呪いの人形
「ごめんね……」
「お気になさらないでください。すぐに解かせて頂きます」
天幕を片付けるのを手伝ってただけのはずなのに……防水布を固定してた縄に絡まって身動きが一切取れない。
「この結び目は……物理法則を無視している……??」
「本当にごめんね!? 無理だったらもう切っちゃっていいよ? 次の町で私がちゃんと縄を買い直すから――」
「もう少々お待ちください、必ずこの忌まわしい縄からエリス様を解放するので」
サイラス君も躍起になってるけど焦ってる姿はかなり珍しいな。それだけ私のやらかしが際立っちゃって心が痛いけど……。
「私が縄を解いている間暇だと思いますので、エリス様はこちらの人形で浄化魔法の練習をして頂ければと思います」
「人形?」
サイラス君が腰に下げてる袋の中から一昔前に流行ったドラゴンのぬいぐるみを取り出した。所々敗れた布が縫われて全体的にボロボロだけど、なんだか今にでも動き出しそうな迫力がある。
「サイラス君、気を遣ってくれるのはうれしいけどただの人形じゃ浄化魔法の練習にならないよ?」
「この人形は昨日訪れた廃教会で見つけたのですが、微かに呪われています」
「え!?」
「害がない程度の脆弱な呪いなので、練習にはちょうどいいはずです」
サイラス君から説明を受けながら、目の前の地面に置かれたぬいぐるみの顔を覗き込む。瞳の位置に縫い付けられた古びたボタンを見つめてると、デフォルメされたドラゴンの顎が震える様に動き出した。
「にぇ……ころせ……」
「……サイラス君、この人形喋ってない……?」
「そんな事ないはずですが」
私の腕から何とか縄を解いたサイラス君が、雑にドラゴンのぬいぐるみの頭を掴む。
「余計な事は話さない。人形なら当然ですよね?」
「……」
「問題はなさそうです。エリス様の足に絡まった縄は切らざるを得なさそうなので、道具を取ってきますね」
「う、うん」
絶対に話してると思うんだけど……。
「にぇ……あいつヤバいにぇ……」
「やっぱり喋ってるよね!?」
「しー、あっ……」
「ふむ、人形の役目を果たせないなら……消滅させるしかありませんね」
「にぇ……!?」
「さ、サイラス君!? 大丈夫、大丈夫だから!?」
私の足に絡まった縄を切断するためにサイラス君が構えてた剣を、そのままドラゴンのぬいぐるみに向けたのを見て咄嗟に抱き抱えた。
「この子は消滅させる必要ないから、ね?? いい子にしてるから大丈夫――」
「エリス様に……抱きかかえられて……」
「にぇにぇにぇ……」
気の抜けた笑い声をぬいぐるみが上げた直後、サイラス君の額に特大の青筋が浮かび上がる。
「ちょっと、君もサイラス君を興奮させないで!?」
「……にぇ……」
「サイラス君も落ち着いて、ね?」
「……畏まりました」
こんなに大袈裟なリアクションをするのに、わざわざサイラス君がわたしの為にこのぬいぐるみを用意してくれたのは……私が浄化魔法を使えないのを気にしてるのに気付いてるからだよね。
自分が消滅させたいくらい気に入らない呪いの人形を用意してまで、私の練習になればと思ってくれたならしっかりしないと!
「サイラス君、この子の面倒は私が見るから! いっぱい練習して、絶対浄化魔法で呪いを解くよ!」
「それは、大変喜ばしい限りですが……」
「にぇにぇにぇ……」
なんでこの子はサイラス君の神経を逆なでる反応ばかり取るのかな!?
「……やはり――」
「えっと、勝手に消滅させちゃだめだからね!?」
「……畏まり、ました」
――――――――
「呪いの人形改めドラゴンのぬいぐるみ君」
「にぇ?」
「呼び辛いから名前を教えて欲しいな」
ディートリッヒの上で、サイラス君に先導されながら抱きかかえたぬいぐるみに問い掛ける。
適当にどこかに仕舞ったら処分されちゃいそうで肌身離さず持ってるけど、なんだか余計にサイラス君の気分を悪くさせてるような……十中八九この会話が聞こえてるサイラスくんは、どことなく歩き方がいつもと比べるとぎこちない。
「にぇ……好きに呼ぶにぇ」
「名前は無いのかな? そうなると……困っちゃうな……」
自我のある呪いの人形は、確か呪術で縛られた魂があるはず。名前を憶えてなくても、勝手に名付けちゃうのはちょっと気が引けるな。
「好みの名前とかもないの?」
「……名は過去と決別した時に捨てたにぇ……」
名前を捨てた記憶があって、好きに呼んで良いって言う位だから本当に頓着は無さそうだけど……。
「……分かった! 君の名前は今日からカルナだから、よろしくね!」
「カルナ……? 聞いた事ない名にぇ?」
「夜明けにしか咲かない黎明花って花の別名なんだけど、私の好きな花なんだ」
「ふん……呪いの人形に付けるには大層な名にぇ……」




