がらないから!」
「天地がひっくり返っても有り得ないことを言うからだよ」
「天地がひっくり返る前に俺の指が有り得ん方向にひっくり返りそうだから!」
必死のタップによって解放してもらい、痛みから熱を持った指に息を吹きかけておく。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのになぁ。
「あーあ、アイス溶けちゃったじゃん」
半壊したアイスを小さな口で頬張り棒だけを残して咥える。拗ねた表情で俺を見ているようで、どこか遠くを映したその先に釣られてみればまた例の如く観覧車があった。
そう言えばここに来た時から乗りたがってたよな、何故初っ端から観覧車なのだろうか。最初からクライマックスなつもりなのだろうか。
「そんなに観覧車、乗りたいか?」
気が付けばそんなことを聞いていた。まぁ今からなら見た感じ短いスパンで乗り込めるようだし、別に構わないのだが……どうして観覧車にこだわるのか、その謎だけが胸につっかえていた。
特別な思い入れがあるような覚えもないし、単純にアトラクションの中で好意的なのかも知れない。だとしたらもうシメになんて野暮なことは言えないじゃないか、やれやれ。
後頭部を掻きながら目を空へ逸らし、隣に居るであろう妹に問う。
「観覧車、乗りたいか?」
「うん」
即答、迷いはなかった。
「……乗るか」
ここで目線を下げて彼女と目を合わせる。そこには驚きに塗れ見開かれた雛の顔があった。
――良いの?
そう言っているようにも思えた。本人にそんなつもりはなかろうと、何となくそんな気がした。根拠なんてない、だけど……こいつは観覧車に何か特別な思いを抱いているようにも見受けられる。
何かしら思う所があるのか、それとも何か別の意図ふぁ。
「……ほっへふぉふへうあ(ほっぺを抓るな)」
「ゴメン、けど何か名探偵ばりに思考を巡らせてるような気がしたから。特別意味なんてないよ、ただ私が乗りたいってだけ」
特別な意味もなく、ただ乗りたいだけでここまで固執するとも思えない。もしかしたら今こうして遊園地にいるのも作為が絡んでいるのかもなんて、それこそ愚考だな。
「じゃあ、乗るか」
※
案の定さらりと観覧車に乗ることは出来た。仕様とは言え、どうして観覧車に乗る時は早足で乗り込まなきゃならないんだろうね、中では落ち着けるから良いじゃんってことなのかな。
雛が乗る際少し手間取ったが、何とか車内に乗り込み扉も閉めてもらった。
まぁ当然ながら小さな箱の中である以上そこまでの広さは求めちゃいなかったが、左右にあるクッション性皆無なソファータイプの椅子が何とも言えないげんなり感と言うか、悲壮感を漂わせる。
それでも輪っか自体は大きくだいぶ高くまで昇ってくれそうではある。頂上到達が今から楽しみだ。
「よいしょっと」
左の座席に腰を据える。うん、硬い。長時間座ってたらケツが二つに割れちゃいそうだ、割れてるけど。
「よっこいしょーいちっと」
「はいおかしいもうおかしい。雛ちゃんや、何故これだけ空いてる座席がありながら俺の膝に座るのかな」
「そこに膝があるからよ」
山みたいに言うな、降りろ。
「妹の甘えを無下にしないでよー、ひーくんのいけずぅ」
思っても無いこと言うなよ。お前が兄妹らしい甘え方を進んでやるようなキャラかよ。
妙な真似を始めた雛はやっと膝から離れて、向かいの席に座るかと思えば、メリーゴーランドよろしく隣に落ち着いた。もうここまで来たら何も言うまい。
それに、言っても退けるようには思えない。変なところで頑固だからな、雛は。
「……本当」
ついに。
「懐かしい、な……」
観覧車にこだわる理由の断片が垣間見えた。何がここまで彼女を突き動かしたのか、ここに何があるのか……俺は何も知らないんだ。
俺は知るべきなのだろうか、彼女の思惑を。ここまで執拗な観覧車への思いを。
「ひーくん」
問うべきなのだろうか。
「実はね」
答えるべきなのだろうか。
「会わせたい人が、いるの」
それとも。
応えるべきなのだろうか。
はっきりとしたことは分からない。
そうさ……今の俺にはまだ、何も分からないんだ。
1年振りですの、宇佐美でぃす。
いやはや、月2日しか休みが無いと合間に短編書くと言っても限度があるなぁと感じざるを得ない痛快エブリデイです。
この度の話しも仕事の休憩の合間なんかに書いてようやく完成しており、実は何とか次のお話しも執筆済だったりするので、早い段階でまた投稿したいと思いつつもきっと出来ないかも知れない……と言う現状なので、誠に勝手ながらあくまで更新は「未定」とさせて頂きます。
ちなみに次回も日和はほとんど出番がありません、あしからず。
それではここまで読了ありがとうございました、次回もまたお会い出来ることを心より願っております。
宇佐美でした。




