12 魔弾の射手 side須直
俺が六歳のとき、近所に阿部が引っ越してきた。
両親に連れられて、町内にあいさつまわりしにきたのだ。
お父さんの後ろにかくれて、こっそりこちらを見る女の子。
それが阿部華音だった。
きれいな翠の目と金の髪。
海みたいに真っ青なワンピースを着ていて……絵本の中のお姫様が飛び出してきたと思った。
すごくかわいい。こんなかわいい子見たことがない。
目が離せない。
仲良くなりたくて、手を差し出した。
「俺、沢須直。あんた、なんてーの?」
「……?」
女の子からの答えはない。
答えないというよりは、言葉が通じていないっぽい。
「ごめんネ、スナオくん。向こうにいた頃、ほとんどドイツ語で話してたから。日本語は勉強中なんだ」
「へー。そうなんだ」
お父さんが外国の言葉でなにか言って、ようやく女の子が答えた。
「あべ、かのん」
「阿部な。わかった」
最低限会話ができるようになったのは、引っ越してきて半年くらい経ってから。
笑顔がかわいくて、俺の話を真剣に聞いてくれる。
この子を守る騎士になろうと思った。
悪いやつから阿部を守るんだ。
そう思っていたのに。
俺は中学の時、重大なミスを犯した。
性格が合わない女子から告白されて、「好きな人がいるから無理」と断った。
相手が誰なのか教えてくれるまで諦めない、としつこく食い下がってくる。
──あまりに鬱陶しいから答えてしまった。
「俺は阿部が好きだから、諦めてくれ」
それから、その女子と取り巻きが阿部に嫌がらせするようになった。
あるとき、見てしまった。
俺が振った女子が、廊下で阿部を突き飛ばした。
そして、
「私の沢に近づくな!」
などと勝手なことをほざく。
阿部は何も言わず、黙って落とした教科書を拾った。
物理的証拠が残らない、陰湿なやりくちだ。
俺は阿部を守るどころか、結果的に加害者の背中を押してしまった。
俺が、引き金を引いたんだ。
そいつは俺達と別の高校に進学したから、これから先会うこともない。
卒業式でもう一回告白しに来たが即断った。
俺が、そいつのやらかしたことを気づいてないとでも思っていたのか。
「やっぱりあきらめきれないの」
だなんて。
どの面下げて再告白なんてするのか理解不能だった。
けれど。
あいつは、俺のせいでいじめられた。
俺は阿部に好きだなんて言う権利はない。
もう、あんな辛い目に合わせたくない。
あいつを辛いことから守ってくれる、本当の騎士が必要だ。
趣味や家族のことを、ちゃんとわかってやれる男。
阿部を守れる男。
阿部にふさわしい男を探して、引き合せるんだ。
それが俺にできる、唯一の償いだ。
入学式後のホームルーム。
隣の席にいたのが響司だった。
すごく背が高くて、どこのポジションなのか聞いたら「ポジションってなに?」と聞き返されてしまった。
「話しについていけなくてごめん。僕、ピアノしか弾いてこなかったから世間のこと疎くて」
こういうのを浮世離れとでもいうのか。
「バスケだよ。バスケ」
「へぇ。運動が得意なんて羨ましい」
「いや、お前そんだけ背が高いんだから活かせよ。バスケだとそれだけで有利なんだぞ」
「うーん。部活に入るとピアノを弾く時間が減るからごめん」
ひたすらピアノ好きということだけは伝わった。
そのあと放課後の音楽室で、一心不乱にピアノを弾いている響司を見た。
音楽に疎い俺でも、聴き入ってしまうような力があった。
音楽教師いわく、響司はピアノの世界では鎌倉の神童と呼ばれているらしい。
穏やかで、ピアノが好きで、努力を惜しまない。
阿部と同じ歩調で隣を歩ける人間。
響司なら、きっと守ってくれる。
知り合って間もなく、響司に幼馴染の女の子がいると知った。
葉月ちゃんについては、"友人の幼馴染"以上の認識はない。
葉月ちゃんは、響司のこと好きなんじゃないかと思う。
葉月ちゃんがいつか響司に告白するつもりなら、うかうかしていられない。
響司がフリーの今しか、チャンスはない。
葉月ちゃんには申し訳ないと思う。
けど、俺もあきらめるわけにはいかない。
どうしても、響司と阿部を不自然じゃない形で引き合せないといけなかった。
だから、嘘を吐いた。
「響司の幼馴染の葉月ちゃん、すごくいい子だな。俺、好きになっちゃった。どんなやつが好みかな。今度俺の幼馴染もさそってさ、四人で出かけようぜ」
もくろみどおり響司は阿部と付き合うようになって、阿部はよく笑うようになった。
二人でよく、音楽の話に花を咲かせている。
レオとも仲良くなったみたいで、このまえ見かけたとき、「きょーくんピアノひいてくれたんだよ」なんて言っていた。
あいつが幸せなら、隣に立つのは俺じゃなくていい。
友だちとして、近くで笑顔を見ていられるだけで満足だ。
だってそうだろ?
あいつを守るどころか傷つけた俺じゃ……騎士になんてなれないんだから。
だから響司に託すんだ。
「沢。どうした、ぼんやりして。これから借り物競走、整列だって。もうみんな先に行ってる」
「今行く! たしか、参加賞って食いもんあるんだろ。楽しみだな」
響司に呼ばれて一歩踏み出す。
「お菓子はお客さん用だろ」
「えー、俺腹減ってんのに」
「これが終わったら昼休憩だから我慢我慢」
響司は俺の嘘に気づいていない。
阿部を笑顔にしてくれた友のために、俺は最後まで、『葉月ちゃんにひとめぼれした男』でいよう。




