3
ある程度予想していたとはいえ、到着した先は思った以上に大豪邸だった。
例の、攻略対象の1人であるお嬢様のお屋敷には私も共通イベントで何度かお邪魔したことはあったけれど、おそらくそれ以上だ。とりあえず、お嬢様の方は一応門からお屋敷が見えた。
こんな場所があったとは。車で庭を進んでいくうち視界に飛び込んできたお屋敷の、余りの迫力と作りこみに、どのくらいのメモリを費やしているのかと思うと目が回る。
「こっちだ」
玄関前で車を降りても、彼は私の腕を掴んだままだった。離した途端逃げ出すとでも思われているのだろうか。腕を引かれたまま、広いエントランスを縦断していく。
どこに連れていかれるのだろうと考えていた矢先、前を歩いていた彼がぴたりと足を止めた。
突然の静止に対応できず、思わずその背中に顔から突っ込む。反射的に謝ろうとしたのだけれど。
「兄様、お帰りなさい!」
元気よく響いた声に掻き消されてしまった。
「あのね兄様、今日学校で…」
「すまない、ユリ。少し急いでいるんだ。話は後にしてくれないか」
「え、ええ、いいけれど、急いでいるって何を…」
そっと彼の背中から顔を覗かせると、正面に立っていた少女と目が合った。
中学生くらいだろうか、彼とはまた少しデザインの異なる制服を着ている。会話の内容からして彼の妹だと予想はついたが、確かにそれはそのはず。まだ幼い顔立ちながら、将来が心配になってしまうくらいの美少女だった。いや勿論、今日でこのゲームはエンディングを迎えるので、将来の心配なんてする必要ないのだけれど。
彼女が元々大きい瞳を更に瞠らせるので、ころりと零れ落ちるのじゃないかと少し心配になる。
「この子を風呂に連れて行こうと思って…ああそうだ、おまえ、何か服を貸して…」
「ええと、兄様、こちらの方は…?」
「公園で拾ってきた」
ユリという少女が、愛らしい見た目にそぐわない、年季の入った溜息をつく。
というか。
(私、拾われたんだ…)
確かに間違ってはいないような気もするけれど。
なんとなく釈然としない思いでいると、ユリという少女が顔を覗き込むようにして目の前に立った。
「ごめんなさいね、お嬢さん。私の兄がご迷惑をおかけしたみたいで」
ぎゅっと彼に掴まれているのとは反対の手を握りしめられる。申し訳なさそうな、気遣うような彼女の表情に、慌てて首を横に振った。
「そんな、私の方こそ親切にしていただいて、申し訳ないくらいです」
そう言うと、何故かユリさんは一瞬きょとんとした顔になった。
しかし疑問に思う暇もなく、彼女はそのお人形さんのような顔に可愛らしい笑みを浮かべる。
「お嬢さんは優しいのね」
意外な言葉に驚いてしまった。優しいのは、明らかに彼やユリさんの方ではないだろうか。
「兄様、彼女は私がお連れします」
「え?」
「『え?』じゃないわ。いきなり知らない男性にお風呂場まで連れていかれる女の子の不安な気持ちくらい、兄様も察して下さらないと!」
「はっ?」
目を丸くした彼と同じかそれ以上に、私もぎょっとしていた。そんなこと、今の今まで全く意識していなかったせいだ。
「あ、あの、私は別に…」
「いいのよ、兄様に気を遣って下さらなくて。さ、ご案内します」
ユリさんに握られた手を引かれると同時に、彼の手がすっと離れた。
「おい、ユリ」
「兄様も着替えてらっしゃいな。いくらナントカは風邪をひかないとは言え、夏の終わりの雨は体に響きますよ」
いや、イベントで設定されていない限り、私たちプログラム上のキャラクターが風邪をひくなんてことは有り得ないのだけれど、と口を挟むわけにもいかず、私はユリさんに手を引かれるまま歩き出したのであった。
妹、登場。