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青山さん家 2  作者: 宇佐美 風音
10/21

青山さん家が出来るまで③

世の中には、ただ生きたいと強く願ったことで神にも等しい力に辿り着いた少女がいたのだと言う。


もっともそれはゲームでの話しであり、所謂フィクションであるその出来事は奇しくも俺と似て非なる物である。


過去俺は生きたいと願い、下賤な考えではあるものの、とある人物に対して並外れた殺意を抱き、それを原動力にしていた。


いまだに詳しく話したところで信じて貰えるとは思えず、結果口にすることすらなくなった消せない過去ではあるが、それでも起きた物ではあるのだからどうしようもない。


ハムスターが丸い輪っかの中をただ回り続けるように、果てのない地獄のような日々。それが俺にとっての日常だった。


後にそれは終わりを迎え、気がつけば俺は俺でなくなっていた所で生きるための術を教えてくれた女性と出会った。


それから俺は彼女の計らいでこの学園に足を運んだ次第ではあるのだが、何一つ不自由のないここでの生活に一つ問題が降った。


「おいっす」


「はろー、ひーくん」


もういつのことだったろうか、昼休みに友人たちと合流する手前で出会った少女が俺の名を呼ぶ。


彼女は音楽科に所属し、その友人曰く浮いた存在とさえ言われた天才、白鷺(しらさぎ) 日和(ひより)


実際に眠いのかは定かではないが、目を半分程開けて短い茶髪を揺らす彼女が食堂へ向かう途中の庭で小さく手を振り出迎えてくれる。


今やこうして昼時に白鷺……二人きりの時は日和と呼ぶよう言う彼女とご飯を共にするのが日課となっていた。


美術科であり中等部の後輩、美作(みまさか)さんとのやり取りも継続しつつの逢瀬は、不思議と日常の一部と化していたのは衝撃だった。


俺の在籍する普通科でもこのことは話題となっており、どこか異質な存在として身を置いており、正直居た堪れない気分を引っさげて毎度来ている。


友人の時也(ときや)たちにはすでに事情は話しており、許可を得るなんて言い方はおかしいのかも分からないけれど、ちゃんと許しを得ている。


「あぁあぁ、またぼろぼろ零してるぞお前……」


隣に座り、肉そぼろを元あった弁当に振り落とす日和に注意をしつつポケットから雛の言いつけで持たされているティッシュを出して、米粒だらけの顔を拭いてやる。


何の抵抗もなく、さもそれが当たり前のように受け入れる彼女は、どうやら食事が苦手なようだった。


そしてこれも共にいて知ったことだが、彼女は外国での生活が長かったこともあり、その国の言語は結果話せないままだったが箸を使って食べる習慣が無かったのだと言う。


だからこそこの国の文化には馴染めず、浮世離れした風評を耳にするのだろう、なんて理解していた。


「そぼろが落ちて行く」


「落としてるのは日和だよ。おまけに米粒も張り付いてるわけじゃない、付いてしまってるんだ」


付けている、とは敢えて言わずに拭き取り終え、何故か頭を撫でられる。お礼のつもりなのだろうが、酷く馬鹿にされているようなので是非やめて頂きたい。


「ったく……頂きます」


「召し上がれ」


「お前が作ったわけじゃないけどな……ありがと……」


一応自作だわ。最近じゃあ日和との付き合い上料理の勉強を始めて、その一環として雛の弁当のついでに作っている。


それもそのはず、俺が寮生であるがゆえに食堂で購買のパンを食べて過ごすことが多かっただけに、一度日和が作ってあげると言って弁当を持って来てくれた時があった。


しかしその実結果はお察しの通り、なので俺が学び作り、自分の分は自分で作るようになったのだ。


余談ではあるが、日和は実家通いであり、毎朝母に弁当を詰めて貰っているのだと言う。何故俺の時だけ自炊したのかは謎のままだが、日和の母に負担をかけるつもりもなかったし、今後必要となると思ったこともあり、今に至る。


何かと出来ることが多くて困ることはないし、前から興味はあったからな。ものの見事に覚えられつつある自分を自分で褒めてやりたい。


「ひーくんは食べるの上手ね」


唐揚げを口に含み、ご飯を掻っ込む俺にそんなことを言う日和。しっかり咀嚼してから返す。


「食事のありがたさは偉大だからな、嫌でも染み付いたさ」


「美味しそうな卵焼きね」


「日和はさー、話題統一しないよねー」


良いけどさ、慣れたから。これも多分クラスで浮く要因なのかな、なんてのは余計な御世話なのだろうか。


最悪暴言にもなりかねないし、敢えて不快に思わせる理由もなかろう。傷つける気概もないし。


「そう言えば日和は勉強とかって得意な方なのか?」


生姜焼きの色付けのために入れたアスパラを含みながら冬の長期休暇前に立ちはだかるテストを思い出し、ふとそんなことを聞いてみる。


普通科のように学力を重視しているのとは裏腹に、音楽科や美術科は求められるものが違うと時也から聞いた覚えがある。


赤点のラインが低いとはいえ、毎回それでも補習を受ける生徒は少なくないそうだ。


プロデビューへの近道とさえ言われる我が校だ、それなりに学力も必要とされるだろうし、実際のところ日和はどうなのか気になる。


「勉強はしてないわ」


「おいおい、強気だな。ノー勉とは恐れ入ったぞ」


これで下から数えた方が早いなんて結果だったならば、俺は閉口する他ないのだが。


「私は目指す場所が違うから」


プロを目指していない音楽科の生徒、だったか。時也がぼかして教えてくれたことを思い出す。


そこら辺を詳しく聞いてみると、音楽科は女優と歌手を両立させている母の強い勧めにより在学しているとのことだ。


家族構成をさらに詳しく聞くと、皆開いた口が塞がらない職業ばかりで驚愕したっけな。涼宮ひーくんの驚愕だったな、我ながら訳わからんが。


「日和はさ、将来は何になりたいんだ?」


「ひーくん、私はね……正義の味方になりたいんだ」


「切嗣かよ」


「歌って踊れる声優アイドルを目指してるわ」


「うさみんかな?」


「私、何になりたかったんだっけ」


「おいやめろ、プロデューサーがセリから落ちるから」


要するに。


「教えられるものじゃないのか?」


「まだ秘密よ」


まだ、という事は。


いつかは教えてくれるのだろうか、日和の夢を。


「ひーくん次第だけれど」


「何だそりゃ」


俺に関係する夢って何ぞや、皆目検討もつかん。と言うか、何故俺次第なのだろうか。


聞いても教えてくれないだろうし、今は日和の判断に委ねよう。生姜焼きをアスパラごと口に掻き込む。


「美味しそうな卵焼きね」


「…………」


こいつ、俺が欲する答えを出さないのに弁当の卵焼きを欲すると言うのか。


嘆息しながらご飯も食べてから問う。


「甘い卵焼きは食べられるか?」


聞くところに寄れば、甘い卵焼きを受け付けない奴もいるらしい。と言うか、美術科の友人である 小町(こまち)がその類いだ。


自他共に認める偏食家で、海老フライのフライだけ食べて海老を残すほどなのだが、そこまで行ったら海老も食えよと思わなくもない。


天ぷらも揚げた衣のみを食べるし、あんぱんも乗っている黒ゴマだけを好んで食べるあいつを気遣うように投げた質問ではあったが。


「甘い方が良い」


「……答えは得た」


日和には無駄な投擲だったようだ。


空になった日和の弁当箱に卵焼きを置こうと箸を伸ばすが、何故かその弁当を避ける。


どっちなんだよ、いらんのか?


「あーん」


おい待て、何だこの展開。口を開けて目を閉じた体制で何かを待つこの感じ、ひと昔前のカップルイベントかよ。


いつまで経っても引く気のない日和に俺は両手を挙げる。降参だ、幸い周りに人はいないし、変に勘ぐられることもないだろう。


俺としてもこんなシチュエーションに胸を弾ませなかったわけではない、夢さえ見ていたさ。


昔、妹の(ひな)にしてやったように食べさせてやれば、恥ずかしさも感じず日和に食べさせてやれる。


クールだ、青髭の旦那のようにクールを装え、ひーくん。


「あ、あぁん」


クールを演じたら、喘いでしまった。野郎の喘ぎ声など誰の得になるんだろう。


俺だってどうせ男の喘ぎ声を聞くなら時也を選ぶもん。


だけどそんな俺にも気にせず箸で半分に切った卵焼きを口に入れる。間接キスなど物ともせず、日和は舐り箸万歳と言わんばかりにチョップスティックに染み付いた生姜焼きの肉汁すら巻き込む吸引力で吸い取り、やがて離れた。


もぐもぐと咀嚼する小さな唇に視線が泳ぎ、すぐに離す。うわっ何これ思った以上に照れるぞ。


瑞々しいピンクの膨らみに再び目が泳ぐ。心がクロールするんじゃあ。


「ひーくんは良いお嫁さんになるわ」


含んだ卵焼きを食べ終え、ウィスパーがかった声でそんな感想を漏らされ、膝に置いた弁当を見下ろすように顔を伏せた。


破壊力があり得ない、戦闘力五十三万とか比にならない羞恥心が芽生える。どうして偶然知り合った女の子にあーんイベントを繰り広げているんだろう。


このままシャウトしてお外走って来たいもん。もうお外だし、じゃあどこを走れば良いのって話しになるけれど。


何食わぬ顔でいる癖に俺の弁当からさらに卵焼きを掠め取り、平然としている日和に問いかける。


「お前、恥ずかしくはないのかよ。同年代の男と、何の関係性もない輩とこんなイベントやって……」


男として意識してないからこそでもありそうだが、必死に心を殺して行ってなおこの恥ずかしさを受けてる俺がいるんだ、微塵でも同じ気持ちを共有していることはないのだろうか。


まぁ何の関係性もないからこそ意識していないと言う線もある、それはそれでショックだけれど。


……あれ、俺はどうしてショックを受けてるんだろう。当然の思いを抱いていると思った時、何故そんなことを……。


まさか俺は自覚がないだけで、日和を女の子として意識していて……ってあるわけないか、いまだにこの時間にも名前がないんだ、単に男としてショックを受けただけだろう。


「別に」


思考を巡らせていると、日和の声が届く。さらっと俺の弁当を日和の箸が蹂躙しているので、それを止める意味も込めて見遣る。


「って赤いなお前顔赤いなオイ。林檎も真っ青な赤みを帯びてはるで日和はん」


言われた日和は紅顔したそれを隠すように顔を背ける。短い髪から見えるうなじと熟した果実のように赤い耳が、沈めたはずの心へ再び火を灯す。


何だよ、何だよ何だよ何だよその反応。変に意識するなよ俺もお前も大五郎。


もう自分でも訳わからんテンションになってしまったじゃないか、責任取ってよね。


「はぁ……日和は積極的なのか面倒臭がりなのか、良く分からないな」


「それ程でもないわ」


褒めてねぇよ、と言うところなのだろうが、あながち本当のことなのかも知れない。


日和は俺が思っている以上に人間らしいのかも知れない。そう言う意味ではそれ程でもないのだろう。


けれど、俺みたいな男からすればそう言う反応は勘違いの元になるから気をつけた方が良いぞ。さらに恥ずかしい思いを俺にさせないためにと、少しでも良心があるのなら切に願う。


「ひーくん」


「おう、何だ?」


「ひーくんには、夢はあるの?」


「お前それ……自分のは答えないのに俺のは聞くのか……」


水心あれば魚心ありって諺を知らんのかねこの子は、良いけどさ。


「夢か……無難に言えば進学かとも思うけれど、特別なりたい職業ってのはないかな」


我ながら夢のない奴だと思うよ。別名詰まらない奴。


赤かった顔が元の白さを取り戻して行く中、俺の話しに顔を傾ける日和に続ける。


「まぁ、はっきりと答えられる程の明確な目的はないかな」


正直、生きる術としていた目標も潰えた今、何を望むのが一番なのか。話しはそれからだ。


結婚願望は当然ある、けれど相手も居ないし、そろそろ真面目に進路を考える時が来たのかも知れない。


まだ高校生活が一年も回りきっていない現状だけれど、早い内から決めておくことに損はないだろう。今後答えに詰まることもないだろうし、今こうして夢がないと言うこともなくなるし。


「小説家と答える気がしていたわ」


「小説家か……だけどあれは趣味だし、金を払わせてまで読みたいと思わせる物語を書けてるつもりもないからさ」


あくまで趣味の範疇だ、その枠を超える時は果たして来るのだろうか。


「いくらでも出すわ」


「ありがとう、一人でもそう思ってくれる人が居るなら、糧になるよ」


それでも、世に自分の作品を送り出す日は来ないと思う。


思うけれど……。


「そうだな……このまま何もしないで時間が過ぎてちゃ、変わらないよな」


少し、挑戦してみようと思う。


一歩を踏み出して、現状の打破に努めてみようじゃないか。趣味を仕事にしよう。


「ありがとう日和、ちょっと夢ってやつが見えたよ」


血生臭い過去を超えられたんだ、今度は自分のために……頑張ってみよう。


「そう」


果たして日和は、それ以上語ることはなかった。


某有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスのように、短文で締めておしまい。


俺もこれ以上語ることなく、残った弁当を見下ろす。


「日和」


「何かしら」


「俺の弁当食べ過ぎ」


唐揚げの端っこだけが残された弁当箱を、ただ見下ろす。





野望が産まれた日、うちの地方で初雪が観測された。


寒さだけを撒き散らす冬らしい天気になって来て、ストーブを全開で炊きながらカーテンを開いて夜長の空を窓越しに見上げる。


一九時から一時間の学習時間だと言うのに、便器道具だけを出して隣の机に向かう時也に言う。


「なぁ時也、雪合戦しようぜ。お前雪な」


「下らんことをのたまうな」


下らんこととは失敬な。顔も上げずに返答しやがって、寂しいじゃないかよ。


「そういうわけで、ひよ……白鷺の将来について何か心当たりはないか?」


「さも今まであいつの話しで盛り上がっていたように言われてもな……どうしたんだ、藪から棒に」


ここで顔を上げて不満たらたらな表情でこちらを見遣る時也は、元より勉強が好き寄りではない。


ある程度は授業を聞いていれば点数は取れると言うタイプらしく、やることと言えば復習くらいのもので、予習などはやった試しがないとのことだ。


だからこの学習時間は大抵時也との雑談で潰す。潰れるのではなく、潰すのだ。


「今日白鷺と話してたら、そう言う話しになったんだよ。けどあいつ、自分の夢は言わなかったんだ、同じ学科の時也なら分かるかなって思ってさ」


「前にも話したと思うが、僕と白鷺は接点がまるでない。こちらから話しかけることもないし、白鷺から話しかけられることもない」


だよなー、時也友達居ないもんなー。


「……貴様、今失礼なことを思わなかったか?」


「ウッドエレメンタルだ」


「ふん、別に僕は友達が居ないわけではない。でなければ、貴様とこうして話すこともないだろう?」


「そうじゃなくてさ。いや確かに俺たちは友達だよ? むしろ俺だけが思ってたわけじゃなくて安心したけれどさ、同じ学科で話す奴のことを言ってるんだよ」


言うと、小首を傾げて不思議そうな面持ちのまま返される。


「言わなかったか、僕は会話が苦手なんだ。そこらを理解して貰える相手は選んでいるつもりだ」


「いやそんなさも当たり前みたいに言われてもさ……友達選ぶなよ……」


「人生など取捨選択の連続だ。交友関係は狭く深くが僕としては都合が良い」


言い方は悪いが、要するに自分と仲良くなれそうな奴としか絡めないと。


時也って案外人見知りなのかな。


「じゃあつまり、白鷺の将来については知らないってことで良いのか?」


「当然だ。それより僕としては、貴様が知りたがることの方が白鷺よりもよっぽど気になるな」


……そう言えば、どうしてだろう。行き掛かり上そういう話しにはなったし時也なら知っているかもとは思ったが、聞くまでに至る原動力はなかったように思う。


だけど、俺も決めたからな。どうせなら互いの夢を把握した上で高めあえてもと思ったからかも知れない。


「そう言う話題になったんだよ、白鷺とは。そのおかげで、俺もちょっと決めたことがあるし」


「ほう?」


と、時也が身を乗り出す。こいつがここまで興味を示すなんて、珍しいな。


「その物言いだと、どうやら貴様の将来に何か目指すものが出来たと見える。どれ、聞かせては貰えないか」


「良いけどさ、何だよ。そこまで気になることか?」


「無論だ」


腕を組んで、声のせいで凛々しさはないもののどこか真面目な空気が漂った。


「貴様は中々自分のことを話さないからな。その一端でも聞けると言うなら、気になるのが友達と言うものだろう」


そう言うものなんかね。まぁ俺の場合、時也の夢を知っているからフェアにはなるけれど。


それにしても俺、そんなに自分のこと話さないかな。そんなつもりなかったけれど、もしかしたら勝手に距離を作っていたのかも分からない。


「小説なんかだと、出版社に投稿するシステムがあるだろ? あれに応募してみようと思ってる」


「何と。ついに貴様は本業を物書きでと決めたのか」


すると、思わぬ事態に陥った。


時也が立ち上がり、俺の手を取ったのだ。熱く、それでいて強くしなやかに握られた手から、いろんな感情が込められていることが伺えた。


「今だから言うけれど、ひーくん。僕はずっとそうするべきだと思っていた、貴様の小説が世に出ようものなら、僕は全力で支援しよう。貴様の夢の手伝いをしたい、協力させてはくれないか」


あの時也が、ここまで真摯に俺のことを褒め称えてくれていた。


今日は照れてばかりの日だな。


「ありがとう、これから新しく作る形になるだろうからさ、良かったら品評とかしてくれよ」


「貴様が拒んでもその役割を担おう」


「いや拒んだら引けよ」


拒まないけれどさ。


「そうか、貴様が小説家を志すか……僕もうかうかしていられないな」


手を離し、腕を組む。時也にはいくつものプロダクションから来いよとアプローチを受けてるし、時間の問題だと思うけどな。


それに俺の夢も中々に長い道のりだ。文系大学に在学してようと、卒業していても選考から落とされるような世界だ。


俺のように趣味で更新している雑多な奴にはハードルが高く果てしない。そういう挑戦をしようと決めた以上、やれることは全て注ごう。


それでも足りなければ、あとは……絞り出すまでだ。


「よし決めた。僕は絶対にプロ入りする。プロ入りして、貴様の映像化した作品の曲を歌おう」


「おぉ、何それ面白そう。けどそれ、俺もお前もデビューして売れないと話しにならなくね……?」


ただでさえ遠い道のりに、ゴールが見えなくなった気分。


「それくらい望みは高いに越したことはない」


言い得て妙だな。


さて、じゃあ明日から早速準備に取り掛かろう。


開け放たれたカーテンを覗く。その明日は雪が積もりそうだ。





「第一回チキチキ、ひーくんのパソコンを買いに行こう大会〜」


「イェーイ! な雰囲気!」


翌日。


俺の寝起き目掛けて、フライパンにお玉をがんがん鳴らされて寮の自室に鳴り響く騒音、轟音。


その音の原点、義妹の雛にただ胸中に渦巻く苛立ちを込めて睨みつける。そんな俺を物ともせず、二人の間に割って入る美術科の友人、袴塚(はかまづか) 小町(こまち)は言う。


「ダウンタウン風に言ってみたけど、どうどう! テンション上がった雰囲気?」


「殺意だけはむくむくと脹れ上がってるよ」


あとここ、時也との相部屋なの忘れてない?


多分二段ベッドの上から殺伐とした目つきと殺意の波動を飛ばしてると思うんだけども。もうね、下に居る俺にはヒシヒシと伝わるんだよ。


「トッキーもおっはー! あ、これはトッキーとおっはーを掛けたハイレベルな……」


「黙れ。それ以上騒ぐのなら誰であろうと床に埋めた後にセメントで固めるぞ」


ひぃっ!


上から聞いたこともない低音で思いの丈を吐露されてるぅ!


「カンカンカン! 朝! めっちゃ朝だよ! カンカンカン!」


「ばっ……やめろ雛。お前ここで息絶えたいのか」


俺はもっと長生きしたいよ。と言うか良く見たら外も一寸の光が射していないじゃないか、俺たちだけならともかく、他の寮生に迷惑掛かるからマジでやめなさい。やめろ。


ようやくお玉とフライパンによるサードインパクトを阻止した俺たちは、寝癖立ち放題の半分寝ぼけた頭を揺らしてちゃぶ台に、雛と小町で向かい合う。


フォースを食い止められた、今はそれで良いじゃない、ミサト。


「第一回チキチキ……」


「やめろ叫ぶな喚くんじゃない」


時也の制止で雛は黙る。しかし何故か小町は起立してすとんと俺の隣に座り込む。


そして何を思ったのか肩を押さえて耳元に口を運び。


「だぁいいっかいぃ……ちきちきぃん……」


「うっふぉあぅ!」


三割増しの吐息を混ぜて囁く。やめろ小町、その攻撃は俺に効く。


無駄に扇情的な声で囁かれても、俺の心がぐらつくだけだからな。と言う心中が顔に出ていたのか、思い切り雛に睨まれていた。酷い、俺は被害者なのに。


雛からの冷たい視線を感じながら、耳元にいる小町の顔を肘で押しやる。何故か抵抗する小町を他所に、時也は聞く。


「で、パソコンが何だと言うんだ」


「おう、良いこと聞いてくれたねトッキー! と言うか、このことはトッキーが教えてくれたんじゃん! だからウチらが重い腰を上げて行動を起こしてる雰囲気だよ!」


頬を膨らませて解せぬと言った態度でいる小町に、「確かにひーくんのことは話した、だがこんな明るくもなっていない時間に来る理由にはなってない」と毒づく時也。


本当だよ全く、時計見たら午前三時じゃん。パン屋でもこんなに早く仕事しねぇぞ。


「パソコンを買いに行こうってことで良いのか? もしそうだとしても、俺にそんな持ち合わせねぇぞ」


いや、実はある。恩師が残した莫大な額の貯金が俺にはある。


本人曰く島が一つ買える程度しかないが、とのことだが一般市民からすればそれで老いるまで保たせられるまである。


けれどその金には学費の支払いと生活費でしか使っていない、無闇矢鱈と使って良いお金というわけじゃない。


俺たちのために残してくれた金銭ではあるが、恩師への恩義もあってか学費の援助くらいでしか使おうにも使えない。


雛とその額を見て絶叫したっけな、なんて思いながら。


「あぁ、その点に関しては問題ない。貴様は気にする必要はない」


どうしてか時也がそんなことを言った。小町たちが言うならまだ分かるが、どうしたことだろう。


「パソコンの所有権はひーくんだけど、買うのはひーくんじゃないってことだよ!」


「待て、待て待て待て、尚更分からんぞ? だからパソコンを買いに行くんだろ? それがどうして買うのは俺じゃないって……あっ」


言っていて思い至る。まさかこいつら……。


「いや、駄目だろ。想像通りなら、申し訳なさ過ぎて二人の靴を舐める生活を自分に強いてしまいそうだわ、そんなの」


つまり、小町と時也が俺のためにパソコンを買ってくれるということだ。


ご飯買うような気軽さで貰える代物じゃないぞ。


だけど時也は真剣な眼差しで言う。


「言っただろう、昨晩僕は全力で支援すると。貴様のために、これくらいはさせてくれ」


「だけど……」


「そうだよひーくん! ウチらじゃひーくんの小説の手伝いは出来ないからさ、これくらいの支援はさせて欲しい雰囲気だよ!」


二人の意思は固いらしく、どれだけ言っても食い下がってくれないし、そんな様子もない。とんでもない決意をしてしまったと、素直に思った。


応援してくれるだけでもありがたいのに、小説を書くための基盤まで用意してくれるなんてな……確かに今使ってる携帯では投稿用の媒体には出来ないけれど、その上でパソコンを買ってくれるなんて……。


「……すまん」


頭が、上がらない。


「何を謝る必要がある? 誤ったのならまだしも、貴様は何も誤ってやいないだろう。なに、これくらいはさせてくれ、貴様の性格だからこう言っても無駄かも知れんが……気にするんじゃない」


いつも近く、傍で見ていてくれる時也。


長い時間を過ごした小町。


血の繋がりこそなかれ、愛する家族の雛を順に見遣る。三人の決意は固い、覆る余地のない真剣な眼差し。


あの小町ですら笑みを消して俺の答えを待っている。待ってくれている、いつまでも。


「うん、そうだな……じゃあ、ありがとう」


だから俺も応えた。そして応えようと思った。友人と妹の期待に、全力の支援に全力で応えようと思った。


「よぅし! それじゃあ早速!」


「「二度寝だな」」


「いや何でよ」


「「二度寝だな」」


俺と時也、二人して立ち上がりベッドへ向かう。寝巻きの背中部分を引っ付かんで俺たちの意思を遮ろうと躍起になる、雛。


両腕を掲げて出発する気満々の小町は、ここで完全に置いてけぼりをくらったのでその状態で硬直した。小町、無念。


「いやだって、まだ電気屋開いてないし」


「僕としては可及的速やかに眠りたい」


「二人ともこういう時謎のコンビネーション発揮するのやめてよ」


「そうだそうだー! ひなっち、もっと言ってやれー! ひーくんビビってる、ヘイヘイヘイ! トッキービビってる、ヘイヘイヘイ!」


「何を言ってるんだ二人とも」


「良いか、『 』に起床の二文字はないんだ」


「「ゆえに寝る」」


「一生寝てろ! 馬鹿たれ!」





それから数時間後。


我々は当初の予定通り電気屋へとやって来た。当然それまでの時間、俺と時也は眠りについていた。


大体が、俺のためとは言え朝早過ぎるんだよ。寝起きの悪い時也なんて特にそうだ、あれで済んだのは偶然に近いんだからな。


「電気屋か、久しぶりに来たな」


「電気屋とホームセンターは、無性にワクワクするよね! それこそ雰囲気的に!」


二人の言い分に同意だ、この歳であまり電気屋で時間潰そうぜとはならないし、そもそも寮から外に出るには手続きが必要であるがゆえに、面倒臭いからな。


滅多なことがない限り外出届など出さない俺たちは、帰省時期や映画を見に行くくらいでしか外には出ない。


生活用品は購買部である程度手に入るし、そこには売っていない雑貨などがどうしても欲しいってレベルでないと尚更だ。


「……ん、雛、大丈夫か?」


駐車場となっている一階から二階へ上がり、そこでたむろする俺たちから少し距離を取り気持ちふらついた雛を見る。


すると、大して歩く距離でもないのに額に汗をかいており、それも頬を流れて拭ってまでいたからだ。


この冬、特に寒いとさえ思う時期にこの量の汗は尋常じゃない。具合でも悪いのだろうか。


「嫌だわー、ひーくん。そう言って少し休憩しようかと誘ってラブなホテルにインして、挙句私にもインしようと企ててるのもろバレだわー、ないわー超ないわー」


自らを抱き締め、目を細めて、俺から身を離す雛を見遣り、傷ついて終わってしまった。


杞憂だったのだろうか、そう言えば前に遊園地へデート(断言)した時も、今ほどでないにしろ発汗していたっけな。


雛って体力なかったっけな、まぁ確かに体育会系は苦手分野であることは理解していたが、ここまで体力がなかったようには記憶していないぞ。


「まぁ冗談抜きに……問題ないよひーくん。私は平気」


ならば良いのだが……雛がそうそう俺に嘘を吐くとも思えないから信じるけれども。


それでも、だ。


「何かあったら絶対言えよ?」


「ひーくん、この世に絶対なんてないんだよ」


「格好良く誤魔化すな」


落ちているだけだ、格好良くなみたいに言うな。バズライトイヤーか、お前は。


何はともあれ無事ならそれに越したことがない。雛の出世的に心配にもなるさ、そんなに体が頑丈ってわけじゃないし、そのせいで運動が苦手なわけでもあるのだし。


いつだって妹のことは心配なんだよ、お兄ちゃんは。いつまでもお兄ちゃんと呼んではくれないけれど、血が繋がっていなかろうとも、俺は雛のお兄ちゃんなんだからさ。


「もう、ひーくんの言いたいことは分かってるってば。大体、私ひーくんに嘘なんか吐いたことないじゃない。少しは妹を信用しなよね」


「雛のことは全面的に信用してるよ。けど、それと同じくらい心配なんだ」


俺にとって、唯一の家族であり生きる糧であるお前に何かあったら、なんて……考えたくないんだよ。


「しつこいよひーくん。何かあれば言う、それで良いじゃない」


「こらこらー! そこの二人、何をイチャイチャしてる雰囲気かー!」


しかめっ面になり心配ないアピールをこれでもかとする雛と俺の間に割り込む小町。肩を組んで宙ぶらりんでいるものだから、雛なんか膝を折りそうになってるぞ。


「これがイチャイチャに見えるなら、小町は病院に行くことを推薦しよう」


「そうだよ小町ちゃん、ひーくんと? イチャイチャ? 天地がひっくり返るか空から雨が降ってくるくらいはしないと起こり得ない事情だね」


そこまで言います?


「えー? ウチにはイチャイチャしてるようにしか見えなかったぞい! ちくしょうリア充め! ウチも混ぜろ!」


小町が俺たちを抱きしめる形を取り、「ぎゅうううううどん!」とかシャウトしている中、外から見守る時也が三歩くらい巻き込まれないように下がった。


逃げないで助けてたもれ。


「ふーんだ、もう良いもんね! ウチはトッキーとイチャイチャするもんね! ふーんだ!」


「おい待て、僕を巻き込むな」


「遠慮するなよ時也、大人しくイチャイチャされろ」


「そうだよ時也くん、なぁに私たちのことは気にしないでさ」


「言いながら携帯のカメラを起動させるな、言うならせめてその悪意を隠せ馬鹿者め」


貴様ら兄妹は、仲が良いんだか悪いんだか分からん、とも付け足す。


「失敬な。俺たちは常に仲が良いぞ」


「そうだよ時也くん、私たちは仲良し兄妹」


「「特にお前を弄る時はな」」


「タチが悪いハモりをするな!」


俺と雛で時也を指差し、半笑いで言ってやる。間にいる小町はと言えば、雛に頬をすりすりしてた。動物の求愛行動かよ、と思った。


「冗談はそのくらいにしておけ。そろそろ目的地に向かうぞ」


彼の号令で動き出すまでは良いものの、一応もうその目的地には着いていたりする。


もっと言えば、ここは駐車場の一階を除けばあとは二階しかなくて、入ってすぐの入り口付近にずらっと並んでいるPCがそうだ。ノートを始めとしたデスクトップ、タブレットなんかもあり、店員が接客している姿も見受けられる。


ノートPCをお求めである俺たちの足は自然とそちらに向かい、現物限りの物から余ったせいか値引きまでされてるそれらが所狭しと並んでいる売り場で、思い思いに足を運んでは止めた。


「これとか良い雰囲気じゃない? ワードソフト搭載だってさ!」


「確かに、その方が手っ取り早く始められそうだが……長年連れ添う愛機になるのだから、選ぶなら慎重であることに越したことはないだろう」


「じゃあこれはこれは! 幕の内付きノートPC!」


「既に方向性がおかしいな。袴塚、逆に貴様なら欲しいと思うか、ノートPC feat.幕の内など」


「でも幕の内だよー?」


「貴様の中でどれだけの地位にいるんだ、幕の内」


俺に勧めているようで、時也と小町はすっかり自分たちの世界を構築していた。こりゃ二人の話しが終わるまで入り込めない段階のものだなぁ。と言うか、混ざったら弁当が特典のPCになりそう。スペックとか蔑ろにした選考基準になりそうだし。


それにこうなると生返事しかないからな。やぶ蛇にならぬよう選ばせてもらう。


「この色とか良さそうだな。赤とか男らしくない?」


「ひーくんは赤好き過ぎだよ。何なの、過去に血にまつわる大事なことでもあったの?」


「でもブラッドオブボンゴレだよ?」


「赤いからと言って決してボンゴレの血を引いてるとは限らないから。それ言ったら私たちもボンゴレファミリーだからさ」


「マジで!?」


「いやそんな朝霧海斗みたいな驚き方されてもさ……よしんばだからね、よしんば」


何だよ雛のやつ、嘘つき!


一瞬「あれっ俺マフィアの家系なの!?」ってなったじゃん。ぬか喜びも甚だしいよ。片腹ペイン。


さて……そろそろ真面目に選ぶか。時也も言っていた通り、長年連れ添う愛機なわけだし、申し訳なさはやはり消えないけれど選ばなければ。


「……ん?」


ふと振り返る。視線を感じたのだが……そこにいるのは時也と小町だけだ。まぁ恐らくこの二人のどちらかだろうが……。


「ひーくん?」


「えっ? あぁ……何でもない」


また振り返って、俺を呼ぶ雛の方を見遣る。後頭部を掻きながら気のせいだろうと思い込んだ。


「ひーくん」


「えっ? あぁ……って、んん!?」


これで何度目だって振り返りを高速で行う。雛ではない誰かの声の主、その姿を見て俺は思わず目を見開いた。


「やっほー、ひーくん」


何故ならばそこに居たのは……電気屋で見かけることはないだろう人物だったから。


後ろで雛が息を呑む音を聞く。そんな中、小さく俺に手を振る少女の名は。


白鷺日和だった。

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