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五月晴れ・玖


「ぃやぁぁぁぁぁ!」


 向かってくる侍を、惣十郎は打刀で軽く押す。鍔迫り合いに持ち込むまでもなく、侍はよろめいた。

 しかし、敵は一人ではない。彼を合図として、二人目、三人目が動く。


 ――キィン


 刀と刀のぶつかり合う音が、惣十郎の耳元で聞こえた。後方から襲い掛かって来た侍の刀を、振り返りざまに、肩の上で受けたのである。

 惣十郎は左足を引いて侍の方へ身体を向け、一瞬のうちに押し返した。大した力が加わっているようには見えなかったが、侍は二三歩後退した後、後ろに控えていた者たちにぶつかった。しかも、そのせいで、数人が崩れる有様である。

 ざわり、と侍たちに動揺が広がった。


「どうした? 来ねぇのかい?」


 惣十郎は挑発しながら、ぐるりと見回す。気になったのは、自分を取り囲む二人の若者である。

 彼らは惣十郎を挟んで前後におり、挟み撃ちに出来る状況にあった。が、考えなしに突っ込んでくるようなことはない。惣十郎の隙を見付けようと、機会をうかがっているようであった。

 最初に刀を受ける前から感じていた、二つ分の視線。その主が彼らであると、惣十郎ははっきりと確信した。

 その二人が、今を機会と捉えたか、互いに頷き合う。示し合わせて惣十郎を襲うつもりなのである。しかしながら、二人の視線の動きに気付かない惣十郎ではない。彼はごく自然な動きで、左手を腰へやった。


「やぁぁぁぁ!」

「あぁぁぁぁ!」


 思った通り、二人は同時に惣十郎へと向かってきた。他の者たちも心得ているのであろうか。二人の行動を邪魔することなく、その様子をただ見つめる。

 三つ分の影が、庭の中心に集まった。


 ――キィン


 わずかに刀を振り下ろしたのが早かったのが、右の侍であった。惣十郎は、打刀でそれを受ける。先ほどの侍より幾分か重い。

 そして直後、もう一人が左から切り掛かってきた。惣十郎の右手が使えない状況を見て、勝利を確信したかのように、勢いよく振り下ろす。


 ところが、侍は有り得ない音を聞いた。


 ――キィィン


「なッ!?」


 信じられない面持ちで、目の前の人物を見る。相手に届くことが確定していたはずの刃は、彼の目前で受け止められていた。

 もう一本の、刃で。


「残念だったな」


 脇差で難なく凶刃を防いだ惣十郎は、余裕の笑みを浮かべる。こうなることがわかっていたのであろう。にやりとした、人の悪い表情である。


「ちぃッ」


 先刻の様子を見る限り、鍔迫り合いに持ち込むのは分が悪い。そう考えた侍は、一旦引くことを決めたが、


「そうはいかねぇよ」

「なにッ」


 脇差で押し返され、一瞬だけ侍の手から刀が浮く。その隙を、惣十郎は見逃さなかった。


「よッ」


 惣十郎が侍の手を打つと、乾いた音が地に響いた。侍は落ちた刀を拾うこともせず、右手を押さえる。手の甲が赤く充血していた。


「こっちもだ。――そらッ」

「うわぁッ!」


 続けて、反対側の侍にも同じことをする。こちらは油断していたに違いない。男は驚くほど簡単に、刀から手を離した。


「さて、そろそろ行くかね――っと」


 二人の男を倒した惣十郎は、悠々と歩を進める。目指すは屋敷の奥――青木と大和屋が逃げた先である。


「ま、すぐに追いついてやるよ」


 屋敷を見据え、惣十郎は言う。今は家臣らに阻まれているものの、青木らの姿を捉えるのも時間の問題である。


 完全に動揺した者たちを薙いでいくのは簡単であった。惣十郎は脇差を仕舞い、片手で打刀を振るっていく。

 流れるように、弧を描くように刀が舞う。まるで意思を持っているかのように動くそれを止められる者は、もはやその場にいなかった。


 パンッ


 遂に屋敷の中に足を踏み入れた惣十郎は、勢いよく襖を開ける。すると、それを待ち構えていたかのように、左右から侍がなだれ込んできた。


「見え見えなんだよッ」


 無論、これしきの事で慌てる男ではない。素早く左右に払うと、侍は襖を突き破って転倒した。派手な音が屋敷内に響く。

 と、そこで、惣十郎の視界に趣味の悪い着物が映った。


「お、そこだな」


 楽しげな声。

 その声は、向こうにも届いたらしい。


「ひぃぃぃぃぃ」

「く、来るな! 来るでない!」


 青木と大和屋は、後ずさりしながら奥へと逃げていく。

 それを、惣十郎はゆっくりと追う。いまだ残っている侍を片付けながら。


「さぁ、そろそろ観念しな」


 惣十郎が青木らを追い詰めたのは、やって来た時と同じ場所――すなわち、屋敷の庭であった。二人は気付けば退路を断たれ、屋敷の外に出されていたのである。


「き、貴様! こんなことをして、ただで済むと思っておるのか!」


 すっかり周りに家臣がいなくなった状況下、青木は震える手で扇子を突き出し、惣十郎を見据える。この期に及んでも配下の者の活躍を期待しているのか、腰の物に手を掛ける様子はない。

 青木の言葉は、今の立場に鑑みれば、往生際の悪い強がりである。どう足掻いたところで、目の前の侵入者を止めることが出来ないのは明白だ。

 だからこそ、次に放たれた惣十郎の台詞は、青木にとって予想外のものであった。


「思っちゃいねぇさ」

「な、なんだと……!?」


 意味を測り兼ね、青木は訝しげな表情を向ける。


「直に、ここへ幕府大目付がやって来るだろうよ」

「何ぃッ!?」


 驚きの声を上げる青木。彼は激しく動揺した。


「それだけの悪事を働いたんだ。大名家を監視する大目付が出てくるのは、当然だろう?」

「ま、まさかッ! そのようなこと、あろうはずがないわ!」

「俺の話が嘘かどうかは、その目で確かめてみりゃあいいさ。ま、信じられねぇってのも、分からなくはねぇが」


 そう言って、口元を緩ませる惣十郎。何を思い出したのか、やや自嘲的とも取れる笑みであった。


「――ならば」


 急に、青木は低い声を上げた。惣十郎を睨み付け、手にしていた扇子を地面に叩きつける。


「ここでのことを、なかったことにするまでよ!」


 刀を振り上げ、臨戦態勢を取る青木。

 「ひぃぃぃ」と言って、青木の後ろに隠れる大和屋。

 二人の様子を、惣十郎は面白そうに眺める。思った通りの――いや、いつも通りの展開だ。


「てやぁぁぁぁ!」


 重い身体を揺らしながら、青木は惣十郎に向かっていく。が、


「ふんッ」

「がはぁッ」


 柄で顔面を強打された。

 左手で顔を押さえながらよろめく青木。惣十郎はとどめとばかりに、肩を斬りつけた。


「くぅッ……」


 峰打ちであるとはいえ、痛みは相当なものらしい。苦痛に歪む青木の顔は、完全に戦意を喪失していた。

 それを見て、後ろに隠れていた大和屋も両膝をつく。観念したように項垂れる男を、惣十郎は視界の奥で捉えた。


「何故、貴様ごときが……!」


 無念そうに呟いた後、青木はがっくりと膝をつく。


 雲は、完全に晴れていた。



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