俺の子供を産んでくれ
「一生のお願いだ、俺の子供を産んでくれ!」
「直接的過ぎます!隊長!」
いま、私の目の前には、土下座の姿勢のデカい図体をした隊長、そしてそれを見守る王女殿下二人と赤毛の少女がいる。
なんなんだこの図。一体何が起こってこんなことになってしまったのだろうか。
◇
「ミュリエル、わたくし、今日はお姉さまの香水をつけてみたいの。」
「第一王女殿下のものをですか?ここに同じ香りのものはありませんので、確認して参りませんと・・・」
御年8歳になられる第二王女殿下のガーネット様は、最近姉である第一王女殿下の真似をしたがる。お姉さまが付けていた髪飾りが欲しい、お姉さまが頂いていたネックレスをつけたい、お姉さまがお姉さまが・・・
憧れるのはいいが、私たち侍女は大変である。
殿下のワガママを叶えるため、ここのところ毎日第一王女の区画までご所望される品の貸与の交渉に行っていた。
「ね、お願い。お姉さまのところに行けば、ほら、ミュリエルもガイウス隊長にお会いできるでしょ?」
「殿下、何度も申し上げている通り、私はガイウス隊長のことは特になんとも思っていません。」
ガイウス隊長とは騎士団第一部隊の隊長殿のことである。第一部隊は近衛の役割を担っており、彼は第一王女殿下の護衛を担当していた。濃いめの茶色の短髪に綺麗な碧い目をしており、鍛えられた肉体は遠目でみてもガッチリとして大きく、なんとも野性的な魅力を持った人だった。性格はというと、実直な人柄で周囲からの信頼も厚く、独身や恋人のいない同僚たちは彼のことを狙っている子が多い。
私は一年近く第二王女殿下付きをしているが、彼と知り合ったのは第二王女殿下のワガママが始まったごくごく最近のことである。が、何故か第二王女殿下は私がガイウス隊長に気があると思っている。
第一王女の所に行くと、漏れなく彼に会うことになるため、見かけるとあいさつ程度の軽い会話はしているが、本当にそれだけの関係である。
「ミュリエル!これは命令よ。今すぐお姉さまの香水を借りて来なさい!」
お願いから命令に変わる。侍女である私はこの命令に従う他ない。
「かしこまりました。」
第二王女殿下に頭を下げ、部屋を後にした。
◇
「おはようございます、ガイウス隊長、ルークさん。」
「おはよう、ミュリエル。」
「おはようございます。」
今日もいつもと同じで、第一王女殿下の部屋の前にガイウス隊長とその部下のルークさんがいた。
この二人とはこの時間になると毎日ここで会っている気がする。
本来であれば第二王女殿下付きの私が彼らに会うことはほとんどないのだが、最近は朝にこうやって挨拶を交わすのが日課となりつつある。
「今日も第二王女殿下の御使いか?」
「はい、今回は香水をご所望されています。」
「毎度大変だねぇ。」
「これも侍女の務めなので。」
そう言って侍女の控えの間に入り、第一王女付き殿下の侍女の皆に香水を貸してもらえるか確認する。
渋ることもなく快く貸してくださったので、早々に第二王女殿下の元へ戻ろうとしたそのとき、
「なんだってーーーー!?」
部屋の外から野太い声が廊下中に響き渡った。
*
衛兵やその他近くにいた人たちが現場に駆けつける。私も負けじと流れに乗って様子を見に行く。
すると、騒ぎの中心には、貴族の装いをした幼い子供と、先程挨拶を交わしたガイウス隊長が佇んでいた。その子供は隊長に抱き着いて泣いており、隊長は何故か顔面蒼白である。
「ねえ、どうしたの、なにがあったの?」
顔見知りの侍女に話かけて状況を確認する。
「私も詳しくは見てないのですが、あの赤毛のお嬢様がガイウス隊長に何やら話かけているように見えました。その後しばらくして、ガイウス隊長からあのような雄叫びが。」
先程の廊下に響き渡る声は、やはりガイウス隊長が叫んだものだったらしい。
(隊長ともあろう人が、どうしたというのかしら。それに、あの子供は一体どこから?)
そう疑問に思っていると、騒ぎを聞きつけた第一王女殿下が部屋から護衛を伴い出てきた。
肩にかかる長い黒髪を手で払いのけ、堂々と向かってくる姿はいつ見ても王族としての風格がある。これでまだ11歳であるとは信じられない。
「どうしたというの、ガイウス。わたくしの部屋の中まであなたの驚く声が聞こえてきましたよ。」
「王女殿下、い、いえ、大変申し訳ございません。皆様も、私の声でお騒がせして申し訳ない。この子の話に少し動揺してしまっただけで…なんでもないので、持ち場に戻ってください。」
明らかに何でもなくは無い様子にも関わらず、みんなその言葉に納得してゾロゾロと各自の仕事に戻っていく。
え、無かったことにしていいの?王女殿下も出てきてしまっているというのに?
「ガイウス、この騒動の説明を求めるわ。今すぐそこの子供とともに私の部屋までいらっしゃい。」
さすが第一王女殿下、流されることもなくガイウス隊長に事の騒ぎの説明を求める。
「承知しました……ああ、申し訳ないが、ミュリエル嬢、君も一緒に付いてきてはくれないか。」
「?!私、ですか?」
何故か名指しで指名されてしまった。
私は騒ぎの際に、現場を見ていない。同行を依頼される理由が全くわからない。
「ほらガイウス、さっさとなさいな。ミュリエル、あなたも早くこちらへ来なさい。」
完全に巻き込まれた感がある。
しかし第一王女殿下からも来いと言われてしまったので断る選択肢はない。渋々ではあるが、彼らと一緒に王女の後に付いていくことになった。
*
第一王女殿下の居室にて、ガイウス隊長と赤毛の少女、そして私が殿下に向かって並んで立つ。
騒ぎのときからずっと、赤毛の少女は、ガイウス隊長の手を握っている。
「それで、そちらの貴方、名前は?」
「…」
王女殿下が問いかけるも、少女は口を引き結んで一向に応える気配がない。
「…答えなさい。不法侵入で兵に突き出してやってもいいのよ?いったいどこから侵入したというのかしら。一体ここの警備はどうなっているの、ガイウス?」
そう言いながら、持っていた扇子で机を叩く。
「大変申し訳ございません。私にも何が何だか…」
「言い訳はよくってよ!」
殿下がガイウス隊長を糾弾しようとしたそのとき、
「…お父様をいじめないでください!!!」
突然、赤毛の少女がガイウス隊長をかばうようにして王女の前に出てくる。
ん、お父様?
「おまえ、何を言ってるの。ガイウス、貴方いつのまに結婚して子供をこしらえていたの?」
殿下が驚き呆れた顔で、ガイウス隊長に確認する。
いや、本当にそれ。彼、子供がいたんだ。女の子は5、6歳くらいに見えるので、それなりに前にできた子なのかもしれない。
「いえ、自分は誓って独身です!隠し子もおりません!」
「で?あなたのお父様はこう言って否定しているけれど?」
「ちがうもん、この人は本当に私のお父様です!私は未来から来たの!」
「…」
「…」
「…」
室内が静まり返った。
未来から来た?このくらいの子って、そういった空想に憧れを抱く時期なのかしら?
「失礼ですが、お嬢様はそういった物語がお好きなのでしょうか。」
みんな黙ったままというのも気持ち悪いので、私から赤毛の少女に確認してみる。
「違うわ!詳しくは言えないけれど、数年後の未来から、お父様とお母様に会いに来たの!」
「数年後の未来…」
「そうよ、神様からお告げがあったの!今のままでは私は生まれることができないかもしれない、存在が消えてしまうかもしれないって言われて、こうして過去にやってきたの。」
神様と出たか…
「そうなのね。じゃあ、あなたはどうやってこの城の中に入れたの?ここは王女殿下の区画だから、沢山の兵隊さんたちがいたでしょう?」
「神様が、私を未来のお家から、お父様とお母様がいるこの場所に連れてきてくれたの。気付いたら、さっきの廊下にいたわ。」
ううん、なんとも非現実的な。
衛兵がどこかの令嬢と間違えて中に入れてしまったんだろうか。
「もう!さっきから、お母様ったら、私のことを疑ってばかり!ひどいわ!」
「え、お母様?」
「そうよ!私のこの髪、お母様譲りの赤毛なんだから!」
確かに少女の赤毛と私の赤毛、色味も、そして少し癖のある感じもよくよく見るとそっくりである。
「目はね、お父様譲りの碧色なのよ。二人のいいところを受け継いでるの。私の自慢なのよ。」
少女はふふん、と気分を持ち直し、とても嬉しそうな様子をみせる。
これは…本当に未来から来た私の子供…なのか?
そういわれてみれば、小さい頃の私に似ている気がしなくもない。えええ、嘘でしょ。
「殿下、どうしましょう。信じがたいのですが、彼女は本当に私の子供なのかもしれません。」
「そうね、この世界には・・・そういった不思議なこともあるのかもしれないわね。」
うんうん、と殿下と二人で不思議な状況に納得し始める。と、そこに
「あ、あの、彼女は自分の子供でもあるということなのですが・・・」
私の横から恐る恐るガイウス隊長が口を挟んできた。
「え、と、つまり」
「私とミュリエル殿が結婚して、この子が生まれてくるようだ。」
ぽりぽりと恥ずかしそうに、指で顔を掻きながらガイウス隊長が言った。
ええええええ、うそ、そうなの?そういうこと?
将来私が彼と結婚して、この子が生まれてくるというの?
今のところ、彼とはただの同僚で、全くそういう感情は抱いてないのだけど、どこかで私は彼のことを愛するということ?いや、愛は無くても結婚はできるから、どういうわけかわからないが、結婚することになるというの?
「お父様とお母様は、未来でも、とーーーーっても仲がよくて、今でもお互い愛し合っているわ!だから安心して?」
私の心を読んだかのように、少女が未来の両親の仲を説明する。
どうやら、愛がない結婚ではないらしい。
うう、そんなことを言われたら、急にガイウス隊長を意識してしまうではないか。
私がモジモジし始めたところ、居室の扉がバーンと開く。
「お姉さま!とっても面白いこ…いえ、大変なことが起こったと聞きましたわ!」
第二王女殿下が息を切らして私たちの前に登場した。
周りには護衛も侍女も見当たらない。どうやら一人で乗り込んできたようだった。
「ガーネットったら、ノックくらいきちんとしなさいな…ええ、今ちょうどいいところよ。」
第一王女殿下は苦言を呈しつつも、妹によく来たと言わんばかりの含み笑顔を見せる。
「間に合って良かったですわ!」
この姉妹殿下は、二人揃うと何かしら悪乗りをする傾向があった。そのこともあって、二人の居室は区画を離されている。
「それで?一人見かけない顔がいるわね?」
第二王女殿下が赤毛の少女を見て尋ねる。
「私は父ガイウス、母ミュリエルの未来の娘です。この二人が、今日のうちに婚約を結ばないと、私は未来の世界で産まれてこない運命らしいのです…どうか王女殿下、この二人の婚約を認めて下さい!」
「えええ、今日中に婚約なんて話、あなたさっきした?!」
「伝え忘れてただけだもん。お母様は私が将来産まれてこなくってもいいって言うの!?」
赤毛の少女の目には涙が溢れていた。
「ミュリエル嬢!」
少女の様子に私がおろおろしてるところを、またしても横からカットインしてくるガイウス隊長。
彼は徐ろに私の前に膝をつき、床がめり込みそうな勢いで頭を下げる。
「一生のお願いだ、俺の子供を産んでくれ!」
「直接的過ぎます!隊長!」
いま、私の目の前には、土下座の姿勢のデカい図体をした隊長、そしてそれを見守る王女殿下二人と赤毛の少女がいる。
「ミュリエル、あなたは未来の子供が可愛くないの?」
「そうよそうよ、この子が可哀想だわ。」
王女殿下方はすっかり少女の味方だ。というか第二王女殿下は状況の飲み込みが早いな。
「ミュリエル嬢、お願いだ、私たちの子供に未来で会おう。どうか私と婚約してくれないだろうか。」
顔を上げ、縋るような顔をしながらこちらを見て懇願する。
いつも堂々と構えてらっしゃる方なのに、今の彼は見る影もないくらい必死だ。
みんなが固唾を呑んでわたしの返答を待っている。
なんだろう、この変な圧力は。
言わされてる感がして、なんだかとても癪に感じるが、
「…よろしくお願いします。」
と返事をした。
その瞬間、部屋の中が拍手で包まれる。何故か扉の向こうからも祝福の声が聞こえてくる。
「ガイウス、ミュリエル、急いで!婚約証明を提出するまでが勝負よ!」
「ガーネットの言うとおりよ。ほら、急いで行ってきなさいな。」
「王女様たちの言うとおりです!未来で再び私に会うためにも、早く!」
「ミュリエル、急ごう。」
「はい、わかりました。」
そうして二人はその日のうちに、単なる同僚から婚約者同士となった。
◇
「面白いくらいに簡単にくっついたわね。」
「はい、お姉さま、わたくしたちの作戦勝ちですね。」
「ねえ。未来から来た子供なんて、どこのおとぎ話なのかしら。」
「ウフフ、あー面白い。」
王女たちの目の前には赤毛で碧い目の少女が佇んでいる。
「それでは私は御前を失礼しても宜しいでしょうか。」
「ええ、下がってもらって結構よ。此度の余興、本当楽しませてもらったわ。どうもありがとう。」
「今回協力してもらった褒美については一座のほうに送っておくわ。」
「ありがたき幸せ。それでは失礼いたします。」
王女たちの部屋を去った赤毛の少女は、国から国を旅する一座の劇団員の一人だった。
もうすぐ一座に大金が入る、彼女は気分を高揚させ、ルンルンと城をあとにした。
*
王女たち二人は日常に飽いていた。
いつも王城で似たような日々の繰り返しの毎日。彼女たちはとうとう刺激を求めるためだけに、お忍びで城外へと出かけることにした。
行った先は城下の街の中心。"お忍びすること"がメインであり、特にやることは決めていなかった。
人が集まる広場で、とある一座による舞台が開催されていたため、その様子を足を留めて眺めていた。しばらくの間なんとなく鑑賞していたのだが、そこで、王女たちは脇役である一人の少女から目が離せなくなる。
あの赤毛、うちの侍女のミュリエルにそっくり。
あの碧い目、うちの護衛のガイウスにそっくり。
顔立ちもどことなく彼等の面影があるようなないような。色彩が同じなだけで、実際には似ていないのだが、なんだか既視感を覚えたのである。
まるで二人を足して二で割ったような少女を見て、王女たち二人は悪戯を思いつく。
あの子供を使って、うちの護衛とうちの侍女をくっつけるよう画策したら、何か面白いことが起こるのではないか、と。
というのも、第一王女は少し前から護衛であるガイウスがある女性をしきりに目で追っていることに気が付いていた。その女性を詳しく調べてみると、第二王女である妹ガーネットのお付きの侍女だという。名はミュリエルであることを妹から聞いた。
この護衛騎士は、ミュリエルに会えると、その日一日機嫌がよい。それくらい、彼の態度は分かりやすかった。
この反応が面白くて、自分の居室エリアまでミュリエルを頻繁に遣わして欲しいとガーネットに頼む。ガイウスがミュリエルに気があるということも一緒に伝えて。
予想通りガーネットは面白がってくれたが、しかし、用もないのにミュリエルを姉の所まで毎日遣いにだすといういい案が浮かばない。
まだ8歳の王女が無い知恵を絞った結果が“姉のものを欲しがる妹”、であり、自分に従順な侍女である彼女なら、備品を借りるために姉の元へ向かってくれるだろうと踏んだ。
結果はというと、非常に自然な形でミュリエルはガイウスと接触する機会が増えた。
毎朝会えて嬉しそうにするガイウスに、そんなガイウスの態度に全く気付く素振りがないミュリエル。
最初はそんな様子が面白かったものの、二人が全く進展しそうもない状況が続いてくると、王女たちはだんだんとやきもきし始める。
早く仲を進展させて私たちを楽しませてほしい。
でも、ただくっつくだけでは面白くない。
もっと面白くするにはどうすれば?
そうだ、この護衛と侍女を、私たち自らの手でくっつけてみたらいいんじゃない?
と、そう考えたのだった。
手始めに、ファンタジーな設定をさも現実のように見せるという、おいおい誰が信じるんだという滑稽な内容をこの少女に演じるよう依頼する。
設定はこうだ。
少女にはガイウスを父、ミュリエルを母と呼んでもらい、彼女は未来から来た彼らの子供ということにする。細かいことは"神様の制約で"と、都合が悪いことは全て黙秘することを事前に少女と取り決めておいた。
さらに、ガイウスとミュリエルの同僚たちにも併せて協力を要請し、周りを固めた。
余りにも幼稚で杜撰な計画だったので、バレたらそれはそれでよし、くっついたらラッキー。
そんなくらい軽い気持ちで実行したのだが、二人とも馬鹿みたいに信じ、こんな短期間で婚約まで結んでしまった。
さすがに婚約までさせておいて、嘘だったことがバレると大変なことになる。赤毛の少女には褒賞を送ると同時に厳重に口止めし、早々に一座で次の国に旅立つよう手配した。
あとは、彼等の間に赤毛で碧い目の可愛い女の子供ができることを祈るだけ。産まれなかったらそのときにネタ晴らしをして謝罪すればいい。
――この願いが通じたのか、二人の間には赤毛の碧い目の女の子が産まれ、王女たちはイタズラの真実を墓場まで持っていくことになるとは、この時は誰も知らない。
赤毛の少女は天才売れっ子役という設定。
よろしければ、評価お願いします。今後の参考にします。