麦わら帽子の下で(2)
「よろしくお願いします。おじお兄さん」
「あれあれー、俺っちはおじお兄さんじゃなくて、お兄さんだよう」
「おじお兄さん、よろしくお願いします」
「ちっ」
笑顔で舌打ちするの、なんか恐い。
彼は大げさな舌打ちの後、やはり大げさに両腕を広げて仕切り直す。
「まあいいや。じゃあ早速話を始めようじゃないか。偽物の島と偽物の君のお話を」
「にせ……もの?」
偽物と言われた。彼に言わせれば、僕は偽物ということらしい。意味が分からない。それが口をついて出ていた。
「そうだね、じゃあ、まずはこの島のことを語ろうか。この白葦の島とそして白烏の国は偽物で、もはや、存在すらしていないんじゃないかと思うほどに、白々しい嘘の塊でできている」
「なにが嘘だって言うんです」
荒唐無稽すぎて、どうにもツッコみづらい。島も国も嘘の塊なら、そこで暮らしている僕たちはいったい何だというのだろう。
「うん。話をおよそ五百年前まで遡ろうか。君がいやだと言っても遡るけどね。俺っちの説明が進まないから。そのときに何があったか、ナナキくん、君は覚えてるかい?」
「赤気の乱をきっかけにした、白葦朝廷と赤烏幕府の統合」
「おお、よく覚えてるねえ。その赤気の乱についての詳細はどうだろう。首謀者は誰で、結末はどうなったとか」
「巫覡部中納言日記に詳しいですね。首謀者は当時の軍のナンバー2だった弓削千晴。彼の手勢は白帝の御座す御所の手前まで迫ったものの、なぜか撤退した。その後は朝廷と幕府が合力して討伐に当たり、老沼の東で討ち果たしたと」
堂島錠は大げさに何度も頷いて、その顔はやはり嬉しそうである。
「うん、うん。そうだね、その通りだよ。でもそれは今に伝わる表の歴史で、事実は違うんだよ。特に細かいところがね。例えば弓削はなぜ、無謀とも言える乱を起こしたのだろう」
「普通の歴史の授業では習いませんね。巫覡部中納言も動機までは聞いていなかったようですし、今となっては分かりようもないです」
「細かいところや、その動機を記した文書が本当は存在するとしたらどうだい?」
「それが本当だとしたら、新聞やニュース、あるいは詳しい歴史の教科書に記載されているはずです。それがないということは、そのようなものは存在しないと考えるのが妥当ですね」
「まあ、普通はそうだよねー。ここでさっきの話に戻ろう。国の成り立ちが偽物だとしたらどうだろう」
「隠す、と言いたいところですが、成り立ちが偽物だとしても、実質的に白烏政府が統治しているので、問題が起こる可能性はないはずです」
「甘いよ、ナナキくん。中年男性が一人でカフェ・ミドルトンに入った挙げ句に、勢いで冬期限定ショコラグランデ・ザ・タワーを注文してしまうくらい甘い!」
確かにあれを中年男性が一人で食べるのは色々ときつい、という顔を僕はしていたのだろうが、堂島錠はそのまま語り続けた。
「外地開発反対派が言うことを聞かない根拠にすると、俺っちは思うのだよ。過激派の連中なら、それこそ、国家転覆の理由にもするだろうね」
「……それで、そんな文書は本当に存在するんですか?」
存在しないと思っている理由は前述の通りだ。あれば有名になっていてしかるべき資料なのに、まったくそんな話を聞いたことがない。
「いいかい、ナナキくん。この国には古くから政治の中枢に携わってきた家系がいくつも残っている。代表的なものなら皇室を筆頭に、蒲原、武部、大久保。
政治の中枢に関わってこなかったものの、近いところで古くから続いている家といえば、擘浦、五代、百州佐々木、それと明星、庵原だ。それらの家系の一つや二つに、当時の資料が残っていたとしても不思議じゃあない。君も、そう思うだろう?」
「言われてみれば確かに……」
「俺っちはね、その中のとある蔵に保管されていた古文書を特別に見せてもらってね、この国の真実にたどり着いたというわけさ。そうすると、君はこう言うだろう。〝どうして公にしないんですか?〟と」
「どうして公にしないんですか? と言いたいところですが、理由はさっきの話の通りなのでしょう」
公にすれば反政府勢力に足下をすくわれる、というのであればそのとある蔵の持ち主も、政府から公にしないように圧力を受けていることだろう。
ここでふと斜め後ろにいるゴザルくんの顔を見ると、彼は厳しい表情で僕のことを見ていた。なぜ、そんな顔で僕を見るのだろうか。
「うん、その通りだ。件の古文書には、赤気の乱の際、首謀者の弓削を追い詰めた者たちが、逆に、ことごとく返り討ちにあったという記述がある。ただ一人、御言女と呼ばれていた特別な巫女を残して。
そして、ここからは俺っちの仮説なんだけど、弓削の目的は御言女の力を利用することだった。だから白帝を討ち取ることをしなかったんじゃないかと――」
「ちょっと、待ってください」
堂島錠は朗々と楽しそうに語っているが、分からない言葉が出てきている。なんとなくは分かるけど、ハッキリと知っておかなければ、きっと僕はこの先の話を理解できない。そんな予感がした。
口を開けたまま待っている堂島錠を前に、いったん息を吸う。
「特別な巫女だという御言女とは、なんなんですか?」
僕の問いを受けた彼は、やはり口を開けたまま僕を見て、ゴザルくんを見て、また僕を見た。
「あー、そっかあ。そうだよねえ。正史では出てこないもんねえ。御言女は葦那言主という神様の巫女だね。ちなみに俺っちは御言女の男版の御言子らしいよ。あー、でも葦那言主もわかんないかあ。お兄さん、困っちゃったな」
当然だ。星読の入隊試験にも出ないし、佐々木家が何年かに一度発行している『万神始末草子』でも、葦那言主なる神様の名前は見たことがない。
堂島錠は右手で後頭部をポリポリと掻き、うーんと一度うなってから口を開く。
「葦那言主はね、万神始末草子の初版にだけ記されている神様だ。大昔の話と片付けてもいいんだが、何せ初版はあの赤気の乱より前に発売されていて、その次は乱の僅か半年後に出ている。その僅かな間に葦那言主は存在しなかったことにされてしまったんだ。
これはおかしいと誰しもが思うだろう。少なくとも俺っちは思った。
もっとも、万神始末草子の初版も、元々現存するものが少ないのに、今や政府が表に出ないように監視していて、一般人の目に触れることなんか絶対にないから、君たちが知らないのもしょうがない。
そして御言女は、葦那言主の巫女として、俗世の会話を封じられる代わりに特別な異能を手に入れた。なんでも、言霊だけで、天変地異を起こし、死者を生き返らせ、はたまた鬼を退治したっていう話だ。正直、どれも眉唾物だけど、それくらいの霊力を秘めていた可能性はあったと俺っちは思ってるんだ」
「それは、なぜ?」
「なぜって、そっちの方が面白いからに決まってるじゃないか。それに、この世界そのものが、最後の御言女の夢だからね。彼女は目の前で大事な人間が次々と殺されていくことに耐えられなかったんだ。
そう、例えば目の前で思い人を殺されたとしたらどうだろう。叫ぶこともできないまま、彼女は絶望し、目の前の現実と、思い人がいない未来を否定した。それこそ神懸かり的に。
弓削はもしかしたら心神喪失状態の彼女を意のままに操ろうとしたのかもしれないが、御言女にも心があることを考えなかったんだろうね。
結果的に弓削の企みは失敗し、彼女の異能の暴走によって、この島は夢に包まれてしまったと、こういうことだったんじゃないかと思うのさ」




