彼と彼女の家庭の事情(4)
郊外型の比良家の店内は、一見普通のレストランのようだった。さらに駅前型と違う点はドリンクバーメニューがあることと、注文に座席備え付けのタブレット端末を使うところくらいだろうか。お水やおしぼりがセルフなのは駅前型と同じだ。ちなみに駅前型の比良家は厨房からUの字にカウンターが突き出ていて、全席カウンター席である。これによって、少ない店員で全席への配膳を可能としているのだ。
だがしかし、それはあくまでも駅前型店舗の話。郊外型店舗にも厨房直結のカウンターはあるが、カウンター席から離れた場所には、普通の四人掛け、六人掛けの席も用意されている。そして、繁盛している店内のほとんどが男性客だった。もしかしたらファミリー層も狙っていると思われるお子様丼やミニ三色丼セットなどもメニューにあるのだが、木曜日という平日の夕方は、そうもいかないようだ。
「上坂さん、彼は今どの辺りにいる?」
「交差点を曲がった辺り」
彼女は天丼を食べながら、器用にタブレット端末を操作して、ターゲットアルファの車の位置を教えてくれた。
「(ゴザルくん、Kは分かる?)」
ここからはあまり聞かれたくないので小声になる。厨房近くの四人掛けの席に陣取っているから、色々な音に紛れるだろうが、念のためだ。なお、Kはもちろん憲兵のことである。単純だけど、他に思いつかなかったからしょうがない。
「(隠形状態でざっと見て回ったでござるが、それらしい人間はいなかったでござる)」
「(了解。僕から見てもそれっぽい人間はいないね)」
そもそも僕は陸軍憲兵のことを知らないのだが、インターネットで見ることができる情報によれば、基本的に陸軍の詰め襟の制服を着ているそうだ。その制服も通常は深い臙脂だが、憲兵は真っ黒な上、深紅のペリースも着けているから、僕の厨二心が疼いてしょうがない。
しかし、このお店に入ってもまったく疼かなかったので、それはこの店内に憲兵ことKはいないということだ。もっとも、そんな目立つ服装の人がいたらすぐに分かるが。
もちろん、一般の捜査官よろしく、軍隊の制服ではなく普通のスーツで活動している可能性もある。特に基地の外で拘束するとなれば、市民への心情にも配慮してそうする可能性は高いだろう。
それで見分けが付くのかといえば、見分けは付くと考えている。刑事の勘という奴だ。冗談ではなく本気で言っている。そういう風に市井に紛れ込んでいたとしても、まずもって憲兵は体格が良い。背が高くて、筋肉もりもりなのである。そして厳しい軍隊で鍛えられすぎた鋭い目つきがやばい、らしい。参考にしたのが夜のおねーさんの日記だったので、ちょっと表現がよく分からない。
まあ、いかに陸軍といえど、こういう大衆向けの、しかも賑わっている食堂で事を起こすとは思えないので、警戒はあくまでも念のためだ。
憲兵の見た目といえば、僕たちは普通に宵雀の夏服で来ていた。冬服と見た目は変わらないんだけど、生地に織り込まれているいくつかの呪の中に、クーラー機能も混ざっていて、暑苦しい見た目に反して快適なのだ。普段着にも欲しい。
「ナナキくん、来た。もぐもぐ」
カボチャの天ぷらを食していた上坂さんの声が、心なしか緊張している。
僕は入り口ドアを見ながら例によって小声で二人に指示を出す。
「(ゴザルくん、上坂さん。あとは手はず通りに)」
「(わかったでござる。死ぬときは一緒でござる)」
「(あなたの骨は拾ってあげるわ)」
これ、そんなに危険な任務だったっけ?
やがて入り口のドアが開き、長身、筋肉質、丸坊主と三拍子揃った厳つい男が現れた。しかし、彼はKではない。服装は普通のシャツにズボンだが、彼こそがターゲットアルファこと、五代草太郎である。
「おい、五代! 久しぶりだな、僕だよ僕、こっち来て一緒に食おうぜ」
僕は立ち上がって、彼に手を振り、いかにも昔なじみに会ったように装う。これが、作戦だ。
予想通りに彼はこちらに向かってくる。もちろんその表情は、疑いに満ちあふれているが、一応、声をかけてきた相手が誰だか、必死に思い出そうとしているのだ。
「(こっちはいつでも)」
上坂さんが囁いて、僕はそれとなく頷く。
ターゲットアルファが近づいてくる。僕たちがいる席まであと少し。
そのとき、再び入り口のドアが開いて、男が二人、入店してきた。
僕はそれを目端で捉えたまま、五代に声をかけた。もちろん、小声で。
「(そのまま振り返らずに聞いて。憲兵がついてきている。目的はあなたの拘束だ。こちらへ)」
五代の顔が疑念から困惑に変わる。
店内がにわかに忙しなくなったように感じたのは、きっと僕の心持ちのせいだ。
五代よりも体格のいいスーツ姿の男二人が、こちらに向かってきた。
間違いない。憲兵だ。
僕の動機が少し早くなった。
落ち着け。そう心の中で念じて、五代の表情を伺う。
まだ、迷っているようだった。
「(早く)」
上坂さんも焦っているようだ。
先ほどの男たちがどんどん近づいてくる。もう、五代に追い付くまで何歩もない。
「こちらへ!」
僕は大声を出した。
五代が一瞬ビクッと体を震わせて、しかし、頷いた。彼の体がのそりと動き出す。
同時に、彼の背後で大きな音がした。
見れば大男二人が転倒しているではないか。
彼らの足にはいつの間にか、縄が巻き付けられている。
「早く行くでござる」
どこからかゴザルくんの声がして、僕は従業員用の出入り口から駐車場に出ることに成功した。
もちろん、ターゲットの五代草太郎も一緒に。
* * *
「さて、五代草太郎くん。君が何丁かのレッドレイヴン2050を背越道祖土から流出させたことは、我々星読も把握している。その上で、君に捜査の協力を求めたい。捜査に協力してくれるなら、こちらから軍部に働きかけることもしよう。君を軍法会議にかけないように、とね。無論、君の態度次第にはなるが、どうかね?」
ピリッと張り詰めた空気の中で行なわれた、五代草太郎の任意の事情聴取は、しかし、事情聴取とは名ばかりの協力要請に他ならなかった。結局、彼からも予想通りに、別の霊力の痕跡が匂うのだ。それが、例の黒幕と同じものかどうかは分からない。これから綴さんに解析を依頼しなければならないが、きっと今回も、例の黒幕の霊力痕が検出されることだろう。
これも結局、勘だけど。




