22 昼下がりの子守唄《ヴィーゲンリート》
昼休みになり、華音がお弁当を持って僕を誘いに来た。
華音とお昼を過ごすのは、もう僕の日常になっていた。
最初はかなり緊張したけど、いまでは音楽の話をしながらご飯を食べるのが楽しい。
晴れた日の定番となっている、校庭の木陰に座った。
座ったまではいいんだけど。
華音が、僕のすぐ隣に腰を下ろしてきた。
いつもよりも近くて、肩が触れる。
一瞬、温かくて柔らかな感触が、ブラウス越しに伝わってきた。
女の子って、こんなに柔らかいのか。
……いや、だめだ。
考えるな、僕。
変に意識するなんて、華音に失礼じゃないか。
華音はわかっているのかいないのか、いつもどおりの顔で巾着袋からサンドイッチのつつみとお弁当を出す。
いつもの箱とは別の弁当箱もある。
フタを開けると、出てきたのはキッシュロレーヌだった。
ふわりといい香りがただよってくる。
「レシピ本読んで作ってみたよ。自信作。キョウジ、味見して」
そう言って、華音はキッシュをフォークで刺して、僕の口元に差し出した。
「キョウジがおいしいって言ったら、明日からレオのおやつにするよ」
思考が止まる。
……これってまさか。
「はい、あーん」
周りに誰もいないか、一瞬だけ視線を走らせる。
——いない。
誰も見てないなら大丈夫か。
いや、そういう問題じゃない。
これは、本当の恋人同士がすることで。
僕らは、ただの——
いや、形だけとはいえ、表向きは恋人だ。
ここで断ったら、不自然になる。
華音はまっすぐ僕を見る。
僕がこのまま食べることを、みじんも疑っていない目だ。
これは味見、そう、ただの味見。
他意がないんだから、意識するほうがおかしいんだ。
「……いただきます」
観念して、口を開ける。
バターの香りと、ほんのりした塩気が口の中に広がる。
ほうれん草とベーコンがちょうどいいぐあいに入っていて、歯ごたえもあるし濃厚で飽きがこない。
「……おいしい」
「ほんと?」
僕のたったひとことで、華音の顔がぱあっと明るくなる。
なぜか、胸がぎゅっと締めつけられる。
「もう一口あるよ」
「あ、いや、もう大丈夫。ごちそうさま」
一口だけでもこんなに心臓がバクバク言ってるのに、続けられたら身が持たない。
「そう?」
華音は残りのキッシュにフォークをさして、自分で食べ始めた。
そのフォーク、僕が口つけたのにいいのかな。
……気にしてるのは僕だけ。
これって普通のこと?
それとも華音の中では、レオと同じような扱いなのかな。
人付き合いの経験が少なすぎて、なにが正解かわからない。
いつもより落ち着かないランチタイムになった。
お弁当を食べ終えて一息つこうかというときに、華音が口を開いた。
「キョウジ、お昼寝のときあたしが子守唄うたうって、昨日約束したでしょ。ひざまくらしてしんぜよう」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「ほら、くるしゅうないぞー」
ぽんぽん、と自分の膝を叩く華音。
ハードルが高すぎる。
「い、いや、たしかに約束したけど、誰も近くにいないんだからそこまで演技する必要ない、よね」
「なんで?」
「なんでって……!」
女の子って、友だちに膝枕するものなのか?
日本ではしなくても、オーストリアだと普通なんだろうか。
どうしたらいいんだ、こういうとき。
「ぼ、僕だって男なんだから、華音はもっと警戒したほうがいいよ」
「キョウジにしかしないヨ」
即答だった。
華音の言葉には迷いがない。
「えーと、そうだ。うっかり寝ちゃって昼休み終わったら大変だし……」
「だいじょぶ。授業の時間近くなったら、ちゃんと起こすよ」
腕を引っ張られて、強制的に膝枕されることになった。
ああ、もう。恥ずかしすぎて顔が熱い。
僕のほうが力があるから、振りほどこうと思えばできるはずなのに。
どうにも、華音には勝てない。
柔らかいなとか、いいにおいだなとか、余計なことを考えてしまう。
僕がいっぱいいっぱいになってるのに、華音はごきげんで僕の髪をなでる。
「キョウジ、いいこいいこー」
「犬かな」
子犬扱いの延長でこれなんだろうか。
楽しげにIch liebe dichを歌い出すものだから、もう華音の好きにさせることにした。
寝る前にいつもおばあちゃんが歌ってくれていたというだけあって、メロディは完璧だ。
愛する人への想いを詰め込んだ、春の木漏れ日のような、あたたかい歌。
いつか華音に好きな人ができたとき、その人がこの歌を歌ってもらうんだろうか。
華音の一番近くで。
そんなの、嫌だな。
僕は嘘の恋人なんだから、嫌だと思う権利なんてないのに。




