夢の島(5)
「やあやあ、平岩くんにナナキくん。久しぶりだねえ。こうして会うことができて、私は嬉しいよ」
「平岩さん、ナナキさん、どうもご無沙汰してます。先日のキノコ、おいしかったですか?」
応接室で僕と平岩先輩をニコニコしながら待っていたのは、相変らずお洒落で品がいいピンストライプのスーツを纏った青山太郎と、飾り気のない藍色の半袖Tシャツと白いフレアスカートを纏った山村茜さんだった。
「あー、とりあえず用件の方を伺いましょうか。あんたがここに来るってことは、よほどのことなんでしょうけど」
当然のことながら、平岩先輩の緊張感はマックスになる。なぜなら青山太郎は、火輪の町の裏社会を牛耳っているマフィア〈ビッグ・ブルー〉のボスなのだから。僕は今のところ彼の裏の顔は知らない。だから、見た目も所作も品がいい、どこかの気のいいお金持ちの中年男性という印象しかない。それに加えて山村茜さんは、神を見て、会話をすることもできる〈神巫〉であるから、彼女についてはいい印象しか持っていない。キノコをどっさりとお裾分けしてくれたこともあったしね(遠い目)。
「おやおやおやおやおやおやおやおや。やはり、そちらで何か大きな作戦を展開中なんですね?」
「……そちらには関係のないことだ」
青山が大げさに驚いたところで、平岩先輩の警戒感は変わらない。少し気まずくなって山村さんを見ると、彼女も戸惑っているようで、困惑のまなざしを僕と共有した。
「あ、えーと、青山さん。本日はどのようなご用件でこちらにいらしたのでしょうか。山村さんをお連れになっているということは、まさか?」
「ああ、そうだね、ナナキくん。そのまさかだよ。私は一人の市民として、今のデマと五位鷺が飛び交う火輪を憂慮しているのさ。そこへきて、茜ちゃんがさるビッグネームを饗応した際に、驚くべき情報を入手したというのだから、日頃からお世話になっている君たちに、いの一番にお伝えせねばと思ってね」
青山はずっとニコニコと芝居がかっているが、そもそもここは彼の尻尾をつかもうとしている敵のアジトでもある。そんなところに来るのだから、彼の言うことは一応信用していいと思うし、山村さんも嘘を吐くような人間ではないだろう。それに、今回の来訪目的のメインは山村さんの話を聞かせることだろうから、青山の言葉を疑ってもしょうがない。
平岩先輩は僕の横で、相変らずイライラしているようだけど、ここはお互いのためにも、さっさと話を聞いてお帰り頂くのが得策だ。ところで、平岩先輩がカリカリしてるのって、もしかして山村さんの差し入れのキノコをあげなかったから、っていう可能性ある?
「それでは山村さん、お話をお聞かせください」
僕が促すと、山村さんは机の上の手をぎゅっと握って話し始めた。その表情は固い。
「はい、あの、今日の昼間のことなんですけど、〈大青楼〉に塞ノ神様がお見えになりまして」
「ふぇ!?」
ちょっとびっくりした。
塞ノ神といえば、火輪を守る四方の道祖土や、行政区画を守る巨大な壁・久那土式行政区画高度防壁システムに、ご助力を頂いている神様である。火輪の防衛のためになくてはならない神様なのである。いなくなったらやばいのである。その神様を山村さんは接待できちゃうってことですよね。簡単に言えば、山村さんの神巫としての能力というか格は、抜きん出ているということだ。
「ああ、失礼しました。続きをどうぞ」
「はい。それで、塞ノ神様がおっしゃるには、内側から境界を破壊しようとしている者がいる、とかなんとか。私にはよく分からなかったんですが、これって、星読の皆さんが最近忙しくされているのと、関係がありそうだなって」
「そうですね。境界のことは私にもよく分かりませんけど、塞ノ神様は、きっと警告してくださったのでしょうね」
本当は境界のことはなんとなく分かっていた。だけど、この場では言えないことだ。
「あの、お忙しいのに話を聞いてくれてありがとうございました。お仕事、頑張ってくださいね」
ああ、癒やされるぅ。
ずっと表情が固かった山村さんは、話し終えたことに安堵したのか、キノコをお裾分けしてくれたときのような笑顔を向けてくれた。隣の平岩先輩にも見習ってほしい。
「茜ちゃんの話が終わったから、もう退散するよ。私がここに長居するのは、印象が良くないだろうからねえ」
「いえ……あーでも、やっぱりそうですかね」
「ナナキくん、嘘でももう少し名残惜しそうにするのが、大人の付き合いというものだよ。覚えておくといい」
「ありがとうございます。今回お寄せ頂いた情報は、有効に活用します」
「頑張ってくれたまえよ。私も茜ちゃんも、こんな気持ち悪い気配は苦手だからね」
そうして青山と山村さんは、小さくお辞儀をして帰っていった。
平岩先輩は終始警戒していたが、有益な情報を手に入れられたことには感謝したい。
堂島啓の最終目標は、つまり境界の破壊なのだろう。といっても、恐らく火輪と外の境界のことではない。町の境界がハッキリしない現在、悪意を持つ者が町に入ってこないようにするという道祖土本来の役割は、すでに形骸化している。だから、塞ノ神がいう境界は町の境界ではないのだ。
そしてその境界の破壊は、町の境の破壊など比べものにならないほど、僕たちにとっては危険である。
「悪い、ナナキ。俺はもう一度パトロールに行ってくる」
「了解です」
平岩先輩と別れた僕は、山村さんから聞いたことをすぐにニャンコ隊長とクロードさんに報告するべく、オフィスに向けて駆けた。しかし、オフィスに戻った僕の目に飛び込んできたのは、宙を舞うミドルトン隊長だった。
なんで?




