18 偽物の歌《ファルソムジカ》を続けよう side葉月
沢くんと肩書きだけの恋人になってから、あっという間に金曜の放課後になった。
今週は、おかずを分けるという名目で、四人でお昼を食べていた。
結局料理はうまくいかなくて、キュウリのあさ漬けしかもってこれなかった。
沢くんは、文句言いつつも食べてくれた。
パンだけの生活だと体に悪いし、キュウリもちょっとは小腹の足しにはなるよね。うん。
響司くんにも食べてほしかったけど、響司くんのお弁当箱にはすでに、我が家からおすそ分けしたキュウリが詰まっていた。
幼馴染なのがアダになったよ……。
帰り支度をしていると、沢くんが教室に入ってきた。
「これ、やる」
ぽんと投げられたものを受け取る。
自販機で売ってるリンゴジュースだった。
「弁当の代金」
「お礼が欲しくて作ったわけじゃないんだけど」
「人に物をもらったら対価を払うもんだって、おふくろがいつも言ってたし」
そんなこと言われたら、返すの悪いじゃない。
「くれるって言うなら、もらっとくね」
プルタブを開けて一口。
すっきりした甘さが喉を通っていく。
「お、リンゴジュースが正解だったか」
「なにが?」
突拍子もないことをいわれて首を傾げる。
「前にコーラを買ってきたとき、めっちゃ嫌そうな顔してたじゃん」
炭酸嫌いなの顔に出ちゃってたかー。
教室には私と沢くんしかいなくて、声がいやに大きく響く。
窓の向こうからは、響司くんが弾く悲愴が聞こえてくる。
今日も音楽室で練習しているんだ。
「炭酸が嫌いなら、はなからそう言えばよかったのに」
「響司くんが買ってきてくれると思ってたんですー」
沢くんには、私が響司くんのこと好きだってバレてる。だからぶっちゃけちゃう。
「響司に空気読みゲームさすなし。自分の彼女いる場面で他の女にあれこれ尽くす男はいねーよ」
「そりゃ、そうだけど」
はたからみたら、私はだいぶ下手を打っていたってこと。
机に座って、もう一口ジュースを飲む。
沢くんも空いた机に座って、牛乳パックにストローを刺す。
「……悪かったな。そういうこと、何も言わなくてもわかるくらいには、響司と葉月ちゃん親しかったんだよな」
いつもの沢くんらしくない、低いトーンで沢くんが言った。
「なに、急に」
「俺さ。響司と阿部を引き合わせたくて、あのダブルデートセッティングしたんだ。響司に、『葉月ちゃんのこと好きになったから、仲良くなる機会がほしい』って嘘ついて」
初耳だった。
びっくりするよりは、ストンと腑に落ちた。
私が嘘ついたのと同じタイミングで、沢くんも対になる嘘を吐いた。
響司くんは私たちの嘘を信じて、私たちの仲を取り持とうとしていた。
私は大事なこと何も言わなかったのに、気持ちに気づいてくれない響司くんを責めるようなこと考えてた。
なんか、バカみたい。
響司くんに申し訳なくて、泣きたくなる。
「……あはは。バカだね。沢くんも」
「もって、なんだ。もって」
座ったまま目だけでこっちを見た沢くんに、私も秘密にしていたことを打ち明ける。
「そのまんまの意味。私も、嘘吐いてたの」
なんど思い返しても、ばかな自分にビンタしたくなる。
「響司くんに逆告白してほしくて、『沢くんのこと好きになっちゃった。協力してくれるかな』って」
沢くんは目を丸くして、それから視線をそらした。
「だから、響司はあんなに協力してくれてたのか……。ほんと、優しすぎるよな」
「そうだね。それに、謝らなくてもいいよ。……きっかけ作ったのが沢くんでも、付き合うって決めたのは響司くんと華音ちゃん本人の意志だもん。どんな形で出会っても、きっと二人は付き合ってたよ」
しばらくお互い無言だった。
私はからっぽになったジュースのボトルを手の中でくるくる回す。
「私さ、この一週間が終わったら、『試しに付き合ったけどソリが合わなかったみたい』って響司くんに言えば、嘘ついたこと帳消しにできるんじゃないかなってちょっとズルいこと考えてた。そしたら、今度こそ言えるかなって」
放課後、夕暮れの教室で
『沢くんとお試しで付き合って、私が好きなのは響司くんだったって気づいたの』
なんて言えたら、少女マンガみたいでしょ?
でも、今、沢くんと話してそれは間違いだって気づいた。
「私、自分勝手だった。そんなことしたら、響司くんは苦しむし、華音ちゃんが悲しむ。華音ちゃんの笑顔を奪ってまで、私は響司くんの隣に立ちたいの? って、思った」
そんなの、私が一番嫌いなタイプの人間だ。
これが、マコトちゃんに聞かれた問に私が出した答え。
響司くんの中で、友だちの恋人を奪おうとする女として記憶されるなんて絶対に嫌。
一目惚れした人のために頑張る、きれいな葉月でいたい。
たとえそれが、嘘で塗り固めた姿でも。
「なら、葉月ちゃんはどうするんだ?」
ゴミ箱に空き缶をシュートして、沢くんに右手を差し出す。
「私、この嘘を吐き続けるわ。『沢くんに一目惚れした葉月』でいるの。沢くんにも原因の一端はあるんだから、共犯を続けてよね」
沢くんは私の顔をじっと見て、同じように牛乳パックをゴミ箱に投げた。
机から降りて、深呼吸する。
「俺も、響司の優しさを無碍にしたくない」
私たちは共犯者として、手を取り合った。
響司くんと華音ちゃんを傷つけないように。
一目惚れした恋という、嘘を吐き続ける。




