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青山さん家 2  作者: 宇佐美 風音
11/21

青山さん家が出来るまで④

前回までのあらすじぃ!


趣味で書いていた小説を本業にしようと決意した俺ことひーくんにルームメイトであり友人の長瀞(ながとろ) 時也(ときや)と、幼馴染の袴塚(はかまづか) 小町(こまち)の計らいでPCを買いに電気屋へやって来たは良いが、義妹の(ひな)とイチャイチャ……もとい絡んでいる最中に我が校の音楽学科にて話題を掻っ攫う天才、白鷺(しらさぎ) 日和(ひより)と遭遇したぁ!


はい前回までのあらすじ終わりぃ!


「お前、どうしてここに……?」


いやそれより、雛が人見知り発動して俺の腕を掴んで背後に隠れてしまったのをどうにかしたい。大丈夫だから、日和は無害の塊みたいな奴だからさ、しかもお前それで隠れてるつもりなら病院行った方が良いぞ、チョッパーみたいになってるからさ。半身以上丸見えだからよ。


実は興味津々なのでは、なんて錯覚してしまいそうな雛の態度をそのままに、フードのファーが鬱陶しいのか手で払いながら俺を見つめる無機質な碧眼の持ち主、日和は言う。


「こんなところに居るとは思わなかった」


「それはこっちのセリフだっつの……何お前、電気屋とか来るの? 家電とか見て落ち着くタイプなのん?」


正直、あまりにもミスマッチだ。失礼ではあるけれど、日和の容姿から鑑みるにカフェで優雅に本とか読んでコーヒー飲んでそうなんだよ。


だからこういう人工技術の総本山みたいな店に足を運ぶ印象が無かっただけに、意外性があり過ぎて動揺してしまっている。それだけ日和の出で立ちは独特であることがどうか伝わって欲しい。


けれどすぐにそんな意外性の正体を知ることとなる。


「お母さんと一緒なのよ」


一瞬どこぞの教育テレビ番組かと思ったが、どうやら言葉通りのようで続けて「買い物終えて駐車場で待ってるのよ」と言った。


「じゃあひよ……白鷺は、どうしてまだ店内に?」


「私が居たらおかしい?」


「いやそうじゃないけども……そんな風に聞こえたなら謝るよ。けどさ、買い物が終わったならあとは帰るだけじゃない?」


「可愛らしい子ね」


「お前本当話題はきちんと揃えろよなー」


話題の矛先が機敏に動き過ぎなんだよ。何だよこいつ猫か何かかよ、気分屋の頂点でも狙ってるのかよ。良いけどさ別に。


日和は言いたくないことを誤魔化す習性があるし、ここに居る理由よりも雛に注目することで話しを逸らそうとしているのだろう。


確信はないけれども、ようやくちゃんと隠れて日和をやり過ごそうとする雛に声をかけてやる。


「安心しろ雛。こいつはお前に危害を加えない」


むしろ日和が誰かに痛みを与える瞬間が想像出来ない。争いを好まないと言うか、平和な子だからな。


それでも警戒心が解かれないのか、俺の言葉にすらビクつく雛に困っている中、日和は腰を落として義妹と目を合わせようとする。


何を試みようと言うのか、かくして少女はその小さな口を開いた。


「名前は?」


「……雛よ」


おっ返答した。


「性別は?」


「み、見りゃ分かるじゃない……」


「血液型は?」


「知らないわよ」


「男性経験は?」


「だっ……!? あ、あっても言えるわけないじゃない!」


「趣味は?」


「あんたに言う理由がないわ!」


「特技……」


「はいストップ、すでに意味不明なやり取りになってる」


何だこれ、今時お見合いでもここまでグイグイ来ない質疑応答だぞ。何、雛を推し量ろうとでもしてるのか?


言っておくが、人見知りの激しい雛の心を融解するのは至難の技だぞ。時也と小町と話せるようになったのだって、いまだに信じられないことなんだからな。


「あなたのお兄ちゃんは……ひーくんなの?」


一度間を置いて、そんな問いを交わす。


「だからなんなのよ……もう放っておいてよ」


何だかなぁ、日和にそんな警戒をしたって無駄なんだがな。それでも雛は頑なだ、どれだけ引っ張っても抜けないカブを思い出すよ。


「ひーくんは優しいわ。友達の居ない私に優しくしてくれる……そんなひーくんの妹となら、私は是が非にも仲良くなりたいわ」


そんなカブを、ゆっくりと引き抜いて行く日和がそこにはいた。


「ひーくんは私にとって特別なの。あなたにとっての特別って……なに?」


雛が身じろぎをした。何か思い当たる節でもあるのか、それとも……。


何をするでもなく、彼女の言葉に耳を向ける俺たち兄妹。


「もしもあなたにとっての特別もひーくんなら、私たちは人を隔てた距離のある関係ではないわ。共に共感を得た、仲間よ」


「…………」


「人との繋がりの暖かさをひーくんは教えてくれた。不釣り合いにも、私はそれをもっと欲しいと願った。もしもあなたに欠片でも同じ思いがあるのなら」


そっと手を差し出す。短い髪が揺れて、首を傾げて雛を導く彼女の姿はまるで……。


「仲間の居ない私の、手を取って欲しいわ」


女神だった。


そんな女神に魅了されたのは果たして俺だけではなかったようだ。


「……勘違いしないでよね」


雛は無造作に俺の背後から手を出して、荒く繋いだ。


「人助けくらいなら、良いやって……思っただけなんだから」


この短時間で、日和は見事雛を味方につけたのだ。これは快挙であり、必然なようにも思えた。


「ありがとう、雛ちゃん」


この二人はどこか不器用で。


「私を助けてくれて」


だけど、それ以上に優しい。


「ありがとう」


日和は優しくもう片方の手で雛の手を握った。


慈しむように、危うく儚いその繋がりを見失わないように、確認するように……。


紡がれたその手の間にいる俺の心拍数は、日和に対してどこまでも強くなって行った。


「……む? 貴様は……」


「あれれー? もしかしてちみは、噂の日和ちゃんかなー?」


独自の世界を作っていた時也と小町が日和の背後からやって来る。首だけを向けて二人を見ているであろう日和は、まだ雛の手を離していない。


「誰?」


「いやいやひよ……白鷺、学科の違う小町ならまだしも、時也にその質問はおかしいだろ……」


同じクラスなんじゃねぇの?


とは言え、確か二人に接点は無かったんだっけな……。


「名乗り遅れたな。僕は長瀞時也だ、貴様と同じ音楽科一年」


「ウチは芸術科の袴塚小町だよ! いやー、実は一度ぴよりんとは話してみたかったんだよねー!」


ぴよりんって、いきなり馴れ馴れしいな小町。まぁ彼女の持ち味なのか、不快感を示さないのは不思議ではあるけれど。


しかし意外な会合だなこれ。まさか俺の仲間内とこうして話す機会があるとは夢にも思わなかった。


「おやおや? ひなっち、何でひーくんの後ろに隠れて手を繋ぐだけでは飽き足らず頬を赤く染めてるのー!」


「ばっ……別にいいでしょ、これはそう……人助け、なんだから……」


まぁ説明なしにこの状況見たら小町みたいな反応になるよな。


解説しても良いのだが、今回は恥ずかしがってる雛のために黙っていよう、寛容な兄を持って幸せだな、雛は。


「白鷺日和」


端的な自己紹介。今回はタックルとかはしないんだな、安心と言うかどうして俺にはあんな過度な主張を交えた絡み方をしたのか気になったりもするが、それでも日和は言った。


「こうして話すのは初めてだな。あぁ、僕のことは時也で良い。苗字は呼びづらいからな」


「ウチもウチも! コンビニ行くような気軽な感じで小町って呼んで!」


腕を組んで微笑を浮かべる時也に、腕を大きく上げて自己主張をする小町。テンションの落差が半端ではないが、日和は静かに頷いてようやく二人の方へ体を向けた。


当然雛と繋いだ手は離していない。振り返るのに合わせて俺の背後から出ることとなったが、その手を解いて戻って来る様子もない辺り、雛も満更ではないのか俯いたまま手を繋いでいる。


「そろそろ戻らなきゃ」


「ん……あぁ、そうだよな。母親を待たせてるんだっけな、白鷺」


日和は確か実家通いだから、多分このまま帰るのだろう。結局何のために一人電気屋に残ったのかが謎のままではあるが、これ以上はそれこそやぶ蛇だろう。


別名蛇足。


「あんまり遅いと、お母さんが困る」


「であれば、僕たちもあまり長く引き止められないな」


「ぴよりん、今度もっとねっとりと話そうね! 良いなートッキーは同じクラスで、いつでも話せるじゃない!」


「言ったはずだ、僕は今日この時を迎えるまで接点がなかったんだ。でもまぁ……これを機に話してみても良いかも知れんな、この男が気に入った人物でもあるわけだし」


「よろしくね、時也」


俺と会った時のように小さく手を振る日和に、時也も組んでいた腕を解いて手を振った。


「うむ。また学校で会おう」


最初からこうしていれば良かったかもと、思わなくもない。日和を俺たちサイドに引き込むのがこんなに簡単だとは思わなかった。


元々悪い奴らじゃないわけだし、絡み自体は容易い。俺がそうしなかったのは、こういう考えに至らなかったのかは何故なのか。


今後俺は、それを身を以て知ることとなるのだろうか。


今はまだ、何も知らない。





それからは割とあっさりとPCを購入出来た。と言うか、してもらった。


ライティングソフトが付属されたノートPC、占めて一三万。二人には大きな借りを作ってしまったな……。


「改めてありがとうな、小町、時也……この恩は必ず返すから」


「いや、良いんだ。それで執筆に励んでくれ」


「ウチとしてはもはや、ぴよりんを紹介してくれただけでも充分恩返しだよ!」


俺と雛の前をエスカレーターで降りて行き、笑みを浮かべる二人。高価な物だからな、本当、大事に使おう。


そして、こうなるともう引き返せないぞ、俺。引き返す気なんて毛頭ないけれも、それでも進む他に道はないし、何より俺が進みたいって気持ちで溢れている。


頑張ろう。口だけでなく、行動で示して行こう。それが恩返しになると、そう信じなきゃ二人の顔を見られない気がするから。


「にしても小町、白鷺と仲良くなりたかったのか?」


一度話してみたかったと言う彼女の言葉を思い出す。小町と日和の接点こそなさそうなものなんだがなぁ。


「ひーくんが目を付けた子だもん、そりゃ気にならなきゃおかしい雰囲気でしょ!」


「どう言う理屈だよ……」


日和と出会ったのは完全な偶然だ。俺が雛と初めて出会った時ほど劇的ではなかったにしろ、あの日あの時あの場所を通らなければ、多分言葉を交わすような仲ではなかっただろう。


知れば知る程、話せば話す程、彼女の魅力は溢れてくる。白状すれば、きっと俺は憧れているんだ。


彼女は俺にない世界を持っている。俺が辿り着けなかった、目標地点で立ち尽くしている。


それがひどく羨ましくて、手を伸ばしたに過ぎないんだ。


『束縛されることを選んだ彼は、何故自由を諦めたの?』


自由で居る方法なんて、当時の俺には分からなかった。ただ二つの目標だけが生きる糧だったから。


束縛されていた上で……渇望した果てに得たのが、雛と言う大切な家族なのだから。


だからこそ今でも俺が貫いた正義に間違いはないのだろう。


なればこそ日和の立ち居振る舞いもまた、有り得たはずのものなのだろう。


「けど、あいつのおかげで……欲しかった物が見つかりそうだってのは、確かかな」


俺が次の言葉を放つ頃には、エスカレーターを降りていた。


「それはつまり……」


小町が不自然に低く言う。


「彼女が出来そうってことかい!」


こいつも人の話しを聞かねぇな!


「ちっげぇよ、俺が言いたいのはもっとこう、抽象的なものだっつの」


そもそも笑顔が人殺しみたいだと言われている内は、彼女なんて夢のまた夢だろうよ。


ふと、日和と寄り添い合い手を繋いで家庭を持った風景を想像する。


……いやいやいや、有り得ない有り得ない……妄想も大概にしろや、俺……。


「まぁでも、確かにぴよりん相手じゃ、ひーくんにはちょっと高嶺の花かもね!」


「そうそう、ひーくんと付き合おうなんてお人好し、居るわけないしね」


「お前ら、ちっとは歯に絹着せる努力見せろよ」


俺相手だからって、何でも言って良いわけじゃねぇんだぞ。過負荷な球磨川先輩も同じこと言ってだろ、この野郎。


俺だって人並みに傷つくことをお忘れなきよう。


「しかし逆に、白鷺が誰かと付き合う姿も中々想像出来んな。そもそも恋愛感情なんてもの、白鷺にあるのかどうかすら怪しい」


外を出て、既に見えている学園を目指す中、時也は時也でそれなりに酷いことを言う。俺からしたら、時也も誰かと付き合う姿が想像つかんよ。


人嫌いな部分とかあるし、そこら辺は苦労しそうな性格してると思うぞ。俺も性格を持ち出せば人のことを言えないのかも知れないけれど。


それでも俺も時也には同意だな、今まで日和は好きな人とか出来たことあるのかな。


「……ひーくん、何か顔怖いよ? 三割増しくらいで人殺しそうな顔してるよ?」


んなわけねぇだろ、露骨に人一人分距離を開けるな。道行く人の邪魔になるだろうが。


それに、菩薩も裸足で逃げ出すひーくんフェイスにいちゃもん付けるなよディアシスター。


「失礼だな雛は。俺が? 怖い? 確かに死神と恐れられた過去はあるが、誰よりも慈愛に満ちたこの俺が? 怖い? 笑わせるなよ雛」


「いやでも普通に今のひーくん怖いよ? 笑ってもいないのに、怖いからね? 何を想像したかは知らないけれど、少し落ち着きなよ」


元の距離に戻り、肩をぽんぽん叩かれる。別に何も想像などしちゃいないさ、ただ日和が誰かを好きになったことがあるのか、と思っただけに過ぎんぞ。


「ほらまた怖い、夏の怪談話よりも怖い顔してるってば」


「だからしてねぇよ……なぁ、時也。俺怖くないよな? 可愛い顔してるよな?」


「貴様を可愛いと思ったことも今後思うこともない、とだけ言っておこう」


チラリとこちらを見てすぐに前を向く彼の素振りに、若干傷ついた俺を慰めるのは、何もないところでこてっと躓いた雛ではなく、小町だけだった。





ネット回線を使用してのPCの利用を除けば何も言わない。


寮長と先生には最初から聞いて置くべきだったと思ったのは、帰寮してからすぐのことだ。


今思えばこのPC、学校生活に必要とされない私物と認定されて取り上げられるんじゃなかろうかと危惧したのが、外出届を出した寮生が帰って来た旨を報告する際である。


不安になった俺と時也は直ぐ様教師と寮長に確認を取ったところ、前述の答えを得た次第だ。Wi-Fiなんて持ち合わせちゃいないし、ガラケーである俺と時也にはデザリングなんて方法もない。


だからこそ許可が下りて、見事部屋にPCを迎え入れることが出来た。女子寮から真っ直ぐ俺たちの部屋に来た小町と雛にもその旨を伝えた。


「折角買って貰ったのに、危なく没収されるところだったわけね」


「ねぇトッキー、この部屋炬燵欲しくないー? あ、そうだ! もう一回電気屋行って炬燵買おうよ!」


「思い思いに発言すんな」


伸び伸びし過ぎだろ、雛はまだしも特に小町。一応俺たちの生活スペースなんだから大の字で寝転がるな。


「……炬燵か」


時也もちょっと揺らぐな。買えないから、それこそ没収されるからさ。


「しかしひーくん、凄い人と知り合いだったんだね。絡んでみて思ったよ私は、あの人はとにかく凄い、なんと言うか凄い」


二段ベッドの一段目、俺が寝床にしている掛け布団の上へダイブしてそんなことをのたまう雛よ、取り敢えず降りろ。


いや待て……やはり降りるな。そのままお前の匂いをつけてくれ、寝てる時も雛に包まれてるとか優しさに包まれるより魅力的じゃないか。


口にしたらこれまた飛び跳ねて布団を洗濯されそうではあるな、言わんとこ。


「そうだ! 今度この部屋にぴよりん呼ぼうよ! ウチ、もっとぴよりんと話したいし!」


愚考を企てている中、小町が予想だにしない提案を持ち出した。大の字にしていた上体を起こして、ゲッツのポーズで俺たちに向けて言い出す。


伸るか反るかはさておきそれはあまりに唐突過ぎて、反論も正論も口に出来ないまま進行して行く。


「まぁ折角だからな。昼時も一緒に行動しても良いかも知れん、貴様のことも考えて、な」


俺を見るな。と言うか返事をさせてくれ、せめて傍観したまま話しを進めないでくれ。


「待て待て、本人の意思もちゃんと尊重してやれよ」


「そうよ、白鷺さんの都合だってあるんだしさ」


おっと、ここでまさかの雛。やはりまだ日和には苦手意識があるのだろうか、どこか否定的な意見にも聞こえるぞ。


それに俺が日和を独占しているような現状、もしかしたらオーケーサインを出した方が彼女のためになるかも知れないし、ノーを出した方が雛のためでもあるのだろうか。


この議題、悩みどころだな。


「まずは聞いてみようよ」


あれ、案外受け入れ気味じゃないっすか雛ちゃんや。


あの一瞬で日和の雛による序列変化が著しいな……まさかここまでの存在になろうとは。あながち日和を俺たちの輪に入って欲しいってのは、あっても良い可能性なのかもな。


「というわけで、はい、ひーくん」


「…………うん?」


どうしてここで俺なんだ、そして俺以外の三人の目が点になっているのはどう言う状況だ。


「えっ……まさかひーくん、白鷺さんの連絡先知らないの……?」


「なんと言うことだ、貴様いつもどうやって集まっているのだ……」


「ひーくんともあろう男が、よもやぴよりんの連絡先を知らないなんて!」


「知ってなきゃまずいことなのか?」


三人とも苦笑いになる。日和とはいつも中庭に行けば大抵会えるし、取り立てて連絡先を知る機会なんてなかったからなぁ。


と言うか俺ともあろう男ってどゆこと。小町の中の俺はどういう人間なのさ。


「まさかここですっとぼけられるとは思わなかったなぁ……取り敢えず、白鷺さんのことは普通に名前で呼びなよ、普段日和って呼んでるんでしょ?」


「何故そのことを知っている」


「分からない方がおかしいだろう、貴様は何度も名前で呼びかけては苗字に変えてるからな」


えぇー完全に無意識だったんですがー。


二人の時は日和と呼ぶよう言われていたから、それを律儀に守っていたことから始まったのだろうか。と言うか生活の中でも染み着く程に日和と接していたのか、俺は。


「まぁ良いよ! 今度会う機会があれば聞いてみてよ!」


果たして、小町のこの一言で日和に関しての話題が終わった。


そうだよな、あいつ携帯持ってたし、聞いていても何らおかしくはなかったのかもな……なんて思いつつ、雛に急かされてそれからは買って来たPCの環境を整えた。


PC自体は授業で使っていた時くらいしか経験がなかったため、タイピングに関しては追々慣れて行かねばならないようだ。


時也の発案で付属されていたタイピングソフトを立ち上げ、まずはそこから慣れようと言う結論に至った。


「先行きは長そうだな……」


初級で躓きながら、ふいに呟いた言葉は霧散した。





「そろそろここも寒いな」


溶けきらなかった雪を払い、小さなレジャーシートを敷いていつもの中庭に居た日和に言う。


PCを買ってから二日が経過した頃、これまたいつも通り弁当片手に昼休みを迎えた。相変わらずそれが使命と言わんばかりに座り込む日和は、少し横に詰めて空いたシートの上をポンポン叩いた。


座れ、と言う意思表示なのだろうが、これだとだいぶ距離が近いように思うのだが……いや、気にしたら負けか、きっと日和は何も思っちゃいない。思っていても、親切心くらいだろう。


だったらそれを無下には出来ない。ゆえに座る。左腕を動かせば日和の肘にごっつんこしそうではあるが、そこは何とか誤魔化しつつ弁当を膝の上に広げる。


「日和はどうして食堂に行かないんだ?」


「ここが好きなのよ」


ベストプレイスってわけか、納得。


「もし日和が良ければ一緒に食堂行かないか? ほら、一昨日紹介した時也たちとはいつもそこで集まって飯食べてるからさ」


さり気なく一昨日の小町たちが提案した策を弄する。だが、意外なことに日和は首を横に振ったのだ。


「何でさ」


「ここに居たいわ」


しかも頑なだ。表情は変わらず続ける。


「好きな場所でひーくんとご飯を食べる。私はそれが好きなのよ」


どうしてか、安心している内心を投げ捨てて問う。


「俺なんかと飯食べて、楽しいか?」


この時、俺がどんな顔をしていたのかは分からない。きっと、恐らく、多分、曖昧に表現することすら出来ないくらいには、分からなかった。


傍に鏡でもあれば良かったのだがな、いかんせん都合良く手元にはそんな代物はない。


目線だけをこちらに投げて、前を見直す日和はそのまま膝においた弁当に詰まったミートボールを箸で掴む。そのまま口に運び、落とすことなく咀嚼して行く。


俺も日和がお気に入り認定してくれた卵焼きを箸で半分に切り、片割れを彼女の弁当に入れてやる。チラッとこちらを見る、だがすぐ向きを直して咀嚼を終える。


もう片方の卵焼きを自分の口に持って行く。我ながら今日も良く出来ている、改善の余地はまだまだあるけれど、今日のは自分でも合格点をあげたいね。


「美味しいわ」


「美味しいな」


ミートボールを食べ終えた日和が今度は、分けた卵焼きを食べる。なぁ、質問に答えないのは何か意味でもあるのん?


もしくは触れて欲しくない話題だったの?


「……私は、ひーくんとのこの時間が大好き」


今食べ物を口に含んでいなくて良かったと心底思うね、でなきゃこの発言で完全に吹き出してた自信しかないよ。


「そ、そうか」


しかも照れて端的な返事しか出来ずにいる俺を見ることなく、パクパクと自分の弁当を消化して行く日和はどこか涼しげだ。


大胆なのか不敵なのか、或いはわざとなのかは存じないがこいつはたまに平気な顔してこういうことを言い出すから、心の準備がままならん。


「もしかしたら私の夢は、自分の時間を共有してくれる人が出来ることだったのかも知れないわ」


「……その言い方だと、ここまで将来について考えてなかったように聞こえるぞ」


もし事実ならば、辻褄は合うんだがな……どうやら違うらしく、無感動な表情のまま「ちっちっちっ」と指を振って俺の考えが温州みかん並みに甘いことを知らせる。


「私は看護師になるわ」


ここに来て驚いてばかりいるな、音楽科のホープがまさかナースを志しているなんて思いもしないぞ。


それだけの才能を持ちながら、声に頼らない仕事を選ぶだなんて……と言うか、どうしてこのタイミングで教えてくれたのだろう、前は頑なに教えてくれなかったのに。気まぐれかな?


「ひーくんも夢に向かって歩き出したから、私もうまうましてられないわね」


うまうましてるのは今だろ、今後のことを思っての発言にしたいならうかうかをチョイスしなさい。


なんて、言える雰囲気ではなかったのは意外だ。まさか日和とここまでのマジトークをする日が来ようとは。


「看護師か……白衣の天使って言葉が似合うからな、日和は」


「それ程でもないわ」


頬が少し朱に染まる。やり返しには成功したようだな。


それに白衣でなくとも、心の落ち着くその声に揺らいだ俺からすれば、きっと彼女は天使なのだ。


戦争を歌で鎮めてしまいそうなエンジェルボイスを活かすことなく、誰かのために手を講じる職を目指す日和。


目指す道は違えど、俺たちは間違いなく夢を持って、歩き出していた。


「叶うと良いな」


「叶えるわ」


それが良い。ここまで同じ時間を共有して来たからだろう、すっかり感情移入してしまった俺は、頼りないながらも。


「頑張れよ」


日和を鼓舞した。


「頑張らない」


だから日和は。


「踏ん張るわ」


空を見上げて、そんなことを言った。


俺もうかうかしていられない。改めて思ったね、こんなところで躓いていられない。物語の構想、プロットにマインドマップ。あまりやりたがらないが、万全を期して下書きまで書いたら次は清書。


やることは山積みだ、基本スペックだけでも向上して当たり前の力にしなければならない。


……躓くと言えば、雛は何もないところで転んでたっけな。あいつ最近突然汗だくになってたりするし、本人は大丈夫と言うが……やはり心配だ。


年末年始に入る前にでも病院にでも連れて行ってやるか。本人嫌がるだろうけれど。


「雛ちゃん」


一瞬心を読まれたかと思った。はたまた無意識に言っていたのか、答えはどちらでもなかった。


日和の顔が向くその方向に俺も目線を投げれば、雛はその先……渡り廊下に居た。


どこか覚束ない足のせいか、たまに手すりに頼って通ろうとしている。


そこからの俺は早かった。弁当を座っていたレジャーシートに置いて、小走りで彼女を目指す。案の定上手く上がらなかったせいで何もないところで足が引っかかり。


「おっ……と」


小声で漏らし前のめりに倒れ行く危機を、俺が抱き留める形で防ぐことに成功した。


顔を上げた雛の額には、大量の汗が噴き出している。まさか、中等部からここまでの道中がフルマラソン程の距離であるわけがないので、明らかに雛の体調不良であることが分かる。


「悪いことは言わん。早退しろ、雛」


だから俺は言った。いまだに抱きとめられたままの雛の額と滴る汗をハンカチで拭ってやりながら、寮に行くことを促した。


「早退? はっ……馬鹿言わないでよひーくん、確かに助けてくれたことはありがたいけどさ、そこまで言われる謂れはないよ」


「こちとら偉くマジだ。帰って寝てろ」


恐らく、この先にある食堂で時也たちと合流して昼飯にありつく途中だったのだろう、胸ポケットには向日葵の柄をあしらった正方形の折りたたみ財布が見えた。


「良いってば、それに……時也くんたちが待っているし」


「雛」


「しつこいってば……言ったでしょ、待たせてるって」


「……雛」


自分でも驚くくらいに低い声が出た。そこからただごとではない雰囲気を察した雛は、目を見開き俺を映した。


「帰るんだ、雛。今はとにかく、帰れ」


そのままの口調で雛を促す。今回ばかりはいつもの調子で返すことは出来ない。


兄として、唯一の家族として、妹の身を心配した。


それを感じ取ってくれたのか、雛はゆっくりと俺の背中へ手を伸ばして行く。端から見れば、俺たちは抱き合ってるように映るだろう。


「チェッ……分かったよ……まったく、ひーくんは私のこと大好き過ぎるよ」


ようやく観念した雛が、顔を埋めた俺の胸板に声をかけた。


「たった一人の家族だ、大好きに決まってるだろ」


「知ってる。私も大好きだから、ひーくんのことは分かるよ」


だから。


「今日は……ひーくんの、意見を……」


痛みを経て、数々の屍を踏み越えて紡がれた俺たちという絆は、やがて風向きが変わる音を響かせた。


自分の身よりも大切な存在が、今、力を失いしなだれ掛かる。


「雛?」


思いがすれ違うように。木に実った熟した果実のように、地へ落ちて行くように。


「雛……?」


やがて雛は、全体重を俺に預けて、背後から恐らく日和のものであろうテンポの早い足音を聞きつつ。


「雛あああああああああああああああ!」


雛が気を失い。


大気を震わせるように、愛する妹の名を叫んだ。

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