夢の島(6)
「目を覚ませ、ミドルトン! お前の正義がこんなところで終わるはずはないにゃ!」
綺麗な弧を描き、床に叩きつけられて二回くらいバウンドしたミドルトン隊長。
そして、そこに追い打ちで蹴りをいれるニャンコ隊長。
どうみても事件であり、大惨事であり、なにこれどういうこと事案である。
部屋の隅では上坂さんが「やっちまえ」とぼそりといい、ララちゃんは相変らず机に突っ伏していびきを掻いている。この大惨事に生存者はいるのだろうかとオフィスの中を見渡すと、ミドルトン隊長の打ち上げ発射地点では、人造人間ゴザル2号が泰然と佇んでいるではないか。
馬乗りになってビンタを食らわせるニャンコ隊長には、恐いから声をかけないとして、僕はゴザル2号にヒソヒソと声をかけた。
「(これ、どういうこと?)」
「ぴぴ、がが。個体名・ミドルトン忠行隊長から、堂島啓の高濃度霊力反応が検出されました。ようじょー」
小声で話しかけたのに、普通の声量で返事をされてしまった。人造人間ゴザル2号は、まだその辺りの感覚がないらしい。それから「どうぞ」の代わりに「ようじょ」を使うのも、ちょっとアレだ。
しかし、ミドルトン隊長からおじお兄さんの高濃度霊力反応が検出と。まあ、そういうこともたまにはあるよね。
「なんだってー!」
たまにはじゃないよ。その上、捜査中だよ。岩竜の指揮を執ってるの、その人だよ。
慌ててニャンコ隊長とミドルトン隊長を見ると、相変らずニャンコ隊長は馬乗りで、ミドルトン隊長の胸ぐらを掴んで揺さぶったりしていた。平手打ちでは効果がないと思ったらしい。さすがにこのままではまずい。主にミドルトン隊長の首と顔が。
そう思ったとき、それまでやられる一方だったミドルトン隊長が、ガシッとニャンコ隊長の両腕を掴んだ。彼の目は赤く濁り、もはや尋常ではない。同時に低く響いたのは、霊獣を呼び出す詠唱。
「塞げ、古鯉」
白と赤と黒斑の錦鯉が、跳ねるように頭上に現れた。それはすぐに大きくなっていく。
本来ならばこの古鯉という霊獣は、防御のため、或いは犯人を追い詰める通せんぼをするためのものである。
しかしここは屋内。宵雀は隊員が少なく、机も椅子も少なくてスペースがあるとはいえ、あの調子で巨大化されては、オフィスにいる人間は漏れなく押しつぶされてしまう。
やばい。
考えろ、ナナキ・ウィークエンド。この窮地を脱するために、僕は何をできる?
簡単だ。僕にしかできないことがあるじゃないか。
ここからは早口だ。できる限り迅速に危険を排除しなければならない。死んじゃうから。
「来い福太郎福助ミドルトン隊長と堂島啓の精神干渉を断ち切れ!」
同時に、複数の女性の声がした。
「刺し殺せ、贄の棘」
「握りつぶせ、黒腕」
上坂さんの贄の棘が、相変らずとんでもないスピードで古鯉の体を貫き、床から生えた正体不明の巨大な黒い腕が棘ごと古鯉を握りつぶす。
生ものだったら大惨事だが、相手は霊獣。深手を負えばただ消えるのみである。
古鯉が霧のように細かい粒子となって消え去ると、ミドルトン隊長は掴んでいた腕も離して、再び倒れた。
目は開いていない。
ニャンコ隊長が脈を確認する。
「大丈夫だ。ナナキ、急いでこいつを医務室に連れて行け。それから、上坂もナナキもよく動いたな」
そうして本署内はにわかに慌ただしくなった。
僕がオフィスに戻ると、ニャンコ隊長と上坂さん、それに寝ぼけ眼のララちゃんがいて、クロードさんと人造人間ゴザル2号の姿が見えない。
「えと、クロードさんたちは?」
「統括のところへ行ったわ。報告と検査でしょうね」
「それと、鍾馗札を渡しに行ったのにゃ」
「ああ、なるほど」
僕が誰に聞くでもなく行方を聞くと、上坂さんとニャンコ隊長がそのように答えてくれた。鍾馗札は作成に時間がかかるそうで、まだ十枚もない。ちなみに僕もクロードさんに返却している。
だが、隊長が一人落ちていたというのなら、それは上から順番に守るしかないということだ。
「庵原隊長と馬込隊長は大丈夫なんですかね?」
「さあ? 二人とも基本的に本署の外での勤務だから。だが、ミドルトンにちょっかいをかけていたということは、やはり奴の狙いは火輪にあるのにゃ」
「そうですね。問題は何をしようとしているか、ですけど」
「それが分かれば楽なんだけどにゃ」
狙いが一つに絞れればそれは確かに楽なんだけど、そこまでの情報はこちらにはなくて、ついでに捕捉もできていないのだから、正直なすすべがない。と思っていたところで、上坂さんが小さく手を挙げた。
「リッカ、思うんですけど、今度の狙いは紫烏城ではないかしら?」
その発言に、僕は思わずニャンコ隊長と見合わせてしまう。
「なるほど。確かに大きな騒ぎが起こせるし、流布されているデマともつながる。それに、ミドルトン隊長が精神干渉を受けていたのは、星読が担当する地域にしかけるための足がかりだったのでは?」
いくつかの点がつながり始め、自分でも気付かないうちにぶつくさと呟いていた。
「紫烏城にしかけるのなら、白帝陛下に危害が加えられるかもしれない。それも星読の隊員によって」
「すぐ紫烏城に行くにゃ。ナナキ、おんぼろセダンを運転しろ」
「了解です!」
「上坂はゴザルとララちゃんをたたき起こして二人に紫烏城に行くように伝えて、それからそれから……クイナで出動して平岩をどこかで拾ってから紫烏城に来るのにゃ」
「隊長は?」
「アタシは統括に報告がてら佐々木とゴザル2号を回収して、それからナナキも含めた四人で出動する」
「了解です」
ニャンコ隊長の後をついていくように、僕はオフィスを出た。後ろからペチペチと音がしたから、上坂さんはまず半分眠っているララちゃんを起こすつもりなのだろう。
エレベーターホールでニャンコ隊長と別れたが、エレベーターを待っている間にも携帯端末で誰かと連絡を取ろうとしていたようで、「つながらないにゃ」などと文句を言っている。
そうして星読本署の広い敷地を、僕は人とぶつかりそうになりながら、格納庫まで駆け抜けた。
「おう、緊急出動か! セダンもクイナもバッチリだ! 気張れよ!」
「はい!」
もうすっかり顔なじみになった整備班の西村さんから声をかけられ、僕はいっそう気を引き締める。思い出してみれば、西村さんたち整備班も、クイナが行方不明になった件では、堂島啓に随分と迷惑をかけられたものだった。意図は依然、不明なままである。逮捕できていないから。その後、彼が関わったと思われる事件は徐々にエスカレートしていったように思う。フィリップくんの放火などは、誰も死ななかったからいいようなものの、犯罪としては重い。
いったい堂島啓は何をしようとしているのか。本当にただの目立ちたがり屋の愉快犯なのだろうか。境界を壊そうとしているのは彼なのだろうか。何のために?
そんなことを考えながら待っていると、視線の先、本署玄関の自動ドアから三つの人影が飛び出してきた。その人影は当然のことながら、ニャンコ隊長、クロードさん、そしてゴザルくんとよく似たイケメン人造人間のゴザル2号である。
「なんでゴザル2号?」
僕の疑問の声は、しかし盛大に無視されて、車内にニャンコ隊長の指示が飛ぶ。
「エレベーターの中で話したとおり、アタシは長官と穐太郎に連絡する。クロちゃんとゴザル2号は手はず通りに」
どうも立て込んでいるらしいと、僕は人造人間ゴザル2号の件には踏み込まずに、代わりにアクセルを踏み込んだ。
サイレンを鳴らして緊急走行をアピールし、おんぼろセダンで夜の白藍街道を駆け抜けるのだ。




