青山さん家の魔窟
晩夏、友達の大切さが身に染みたあの飲み会から数週間が経過した。
学生はもう少しで夏休みが明け、大学生特有の本当の意味で長い夏休みを羨ましそう、たまに恨めしそうに眺めながらも頭を痛めそうな勉強の日々が始まるんじゃないかって頃、今も暑苦しいこの時期に俺の仕事部屋で寝転がる嫁が一人。
「暑いわ」
そしてぽつりと呟く。背中越しの声だったので首だけを捻って見てみると、Tシャツ一枚で大の字になって天井を見ているポニーテールガールが眠たそうな目を浮かべながら寝ていた。
もちろん、下はパンツ一枚だ。何色かなんてもはや興味にも値しない、何故なら毎日とある事情で俺が選んではかせているからな。例え俺の趣味で黒だったとしても文句なんて言わせないし、こいつとしても言うつもりはないだろう。
「だいぶ涼しくなって来た方だろ、この暑さは」
首を戻して原稿執筆に戻りながら嫁――日和に返事をする。
しかし同意が欲しかったらしい日和は起き上がったのか、俺の肩に顔を乗せて喋る。
その度に顎が肩に食い込んで地味に痛い。
「暑いものは暑いわ」
「そりゃそうだけどさ……けれど不思議だよなぁ、ここじゃこんなに暑いのにオーストラリアだと冬なんだろ?」
時差ってのは恐ろしいと思うと共にロマンを感じる。こっちは冬と言えばクリスマスなのに、あちらは夏がクリスマスなのだから。普通じゃ体感出来ない不思議な感覚に陥ってしまう。
だけどそんなロマンティックには一切興味を示さない鉄の日和は、「今だけオーストラリアにいたいわ」と言う。少しは反応してくれても良いじゃないか、単に俺が臭いこと言って終わったみたいになってしまったじゃないか。
「だとしてもその恰好だったら凍えちゃうよ?」
いやまぁ、それ以前に猥褻物陳列罪で御用だけれどもさ。
下着姿でなんの恥ずかしげもなく近場のコンビニへ向かおうとする猛者だから良いが、夫としてそれはちょっと勘弁願いたい。というか仮に知り合い関係だったとしてもやめてくれ、世間体的にも倫理的にも。
そんな我が嫁青山日和、旧姓白鷺は通称自分を片付けられない女である。おまけに小食なせいで毎回作る料理が明らかに手抜きに見えてしまうが本人的には本気で作った雰囲気でいたり、掃除機のコードに毎回躓くようなドジっ子属性も備えている。
もはや詰め込み過ぎだろってくらいの属性がある日和ではあるが、そんな彼女ゆえの特技がある。
それが他人への世話。
料理は元々得意ではなかったが、自分さえ関係しないことならばどんなことでもそつなくこなすことが出来るという、もっとそれ幅広く出来ないかなぁと小声で言ってしまいそうになる特性がある。
それゆえに夢だったナースとなり、結構な量の仕事を任されるようになって来たとのことである。
一度日和の同業者と話す機会があった時、「彼女は救世主でしたね、何より手先が器用なのがいかんなく発揮されててすごいわ」とのことだ。
へぇ……家では箸すらまともに持てなかったあの日和がねぇ……とは言わずに、言ってないよ、思ってもないからな断じて、とにかく素直な感想が飛び出る程なのだ。
そんな感想を頂ける程に有能なはずの日和が、家では……。
「ひーくん、扇風機壊れた」
「そっか。じゃあどうして日和の足元でボロボロになって倒れてるのかな」
「私のせいだと思うの?」
「じゃあどうして倒れてるの?」
「コードに引っかかって倒れた」
「原因それだよね、一〇〇人にアンケートしたら一〇〇人が原因をそれだって言うよね」
「……コードが引っかかって倒れた」
「コードのせいにしようと文脈を改竄しないの」
こんな感じで暴れ回っているというのに。誤魔化さず正直に言えば良いものを……あと一瞬走った沈黙は何。
「しかし参ったなぁ、俺の部屋エアコン設置出来ないから扇風機買ったのに」
ダクトを通す穴がないせいで渋々電気屋で買ったのが一ヶ月前。それをたったの一ヶ月で壊す日和マジかっけぇ。今年中に表彰されるんじゃないかな。
「それほどでもないわ」
「ねぇ何なの日和は俺のプライバシーに踏み入るスペシャリストかなにかなの?」
「掟の拒絶者と呼んで」
「来世で考えるよ。それより俺に言うことない? あと扇風機にも」
「……そーりー?」
「何故疑問形なのかはこの際置いておいて……参ったなぁ……」
どうしたものかと思考を巡らせていると、すぐに結論が出た。
「そう言えば日和、引っ越しの時に扇風機とかも積み込んでなかったっけ?」
倒れておじゃんになった扇風機を撫でる日和に問う。
ゆっくりと顔を上げて答える日和。
「積んだ覚えがあるわ」
「ということは……」
あの「魔窟」にある可能性が大きいな……日和の荷物は全部あそこに積まれてるわけだし……。
仕方ない、丁度原稿も終盤に差し掛かったわけだし、休憩がてら扇風機探しに勤しむか。
「日和、魔窟を調べよう。あそこにきっと扇風機がある」
「魔窟だなんて、ひどいわ」
「じゃあ少しは片付けようね、引っ越してからまだ仕事用の荷物しか出してないよね?」
苦笑いになりながら日和に言う。というか、その荷物だって発掘するのに半日かかったの忘れてるのかな?
「とにかく探そう、じゃないと俺もうすぐ終わる夏を乗り切れる気がしないよ」
「分かった」
「んー、と言いながらも俺の膝に座るのは何故だい?」
「そこに膝があるからよ」
「どこぞの名言みたいに言うな、ほら行くよ」
「駄目よひーくん、腰を動かしては駄目よ」
色々とおかしな発言が飛び出したので引きずって魔窟のある寝室へと向かう。
※
……これは。
「ひでぇな……」
視界いっぱいに広がるその山は、全て日和の実家から持って来た荷物だった。
表に見える物で言えば、化粧品だったり傘だったり(玄関に置くくらいはしなさいよ……)ラジカセだったりと形状すらも様々なそれが羅列している。
どうしてここまでのものを持って来たのか、というか良くこれを部屋に置きっぱなしにしてたな……実生活では不器用丸出しの日和なら、これらの全てをしっかりと操っていたとも思えない。
「美しいわ」
「俺たまに日和の感性が分かんねぇや」
「ひーくんは私をイジメるの好きね」
「イジメじゃない、真実だ」
「でも分かるわ、好きな人ほどイジメたくなるってやつでしょ?」
「手で顔を隠すくらいなら言わなきゃ良いのに……」
思わず笑みがこぼれてしまう。相変わらず不器用ながらも可愛い奴だ。
まぁそれとこれとは話しが別だ、この魔窟はいい加減片付けなきゃと寝る度に思うんだよな。
寝室にこの荷物が溜め込まれているから、どうしても一日の終わりにはこれを見て落ち込んでしまう。いつかやろういつかやろうと思うには思うけれど、結局手を付けずに眠りの淵へ真っ逆さまだからなぁ。
年末の大掃除もこんな感じだよね、明日やろうと決意した翌日にも明日やろうとか思っちゃう法則。それと同じで毎回先延ばしになってしまうんだよなぁ、この魔窟を見る度に。
「よし、勢いつけた今のうちにやっちゃおうか」
「頑張ってね」
「言いながら部屋を出ようとしない」
退室を望む日和の首根っこを掴む。「ぶにゃあ」とわざとらしい声が聞こえるが、どうして太って動きが鈍くなった大猫のような雰囲気を醸し出しているのだろうか。
「じゃあごみ袋と箱持って来るから、今のうちにいるものといらないものを少しでも選んでおいてね」
野菜栽培で言うところの剪定方式で切り崩していこうと決めて、台所の棚からごみ袋を五枚程掴み取って戻って来る。しかし日和は一切手を出さずにぼーっと突っ立ったまま動いておらず、俺の入室に合わせて首をひん曲げてこちらを向いて。
「お帰り」
と言い出す。そうだった、こいつは片付けられない女だから戦力にならないのか……。
そもそも片付けると言う概念を持ち合わせていないこいつに捨てるものを選べなんて言ったところで暖簾に腕押し、無意味にも程があると言ったところだろう。
だとしてもこの量を一人で賄うにはあまりにも多過ぎる。正月手前でもないのに大掃除もどきをするというだけでも気分が重いのに、この世紀末的物の多さには銃士も両手を挙げて逃げ出すレベルだ。
ともなれば……。
「……助っ人を呼ぶか……」
ポケットに入れていた携帯を取り出して、いつもの二人にコールする。
片方はまだしも、もう片方は暇過ぎてこれでもかってくらいに体を伸ばしているだろうし。
※
「やっはー! ひーくんおひさー!」
そんなに離れた距離でもないのに両手をぶんぶん振って存在証明を繰り出す腐れ縁、小町。
「邪魔するぞ」
長引くと踏んでか、四人分の飲み物を入れた袋を片手に寝室に入って来るのは親友の時也。
というわけで見事に二人とも来てくれたわけだが……。
時也、お前売れっ子歌手なんじゃないの?
どうして退屈してたから行こうとか言い出して今に至ってるの?
ちなみに日和は流石にあのままには出来なかったので、適当に俺の黒いジャージを着せている。ジャージの汎用性ぱねぇ。
「来てくれて助かるけれども、今日は疲れたりしたらすぐ帰っちゃってもいいからな?」
とは言わず、二人に片付けの依頼をするべく召集した理由を述べる。
「出来るところまではやるべきだろう、これはあまりにもひどすぎる」
「時也ひどいわ」
「だったらこれに懲りて二度とこの惨状を形作らないことだ」
時也の言うことはもっともだった。
日和もそんなしっぺ返しは予想していなかったのか、時也のボディーに何度か攻撃を試みるものの、いかんせん本人が非力なせいか微動だにしない。
「アイドルの顔を狙わないのは利口だが、お前はそもそもパワーが足りてない」
それ以前に、時也はもやしみたいな体系ではあるが腹筋は物凄い勢いで割れている。恐らくボイトレの賜物だろうが、少なくともこの腹筋という名の牙城を打ち崩す力を日和は持ち合わせていない。
声と顔以外は存外男らしい時也だった。
「その点小町は部屋、意外と片付けてるよな」
俺はじゃれ合う時也と日和をそのままに、もうすでにどこから切り崩すべきかを考えながら魔窟を見つめる小町に話しを振る。
「意外とは余計だよひーくん! ウチの部屋は単に狭いから、定期的に片付けないとすぐ埋まっちゃうってだけ!」
それが凄い発想だ、俺も日和も絶対に真似出来ない考え方だな。
「おいひーくん」
小町との会話が弾みそうな頃、入口付近で日和と争っていた時也が声をかける。
振り向くと、どこから持って来たのかハンガーを持った日和に襲われそうな手前で頭を掴んで押さえつけてる時也の構図が出来上がっていた。
いつの間にそこまで論争が発展していたんだ。
「ほら日和やめなさい。まんざらでもない時也はまだしもお前はやめなさい」
「待て、僕をやられて喜ぶ類に分類するな」
「え、違うの?」
「トッキ―そういう人じゃないのー?」
「今お前たちを殴らなくては僕の気が済まない」
そんな寸劇を繰り広げつつも、俺たちはようやく掃除を開始した。
取り敢えず片付けられない日和はいるものなのかいらないものなのかの確認だけを取るために、ベッドに腰を据えた状態で待機。どこに隠し持っていたのか、カ○リーメイトを口にしながら茫然と座っている。
その様に呆れつつも見つめていると、「食べる?」とでも言いたげな瞳でこちらを見つめながら顏を突き出す。ポッキーゲームじゃねぇんだからそんな合コンみたいな受け渡しで食べられるかってんだぜ。
ともかく俺と時也と小町で魔窟を切り崩していくことになったわけなのだが……一体どこから手をつければ良いのか分からず、三人で並んだまま固まって動けずにいた。
「まず、どこからやってく?」
と俺。
「セオリー通りに行けば上から減らしていくべきだろうが……」
と時也。
「ウチお腹すいちゃったー」
と小町。全くタメにならない発言をするな。
「じゃあ俺が上を担当するから、二人は下の方を崩してくれ」
俺は半そでを肩までまくって指示を出す。何の意見もないまま無言で動き出せるのは友人としての特権と言うべきか、それとも信頼か。
どちらにせよ俺たちはようやく魔窟に手を加え始めたのだった。
あまりに物が多すぎてどうにも判別がつきにくいな……取り敢えず手あたり次第に聞いていくしかないか、とっとと進めないと絶対日が暮れるぞこの量だと。
俺はまず見た目の大きい箱を掴み取り、物の名前を確かると。
「えらく懐かしい物もってんな……」
「野球盤は女子の嗜みよ」
「そんな汗臭い嗜みがあってたまるか」
「あー懐かしいー! ウチも持ってたっけなー野球盤!」
「…………」
「諦めろひーくん、ここの女子は雄々しいと思えばまだ楽だぞ」
時也が俺の肩をぽんと叩いて宥める。
どんな認定基準だよそれ……野球盤が女子の嗜みものって……。
俺の女子に対する感覚がすり替えられそうになるが、日和曰くいらないそうなのでごみ袋に投下する。女子の嗜みとやらはどこの彼方へ消し去られたんだ?
そんな中時也が発掘したものを日和に確認を取ろうとしていた。
「この起き上がりこぼしはいるのか?」
「いるわ」
「成程いらないな」
「時也ひどいわ」
「使い道がないだろう」
「起き上がりこぼしは女子の嗜みよ」
「そんな幼げな嗜みがあってたまるものか」
「あー懐かしいー! ウチも持ってたっけなー起き上がり!」
「…………」
「諦めろ時也、ここの女子は精神年齢が一桁なんだと思えば楽だぞ」
俺が時也の肩をぽんと叩いて宥める。
というかこの天丼いつまで続くの?
時也が起き上がりこぼしをごみ袋に投げた所で、文句を言う日和を他所に今度は小町が魔窟から物を引っ張り出す。
「ピヨリーン! この江○のサインボールどうするー?」
「いるわ」
「了解! ○夏のサインボールをいる物ボックスにシュート!」
「超エキサイティングしてるところ悪いが待て」
本当にサインボールをいる物ボックスに投げた(しかも何故かジャイロ回転付き)辺りで俺はようやくツッコミを入れることにする。
「いらんだろそれ」
「いるわ」
「女子の嗜みだろうといらん」
「江○なのよ?」
「本当に○夏のサインならこんな魔窟になるまで放っておかないだろ普通」
「江○なのに?」
「お前の中で○夏はどれほどの人物なんだよ」
あとそれ多分偽物だぞ、よく見ると文字がヱ夏になってるし。どこの新劇場版だよ。
時也にあとでごみ袋に入れておくよう目配せをして、OKサインであるサムズアップを見てから俺は魔窟崩しを再開する。
すると、これはとても懐かしいものを発見し、声をあげて拾い上げる。
「おー、これまた懐かしいもの出て来たな」
俺が見つけた代物は、我らが母校の卒業式に撮った卒業写真だった。それも二枚。
一枚目はクラスの連中とだけだった。そもそも時也は自主退学しているものの、俺と小町は学科が違うので映ってはない。二枚目の方には俺たち四人だけで撮った写真。
音楽科の日和が映った学校用の卒業写真。そして俺たち三人で撮った……苦い思い出の詰まった、それでも綺麗な写真。
「見ろよ、お前ら今より少し幼いぞ?」
俺の写真を覗き込もうとやって来た時也は俺の向かい側から覗き込み、小町は俺の頭に顎を乗せて見つめ、日和が俺の隣でその二枚を見遣った。
「あっはは、ひーくん涙目だね」
小町が珍しく控えめに笑う。写真には卒業証書を持って手を振っている姿が映っている。
「懐かしいな。しかしどうしてこんなお宝級の物を魔窟に置いているんだ?」
時也は自主退学しているためここにはいないけれど、口の端を吊り上げて言う。
しかしそれでは寂しいと言う理由から、時也だけ別撮りで撮影して端っこの丸に収まっているのだ。
「この写真が嫌いだったから」
日和が卒業写真の方を指差して変わらない口調で言う。三人(+一人)で撮った写真には俺に抱き付いて無表情なまま映っていた。
「そうだな、皆がいないもんな」
俺、小町、時也、日和がいなくちゃ嫌だもんな。
そう日和に問うと、ほとんど間を開けずに頷いた。そりゃそうだ、それぞれの進む道が違うからこその結末だけど、それでもこの卒業式という大切な節目の日に皆で集まって写真を撮れたのは、それだけ価値がある。
俺たちだけの空間、それを切り取ってくれたのがこの写真なのだから。
「……ところで時也」
「む、なんだ」
「胸元が見えそうあだだだだだだだだ!」
「ぼ・く・は・お・と・こ・だ!」
俺の顔面を掴んで握りつぶさんばかりに握力を行使してくる。というか痛い、結構冷静に描写してるけど痛い痛いいたたたたたたたたた。
「そうだ、そうだったな! 昔からお前はそうやって僕をからかっていたな! 思い出したが運のツキ、ここでその恨みはらさでおくべきか!」
「痛い時也結構キツイっていたたたたたたたたたた!」
「ウチらはこの光景を何度見たことかって感じだよねー! ピーヨリン!」
「全面的にひーくんが悪い」
「お前ら鬼か!」
「鬼はお前だひーくん! 退治してくれる!」
「ぬぅおあああああああああああああああ!」
我が家の寝室が血染めの部屋と化した。
※
「ふぅ……」
日和が腰を叩いて溜息をつく。そして綺麗に整頓された寝室を見回して、額の汗を拭う仕草を見せて呟く。
「大変だった」
「「「主に(俺、僕、ウチ)らがね」」」
特に俺だよ俺。自業自得とは言え時也に必要以上の殴打をくらって作業中断寸前まで追い詰められながらも尽力したんだ、誰か褒めてやってくれ。自業自得だけど。あと自業自得だけど。
そんな中日和はベッドに隠れてその地獄絵図から目を逸らし、小町に至っては悦に浸った表情のまま俺がボロ雑巾となるまでの工程を写メに抑えるというコンビネーションを見せつけられるし。自業自得だけど。
いい加減しつこさを覚える自業自得攻めと時也による制裁と掃除が終わりを迎えた頃、俺たちは家を出て外食へ向かう最中だった。
今は道の端っこに溜まって行き先を決めようと固まって思案投げ首に移行している最中だ。
「で、何を食べる?」
時也がすっきりとした面持ちで聞いて来る。あれだけ殴れば日頃のストレスも同時に解放出来たろうに、見ろよこの笑顔。歌っててもこれだけ清々しい顔を見せないような表情でいるんだぞ。
すると小町は手を上げて自己主張する。
「はいはいはーい! ウチ今日は中華の気分!」
「えー、洋食だろそこは」
「同じく」
俺と日和は洋食を所望するぞ。
「どちらでも構わん。しかし僕としては和食を推す」
てんでんばらばらな団体様四名だった。俺たち何年親友と夫婦やってるんだろうってくらいにはバラバラだった。
「手っ取り早くファミレスで良くないか? 物に寄るけれど、大体揃ってるだろうし」
俺の提案に乗ってくれた三人は無言で頷く。いや返事くらいくれよ、何でそんな渋々賛同しましたって雰囲気なんだよ。俺が我が儘言ったみたいじゃないか。
例えるなら――――
「おいひーくん、突っ立ってないでとっとと入るぞ」
「こらひーくん! 突っ立ってnowで早く入ろー!」
「ひー立って入ろ」
時也、小町、日和がファミリーレストラン『バッファロー』の前に立って、いまだに溜まっていた場所に立っていた俺をそれぞれが急かすように言って重ねる。
取り敢えず小町は色々と詰め込み過ぎだろう、今突っ立ってることをナチュラルに混ぜて来られて一瞬何言ってんだこいつとか思っちまったじゃねぇか。
あと日和は端折り過ぎ。そこだけ切り取ると精神科に投げ込みたくなるような物言いだ。
「皆、何か今日は俺に冷たくない?」
呟く言葉も霧散、俺たちはバッファロー店内へ入る。ちなみに日和と来た時とは違うファミレスだ。
店員によるいらっしゃいませに続く常套句を耳にしつつ四名席へ案内される。ソファー側に俺と日和、椅子側に時也と小町という具合に着席。
「何食べる?」
俺が三人に問う。
「ヒレカツ和膳」
「マルゲリータピザー!」
「オムライス」
「まさか三人同時に答えられるとは思わなんだ。取りあえず時也は?」
「サバの味噌煮和膳」
「あっれーおかしいなぁさっき聞こえた注文と違う気がするんだが?」
「気のせいだ」
まぁいいや、時也は決まり。
「次、小町」
「クイーンパフェ!」
「あっれーおかしいなぁさっき聞こえた注文と違う気がするんだが?」
「気のウェイだよ!」
まぁいいや、小町も決まり。ちなみにクイーンパフェはバッファローで一番人気のパフェで、高さ三〇センチに匹敵するグラスにイチゴやバナナ、ホイップなどを万遍なくあしらえた高級パフェである。
確か極稀にキャビアがあしらえられてたはずだ。一日に二つあるかないかの確立と聞いているが、実際キャビアとパフェって合うのか?
もっと別の料理に織り交ぜた方が良くないか?
「まぁそれこそいいや。次、日和」
「ひーくん」
「あっれーおかしいなぁさっき聞こえ……ちょっと待とうか」
「なに?」
「日和は何食べるの?」
「ひーくん」
カニバリ○ム?
ねぇカニバ○ズムなの?
「日和。メニューを見て、そこに書いてある商品を注文してくれない?」
あれ、というか時也と小町はメニュー見ないで決めたの?
もう決めたからか雑談に入っている二人を見て、ふとそんな疑問を抱いた。
取り敢えず日和の食人説をブラジル辺りまで投擲したところで店員を呼び、皆の注文を伝える。店員の反芻に合わせて日和が「ねぇ私ひーくん食べたい、指の関節を一つずつ噛み砕きたい」とか言っているが気にしない。
ちなみに俺と日和はオムライスを注文した。無難だしさっき三人同時シャウトの時微かに聞こえたしな。俺は聖徳太子でも何でも無いから流石に全てを読み取れたわけではないけれど、何となくの語感で察知くらいは出来る。
それでも日和の発言には驚き以外の何で示せと言うのだ。俺も日和が欲しいとか物凄くエロティックに聞こえる発言をすれば良かったのか?
どちらに転んでも惚気みたいに聞こえてしまうし、そこは手前で踏み止まる。
「そう言えば、もう夏も終わるねー」
店員に運ばれて来た水を煽った頃、小町がそんな話題を持ち出す。晩夏である今はもう夏の終盤、九月となり暑さが薄まり次々と涼しい風が走り抜けて行くことだろう。
季節が変わっても俺たちは変わらないし代えがたい存在であるのはそのままだ。だからこそ俺は言った。
「秋は何が起きるんだろうな」
夏が過ぎ、秋がやって来る。冬が訪れ、春が待つ。
暑さにうなされる日和から寒さに震える日和。相も変わらず笑顔を振りまく小町に、歌い続ける時也。
これまでもこれからもずっと続く日常。
「秋もきっと」
「え?」
「楽しい」
日和が俺の言葉を紡いでくれる。
そうさ、秋もきっと――――
「お待たせ致しました、ヒレカツ和膳でございます!」
「タイミング良過ぎて全俺が引いた」
いや、うん……店員さんは何も悪くない。悪いのはこのタイミングで感傷に浸ってしまった俺が悪いんだ。
間違っているのは俺じゃない、世界の方なんだよ……そうでなきゃあまりの恥ずかしさに顔面をテーブルに埋めてしまいそうだ。
「おい、ゴスゴス頭をテーブルに叩きつけるな。僕のヒレカツ和膳に何の恨みがあるんだ」
「時也のヒレカツ和膳に罪は無い。だけど何か悔しいから味噌汁頂戴」
ヤバい、いい加減頭痛くなって来たから頭突きやめよう。野生のポケ○ンが落ちて来るわけでもないし。
「別に構わないが……」
「マジで? 流石親友ついでにヒレカツも頂戴」
「ついでの比重大き過ぎるだろう」
「じゃあウチはご飯貰うね!」
「じゃあ、の意味が分からん。このままだとヒレカツ和膳が和だけになってしまうだろう」
「…………」
「白さ……日和、貴様は無言で漬物に手を伸ばすな。ヒレカツ和膳が見る影もなくなってしまうじゃないか」
「お腹空いたわ」
「もう少しでオムライスが来るだろう」
「……お腹空いたわ」
「僕の話しを漬け物食べながら無視するな」
「まぁまぁ時也、そう怒りなさんな」
「貴様も僕のヒレカツを食べるな!」
すまん、ノリでつい。
まぁだとしても小町がご飯に手を掛けなかったことでギリギリヒレカツ和膳としての形状を保てたようだし、良かったじゃないか。だから「何も良くない、貴様の口が三つになるくらい殴るぞ」って目で俺を睨まないで下さい。
「お待たせいたしました、マルゲリータピザでございます!」
そんな中、小町が注文したピッツァが本人の前に置かれる。ヒレカツの香ばしい匂いと共に、とろけるチーズの鼻孔をくすぐるそれが空腹へダブルパンチを食らわせて来る。
俺のも早く来ないかなーとピザを見つめていると、ピザカッターで八等分にしてテーブルの真ん中に移動させて行く。
何事かと目を見合わせてピザへ視線を戻しながら小町を見やる俺たちへ、彼女は満面の笑みで言い放つ。
「皆で食べよ!」
こ、こいつ……。
小町、彼女こそが……女神か……。
「けど良いのか? これ、小町の晩飯じゃ……」
伸ばしかけた手をぴたりと止めて問う。しかし流石は女神、返す言葉もまた女神力(?)の高いものだった。
「元々皆で食べるために頼んだわけだし、むしろ食べてくれなきゃウチが困るよ!」
女神よ、ありがたき幸せ……。
と言う感じで小町に圧倒的感謝の意を送りつつマルゲリータをピザる。
デリシャスな味に感動しつつ、オムライスを二個乗せた店員が近づいて来ると同時にようやく俺たちの飯にもありつける雰囲気を感じ取る。
俺も二人に分けてやりたいところだが、オムライスって三等分出来るっけな……。
「けふっ」
と。
ここに来て、ピザも二枚目に突入した日和が小さく息を漏らす。と言うか、えっ、この息の吐き方……。
まさかと思ったのは俺だけでは無かったらしく、ヒレカツをおかずにご飯を口に運んだ時也、最後の一枚であるピザに手を付けた小町も一滴汗を垂らして静止する。
やがて三人同時に日和を見やると、その目線から逃げるように窓の方へ顏を背ける話題の人物が、やや溜め気味にぽつりと呟いた。
「……お腹、一杯」
この時、俺たち三人ははたと思い出していた。
そうだった……日和は……我が家の嫁は……。
「「「しょ、小食だった……」」」
日和の分の料理が届くまでに食べさせ過ぎたせいだろう、彼女はそれだけで腹を満たしてしまったのだ。
あぁ……女神様は微笑んでくれても……神は俺たちに微笑んではくれないんだな……。
「ち、ちなみに日和……店員さんが困った顏して運んでくれたこのオムライスは……」
オーダーが出揃ったことで伝票も指に挟んで俺たちのカウンターまで馳せ参じたウェイトレスに背けていた顏を向ける。
目と目が逢い、瞬間好きだと気付くよりも真っ先に、俺たちの生唾を呑む音すら聞こえてきそう無言でな程に集中し洗練されたこの空間で。
青山日和は、ただいつもの調子で、淡々と言い放った。
「ソーリー」
……この後。
俺たちスタッフが窮屈になった腹に捻じ込むことで、何とか事なきを得た。
※
「俺……しばらくは飯食べなくても良さそうなくらい腹一杯だわ……」
店を出ての第一声は俺。それに続くように時也が「同感だ……」と苦しげに顏を下げて同意してくれる。
小町はもはや喋るのも辛いせいか、珍しく口と腹を押さえて後ろから着いて来ている。
「ソーリー」
一方悪夢の根源である日和は、一切申し訳なさの漂わない無表情でこれしか言っていない。恐らく気に入ったんだろうな、少なくとも今日一日は「ソーリー」と言い続けるに五ペソ賭ける。
「な、何はともあれ今日はありがとうな」
「気にすることは無い、また何かあれば呼んでくれ」
「時也」
「何だ」
「ソーリー」
「だったら少しは感情を……あぁもう良い、今日はここまでだ……」
言ってる最中に満腹がしんどくなったのか、小町同様腹と口を押えながら説教を取り止める。日和程ではないが、確か時也も男らしくがっつり食べられる方ではなかったよな。
かく言う俺も小食ではないにしろ、腹の限界は普通に一人前レベルだ。今日は三人前は食べたから、何と言うか……今なら食べ物を見ただけで発狂しそうな程度には満腹だったりする。
「良かった」
「何も良くねぇよ……」
「また皆で外食しようね」
「その意見には賛成だが、頼むからもう食べ物の話しはしないでくれ……」
こうして、今日も青山家の夜が更けて行く。
※
ちなみに。
整頓されたはずの寝室は、わずか三日で元通りとなり。
本来の目的であった扇風機発掘の件を思い出したのは、惨状が回復してしまった後のことだった。




