麦わら帽子の下で(3)
「なるほど」
確かにそうかもしれないと思う節はある。昔は神や妖怪が人間と仲良く暮らすことなんか極めて珍しいことだったというが、現代の火輪では人間に害のない妖怪が普通に所帯を持って暮らしているし、神様も普通に町を歩いていることがある。
霊的存在は昔よりもずっと人間の身近にいて、だというのに昔より自然界に存在する霊力が減っているというのは、僕にはどうも違和感があったのだ。
「(ナナキ殿、こんなでたらめに耳を貸してはダメでござる)」
ゴザルくんが斜め後ろから囁きかける。こんなにも真実を言い当てている意見を、聞いてはいけないというのは、いったいどういうつもりなのか。
「この世界が夢の中だとして、それが僕の出生の秘密と、どうつながるのでしょうか」
「……ナナキくんは、周りに銀髪の人間がいないことを不思議に思ったことはないかい? あ、言わずとも分かるよ。何しろ俺っちはお兄さんだからね。もちろん、君の本当の兄という意味じゃなくて、頼れる物知りな年上の男性という意味だけど、まあ、ともかく君には、血のつながりがある人間が誰一人として存在していない」
「は?」
「面白いよね-。君の異能は縁起をつなぎ替えるものだというのに、その保持者である本人が誰ともつながっていないなんてさー。あ、でもでも、だからこそ、君は縁起の異能を求めたのかもしれない。ともかく、君、いや君たちのような夢の落とし子の存在はイレギュラーで、異質で、どうしようもなく嘘にまみれている。存在そのものが事実に基づいていないと言い切ってもいい。何せ君たちは、御言女が何の脈絡もなく、それこそ夢の中で唐突にシーンが切り替わるようにして、発生せしめた存在なのだから。
それでいて、夢だから、夢だからこそ、あらゆる存在の矛盾が正当化されるように、いるだけで世界を改変してしまうんだよ。そればかりか、君の異能はこの夢の世界の因果律にまで介入してしまう。まさしくバグやエラーだ。実に面白い存在じゃないか! 是非とも俺っちに協力してほしい!」
「そうですか。自分のことがようやく分かりました。教えてくれてありがとうございます」
そうか、やっぱり僕には両親がいなかったんだ。
「(ナナキ殿、気をしっかりもつでござるよ。騙されてはいけないでござる)」
とても楽しそうな堂島錠とは対照的に、斜め後ろのゴザルくんの表情は、事件のときと同じくらい強張っている。何をそんなに警戒する必要があるのだろうか。
「(大丈夫だよ、ゴザルくん。この人の言うことはきっと真実だ。生みの親は元から存在してなかったんだよ。僕の偽物の魂が正しいって言ってるんだから、間違いないよ)」
ぎりっと音がして、それからゴザルくんの声が聞こえてきた。
幼女幼女と騒いでいるときの、高く甘い声ではない。低く迫力のある真剣な声が、それは矢継ぎ早に。控えめにいって、むっちゃイケボだ。
「五芒反閇」
ダンッと力強い音がして、ゴザルくんが地面を踏みしめ、大きな五芒星が僕たちの足下に現れた。
その次には、胸の前で指を組む。
「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・オン・マリシエイ・ソワカ!」
これは聞いたことがある。なぜだか、つい先ほどまでぼんやりしていた頭がすっきりしていた。これはゴザルくんの異能の効果を極限まで高める詠唱だ。そんなことをしてどうするのだろう。もしかしたら、一人だけ逃げるつもりなのだろうか。誰も襲ってこないというのに。
「しからば、ごめん!」
「色よいお返事、待ってるよー」
瞬間、大きな衝撃とともに体に電流が流れ、僕の視界は暗転した。
* * *
「――キどの! ナナキ殿!」
「うーん、姉さん、もう食べられないよぉ」
「ひっさーつ! ゴザル目覚ましビーンタ!」
「へぶぅ! 痛い!」
僕は再びゴザルくんの美声とともに起こされた。主に暴力で。
目の前に広がるのは、見慣れた壁に見慣れた天井。というか見慣れたオフィスに僕はいた。
医務室ではなく、なぜかオフィスで携帯ベッドに寝かされた僕は、ニャンコ隊長、クロードさん、綴さん、ゴザルくんとゴザルくんの心配そうな目に見守られていたのだ。ゴザルくんが二人いるように見えたのは、寝起きだからしょうがない。いや、しょうがなくない。
そもそも、この状況、なに? どゆこと? 痛いし。必殺ゴザル目覚ましビンタってなんだよ。ただのビンタじゃん。
「起きたにゃ」
「起きたか」
「あ、おはようございます」
この状況をまだ飲み込めていないが、声をかけてくれたニャンコ隊長とクロードさんには、ひとまず挨拶などをしてみた。挨拶などをしてみたところで、ぼんやりとだが甦ってくる記憶もあるものだろうと思ったのだが、ゴザルくんに雷杖を押し当てられたところが、やはり最後の記憶のようである。
「僕はいったいどうしてオフィスに?」
そうなれば、このように聞くしかないだろう。記憶喪失なら「ここは誰、僕はどこ?」などと定番のセリフを言えたのに残念だ。
「それは小生から話そう」
クロードさんはいつもげっそりしていたり、真面目な表情をしているのだが、今はいつにもまして厳しい表情をしている。やはり僕がパトロール中に市民と話した上に、気絶したことを怒っているのだろうか。しかし、ゴザルくんにしょげている様子は見られない。むしろ、ついさっきビンタしたくせに、心配そうにこっちを見ているから、この推理は的外れのようだ。
「お前はゴシャールによって救出され、ここに連れて帰られた」
救出?
ただ、話を聞いていただけなのに?
でも、僕の疑問は分かりやすく顔に出たようだ。
「順を追って話すから、今はただ受け入れろ。ナナキ、お前は精神干渉を受けていたんだ。それも相手が悪い。堂島博士、続きの説明をお願いします」
「うむ。ナナキ少年! このワタクシがたまたまここにいるタイミングで良かったな! そこのゴザルくんから、余さず話は聞いたぞ!」
この人、相変わらずいちいち声が大きいし、無駄にテンションが高い。お陰で頭がクラクラするぜ。
「まず、クロちゃんが言ったとおり、君は精神干渉を受けていた。これは間違いない。そしてその相手だが、詳細な霊力痕解析を行なった結果、例の黒幕(仮)のものだということが分かったのだよ。つまり、君は黒幕(仮)と対面で話を聞き、その話を鵜呑みにするくらいまで、精神が汚染されていたということだ」
「ナナキ、精神干渉は除去したから安心しろ」
「あの、僕、黒幕の手駒にされかけたってことですよね?」
目の前に黒幕がいたにも関わらず、それに気付かず話を鵜呑みにし、挙げ句、精神干渉にも気付かなかったのだ。
あまりの不甲斐なさに、拳を固く握りしめて振り上げ、しかし、少し冷静になって、そのままグーパーする。なんか恥ずかしい。
「その相手が堂島錠。つまりコードネームおじお兄さんなんだにゃ」
「その通りですが、正式にそのコードネームを採用されると、微妙な気分です。ところで、堂島博士」
「うん?」
「以前に質問したとき、親類縁者には堂島錠という名前の人間はいないと言いましたね?」
「……その通りだ」
「でも、啓さんならどうでしょうか。錠は偽名で、本名の堂島啓さんなら、よくご存じですよね。あれは、あなたの実の弟なんだから」




