青山日和が出来るまで 5
そんなわけで。
「あうー!」
「…………」
両手を上げて家中を走り回る雛、頬が引く付く僕と言う構図の完成である。
物心付いた頃から働いていたこともあり、仕事のある日に家に居ることにただただ違和感だけを覚えてしまう。
外にある未知を好む僕が、外に居た女の子を拾い、最終的にこうして家に居るのはどうしたことだろう。あらゆる疑問符を浮かべては、原因が雛にあることへと行き着く。
恨んでいるわけではない、拒んでいるわけでも嫌っているわけでもない。ただ落ち着かないのだ。
「って、おいおい待て雛、お前足汚れてんじゃねぇか!」
そんな足で走り回れば、フローリングが土だらけになるのは当然なわけで。しかも止めても止まらない暴走特急と化した雛は、すこぶるテンションが高かった。
「あうあー!」
「あうあーじゃないっての、落ち着け止まれコラ」
ついぞ手を伸ばし肩を掴む。キラリと目が光ったと認識した頃には、飽きもせず抱き着かれる。力抜けるわー、本当雛に抱き着かれると力抜けるわー。お前は海楼石か、僕悪魔の実の能力者じゃないけど。
「まずはシャワー浴びせるか……」
ずっと全裸で外に居た割に刺激臭はなく、むしろ女の子らしい甘い匂い漂う雛だが、これからは毎日風呂に叩き込まないとならないようだ。
そうなれば当然、僕の同伴も決まるわけでして……。
「仕方ない、よな……頭の洗い方も身体の洗い方も分からないもんな……」
果てには身体の拭き方も分からないだろう、日傘や母さんじゃなくても一緒に入れと言われそうだ。
覚悟を決めて抱き着かれたまま風呂に向かう。すると歩行することを諦めたのか、足でがっしり僕の身体に巻き付けて来る。動きにくいこと雛の如し。
何をどうしたらこんな無垢な子に懐かれるんだろうなんて疑問よりも、シャワーを終えたら家を掃除しなくては、と言う思いが勝った。
と言うかさ、これ雛はどこで寝るの?
この家三DKで、僕の部屋に夫婦の寝室、あとは生活スペースである居間しかないぞ。まさか僕の部屋で、なんてことにはならないよな?
……微レ存どころじゃない、もはや決まっていそうだ。
「ほら雛、降りろ。シャワー浴びるぞ」
肩をポンポンと叩く。と、何を思ったのか雛は満面の笑みのまま、僕の頬目掛けてキスをしやがったのだ。
「ちょっ!? 雛! 何してんだ!」
誰が愛を下さいwow wowなんて言ったのさ!
「うっうー!」
「うっうーじゃねぇよ! お前はやよいか! 止めなさい、そう言うのは良くないって!」
と言うかこれ吸われてる、ほっぺ吸われてるから!
キスマーク着いちゃうパターンの接吻だから!
引き剥がす僕の動きの甲斐あってか、ようやく僕の頬から唇を離した雛を無理やり降ろして脱衣所に置く。
洗面台に備え付いた鏡を見遣れば、案の定紅に染まった斑点がしっかり刻まれており、一日経過しても消えるか怪しい跡が残った。
「貴様ぁ……kiss summer!」
焦り過ぎて変な言葉になったが、座ったまま腕をパタパタと振る無邪気な雛を見て、本日何度目かの脱力。諦めよう、この子に怒っても喜ばれて終わりそうだ……。
「はぁ……もういい。取り敢えずあれだ、脱がすからな」
後頭部を掻きながら近づき、万歳状態の雛から貸していた上着を脱がす。着替えは……僕の和服を間に合わせで着せるか。
雛の裸に何の思いも持たなくなってしまった僕も服を脱ぎ、抱き着かれそうになるのを寸前で押さえつける。やめろ、それは僕に効く。
やめろ。
「僕も含めて、抱き着くとか誰にでもしちゃ駄目だからな……」
とは言え、理解なんてしていないのだろうが。
それでも風呂場に入り、何とか椅子に座らせる。シャワーから温水を出し、恐らくこれすら初めてだろうから驚かない程度の熱さになるまで温度を調節していく。
いつも僕らが浴びているのとは多少低い温度にまで落ち着いたところで。
「目ぇ瞑れ……って分かんないよな」
手で瞼に触れて下ろす。されるがままの雛はニコニコなまま何かを待っている。
「シャワーかけるぞー」
分かんないだろうけどね、も付け加えながら頭からシャワーを浴びせる。
「あにゃー!」
はしゃぎ始めた。こいつ何かシャワーでテンション上げ始めたぞ。
腕や足を振り乱し、シャワーを浴び続ける雛をそのままにフックへ引っ掛け、頭に当たり続ける温水の上からシャンプーを馴染ませた手でわしゃわしゃと洗い始める。
髪も傷んでいない、むしろ綺麗な長髪に黒のそれは、出自が気になる要因となる。当然某赤い魔本の呪文を唱えることで電撃を放つ魔界の子供のように、角もない。
今までどこで生活していて、どうして全裸で外に居たのだろう。
何者なんだ、お前。
僕の疑念をそのままに、お腹にシャンプーの付いた頭を擦り付けられる。動物の求愛行動みたいなのを良くやるな。
考えてみれば、雛は動物みたいだ。人も動物っちゃ動物だけれど、何と言うか、好奇心旺盛で甘えん坊、さらには全裸と言うジェットストリームなコンボが成立している辺りが特にそうだ。
「ほら、シャンプー流すぞ。絶対目ぇ開けんなよ?」
言っても分からない以下略。何も言わないで事を成すよりは良いだろうと言う判断だから、決して無駄ではないのよ?
誰に向けての言い訳かも分からんが、シャンプーを洗い流して行く。泡立ったそこが徐々に本来の頭部を取り戻していく中、尚もはしゃぐ雛。
「きゃふー!」
「きゃふーって……」
思わず笑みが零れる。無邪気だ、純新無垢の化身がここに居るぞ。僕にもこう言う時代があったのかな。
幼少の記憶は、優しい母の笑顔にたくましい父の働く姿、産まれた頃から一緒の日傘たち四姉妹で溢れている。思えば良い環境で育ったなぁ、我ながら恵まれてるよ。
僕はまだしも、今じゃ扱いの酷い人たちだが根は良い連中だからな、この子にはこの純粋さを忘れないでいて欲しいね。
そう切に願うよ。
何に対しても楽しめるのは美点だ、何に対しても気を回せなくなったら人として終わりである。
楽しむ時は楽しむ、悲しむ時は目一杯悲しんで、最後に笑顔があれば上出来さね。
リンスを髪に馴染ませながら、ふと言葉を覚えさせる、なんてことを思い出した。この時間、意外と勉強に使えるんじゃないか?
「よし雛、今から言うことを言ってみろ」
「あうー!」
既に前途多難な雰囲気しかないが、コホンと咳払いを織り交ぜる。
「おおん」
いや、律儀に真似してくれようとしたんだろうけど、結果ニャンちゅうになってるからね。可愛いなこんちくしょう。
「あ行は言えてるもんな……じゃあ、『か』」
「あ!」
「違う違う、音は同じだからもうちょいだ。『か』」
「あー!」
やばい、既に挫けそう。
絵本を読み聞かせるとかも追加だな、僕の子供の頃世話になった絵本が家のどこかにあったはずだし、あとで発掘しよう。
「何て教えれば良いのかな……」
一文字ずつ教えるんじゃなくて、もっと簡単に……そう、赤ちゃん言葉みたいに接してみるとか?
「ニコニコだね」
「あうあう!」
どこぞの羽生に聞こえて来る気がするのは僕だけで良い。
「眠くない?」
「あう!」
お、これ会話成立じゃない?
理解はしてなさそうだけど、駄目なことは駄目とちゃんと叱れば善し悪しの把握にもなって一石二鳥かも知れんな。
「ほい、じゃあリンス流すぞー」
「あうあー!」
どことなく、この状況を楽しく思い始めてる僕がいた。




