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3 嘘でつむぐ五線譜


 四時間目の授業がおわり、教科書を片付けていると、華音が教室の入り口からひょっこり顔をのぞかせた。



「あれ、阿部じゃん。どうしたよ」



 僕の隣の席の沢が、華音に気づいて声をかける。


「キョウジに会いに来た。一緒にごはんたべるやくそく」


「昨日、付き合うことになったって言ってたもんな。いやぁ、阿部と響司なら趣味も同じみたいだし、絶対気が合うと思ってたんだ。おめでとさん」


 日差しのような明るい笑顔で、祝福してくれる。


 一瞬、言葉を失う華音。


「……うん、そう、あたしたちすごく仲良し。キョウジ、もういける?」


「うん。今いくよ、華音」


「はれてるから、校庭行こ」


「いいね」


 最初に会ったとき私服だったから、ブレザーの華音は新鮮に見える。


「え、当馬くんって阿部さんと付き合ってるの?」


 クラスメイトのひそひそ声と探るような視線を感じながら、教室を出た。




 昨日、嘘の恋人になろうと決めた僕ら。


 二人ともお付き合いというもの自体初めてだから、どうしたらそれ(・・)らしく見えるのか分からない。



 だから形から入ってみることにした。


 名前で呼びあって、昼休みを一緒に過ごす。



 二人になれる場所を探し、校庭の隅の木陰に腰を下ろした。


 華音も僕の隣に座る。


 巾着から二段の弁当を出して開くと、上段に母さん手作りのおかずがあらわれる。



 だし巻きたまご、ほうれん草のおひたし、ベーコン巻きのアスパラ。

 下段は味付け海苔をのせたごはんだ。




 華音のお弁当はホイルシートに包まれたサンドイッチだ。


 添えてある小さめの弁当箱にはミニトマトやオムレツ。食べやすいようピックでさしてあった。



 ただのオムレツではなくて、刻んだ緑黄色野菜が見え隠れしている。

 水筒を傾けてカップ形のフタにコーヒーをそそいで飲んでいる。

 なんだかすごくオシャレな昼食だ。



「美味しそうだね」


「ありがと。キョウジのも美味しそ」


「どれもおいしいけど、だし巻きたまごが一番かな。母さんいわく、父さんとの初デートのときお弁当に入れたら、食べて即プロポーズしてきたんだって」



 母さんが毎日たまごを焼きながら、「丈二じょうじさんたらねー」のろけてくる。


 父さんも父さんで「ゆーちゃんのたまご焼きは絶品だからなー。一日五回は食べたい」なんて言うから似た者夫婦だ。



「そんなにおいしいの?」


「食べる?」


「いいの?」


「いいよ。僕は毎日食べてるから、遠慮しないで」


「そ、それじゃあ」




 華音は恐る恐る、ピックでさしてたまご焼きを口に含んだ。

 とたんに、とろけるような幸せそうな表情になる。

 じっくり味わって、名残りおしそうにしながら飲み込んだ。

 ハムスターみたいで、なんだかかわいい。



「んー! guatグアット! キョウジ、これ、キョウジのmamaママにたのんだらつくりかた、おしえてくれる?」


「たぶん」



 母さんの料理をこんなにほめてもらえるなんて、なんだかくすぐったい。


「もらうだけなのは、わるいから」



 華音は弁当箱のフタにオムレツを一切れ乗せて、緊張した面持ちで差し出してくる。



「あげる。……あたしが作ったのだから、キョウジのmamaママには、かなわないけど」


「比べたりしないよ。ありがとう、いただきます」


 華音にじっと見られながらオムレツを口に含んだ。



 バターの香りがして、口当たりもなめらかで、ほんのりと甘い。お世辞抜きにすごく美味しい。


「美味しい。華音は料理上手なんだね」


「ほんと? 良かった。レオ……あ、おとうとがね。いつもサラダや、スープの、野菜よけちゃうから、なんとか食べさせるのに作ったの。こうでもしないと、食べてくれない」



 困ったように肩をすくめる。弟に手を焼くお姉ちゃんの顔だ。



「弟がいるの?」


「うん。もうすぐ四歳になる。すぐそこの幼稚園、通ってる」


 

 華音は生徒手帳を開いて、挟んである家族写真を見せてくれた。




 黒髪に彫りの深い顔立ちのお父さん。目は華音と同じ、翡翠のようなみどり色だ。

 小さい男の子を抱っこした華音。華音の肩を抱くお母さん。

 お母さんが日本人なんだ。


 見ているだけであたたかい気持ちになる、そんな写真だった。



「目はお父さん似なんだね。口元はお母さんにそっくり」


「イイトコドリよ。髪はOmaオーマゆずり」



 華音は自分の髪をつまんで見せる。


 はちみつのような、深いツヤのある金髪。




「日本に来たばかりの頃、あたしは友だちいなかった。だれも、話しかけてくれない。ほとんど日本語話せなかったから。そんなとき「言葉がわからなくてもいいからみんなで遊ぼ」って、ひっぱってくれたのがサワだった」



 一人ですみっこで座っている華音に、ためらいなく声をかけて友だちの輪に引き込む沢。

 簡単に想像できる。


「沢らしいな。昔も今も変わらないんだ」


「うん。友だちになりたくて、話してること知りたくて、たくさん日本語勉強したんだ」


 うつむく華音は寂しそうだ。

 元気づけたくて、僕は少し冗談めかして話す。


「僕のときも、沢の方から話しかけてきたんだ。入学式後のホームルームで、隣の席の沢が「お前ポジションどこ? 俺、ポイントガードしてた」って。僕バスケのこと何も知らないから、最初何を言われてるかわからなかった」


 華音はクスクス笑う。


「キョウジ、すごく高いもんね。バスケする人、だいたい高いから、そう見えたのかも」

「そうかも。ピアノやってるって答えたら、「バスケ部と兼部しないか」って言われた。それがきっかけで話すようになったんだ」


 二週間ほど前のことなのに、振り返ると懐かしい気持ちになる。


「キョウジは、優しいね。だって、葉月さんがサワのこと好きになっても、サワのこときらいになってない」


 沢から『葉月ちゃんのこと好きになっちゃった。葉月ちゃんのこといろいろ教えてくれないか』とメッセージをもらったときに、『僕も葉月のこと好きだから協力できない』と答えていたら、どうなっていただろう。


 僕がどう答えようと、葉月と沢が惹かれ合っていることは変わらない。


「……優しいんじゃないよ。僕は」


 失うのが怖くて結局何も選べず、流されるだけ。

 僕は、ただの臆病者だ。



挿絵(By みてみん)

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