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11 ダル・セーニョは望まない side華音

 最近ふとしたとき、キョウジいまなにしてるかなって考えることが増えた。


 レオも、

「きょーくん、つぎいつくる? あした?」

 なんて聞いてくる。


 机に向かって勉強しているときだって、こんなふうにキョウジのこと考えちゃう。

 もう何度も読み返している誕生日のカードをデスクライトにかざす。


 たぶん、すごくお茶目でいたずら好きな店長さんだ。

 信じて教えられたまま書いちゃうところがキョウジらしくて、読むたびに自然と顔がにやけてきちゃう。


 コンコン、と軽いノックの音がして、ママが入ってくる。


「華音、そろそろお風呂はいっちゃいなさい。って、ふふ。またそのカードを見ているの? 本当に響司くんのこと好きなのねー」

「へ!?」

「隠さなくていいわよ。だって、中学のときは暗い顔ばかりだったのに、最近の華音はいつもニコニコしてるもの」


 ママにはそう見えてるんだ。

 なんだか顔が熱くなる。


 中学のときは、同級生の子にいじわるされていた。


「わたしの沢にちかづくな!」って、言われてつきとばされることもあった。

 学校に行きたくないって、いつも思ってた。


 今は違う。

 キョウジといる時間はあたたかくて、ずっとこんな日が続けばいいのにな、なんて思っちゃう。



 体育祭を明日に控えた日。

 あたしは数人の班員と、体育館の床に白いカードを並べていた。


 借りもの競走のお題を書く役だ。


 うちの学校は地域交流を大事にしているから、観客も楽しめるようになっている。


 帽子をかぶった子とか、メガネをかけた大人とか。

 毎年、見に来ているおじいちゃんや、幼稚園の子の手を引いて走るところが名物だ。


 同じ準備班になっている葉月さんが、マジックを動かしながら聞いてくる。


「華音ちゃん、さいきん毎日そのバレッタしてるね。華音ちゃんの瞳の色に似てて、かわいい」


Dankeダンケ! 誕生日に、キョウジがくれた。メッセージカードもあるヨ」

「…………響司くん、そういうことするんだ。意外」


 あたしは生徒手帳を開いて葉月さんに見せる。


 まわりでカードを書いていた他の子も、

「え、なになに? バースデーカード?」

「当馬が用意したって?」

 って集まってきた。


「これドイツ語で、誕生日おめでとうって書いてあるん? にしては長くない?」


 ひとりが、スマホの翻訳アプリを立ち上げてカードにかざした。


「『僕の愛するカノンへ 誕生日おめでとう キョウジより』? やっば! 超ラブラブじゃん!」

「きゃー! あっつーい! うちも好きピからこういうのもらいたーい!」


 女子たちが黄色い声をあげて盛りあがっている。  



 葉月さんはメッセージカードから目を離さずに、聞いてくる。


「……華音ちゃんさ、やりなおしたいことって、ある?」

「なにを?」


 なんか唐突な質問だ。


「ほら、楽譜でさ、指定したところに戻って弾くダル・セーニョって記号あるでしょ? あんな感じでさ、どこか特定の日からやり直したくなることって、ない?」


 じょうだんっぽい口調なのに、目はすごく真剣。


「あたしは、いまが大事だから戻らない。だって、戻ったら、キョウジがレオとあそんでくれた日も、バレッタくれた日も、なくなっちゃう」



 あたしが嘘の恋人になろうって言った日に、手をとってくれたこと。


 一緒にお昼ご飯を食べる時間。


 レオの話し相手をしてくれているときの、穏やかな顔。


 あたしが好きなブラックコーヒーを買ってきてくれたこと。


 プレゼントのために、ドイツ語を勉強してくれたこと。


 なかったことにしたくないよ。


 指先で、キョウジがくれたバレッタをなぞる。

 初恋が叶わなかったのは切ない。

 けれど、キョウジが優しい心をくれたから、あたしは笑っていられる。

 

 


「私は、戻りたいよ……」


 泣きそうな顔でつぶやく葉月さん。

 それも一瞬のことで、ぱっと笑って頭をかく。


「なーんてね。あはは。中間で数学赤点だったからさ、つい。ごめんね、変なこと言って」


「あー、アタシも英語二〇点だったから、なかったことにしたいー。ママにガチギレされたんだけどまじ最悪」

「わたしもー。ほぼ全滅だった」

「点数低い争いならアタシ学年一位とれるのにー」

「それな!」


 みんなが口々に中間テストのぼろぼろ具合をばくろする。


 葉月さんはあたしにメッセージカードを差し出して、目を細めた。


「そうだね。華音ちゃんの言うとおりだ。楽譜と違って、時間は戻らないもん」

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