青山日和が出来るまで 3
日傘の襲来に合わせて、二人掛かりで女の子の抱擁から脱却した僕らは傍らの木に寄りかかっていた。
指を咥えて辺りを見回すきょとんとした少女は、僕と目が合うとにへらと笑う。
不器用ながらも笑みで返す僕。うんだからこれ何事なのさ。
「それで、日和はどうして女の子と懇ろになってたの?」
「言い方考えろダァホ、どう見たって僕襲われてたじゃないか。急襲も甚だしい展開だろ」
「経緯はどうあれ間違ってなくない?」
「間違いだらけだわ」
結局抱き着かれたまま何をするでもなかった女の子は、悪びれも恥ずかしがることもなくニコニコとしている。
気のせいか、ジリジリと距離を詰めて来ているようなので手で制すると、がっかりした表情で止まる。犬かお前は。
「何かこうして見ると、親鳥から餌を貰いたがる雛みたいだね」
「雛……雛、ねぇ」
言い得て妙だ。幼くて飛び立てない雛鳥が、親鳥の採ってきた餌を欲するような、そんながっつき方にも見える。
だけど僕には甘えて来る犬か猫のようにしか思えず、さらに言えば納得はしても認識にはならず猫も犬も見たことがないので想像するに至らなかった。
「よし決めた! ずばり、ちみの名前は雛ちゃんだ!」
「いやいやいや何しれっと名付けてんだよ。拾う気満々かよ」
「あうあー!」
「だから抱き着くな! 拾わないから! 我が家では飼えないから!」
なまじ人の姿だから、「飼う」と言う言葉に反発心はあるものの、流石にこの状況は異質過ぎる。
まずここは壁の外だ。他の人里へはそれこそ三千里は必要とされる距離、加えてこの大自然に素っ裸。さらには会話の成り立たない言語野に、見た所年下にしか見えない幼い顔立ち。
何一つとして知り得る可能性にヒットしないこの子の素性とこの現場は、怪しさしか生成されちゃいない。
「とにかく、このことを早く村の人に知らせなくちゃ……」
ここまで来て、流石に放置も出来ない。拾うわけでもなければ飼うつもりもないが、このままにもしておけない。
同じ人間である以上、勿論食事も必要だ。餓死しか見えない未来だけは何としても避けなければ。
……そう言えばこの子、これまでどんな生活してたんだろう。ここまで生き長らえて、あまつさえ頬も痩けておらず栄養失調の欠片もない健康体。
会話が成り立たないから知る由もないが、ここまで滞りなく生きて来られたのなら、下手に生活環境を帰るのはやぶ蛇なんじゃなかろうか。
けれど。
もし僕らと同じ生活をしていないのなら、殊更放っておけない。まず何より、全裸はアカン。
「報告しておくか……」
「けど確か、村長は今村には居ないんじゃなかったっけ」
あー、そう言えば少し前の回覧板にそんなの書いてたな。仕事の契約関連でしばらく留守にするとか何とか。
「真面目な雰囲気さ、野放しは駄目じゃない? 女の子以前に人として、さ」
そうだな、ここで生活出来たとしてもこの言語力だ、人らしい生き方は出来ていないのだろう。
ここで会ったのも何かの縁だ、引き取り手と村長と連絡が取れるまでの間、村で預かるか。
「とは言え大丈夫かな……確か、村人以外は基本立ち入り禁止だよな」
どこかで噂を嗅ぎつけたてれびきょくって人たちを追い返したって騒動もあったくらいだ、この子の処遇は早速辛いものになるやもしれん。
他人を村に招かざること、殺傷、暴力、窃盗の類いを禁じ、その掟を破ったものは村長の手ずから罰が下る。直接的にみたことはないにしても、罪を冒した人を村で再び見ることは無かったため、恐らく追放か何かだろうとは思う。
あれ、もしかしてこの子……そう言うことなの?
掟を破ってしまったの?
いや、村の外に投げ出すだけで終わるとは思えない。その気になればまた戻ることは可能な距離だし、何より今までこの子を見たことがない。
益々村の中に入れるハードルが高くなった気がする。
「事情を話せば何とでもなるでしょ、見たところ他の町の住人じゃないし、何とかしよう!」
「そう、だな」
最悪バレないように村の中に入れることもやぶさかではないが、この狭い敷地内のことだ、顔が知れ渡るのは火を見るよりも明らかである。
後ろ髪引かれるくらいなら、堂々と生活させてあげた方が幸せなのだろう。
「分かんないと思うけどさ、取り敢えず中に入れるよう話してみるからね」
待ての姿勢で居た少女は、話しかけたことをゴーサインか何かと勘違いしたのか、パァっと明るい笑顔を引っ提げて僕の胸元目掛けて飛びかかった。
「ぐへぇ!」
「あうあー!」
決して重くはないのだが、いかんせん飛び乗って来るものだから割と慣性と重力がしんどい。
「しかし本当に懐かれてるね、何仕出かした雰囲気なの?」
「やらかした前提で言うな。僕自身こうなった経緯も何も分からないんだからさ」
言っていて、本当にあらゆる情報が欠けているなと思い至る。この子はどこから来て、今までどうやって生活していたのだろう。
聞いたところで答えがないのは知っている、だからこそいつまでも明かされない不思議になるのかな。




