夢の島(7)
「ち、二人とも出ないにゃ」
「平岩か。今、どこにいる。そっちは――」
「ぴぴ、ががが。博士、博士、大事件です――」
サイレンと走行音でうるさい車内で、三者三様の会話が聞こえてくる。内容からして、やはり分担して関係各所に連絡をしているようだ。ゴザル2号が博士に連絡している意味はよく分からないが、きっとなにか考えがあってのことだろうと思う。しかし、サイレンと走行音がうるさいので、会話の内容は途切れ途切れにしか入ってこなかった。
そんなこんなで、前回よりもかなり早く行政区画の段差を乗り越えて、陰陽寮の本庁舎を通り過ぎ、火輪のシンボルにもなっている紫烏城の駐車場におんぼろセダンを駐めた。紫烏城の敷地内は、駐車場も含めてたくさんの灯りがあり、夜でも視界は良好である。
ガチャリとドアを開け、他の三人が降りたのを確認したところで、指さし確認を交えてロックする。
そこまで終えて、僕はようやくこちらに近づいてくる人影に気が付いた。
深夜になると人知れず巨大ロボに変形しているという天守閣と巨大な石垣が背景になっていて、なんかちょっとかっこいい。
「ゴザル2号、あいつの霊力痕解析を始めろ」
ニャンコ隊長の強張った声がする。
「ぴぴぴ、がが。距離が遠くて解析できません。距離が近くなったら解析を開始します」
「それでいい」
「ナナキ、福良雀を二羽とも出しておけ」
クロードさんの声で、僕の右手は自然と雷杖を触り、それから福太郎と福助を顕現させた。
近寄ってくる影は五つ。
纏っているのは栗梅色の前あわせの上着にズボン、そして冬場よりは生地が薄い鋼色の外套。いずれも体格がよく、中でも中心にいる男は、頭一つ分は大きい上に、髪の毛を剃り上げてモヒカンにしていた。これでバイクやバギーに跨がっていたら、抜群の世紀末感なのだが、さっきも言ったように徒歩である。
もったいぶって遠回しに表現してみたが、こちらに普通に歩いてきているのは、鉄甲隊の制服を着た人間で、とびきり世紀末してるのは馬込穐太郎隊長ということだ。
法被のような外套にラインが入っているのは、一人しかいないので、鉄甲隊の副長はいないのだと分かる。
「明星隊長、こんなところまでよく来てくれたね。わざわざ、ぼくに会いに来てくれたのかい?」
けれど馬込隊長は、その巨体に似つかわしくない少し高い声で僕たちを出迎えた。再現VTRとは違う印象に、僕は拍子抜けしてしまう。
他の三人はどうか。ニャンコ隊長は相好を崩して「そんなわけあるかい!」などと返していたが、クロードさんはやはりいつもより表情が険しい。人造人間ゴザル2号は……なんかめっちゃ瞬きしてる。何これ恐いんですけど。
ニャンコ隊長はそんな人造人間ゴザル2号を一瞥して、また馬込隊長に作り物っぽい笑顔を向ける。
「アタシたちはパトロールのついでに立ち寄っただけにゃ」
「なんだ、そうだったのか。先に言ってくれれば、本署まで迎えに行ってあげたのに」
馬込隊長、なんとここでニャンコ隊長に投げキッスを飛ばした。意味が分からなくて恐い。だが、ニャンコ隊長がそんなものに動じるはずもない。
「ところで馬込くん。紫烏城の警備で何か変わったことはなかったかにゃ?」
ここでようやく僕は、馬込隊長の後ろにいる四人を観察する余裕ができたが、四人とも特におかしな様子は見られない。精神干渉を受けているのであれば、目つきや意識がどこかおかしくなっていると思い込んでいるのだが、そこからすると、馬込隊長も含めたこの五人は操られている状態ではないということか?
「いいや? なにもおかしいところはないね。あえておかしいところを挙げるなら、今のぼくは君に夢中で、頭がおかしくなってしまいそうということだね」
うん、やめて。それ以上は馬込隊長のイメージが絶望的に悪くなるから。なんてことを考えていたら――
「うおらー! 歯ぁ食いしばりやがれにゃー!」
うわあ、ビックリした。
ニャンコ隊長が、突然馬込隊長をグーパンしちゃったよ? やっぱり世紀末なの?
でも、直後に聞こえてきた人造人間ゴザル2号の声で、僕はすべてを納得することになった。
「ぴぴぴぴー、個体名・馬込穐太郎から、高濃度の堂島啓霊力痕を検出しました! 以下、モブ四名からも検出!」
モブって言ったらあかん。
「ナナキ、すぐに断ち切れ!」
心の中でツッコミを入れてたら、クロードさんから檄が飛ぶ。ここはもはや戦場で、相手はガチムチの馬込隊長。真剣にやらなければ、こっちが殺されてしまうかもしれないのだ。
「福太郎、福助! 馬込穐太郎以下モブ四名と夢唱言霊の縁起を解け!」
モブ四名の名前が分からないから勢いで唱えちゃったけど、なんとかなるだろう。
福太郎と福助が、さも忙しそうに彼らの頭上を飛び回る。これが一通り終わるまでは、僕の異能〈縁起がいい〉は発動しない。つまり、自分の身は自分で守らなくちゃならない。
馬込隊長のことは、相変わらずニャンコ隊長が一方的に殴り続けてて、ニャンコ隊長まじ恐い。もとい、一番厄介な人間を防戦一方にして、封じ込めてくれている。ミドルトン隊長が霊獣を喚んだように、馬込隊長の霊獣・鉄亀なんかを喚ばれたらやっかいだが、今のところそのような動きはない。
クロードさんは「小生から逃げられると思うなよ」とか言いながら、霧を出してモブを囲んでる。あ、そっか。以津真天の幻覚で、こっちに向かってこないようにしてくれているんだな。
こうなればもう安全だ。僕の仕事は周囲の警戒と、福太郎と福助を眺めることくらいしかない。
やがて馬込隊長が、どうっと駐車場の土の地面に倒れ伏した。それを見たクロードさんが幻覚の霧を晴らすと、モブ四名も同じように倒れている。結局名前分からんかった。すまんな。
精神干渉の効果や有効時間など、まだ分からないことは多いが、ここはもう大丈夫だろう。
しかし安心したのも一瞬だけで、ふぅと息を吐いただけで休む間もなく、指示が飛んできた。
「穐太郎は、そんな気持ち悪い喋り方しないのにゃ! クロちゃん、こいつらの処置は任せた!」
「承知」
「ナナキ、御殿まで行くのにゃ! 走れ!」
「了解です!」
まだ、事件は終わってないのだ。
ほぼ全速力で走り始めたニャンコ隊長の後ろを、置いて行かれないように懸命についていく。迷路のような石垣の道を抜け、大小いくつかの鉄城門をくぐると、紫烏城はいよいよその巨大な天守閣を見せつけてくるが、ニャンコ隊長改め明星隊長は天守閣には突入せず、その足下の御殿に入っていった。
道を間違えたのかと思ったけど、さっき駆け出す前に御殿に行くって言ってたわ。
広いけどシンプルな玄関で、一応ブーツを脱ぐ。
御殿と言えば、応接間や謁見の間、晩餐会などを催す大広間があるが、基本的に白帝がお住まいの場所である。堂島啓が白帝殺害か、反乱っぽいもの、はたまた塞ノ神の祭壇の破壊を目論んでいるのなら、狙われるのはやはり天守閣よりも御殿だろう。
実際、玄関には警備の人間や側衆がいなければならないはずなのに、誰もいなかった。
ついでに、奥から緊張感のある声が聞こえてくる。
これはもう確定だろう。
ここでも何かが起きているのだ。誰かが操られ、暴れているのなら、迅速に排除しなければならない。本来は鉄甲隊の役目だが、さきほどの五名以外も、色々な理由で御殿から遠ざけられているのだと予想できた。ならば、覚悟を決めなければならない。
そうして、百畳ほどもある畳敷きの大広間に踏み込むと、予想通りに人がいた。それも二人だけ。
体がこちらに向いているのは、ロマンスグレーの髪の毛をおしゃれに七三分けにして、一目で仕立てが良いと分かるチャコールグレーのスーツをまとった、蒲原星辰長官である。以前会ったときとは違い、その表情は当たり前だが険しく、腰には特殊なベルトを巻いて太刀を佩いている。
大広間の奥を向いているもう一人の顔は、やはり見えない。見えないが、服装に特徴がありすぎて、すぐに分かった。麦わら帽子、よれよれの白シャツ、カーキ色の短パン。
堂島錠。ジョン・ドゥ。本名・堂島啓だ。律儀に靴を脱いでいて裸足だけど、あの特徴的な服装を見間違えるはずがない。
そんな二人が向かい合って何をしているのかと思えば、それは術を打ち合い、戦っているようだった。
ようだったというのは、見た目がとても地味だからだ。
堂島啓は、右手で刀印を作りながら畳の上を前後左右に移動している。そうしながら「火線の法」や「疾風」などと呟いているが、指先から放たれた術はどうにも威力が弱々しい。
対する長官は、対照的に微動だにしていなかった。ただ、やはり右手の人差し指と中指を揃えて刀印を作り、しきりに体の前で動かしている。長官も、隙を見ては「風刃」などと呟いて術を放っているが、それは堂島啓から同等の術をぶつけられて、かき消されているように見えた。
常日頃思い描いていた実力者同士の戦いとは、大きく異なる。
「(隊長。長官はどうしてもっと威力の高い術を使わないのでしょう?)」
長官はもうこちらに気付いているだろうが、堂島啓の方は違うようなので、刺激しないように小声で話した。
「(使わない、じゃなくて、使えないが正しいな。一つはこの建物に帝の御座所があること。鉄甲隊のあの有様じゃ、陛下はまだ御殿の中にいるはずにゃ。もう一つは、堂島が術を出す瞬間をよく見てみろ)」
促されて、堂島啓の指先を注視した。指先を前に出すと同時に、「雷撃」と唱える。すると、指先を中心に、垂直に五芒星が浮かび上がり、電撃が放たれる。だが、そこにもう一つ、先ほどのものと対になるように、宙に五芒星が現れた。電撃はその五芒星を境に急激に勢いを失って、対象に届くことなく消え失せる。
堂島啓が、大道芸のように短時間で次々と術を繰り出しているが、それらすべてに同じように五芒星が現れ、消え失せた。
「(なんですか、あれ)」
「(あれが代々蒲原家に伝わる局所五芒結界だにゃ)」
「(あれが噂の……いや、初耳なんですけど?)」
「(ああいう秘伝は表に出すものじゃないからにゃあ。さて、状況は分かったから、そろそろやるぞ、ナナキ)」
僕は無言で頷き、ニャンコ隊長は青星を鞘からすらりと抜いた。その直剣は、破邪顕正の力を内在し、冴え冴えと青白く輝いている。
その青白い残像を残して、ニャンコ隊長が床を蹴った。




