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暁に雀は詠う ― 小規模霊力等犯罪対応部隊〈宵雀〉忘備録 ―  作者: 津多 時ロウ
ミッション20 夢の島  全10話

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夢の島(4)

「上坂さん、そっち!」

「了解」


 赤黒い夏の夕空の下、彼女の(にえ)の棘が絡まり合いながら伸びて、赤茶けた猿を貫き、絶命させる。

 否。

 これは猿に似て猿ではない。猿の頭に角など生えているものか。


「陰陽寮が謀反を起こすよ。陰陽寮が反乱を起こすよ」


 最近、町のそこかしこで聞こえる声をたどれば、そこにいたのは大型の猿に似た鬼――再正月鬼(さいしょうがつき)だった。電柱のてっぺんや街路樹の枝に膝を曲げて猿のように腰掛け、僕たちを見下ろしている。


「ナナキくん」

「任せて! オン・クロダノウ・ウン・ジャク。ソワカ!」


 真言とともに護符を飛ばせば、それは吸い寄せられるように再正月鬼(さいしょうがつき)に貼り付き、かの鬼を青い炎で浄化した。


 ――星読による堂島(ひらく)捕縛作戦が実行に移されてから一カ月が経った。

 懸命なる読者諸兄の皆様であれば、すでにお気づきのことと思うが、全然捕まってないのだ。断じて、僕のフラグ発言のせいではない。いや、もしかしたらちょちょっと福太郎と福助の異能があれで変な風に発動しちゃって、見つからなくなっちゃった、みたいなことを想像してはしまうけど、僕は最後に合ったときに言われた言葉が引っかかっていて、縁起をつなぎ替える能力を封印しているのだ。妖怪などの化生(けしょう)の者は、人の想像力から発生するため、人との縁起を異能でぶった切ってしまえば、即座に消すこともできるのだが、あんなことを言われてしまったら、ね。『――君の異能はこの夢の世界の因果律にまで介入してしまう。まさしくバグやエラーだ』などと、こんなことを言われて、自分の異能を積極的に使おうという気分になれるだろうか。いや、ない。


「最近、こんなのばかりで嫌になっちゃうわね」

「そうだね。でも、僕たち星読が頑張らないと」


 最初の一週間は何もなかった。問題はその後だ。

 人語を話す猿が市内に出没するというSNSへの書き込みが急速に増え、夜には五位鷺(ごいさぎ)青鷺火(あおさぎび)なども目撃されるようになった。

 そして同時期に、市民の間でまことしやかに囁かれ始めた噂がある。


 曰く、白帝はすでに崩御していて、陰陽寮がそれを隠している。

 曰く、陰陽寮が反乱を起こし、火輪(かりん)の都は炎に包まれる。

 曰く、陰陽寮が大きな地震を起こす。


 どれもこれも陰陽寮が悪者になっていて、末端の職員である僕などは実に荒唐無稽な話だと思っているのだが、世の中には信じてしまう人間もいるのだ。そうした市民が、陰陽寮の本庁や星読本署に抗議活動という名の暴力行為を仕掛けてくるようになって、陰陽寮はようやく〝デマ〟の存在に気付いた。そのような経緯で捜索の傍らに、デマを流す再正月鬼(さいしょうがつき)を討伐することになったのである。

 それにしてもタイミングだ。


再正月鬼(さいしょうがつき)なんか、今まで全然いなかったのにね」

「僕も図鑑でしか見たことなかったよ」


 上坂さんの言うとおり、再正月鬼(さいしょうがつき)という鬼は、流言飛語を振りまく存在として図鑑に載っているものの、大きな事件や大災害が起きる前後に現れると解説されており、何もない現状で、まさかこの鬼を目撃することになるとは思わなかった。それも、堂島(ひらく)の大捜索を始めて少し経ったタイミングで現れるようになったのだから、どうしたって彼の関与を疑わざるを得ない。

 けれど、式神でもない妖怪を操る方法など、果たしてあるのだろうか?

 思い当たる点はある。今すぐにでもオフィスに戻って、それを確認しなければならない。


「上坂さん、急いでオフィスに戻ろう」

「そうしましょう。でも、その前に」


 彼女が僕を睨み、声を出した。


「刺し殺せ、(にえ)の棘」


 異能の棘が、ものすごいスピードで、僕に迫る。

 僕は突然の殺意にあっけにとられて、動くことを忘れてしまった。

 あ、死ぬ。などとのんきに思ったときには、その棘は僕の脇の下を通り抜け、ぎゃあという音を残して消え去った。


再正月鬼(さいしょうがつき)ごときに背中を取られるなんて、ナナキくんもまだまだ駄目ね。もっとも、あの鬼が直接人間を殺すことはないでしょうけど」


 昼と夜の境目はもうすっかりなくなって、空は青鷺(あおさぎ)の炎が目立つようになっている。僕は少しの焦りとともに、オフィスへの帰路についた。


「ぴ、ががが。ナナキ隊員、上坂隊員、お帰りなさい」

「ただいま」


 オフィスへ戻ると、ここ最近の流れよろしく、一番に人造人間ゴザル2号が出迎えてくれる。1号より話し方は拙いが、それ以外はよく働いてくれている。博士によれば、二十四時間三百六十五日働くことが可能で、それはきっとニャンコ隊長とクロードさんの睡眠時間を増やしてくれるだろうということだ。仁王立ちしながら自信満々に語る彼女の姿が、在り在りと想像できてちょっと面白い。

 人造人間ゴザル2号の働きぶりも気になるところではあるが、今は机に突っ伏していびきを掻いているララちゃんが心配だし、僕が早く確認しなければならないとした、焦燥感の原因になったことも確認しなければならない。どちらを優先するべきか一瞬だけ逡巡していると、僕の考えを読み取ったかのように、いや、彼女の場合は僕の頭を刺し貫いて覗いたかのようにがしっくりくるな。そんな上坂さんがこう言った。


「ララちゃんのことはリッカに任せて、ナナキくんは副長から話を聞くといいわさ」

「いいわさ?」


 語尾はちょっと気になるが、今は助かる。少し表情が柔らかい上坂さんに、僕は意識して笑顔を送ってから、隊長室へと踏み込んだ。


 隊長室で待っていたのは、塔のごとく積み上げられた白い書類――と言いたいところだったが、今の隊長室はとても整然としているし、隊長の机の上は、パソコンや電話機の他は、必要最低限のものしか置かれていない。近くに臨時で置かれていた長机も同様である。

 その机を前に、ニャンコ隊長こと明星(あかぼし)隊長は腕組みをして寝ているし、クロードさんこと佐々木副長は、長机そばの椅子で、同じく腕組みをしてうつらうつらと船を漕いでいた。

 さて、どちらを起こすべきかと考えたが、やはりノックもしないで入室したのだから、挨拶から入るのが社会人だろう。


「失礼します! ナナキ・ウィークエンド、入ります!」


 もう入ってるけどね。

 でも、いつも通りに腹に力を入れて声を出せば、二人ともパッと飛び起きた。


「にゃんだ、ニャニャキか」

「ナナナナナキか。捜査はどうだ?」


 どうもまだ寝ぼけているらしいが、話してるうちにどうにかするだろう。


「は! 門外(もんがい)の辻交差点付近にて、再正月鬼(さいしょうがつき)を四体、討伐してきました!」

「四体か。やはり多いな」


 クロードさんが銀縁メガネのレンズをキラリとさせながら答えたが、ニャンコ隊長は無反応で、見れば再び目を閉じている。たぶん、もう寝た。


「ところで、お前は報告のためにわざわざ隊長室に入ってきたのか? 別の用事があるんじゃないか?」


 クロードさんの銀縁メガネが引き続き光っているから、もう完全に起きたのだろう。僕が来た理由も、報告だけじゃないと気付いている。


「堂島(ひらく)の異能・夢唱言霊(むしょうことだま)について、確認したいことがありまして」

「ふむ……例えば、その異能で妖怪を操れるのか、というようなことか?」

「その通りです」

「結論から言えば、できないな。ミーティングでも話したとおり、夢唱言霊(むしょうことだま)は願いを込めて発した言葉を現実化する、一種の現実改変系の異能だが、意志を持った相手には効果が薄い。妖怪の多くは意志を持っているから、今回の再正月鬼(さいしょうがつき)のようなことは不可能だと思った方がいい」

「やはりそうですか」

「しかしそれは夢唱言霊(むしょうことだま)だけを使用した場合の話だ。小生の仮説に基づけば、堂島(ひらく)は、陰陽術あるいは降魔法(ごうまほう)などで一時的に妖怪の意識を奪い、夢唱言霊(むしょうことだま)で改変している可能性がある」

「そんなこと、できるんですか?」

「あくまでも仮説だ。しかし、こうでも考えなければ、陰陽寮を標的にした荒唐無稽なデマが、市内で急に広まった理由が思いつかない」

「堂島(ひらく)が言っていた御言子(みこと)と何か関係があるんでしょうか?」

「関係がないわけではないと思う。が、ナナキ。直接には関係がないだろうから、それは忘れろ。そして誰にも言うんじゃないぞ。分かったな?」

「了解です」


 ちょうどそのとき、隊長室をノックする音が聞こえた。


「隊長、平岩です。戻りました」


 副長と僕は目を合わせて小さく頷き、僕は横に二歩ほどずれる。


「入っていいぞ」

「失礼します。隊長は……寝てますね。それとナナキか。お疲れさん」

「お疲れさまです」

「副長、捜査範囲の件で提案があります」

「言ってみろ、平岩」

「は! 一般警察も協力した上での大規模捜索、ララ・ラズベリーの異能を使った広範囲探索、および、人造人間ゴザル2号による霊力痕探査を一カ月続けているものの、未だ堂島(ひらく)本人はおろか、痕跡すら見つかっておりません」

「そうだな」


 二人ともとても真剣な表情なので、僕がここにいていいのかと思うのだが、人払いもされていないし、折角だからこのまま聞いていよう。盗み聞きしているというわけでもないし。


「これだけ探していないとなると、対象はすでに市外に脱出しているのではないでしょうか。もっと捜索範囲を広げるべきです」

「そうだな、確かにそういう意見もあるが――」


 だが、クロードさんが言い終わる前に、横から眠そうな声が飛んできた。


「平岩。ヤタガラスの監視網が完璧とは言わないが、それでも一カ月と少し前まで遡って、ヤタガラスにも写っていない、岩竜(がんりゅう)にも一切目撃されていないんだから、奴は動いていないと考えるのが自然ではないか?」

「あ、隊長。おはようございます」

「おはようさんだにゃ。それと、奴の性格の問題だ。果たして堂島(ひらく)という男は、何もせずにいられるだろうか。これまでの行動と、堂島(つづる)博士から聞いた性格によれば、世間の注目を浴びたいとうずうずしてるんじゃないか? それもナナキ・ウィークエンドを絡めて」


 ニャンコ隊長の発言をきっかけに、平岩さんどころかクロードさんの視線まで僕に集まった。


「どうしてナナキが?」


 平岩先輩の疑問はもっともだ。だけど、僕の口からは説明できない。その上、秘密のために誤魔化さないといけないから、小首をかしげて肩をすくめてみせたりする。


「堂島(ひらく)銀髪(ぎんぱつ)フェチなんじゃにゃいか?」

「なるほど」


 いや、平岩先輩。納得されたら、それはそれでなんか(いや)なので。

 隊長室の電話が鳴ったのは、そんな微妙な空気が流れる中だった。

 プルルン、プルルンと鳴る電話。

 ニャンコ隊長が、相変らず眠そうな顔で受話器を取る。


「はい、こちら明星(あかぼし)。……ほうほう。分かった、すぐ向かわせる」


 丁寧に受話器を置いた隊長は、ニヤリと笑って僕たちに言うのだ。


「平岩、ナナキ。お前たちに来客だ。すぐにエントランス脇の応接室に行け」


 こんな時期に、それも平岩先輩とセットで来客というのは、いったいどのような人間が来たのだろうか。僕は顔を少し歪めて、「はい」と返事をした。


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