【第3話】隠された出口
【第3話 登場人物・用語解説】
〇ルイス・エリオス … エリオス星の王子。コスモギルドの次期継承者でもある。
〇アレス王 … ルイスの父。現エリオス星国王にしてコスモギルドの総帥。
〇コスモギルド … 宇宙の秩序と魔力の均衡を守る超巨大連合組織。500の星々から構成される。
父と私は、静かに渡り廊下を進んだ。
廊下を囲む黄金の柱、天井を支える荘厳なアーチ、そして床に敷き詰められた漆黒の石。すべてが完璧な調和を保ち、静かにそこに存在していた。
この空間こそ、エリオス星上空に浮かぶコスモギルド本部、空中神殿の象徴だった。
荘厳。
その一語に尽きた。あまりにも整いすぎた美しさが、かえって静寂を際立たせていた。私には当たり前の光景だが、それでも見る度に感動させられる。
白銀の鎧に身を包んだガーディアンたちが敬礼するたびに、金属の擦れる音が微かに響く。その小さな音さえ、この広大な空間には重々しく反響していた。
私は無意識に肩をすくめる。
ここまで静かな場所は、どうにも得意ではなかった。早く”街”へ降りたいものだ、と心の中で呟いた。
廊下を進むうち、やがて道は尽きた。行き止まりにぶつかった。
行く手には、漆黒の重金属で築かれた壁が立ちはだかっている。その中央には、コスモギルドの紋章が黄金で刻まれていた。
私は立ち止まり、父を見た。
私達はこの行き止まりに驚くことはない。私はこれから起きることに、むしろウキウキとしていた。
父は傍らの衛兵たちに軽く手をこまねいた。
すると、一人の老兵が歩み出た。白髪に白髭の老人だが、その着こなしは端正であり、彼は薄い鎧を身にまとい、堂々とした立ち姿。彼の額にある無数の切り傷は、その老人の強さを物語っていた。
その男は柔らかな笑みを浮かべ、言った。
「アレス王、そしてルイスおぼっちゃま。ご機嫌麗しゅう」
そう言うと、彼は深々と膝をつき、頭を垂れた。
その大仰な所作に、私は目を丸くした。父もまた、困惑したように眉をひそめる。
「…やめてくれ、そんな悪趣味な冗談は」
父が苦笑まじりに声をかけると、老兵”オルド”は肩をすくめ、小さく笑った。
「これは失敬。この老兵、もう先は短いですからな。たまには、あなた方に笑っていただきたくて」
彼の名は、オルド。
かつて祖父王の時代からエリオス王家に仕え続けてきた男だった。父アレスの恩師であり、私にとっても武術、礼儀作法、立ち振る舞いのすべてを叩き込んでくれた師である。
三代にわたり王家に忠義を尽くし、エリオスの民からも広く尊敬を集める存在。私と父にとっては、執事であり、師匠であり、家族のような存在でもあった。
オルドは軽く頭を下げ、声を整えた。
「ここで長話もあれですから、行きましょう」
「ああ」
父が短く応じると、オルドは前へ進み、漆黒の壁に手をかざした。
音もなく、壁の中心に細い亀裂が走り、左右に静かに開いていく。
その向こうに現れたのは、濃紺の空だった。澄んだ空気の中に、滲むような星々の光が浮かんでいる。ここはまだ大気圏内だ。だが、地上よりはるかに高く、宇宙の入り口に近い。
突風が吹き抜け、私は目を細めた。
そして、静寂を破る羽ばたきとともに、空から巨大な影が舞い降りた。
グリフォン。上半身は鷲、下半身は獅子。神話に語られる伝説の魔獣が、私たちの前に降り立った。
私達は迷うことなく、そのたくましい背中にまたがった。
この感触にはもう慣れている。ふかふかとした暖かな毛並みは、まるで高級な絹の上に座ったかのように心地よかった。
前方では、オルドがしっかりと手綱を握っている。彼がグリフォンを巧みに操り、飛翔の軌道を制御していた。
飛び立つと同時に、私たちの周囲を烈しい風が叩きつけた。
だが、すぐに父と私の頭上に、淡く輝く魔力の兜鎧が立ち上った。透明な魔力結界。顔と頭部を包み、風と衝撃を防ぐ防護膜だ。
私たちは直に風を受けることなく、空を滑るように進んだ。
グリフォンは空中神殿を背に、大きく翼を広げて下降を始める。私達が飛び立つと、先程まで割れ開いていた壁は綺麗に埋まり、元の姿に戻っていた。
オルドが手綱を引き、こちらに顔を向けた。
「では、街へ降りましょう」
その声は、空に溶けるように柔らかだった。
私たちが向かうのは、エリオス星の首都。星の中心にそびえ立つ、政治・文化・魔道すべての中心地、”セラフィア”。
神殿から街へ。私の胸に、自然と期待と緊張が入り混じった想いが湧き上がっていった。
グリフォンは翼をしならせ、碧く光る惑星の大地へと、優雅に降下していった。
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