10 嘘吐きのマイネリーベ ☆挿絵あり
扉を開けると、そこは異国情緒あふれるセレクトショップだった。
五月半ば。
朝起きると、メッセージアプリに通知バッジがついていた。
【明日は華音さんの誕生日です】
このアプリは登録アカウントの誕生日が近づくと通知してくれる。
誕生日なら、なにか贈りたいな。
華音ならきっと、喜んでくれる。
でも、女の子にプレゼントなんてしたことがない。
ピアノのレッスンのあと、ミツキちゃんを送りに来た初田さんにおすすめのショップを聞いた。
初田さんはいつも上品なアンティークを身に着けているから、センスが良さそうと思って。
そうしたら、この店に連れてきてくれた。
セレクトショップWONDER WALKER。
深呼吸してから、店の扉を押しあけた。
棚に並ぶのは、トルコランプに水タバコの台、アンティークのカップや雑貨、アクセサリーに民族衣装。
どれもすごくきれいだ。
「どうです? 贈り物はみつかりそうですか?」
初田さんに聞かれて、恥ずかしいけれど正直に答える。
「……実は、家族以外の人にプレゼントを贈ること自体初めてだから、なにが普通なのかわからなくて。……アクセサリーは、重いかな……」
「こんなに小さいのに? せいぜい十グラムかそこらですよ」
「……初田さん。それ、わざと言ってます?」
重量の話なんてしていない。
素で返されて答えに困った。
「初斗。ややこしくなるから、あんたは黙ってなさい」
長い髪を鮮やかな水色に染めた男性が、初田さんに平手を叩き込んだ。
まとっているアオザイの左胸に、【店主 歩】という名札をつけている。
髪色と同じネイルをした指先で、初田さんのほほをぐりぐり指す。
「ごめんなさいね。この人、頭がいいのにちょっとポンコツでね。悪気はないの」
「あ、はい」
「ひどいなぁ歩。ぼくは響司くんに聞かれたから、アクセサリーの重さを答えただけなのに」
「意味が違うの! もう。よくそんなポンコツで医者になれたわね」
歩さんと初田さんは高校以来三十年以上続く友人だという。
たしかに二人のノリは学生のよう、僕と沢のそれに似ている。
「なるほど、明日が彼女の誕生日で、プレゼントを贈るのね。その子はどんなものが好きなの?」
華音は毎日違う髪型にしている。
三つ編みとか、ポニーテールとか、おだんごとか。
どれもかわいいし、華音に似合っている。
「華音はヘアアレンジするのが好きで、あと、よく帽子をかぶっています」
スマホの待ち受けを歩さんに見せる。
華音が変えるなっていうから、ツーショットがそのまんまになっている。
「仲良しなのねぇ」
「あはは……。華音が変えるなって言うから」
「ヘアアレンジが好きな子なら、バレッタやクシはどうかしら? この棚のあたりなら、高校生のお小遣いでも買いやすい値段設定にしてあるから」
案内された棚には、レザーや木製などたくさんの髪留めが並んでいる。
その中のひとつに、目がとまった。
シルバー製のリーフモチーフのバレッタ。
葉っぱを模したエメラルドグリーンの石が入っている。
店の照明にかざすと、ステンドグラスのよう。
華音の瞳の色に似ていて、きれいだ。
「これにします」
カウンターで待っていた歩さんが、バレッタに合いそうなケースを用意していた。
「うふふ。お買上げ、ありがとうございます。贈答用ラッピングはサービスしておくわね」
「いいんですか?」
「いいのよ。そのかわり、次は彼女と一緒に来なさいな。宣伝してちょうだい」
笑顔で言われて、僕もつられて笑う。
いい人だなぁ。ユーモアがあって、話も面白くて、商売上手。
「メッセージカードもつけられるわよ」
「ありがとうございます。じゃあカードもください」
カウンターの横にはメッセージカードを書けるようにテーブルセットが備え付けてある。
そこに腰を下ろして、ペン立てのマーカーを借りる。
華音はふとしたときドイツ語が出るし、メッセージもドイツ語のほうが華音もうれしい、かな。
「……ドイツ語で誕生日おめでとうって、どう書けば……」
「アタシがお手本を書いてあげる。そのまま移して書くといいわ」
歩さんはメモ用紙にペンを走らせる。
Für meine geliebte Kanon,
Alles Gute zum Geburtstag.
Von Kyoji
「これを書けばいいわ」
「ありがとうございます。歩さんはドイツ語ができるんですか? すごいです」
「ドイツ語圏に住んでたことがあるからね。ふふっ。あなた、素直でかわいいけれど、少しは他人を疑うことを覚えたほうがいいわね」
歩さんは、なんだかやけに楽しそうだ。
黙ってなさい、と言われたからか、初田さんはなにか言いたげだけど黙って歩さんのメモを見ていた。
華音の誕生日当日。
校庭の隅でのランチタイムで、プレゼントを渡すことにした。
リボンの隙間にメッセージカードをさして、お弁当を広げる前に、華音に渡す。
夜の間に練習していた、歩さんから教わったフレーズを口にする。
「Alles Gute zum 《ツム》GeburtstagKanon」
華音は目をおおきく開いて、瞬きする。
「……いつのまに、勉強したの?」
祝いたかったのは本当だけど、嘘の恋人ならここまでしなくてもよかったのかな。
いまさら、不安と恥ずかしさが押し寄せてくる。
声がうわずってしまった。
「あ、はは。昨日、このアクセサリー買った店の店長さんに教えてもらった。ヨーロッパに住んでたこと、あるんだってさ。うまく発音できてたかな? もしかしたら、間違えたかもしれない」
華音は胸の前で小箱を抱えて、目に涙を浮かべる。
「danke。ちゃんと……ちゃんと、つたわってる。しあわせ」
メッセージカードを手に取った華音の頬が、真っ赤になった。
文字を目で追いながら、ちらちら僕を見る。
「…………キョウジ、これもテンチョさんにおそわった?」
「ん? どこかまちがえてた?」
「んーん、なんでもなーい」
華音はニコニコして、メッセージカードを生徒手帳に挟んだ。
バレッタを取り出して、太陽にかざす。
「きれい」
前髪をサイドに寄せて、バレッタで留める。
「どう?」
「似合ってる」
「えへへ、あたし、うれしいよ。かほうにするヨ」
喜怒哀楽わかりやすいから、本当に心から喜んでくれているのが伝わってくる。
ああ、華音のこの顔を見ている時間が、好きだな。
──僕は嘘の恋人で、華音が好きなのは、沢。
こんなこと、思っちゃいけないのに。




