青山日和が出来るまで 2
父さんたちからの最初の仕事は、廃材を燃やすための枝を集めることだった。
完全に疲労を心配されているが、それでも任された仕事である以上は家に寄り枝を集める籠を二つ持って、日傘と共に壁の外を目指す。
別に壁の外に巨人がいるなんてことはなく、飲んだくれの憲兵団がいるわけでもないが、平穏そのものな外は僕の好奇心をくすぐる。
村の中で育った以上外界に対して並々ならぬ楽しみを持つのは許して貰いたい、本当なら都会って所に行ってみたいもん。
聞くところによれば、都会とやらは夜でも明るく時間帯に関係なく人が歩き回り、夜にしか店なんかもあるんだそうだ。
この村には一切ない異質な場所、都会。僕は間違いなくシャンバラにも似た外に関心を抱いている。
ただし、村から別の町に向かうには年齢制限があり、さらに外へ向かう理由がうちの木材を金銭的なやり取りが関係するものであるか、一ヶ月に一度食材や生活必需品の買い出し組のみ。
僕がもっと遠い外へ足を踏み入れるには、あと六年必要となるわけだ。
だからなのか、仕事とは言え壁の外に身を投げ出すことに静かな探究心を秘めざるを得ない。
「日和、またニヤニヤしてるね! そんなに外が楽しみなのー?」
おっと、顔にまで出ていたか。
「分かるか?」
「分かるよ! 日和の笑顔は本当に輝いてるよねー、無垢って言うかさ、見ててこっちも楽しくなって来る雰囲気だね!」
そんなにキラキラした顔でいるのか、そこまで来ると何だか面映ゆいな。
「一度で良いから、この村じゃない場所に行ってみたいよ。この目に焼き付けて……」
あわよくば。
なんて言ってしまいそうになる口をそっと閉じた。
この村以外の場所に住んでみたいなんて、高望み過ぎてバチが当たりそうだ。
或いはこの村を捨てるのか、とか思われても敵わない。僕は僕でこの村が好きなんだ、捨てるなんてとんでもない。
けれど……滞在時間こそ短くても良い。それでも僕は、外の世界で生活を送ってみたい。
そんな淡い欲望を胸にしまいながら、ついぞ村と外を繋ぐ門に辿り着く。
丸太とロープで作られた扉が聳え立つ。大人五人掛りで辛うじて開門されるそこを、門番に外へ出る理由を話して開けてもらう。
轟音を鳴らし、徐々に姿を表して行くのは、夥しい数の木々。緑生い茂るそこを見るだけで、燻る思いにまた火が灯る。
外へ出れば、遠くへ行かないよう見張るための付き添いが一人着いて来て、閉められた門扉で腕を後ろに組んで立つ。
うちの村の掟に則った彼は、何を語ることなくそこに居て、俺たちを見張る。
「あまり時間かけても申し訳ないし、さっさと集めて戻ろうぜ」
「ほいさ! 枝を集めて三千里だね!」
そこまで歩いたら流石に他の町に着くんじゃないかな、もはや迷子の領域だ。
当然三千里も歩くことなく、そこらに散らばる枝を掻き集めて行く。廃棄の木材の量から察するに、多いに越したことはないだろうし、ここら一帯の枝を集める勢いで籠に詰めた方が良さそうだ。
鼻を突き抜けて行く豊かな草木の匂い。鳥の囀り響き渡る耳に、枝を拾う際に付着した土の色。
全てが僕にワクワクをくれる。飽きることのない新鮮味に満ち溢れたそこで、黙々と枝を集めて行く。
どれだけの時間が経過しただろうか、門の傍にある枝を粗方集め終えた僕は、門番と日傘に聞こえるように言う。
「少し離れた所も探してみるぞー」
籠は満杯どころか半分あるかないかの量だし、気持ちもう少し欲しいところだ。
「ウチはもうちょいここら辺うろちょろしてる雰囲気ー!」
返事を聞いて、背を向けて手だけで対応する。門番に止められないってことは、怪しまれちゃいないのだろうし、今はそう遠くに行くつもりはない。
案の定少し距離を取っただけで嫌になるくらい枝が落ちており、拾い甲斐のある地面を見下ろし、口元が綻ぶ。
仕事は無事完了出来そうだ、そんな期待を持ちつつ籠を枝で満たしていく。
「……ん?」
と。
無造作に伸びた雑草が、ざわついたように見えた。枝の落ちている僕の近隣にも草はある、だがほとんど伸びてないのに対してこの雑草だけは身長がもっと低ければ隠れられそうな長さだ。
などと説明口調になってしまったのは、こう言うホラー展開嫌いなんだよ心臓止まりそうなくらいドキドキしてるからだよ。
森であり他の町まで距離がある以上、誰かがここに居るわけがない。そう、きっと動物だ。動物がいる話し聞いたことないけど、熊の出没すらないのに動物がいるなんて耳にしたことないけど。
……うわああああ途端に恐怖が増した。ほら今もガサガサ音立ってるもん、後ずさっちゃったじゃん僕、今すぐ叫んで日傘に助けを請いたい所存だもんね。
何はともあれ動物だろうと未だ見ぬ生命体だとしても、関わってはいけないと言う結論に至るまでそう時間はいらない。
そうさ、きっと僕ら以外の村人が居るのさ。そうさ、例え門の外に出るために見張りがつくのに誰も居なかったとしても、村人のどなたかだ。そうに違いない、うん、違うね。
即座に判決が下された僕の脳内をそのままに、後ずさった足を使って前後反転。元来た道を戻るその瞬間。
「……あうあ」
背筋に走る戦慄と耳に届く言葉にならないそれを置き去る。ディモールト怖い、しかも情け無い話しではあるが、数メートル走った後に勢い余って転げてしまった。
折角拾った枝をそこら中に散乱させて、二回転程前転を決めたところで顔を地面に叩きつけた。不快感のみを送る土の味に、撥ねられたように顔を上げて口の中にある異物をペッペッと吐き捨てる。
尚もガサガサと音を立てる不自然に伸びた雑草に、もはや目も当てられない自分の姿。他人が見たら状況判断に困ること請け合いだぞ。
そう言えばこう言う緊急時は大声を上げた方が身体の緊張がほぐれて動きやすくなると聞いたことがある、あの時叫ばなかったからこうなったのかと思えるくらいには冷静さを取り戻した頃。
「うあー?」
お魚咥えた野良猫みたいに逃げていた僕の背後から、あの声が聞こえた。
真後ろにいる。いつの間にか詰められていた距離、身体の中を巡る鈍痛に見舞われた僕。
それでもまたぞろ逃げ出さなかったのは、その声が人のものであり……高さが丁度日傘同様女声だったからだ。
恐怖心とは別に芽生えた怖い物見たさが先行した僕は、恐る恐る顔だけを後ろ目掛けて向けて行く。
ある日森の中で出会ったのは、森のクマさんではなく……。
「あうあー!」
「あうああああああああああああああああああああああああああああ!?」
産まれたままの姿で四つん這いとなり、ルパンダイブよろしく僕に飛びつく女の子だった。
「あうー!」
待って何これ何この子何この状況!
食べられちゃうの!?
やられるかヤられるの!?
これが都会で言うところのレイブなの!?
何か間違えた気がするけど、もはや合ってるのか考えることすら億劫になる程、今の僕は成す術がなく抱き着かれていた。
これは甘えているのか、それとも求愛行動?
果ては食事の前段階なのか、胸板に頬を擦り付ける女の子は、ずっと笑顔のままだ。
「あうー!」
「ちょっ……と、待って本当に待って! 君誰さ! そしてこれ何さ!」
「あうあー!」
「会話! 会話のキャッチボール大事だよ! ヘイガール! 僕との会話成立させてね!」
現状何も分かっていない僕からのコンタクトによる返答は、果たして言葉と判断して良いのか難しい領域のものだった。
そもそもこの子に言語と言う概念が存在しているのか、ここまで来るとそれだけが気掛かりだ。いや、服着てないし、言葉の意味を理解していなさそうだ。
「と、とにかく離れようね! これ以上は変な勘繰りをされても何も言い逃れ出来ないから!」
「誰から、どんな勘繰りをされる雰囲気なの?」
「そりゃお前……逆セクハラと言うかなんと言うか……」
あれ、突然確固たる言葉が聞こえたぞ?
気のせいか?
気のせいな雰囲気か?
「ひーより、これは何事なの?」
頭上から顔を覗かせる少女の姿に、思わず硬直する僕は、静かに悟った。
あっ、これ社会的に終わった雰囲気だ、と。




