14 いつわりの恋歌《ロマンス》の終わりと始まり ☆挿絵あり
女子のレースが終わり、男子のレースが始まる。
みんな、さまざまなお題を引いているようで「帽子かぶった人ー!」とか「スカートの子誰か一緒に来てー!」とか叫んでいる。
沢が赤のハチマキをしめなおしながら、ニヤッと口角をあげる。
「お、響司。次、俺達だぞ。負けねーからな!」
「バスケ部が帰宅部相手に何言ってんのさ」
沢は普段から部活で走っているんだから、ピアノの前にずっと座っている僕じゃ相手になるはずもない。
「負けたほうが自販機の飲み物おごりな」
「えぇ……。まあいいけど」
そんな話をしている間に、先生が右手を振り上げる。
「よーい、ドン!」
みんなが勢い良く駆け出す。
僕もひとあし遅れで真っ白なカードがちらばるラインに着く。
十枚以上ちりばめられているうち、一番近くにあったものを拾った。
【髪が長い人】
華音の姿が頭に浮かんだ。
女子たちの待機列に走って華音を呼ぶ。
「華音、来て!」
「は、はい!」
華音が弾かれたように立ちあがる。
華音の手を取ると、なぜかまわりの女子から黄色い声援が上がった。
そのまま一着でゴールテープを切る。
「カードを確認します」
係の生徒にカードを渡す。
「髪が長い人。確認しました! 一番のフラッグへどうぞ」
「華音。一位だって。よかった……」
「よくなーい!」
僕が言い終える前に、華音のパンチが飛んできた。
「え、なんで怒ってるの」
「たばかったな!」
またサムライみたいなことを言い出した。
「たばかるって……、真っ先に浮かんだのが華音だったから。だめだった?」
「……っ!?」
華音の顔が一瞬で真っ赤になる。
「……だ、だめじゃ、ない……けど」
話している間に他の生徒、そして沢が葉月と並走してゴールした。
そちらに目をやると、沢が係にカードを渡すところだった。
「【好きな人】ですね。はい、確認しました! 三番のフラッグに並んでください」
ああ、だから葉月を連れてきたのか。
華音も二人を見て、無言になっている。
「え? 相手を間違えてない?」
葉月の顔は、笑顔とはいいがたい表情になっている。
嬉しいよりは、ありえないとでも言いたげな顔。
「あはは、そんな顔すんなってー。うち親父が見に来てないから、無難な選択だったと思うんだよ」
沢も告白のチャンスのはずなのに、なぜかそんなことを言い出した。
「なあなあ葉月ちゃん。せっかくの機会だからさ、一週間だけお試しで付き合ってみない? 合わないと思ったらただの友だちに戻る。どう?」
わざと茶化した感じで、沢が提案する。
葉月は探るような目をして沢の様子をうかがっている。
ちらりと僕と華音を見てから、頷いた。
「考える時間をもらってもいい?」
「よっしゃ! じゃあ昼飯んとき今後のこと話そうぜ!」
沢はさっそうとフラッグのほうに歩いていく。
華音を見ると、華音と目が合った。
翠の瞳が不安定に揺れている。
「……キョウジ、あたしたちも行こ」
「そうだね、行こう」
昼休みになっても、華音の口数は少なかった。
話しかけても上の空で、ずれた返事をする。
午後の競技も滞りなくすすみ、体育祭が終わった。
みんなが帰ったあと、一組の教室に二人で残った。
「ねえキョウジ……あ、ううん。やっぱり、なんでもない」
華音は言いよどんだ。
でも、なにか訴えたいという顔をしている。
「思ってることあるなら、言って。聞くから」
先を促すと、華音は深呼吸してから切り出した。
「あたしたち、サワと葉月さんの恋、じゃましないように……って、恋人のふり、してるでしょ? 二人がつきあうなら、もう、うその必要、なくなるのかな……」
「華音……」
僕らは、お互いに好意があって交際を始めたわけじゃない。
僕と嘘の恋人を続けたら、華音が新しく恋をするのに、邪魔になるだけだ。
葉月の恋路を応援したように、華音のことを思うなら、ここで手を離すべきなんだろう。
『これまでありがとう、さようなら』と言うべきだ。
でも。
僕の口をついて出たのは、違う言葉だった。
「ねえ華音。来週、コンクールの地区予選があるんだ。一般観覧も受け付けてるから、来てくれない?」
華音は戸惑いながら、僕を見上げる。
「……いいの? あたしが行って、迷惑じゃない?」
「うん。華音に聴いてほしい。会場にいてくれたら、がんばれるから」
言葉が通じない遠くの国や、いろんな人に音楽を届けたいと思って始めたピアノ。
今はただ、目の前にいる華音に聴いてほしい。
華音に届けたい。
いつから、そう思うようになったんだろう。
「……うん、あたしも聴きたい。キョウジのピアノ」
不安に曇っていた華音の顔に、ようやくほのかに明るさが戻った。




