第一話:人はなぜ生きるのか?
昔書いて未完になっていた作品の再生です!完結まで歩みを止めないように頑張ります!
生きる意味。この多可橋論がこれまで生きてきて一度も真面目に考えてきたことのなかった命題。それを考えるには、わずか十五歳の自分はあまりに幼すぎるし、だいいちそれを見つけたところでどうなるのだ、という疑念さえあった。意味を見つけたとして、生きていることに変わりはないのだから。
しかし、この状況においてそんな言い訳はしていられなかった。目の前の存在が、僕に問いかけてきたから。
「Q. 生きる意味とは?」
シルクハットにマント、胸元のペンダントという記号だけを見れば一見英国紳士だが、身体にあたる部分は影が固まったようになっているし、案山子と見紛うほどスリムな体躯に三日月のような切れ目の入った白い仮面が異様さを際立たせている。端的に言って、人間的ではない。
怪人A。最近クラスでも噂になっている都市伝説。
人気のないところで一人になっていると現れ、質問を投げかけてくる。それに対して正しい答えを口にすれば何事もなく消えるが、間違えるとあの世に連れ去れてしまうという――その噂で聞いた格好に酷似していた。
それだけならまだ、つまらない模倣犯の可能性もあった。非人間的な体型はさておき、この学校にはとんでもないイタズラ好きの先輩がいるという話も聞くし。でも「これ」が人間でないことは、「これ」が何もない空間から突如として現れたことから明白だった。ここは屋上で、隠れられるような場所なんてどこにもないのに。
だから僕は頭を抱えていた。怪人Aから問いかけられてしまった、生きる意味。その答えに。
生物として考えれば、繁殖するために生きている、と言える。いわゆる「産めよ、増えよ、地に満てよ」というやつだ。しかし、それは目的を意味と言い換えただけで、質問に答えているとは言い難いような気もする。雑談の中で出た議論ごっこならともかく、怪人の設問を論点のすり替えで回避できるとも思えない。
であれば、生きる意味を探すため……とか。これは新しい問題を生み出しているだけで、解答にはなっていないか。生きる意味を探すために生きるというのは、それ自体がまるでウロボロスのような致命的矛盾を孕んでいる。人生における道に迷った人への常套句としては通用しても、ここにおいては誤答だろう。
僕にはその答えを出せない。今まで生きてきたなかで、その答えを構成するピースのうち、どれも手に入れていないような感覚。言い換えてみればそれは単に経験不足なのだろうけども、その陳腐な説教で使われるような文句で、今はとんでもなく致命的なのだ。
僕が悩んでいるあいだ、怪人Aは微動だにせず、時折、僕が解答することを忘れているとでも思っているかのように、同じ質問を繰り返すだっけだった。無機質で感情のこもっていないその声は、僕の心をどうにも焦らせる。怪人Aがそれを意図しているのかはわからないけれど、蛍の光のように、無意識が解答を急かしてくる。さもなければ取り返しのつかないことが起きてしまうような。
でも、どこか怪人A自身が一番焦っているようにも思える。質問を繰り返すペースは(恐らく)一定だし、その声に感情はこもっていないけれど、答えが出ないことを物凄く恐れているというか、試験当日に消しゴムを忘れたことに気づいて売店で探すけど、なかなか見つからないときのような。
いや、これこそ僕の焦りが生んだバカバカしい考えだろう。現に怪人Aは僕を揺さぶりもせず発破をかけることもなく直立不動で僕の解答を待っている。ただ一度だけ許された、その答えを待っている。生きる意味とは。そんなの知らねえよ、と言いたいところだが、それは答えになっていない。いや、ならいいのか?
答えを間違えたときに連れ去られるんだとしたら、答えなければいいじゃないか。
「お前はなんなんだ?」
気づけば逆に、問うていた。こんなことをして、こんな問題で人を悩ませて、一体何がしたいんだ。質問を質問で返すのはマナー違反だと国語の授業で教わったけれど、こと怪人に対してそんなものを気にしている場合でもないだろう。それに何より、本心から出た質問だった。
突然、怪人Aが震え出した。それも残像が見えるくらいの勢いで。
間違えた間違えた間違えた!冷や汗が全身から溢れてくる。こんなことしなければよかった。軽率だった。普通に考え抜いて答えを出せばよかった。噂では時間制限はないらしかったし。
恐怖に足が竦んで身動きが取れないなか、振動は勢いを増していく。残像は横に広がって、まるで酔っ払いの視界のようになってくる。このままあの世に連れていかれるのか、そんなのは厭だ。僕はまだやり残したことが……やり残したこと?
考えてみれば、「やり残したこと」なんてなかった。この世に未練などなかった。それはもちろん死にたいわけじゃなくて、ここからいなくなっても困ることが何もないってだけのことだ。僕は影響を与えることなく消えていく。立つ鳥跡を濁さず。
びゅおおおおう。怪人Aがペイントソフトで無理やり横に引き延ばしたみたいになった瞬間、突風が屋上を襲った。あまりの勢いに耐えられず目を閉じてしまう。ああ、これで目を開けたら異界とかなんだろうな。絶望が胸に広がる。
風は数秒続いたのち急に止み、まるで何事もなかったかのように穏やかになった。ああ、ついぞ僕は助からなかった。それで誰が困るわけでもないけれど。せいぜい、ここで酷い目に遭わないようにやり過ごす方法を考えるのが賢明だろう。
恐る恐る目を開けると、そこは屋上だった。
元いたところから、一歩も動いていなかった。
ただ、怪人Aのいたところには代わりにペンダントが残されていた。
生きている。意味もなく。
そう思った瞬間、気づけば頬を涙が濡らしていた。頭の中ではあんなに強がっていたくせに、いざ生き残ったことがわかるとこんなにも嬉しいものか。いや、それでいいのか。ただ死にたくないだけ。生きる意味なんてそんなものでいいのだ。
ふと、吸い寄せられるようにペンダントを拾い上げる。それは良く見ると端に留め金があった。初めて見たが、ロケットというやつだろうか。何を考えるでもなく開けてみる。中には優しそうな中年男性の顔が映っていた。ただし、英国紳士というよりは、日本のサラリーマンという容貌だったけど。
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