2 嘘吐きな僕らの協奏曲 ☆挿絵あり
沢の提案で、休日グループで遊びにいくことになった。
僕と葉月、沢、それから沢の友人だという女子の四人。
友人は、僕らと同じ鎌倉海浜高校の一年生だという。
葉月とは家が近所だから一緒に待ち合わせ場所に向かった。
「ねえ、これ変じゃない?」
葉月はスカートのすそを気にしながら、今日五回目の質問をなげてきた。
ベージュのシャツにノースリーブの膝丈ワンピース。茶色のブーツ。いつもより背伸びした格好だ。
「どこもおかしくないよ。大地先生とおばさんにも見せて、大丈夫だって言ってもらったんだろう?」
「そ、そうだけど」
葉月はコンパクトミラーを見ながら、しきりに前髪をいじっている。
葉月が沢のために念入りにオシャレしているのって、なんか……。葉月にとって僕は恋愛対象外だということを改めて認識させられてしまう。
嫌われたくないからって、「応援するよ」なんて心にもないこと言わなければよかった。
家を出る直前まで、予定をキャンセルするか悩んだ。
来なければよかった。
今からでも引き返したい。
でも、そうなるともうひとり来るという女の子は居辛いだろう。
待ち合わせ場所の七里ヶ浜駅前には、もう沢がいた。
沢のとなりには金髪碧眼の女の子が立っている。
沢はこちらに気づくと、おおきく手をふった。
「よっす響司! 葉月ちゃん! こっちこっち!」
「おはよう、沢」
沢はにこやかに言って、葉月にも声を掛ける。
「葉月ちゃんも、おはよ! 私服姿初めて見た。すっげーかわいい」
「そ、そう? ありがと」
照れてしどろもどろになる葉月。
応援しようと決めたはずなのに、二人を目にすると胸が痛む。
沢の隣にいた女の子は、どこか所在なさげだ。
背が高くて、なんなら沢よりも背がある。
はちみつのような深い金の髪。透けるような白い肌、たかい鼻筋。
やわらかな曲線を描く目元。
長い髪を肩のところでゆるくむすんでいる。
デニムパンツにノースリーブのニット、カーキ色ジャンパー、デニムのベレー帽。
カジュアルな服装がよく似合っていた。
葉月と沢のやり取りを見る表情は、なんだか泣き出しそうだ。
なにか我慢しているような。
もしかしてこの子は、沢のこと。
僕の勘違いでないなら。
僕は女の子に会釈する。
「……はじめまして。僕は当馬響司。沢と同じ四組なんだ」
「あたしは、アベ、カノン。華やかな音って書くの。一組。よろしく、トーマくん」
どこか不思議なイントネーションだ。
一言一言、ゆっくりと考えて選んでいる。
名字がアベなら、親のどちらかは日本人なんだろう。
「カノンさんの名前をつけた人は音楽が好き? クラシックのカノンからつけたのかな」
華音さんは懐かしそうに目を細めて笑う。
「うん、そう。オーストリアのdieOmaはオペラ歌手してた。すごく、歌がうまい。トーマくんは、音楽くわしいの?」
「四歳のときからピアノを習ってるんだ。僕の音楽の先生が、葉月のお父さん」
手のひらで葉月を示すと、葉月は両手を華音さんにさしだした。
「はじめまして、華音ちゃん。私は吉田葉月っていうんだ。一組にフランス人形みたいなかわいい子がいるって話は聞いてたんだけど、華音ちゃんのことだったんだね。うわぁ、髪キレーイ。つやつや! どんなコンディショナーしたらこんなふうにきれいになるの? やっぱりすごくいいメーカーのなのかな。そのアウターもかわいい。どこで買ったの? おすすめのショップおしえて!」
「ええ、と……」
矢継ぎ早に質問されて、華音さんがフリーズした。
「葉月。華音さん困ってる」
「え? あ、ご、ごめんね華音ちゃん。つい」
葉月はやっと華音さんの様子に気づいて、一歩下がった。
華音さんは頭を左右に振る。
「あたし、六歳までオーストリアで育ったの。言葉がまず、ドイツ語でうかんじゃう。日本語でいっきに、話されると、ほんやく、おいつかないの」
「そうなんだ、本当にごめんね。これからゆっくり話すように気をつける」
葉月は華音さんを真っ直ぐに見て頭をさげる。
自己紹介もおわり、海岸に向かう。
葉月と沢が浜への階段を駆け下りていく。
「せっかくそこらじゅうに砂があるんだ! でっかい日本城郭を作るぞー!」
「あはは。確かに、富士山だって作れちゃいそうだよね」
「いいじゃんそれ、やろうぜ!」
僕と華音さんはゆっくり歩いて降りる。
先を走っていく二人を見て、華音さんは小さく息を吐いて僕を見上げる。
「間違ってたら、ごめん。トーマくんて、葉月さんのこと好き?」
「…………なんで」
ようやくしぼりだした声は、波の音にかき消されそうなほど小さく、かすれていた。
誰にも打ち明けたことがないのに、初対面の子に気づかれるなんて。
「あたしと、同じ目をしてるから」
言わんとしていることを察した。
やっぱり、華音さんは沢のこと好きなんだ。
「あのふたり、たぶん両思いだね。じかく、してない」
「……そうだね」
ショルダーバッグからビニールシートを出して広げる華音さん。
その手は震えている。
「…………あたし、六歳のときから、一緒にいたのに。一目ボレのほうが、ずっと、つよいのかな」
「僕にもわからない。でも、過ごした長さなんて、なんの力もなかった」
僕らは、恋愛ドラマやなにかで言うなら邪魔者、当て馬、負け犬、選ばれることのないもの。
「葉月さんがすごくやな子なら、あたしは、サワに言えたのに」
華音さんはひざをついて、砂をにぎりしめる。
心が嵐のように荒れているのに、今日は腹立たしいくらいの快晴で、海鳥の鳴き声も響いている。
海水浴客たちの楽しげな笑い声が、遠い。
なにやってるんだろう、僕らは。
風が吹き抜けていく。
華音さんの前にひざをついて目線を合わせる。
僕も同じ気持ちだ。
沢がすごく嫌な奴だったら、「僕を選んで」と言えたかもしれない。
こんな醜いことを考えてしまう僕自身が、いちばん嫌な奴だ。
華音さんが顔を上げた。
深い翠の瞳が濡れている。
「…………トーマ、くん。ねえ、あたし、応援できない、でも、邪魔者にもなりたくない、サワにきらわれたく、ない。いま、あの二人が付き合うってほうこくしてきても、おめでとなんて、言えない」
華音さんの声は震えていた。
「だから、あたしたち恋人のふり、しよう。そしたら、邪魔者に、ならなくてすむ。だって、そうでしょ。恋人いるひとが他の人に恋すること、ないんだから」
支離滅裂なことを言っているのは、きっと華音さん本人も自覚している。
めちゃくちゃな提案なのに、僕は手を伸ばしていた。
「うん。そうしよう。僕も、沢と葉月のこと、邪魔したくない」
僕らのこの気持ちは、葉月にも沢にも勘付かれちゃいけない。
二人の恋路の枷になってしまわないように、お互いを隠れ蓑にする。
こうして僕らは、嘘吐きな恋人になった。




