10代
学校を終えて、息継ぎする間もなく塾へ向かう。あぁ、憂鬱だ。
明日は大切なヴァイオリンの発表会が控えている。来週の木曜日には英語検定に行かなくてはならない。 土曜日は友達に久々に遊ばないかと声をかけられた。生憎だが僕はフルートの稽古が入っていて行けない。残念だ。
毎日、家に帰るのは夜の10時ごろ。
ただいまと一声上げてリビングに向かうと、冷めたおかずとご飯がテーブルの上にある。父は今日も飲み会で朝帰りらしいし、母はよく解からないが韓流ドラマの録画した分をまとめて見ている様子だった。
「ただいま」
母の耳に入るように、大きな声でもう一度。しかし、母は肯きもせず、ドラマに没頭している。
「お母さん、ただいま」
「うるさいわね、解かってるわよ。一度言えば解かるから。さっさとお風呂入ってらっしゃい。明日発 表会なんだから…」
いかにも鬱陶しそうな声が僕の耳に届く。仕方ないか、何せ彼女は今ドラマ中なのだ。
「あ、そうだ、理人?」
そそくさとお風呂の用意をする僕に、思い出したような母の声が届く。僕は何か妙な期待を胸に、努めて明るく返事した。
「なに?」
「こないだの学期末試験なんだけどね」
母はリモコンで一時停止操作して、棚の隙間に保管してある僕のテストを掘り返してきた。こないだの中間テスト?ああ、少し難しかったやつだ。僕は数学が苦手で、テスト勉強には四苦八苦した。それでも、何とか今まで通りの成績を維持しようと、自分なりに努力はした。結果は81点だった。確かに今までに比べれば10点近く劣ったものの、僕自身にとってはまずまずの印象だった。
「あのね、この間のテストは、数学難しかったけどね、僕、一生懸命……」
「何なの、この点数は?」
冷やかな母の声は、無音空間に虚しい反響を残していく。弁解の余地はもはや残されておらず、母の鋭い視線は僕の心中を抉った。
「勘弁してよね、理人。ママ、あなたにいくらかけてると思っているの?何の為の塾だと思ってるの?はぁ、一体学校では何を教えているのかしら?こんなんじゃママの望んでる私立大学なんて行けそうにないじゃない。どうしてかしらね、理人?ママこんなに努力してるのに……あなたは普段から一体何しているの?いつも遊びまわってばかりで……」
――学校では、休み時間も次の教科の為の予習に使っている。塾の課題は、当然毎回満点ではないが、欠かさずやっているし提出物が遅れたことなど一度もない。自分の大切な友達のイベントだって、今まで幾度となく習い事の為に断ってきた。僕は明日のヴァイオリンの発表会だって、トリを務めることになっている。フルートだって、休日は大好きなアニメも見ずに無心で練習している。そんな僕に、いつどうやって遊びまわる余裕なんてあると、母は思っているのだろう?
そもそも、僕は一体何の為に生を受けたのだろう?両親の望む人生設計図に、ただただ無言で従い続け、そうやって自分の何たるかを見つけられないまま、僕は生涯を閉じていくのだろうか。それが僕の生きる意味だとでも言うのだろうか?僕は――僕は駒じゃない。両親の、こんなつまらない博打ゲームの駒になどもうなりたくはない!
「お母さん」
それはもう無意識の行動だった。僕のその声に、自身でも生気は感じ取れなかった。
「死んでも良いですか?」