夢の島(1)
「な……な……な……」
堂島綴博士は目を大きく見開いて、わなわなと震え始めた。その顔は紅潮し始めて、言葉にならない声が断続的に出ている。
コードネームおじお兄さんこと〝堂島錠〟とは何者なのか?
僕は二月に出会ってからずっと疑問に思っていた。それは、鬼の霊力――鬼力が混ざっていたということと、住民データベースにそのような名前の人物が存在していないことの、二点だけについてだけだった。
しかし、その後の取るに足らない事件で、その疑問は深くなる。
公園にいた老爺の地縛霊、つまり堂島要氏が大切にしていた段ボール箱の中を確認したときだ。そこに納められていた写真には、若き日の堂島要氏と彼の家族が写っていたのだが、それがなんと、無精ひげを剃って髪の毛をぴっちりさせた堂島錠とそっくりだったのである。ちなみに、堂島要氏の妻は、連続幼女神隠し事件の際に重要参考人とされた中川トキであり、住民データベース上、堂島綴博士と本名・堂島啓は彼らの子供ということになっていた。
堂島綴博士が堂島錠なる人物を知らないと言ったのは、偽名ならばやむを得ないことであり、以前博士に質問した際に、おじお兄さんの顔写真の一つでも添えれば良かったと、後悔するばかりだ。もっとも、そのときもつい先ほども、堂島錠が黒幕(仮)などとはまったく思っていなかったのだけど。
そして、僕の耳を爆音が襲う。
「何をやっとるんじゃあ! あいつはー!」
綴博士が、魂の叫び声を上げるとともに、出口めがけて駆けだしたのだ。
「どこへ行くのにゃ! いったん落ち着くのにゃ!」
「どうどう、落ち着いてください。だいたい博士は弟さんの居場所を知っているんですか?」
ニャンコ隊長とクロードさんがすかさず捕獲してなだめすかす。
そこへ、また別の声がした。
「ピー、ガガガ。博士、博士。玄武セキュリティサービスより、解析結果のメールが届きました。読み上げますか?」
恐ろしくレトロな機械音から始まったくせに流ちょうなその声は、ゴザルくんから発せられたようだ。いや、待てよ。目をすがめてよく見れば、やはりゴザルくんが二人いるではないか。
「え? ゴザルくん、分身できたの?」
「幼女を二倍三倍四倍愛でるためにも身につけたいのはやまやまでござるが、残念ながらできないでござる。ナナキ殿が聞きたいのは、分身ではなく、人造人間ゴザル2号のことではござらぬか?」
うん、そのために分身するのは、色々とどうかと思うぞ。
さらにどうかと思うのは、人造人間ゴザル2号だ。1号の際には正体不明の幼女エラーで暴走したというのに。
「ふしゅー。まあ、ナナキ少年の懸念ももっともだがね、2号はワタクシみずから幼女成分を除去したから、もう問題ないのさ! ふしゅー」
綴博士、息が荒いまま冷静に解説されてもな。相変わらずお肌ツヤツヤだし。
「博士、メールの読み上げはどうされますか?」
「読み上げは無しだ。ふしゅー。その代わり、ワタクシの端末に表示させたまえ!」
「了解しました。ピッピッピ……転送完了。ようじょご覧下さい」
今、どさくさに紛れて幼女って言わなかったか?
「ふむふむ、なるほどな」
「やっぱりにゃー」
「これで全部つながったな」
博士とニャンコ隊長とクロードさんが、ぎゅうぎゅうになって大型タブレット端末のモニターを見ては納得しているが、僕とゴザルくんは完全に蚊帳の外だ。果たしてあの人たちはいったい何を見ているんだろう。
「あ、ナナキとゴザルにも簡単に説明するにゃ。セブンスヘヴンで高宮フィリップに天網乗っ取りを教唆した人物、そして同じくセブンスヘヴンで、キラキラ・マネー777世こと鈴木孫市に情報を売り渡した人物は、同じだった。二つの事案は異なるネットカフェからのアクセスだったが、お店の監視カメラに映っていた人物が一致したんだにゃ。問題は、これが誰かにゃんだけど、綴姉さんの弟さんで間違いないかにゃ?」
「うむ。残念なことにワタクシの愚弟で間違いない」
「ナナキとゴザルも確認しろにゃ」
そう言ってニャンコ隊長が博士の端末をクルリと僕らに向ければ、そこに映っていたのは、薄暗い店内でパソコンを前にする堂島錠の写真だった。しかも同時刻に三方向から撮影されている。ネットカフェってそんなに監視カメラあるものなの? 恐くない?
「そういうわけで、ワタクシこれから、愚弟を五〇発くらい殴った後、縄で縛ってここに連れてくるから、リサちゃんもクロちゃんも、大人しく待っててくれ」
「「「「「待て待て待て待て」」」」」
この博士の発言には、人造人間ゴザル2号も含めて総ツッコミだ。
「綴博士、あなたは事件の首謀者の肉親です。これ以降、捜査に協力して頂くわけにはいきません」
「く……しかしだな、愚弟を捕まえることもできないというなら、ワタクシは帝都市民になんとお詫びすればいいんだ? ワタクシはあいつの姉だぞ? あいつが、啓が曲がったことをしてるっていうのなら、何が何でもあいつを引っぱたいてやらなきゃならないんだ。なあ、クロちゃん、分かるだろ?」
「博士のお気持ちは十分に理解できますが、ここはどうか我々警察に任せて下さい。相手は一歩間違えれば大量殺人につながっていたようなことをやってのけた犯罪者なのです。一般人のあなたを巻き込むわけにはいきません」
「犯罪者も何もあるものか。あいつはワタクシの弟で、ワタクシはあいつの姉だ。捕縛作戦に参加させたまえ。クロちゃんのことだ。もう、考え始めてるんだろ?」
「むぐ。確かに考え始めておりますが……ええい! しょうがない! 人造人間ゴザル2号、博士を研究室まで避難させろ! 博士の命に関わる命令だ!」
「ぴぴ、ががが。了解であります。博士の命は拙者が守ります。ががが」
「おのれクロちゃん、謀ったな! あとでお前の家の塀にメガネの落書きをしてやる!」
「どうぞご自由に」
「ぬあ! やめろ、人造人間ゴザル2号。この裏切り者めえ!」
腕からロープのような物体を出した人造人間ゴザル2号によって、綴博士は瞬く間にグルグル巻きにされていく。そうして出来上がった物体を、人造人間ゴザル2号はオフィスから持ち去った。爽やかな笑顔を残して。歯が眩しいぜ。




