彼と彼女の家庭の事情(3)
僕と上坂さんがオフィスに到着すると、そこにはクロードさんとゴザルくんが待ち構えていた。緊急案件と言うだけあって、二人とも緊張感が漂っている。
そしてクロードさんは、僕と上坂さんの顔を交互に確認すると、一度小さく頷いてから話し始めた。どこか早口で。
「これは緊急案件だ。急いで身柄を確保してほしい人物がいる。対象の名前は五代草太郎。身分は陸軍の一等技術曹長。過去にジョン・ドゥと接触している可能性が高い。外見の特徴、配属されている基地などは、天網の宵雀専用フォルダを参照のこと。以降、五代草太郎をターゲットアルファと呼称する。何か質問は?」
「はい。ターゲットアルファが任意同行に応じない場合は?」
この質問をしたのはゴザルくんだ。ゴザルくんがござるを付け忘れるくらいの案件らしい。
「連行して構わん。理由は適当に、と言いたいところだが、近々、軍部の憲兵がターゲットアルファの拘束に動くというリーク情報がある。安全を確保するためだとでも言えば少しは大人しくなるだろう」
「はい。ターゲットアルファは何かの事件に関係しているんですか?」
これは僕の質問だ。任意同行を求めるのだから、何かしらの事件に関与している疑いが強いということなのだが、こちらとしても聞いておかないと、向こうを説得できないかもしれない。
「神様強盗団事件の際、犯人グループが軍用大型拳銃のレッドレイヴン2050を持っていただろう。あれを横流ししたのが、ターゲットアルファらしいとの情報を入手している」
神様強盗団事件。思い返してみれば、あれも不可解な事件だった。なぜか一般市民がレッドレイヴン2050を所持していて、そして強盗団はなぜかそれを一発も発砲しなかった。押収した際に弾薬が発見されなかったことから、恐らく拳銃だけしか入手できなかったのだろう、ということにはなっているんだけど、では、そのまとまった数の軍用拳銃を果たしてどうやって入手したのかはさっぱり分かっていなかったのだ。
「ターゲットアルファとの接触時に、憲兵とも接触する可能性がありますが、そのような場合にはどうすればいいでしょうか?」
これも僕の質問だ。憲兵が動いているのなら、鉢合わせになる可能性がある。向こうは組織内の軍法会議のため、こちらは広域の犯罪捜査のためだから、先にこちらを優先させてほしいところだが、憲兵はどうするつもりなのだろうか。
「ターゲットアルファの身柄の確保を最優先とし、戦闘だけは何が何でも避けろ」
「了解です」
こちらとしてはそれしかないだろうな。
「はい。あの事件は軍部警察の主管轄ですが、こちらが手を出していいのでしょうか?」
これは上坂さんの発言だ。言われてみれば確かにそうだ。陸軍憲兵とはいえ、大まかには一般警察と同じ軍部の組織なんだから、本来はこちらが動く必要はないし、軋轢が生じるリスクも高い。
上坂さんの質問を受けたクロードさんは、室内を見回した後、いっそう真面目な顔になった。
「大きな声では言えないが、今回の案件は軍部の警察内部からのリーク情報によるものだ。憲兵が重要参考人を押さえることによって、捜査が警察の手から離れ、一連の事件がお蔵入りになることを危惧しているらしい」
誰かのつばを飲み込む音が聞こえた。僕が飲み込んだ音かもしれない。
レッドレイヴン2050を所持していた強盗団は、何者かに緩やかな精神干渉を受けて犯行に及んだ。その何者かの霊力痕は、別の事件でも残っている。五代草太郎陸軍一技曹が、その何者かにつながる重要な記憶を持っているのだとしたら、その何者かが、事件の迷宮入りを狙って陸軍幹部に精神干渉を行なっているのだとしたら……。
そこである懸念が頭に浮かび、僕が露骨に顔を歪めてしまうと、クロードさんがまるで頭の中を覗いたように、話を切り出した。
「今回お前たちには、この札を携行してもらう」
「それは?」
クロードさんが懐から取り出したのは、一見、大きなお寺や神社ならどこにでも売っていそうな、縦長の紙のお札だった。上部にゴチャゴチャした記号と文字、それから下部にはこんもりとした立派なひげが生えた、昔の華那琉大陸北方風の武人が描かれている。記号は見たことがないものだったが、書かれていた文字の一部は読み取ることができる。〈鍾馗〉。つまりは、鍾馗様のお札なのだが、はて、かの神様の御利益は疫病退散だったはずだが、一連の精神干渉は疫病系だったのだろうか。
「見ての通り、鍾馗札だ。携行しているだけで、精神干渉を受けても、正気を保っていられる効果がある。鍾馗だけに」
「「……」」
「ダジャレ……」
僕とゴザルくんはぽかんと呆けてしまったが、上坂さんは我慢ができなかったようだ。しかし、それを聞いたクロードさんは真面目な顔を崩さない。
「……ダジャレかもしれないが、この島ではよくある手法だ。それにちゃんと念も込めてもらってある。まだ数は作れていないが、とりあえず今回は精神干渉を受ける可能性があるから持っていけ。なくすなよ」
「ありがとうございます。ただちに出動します」
「その前に資料に目を通して、どこに行けばいいか検討しろ。それから、鍾馗札はなくすなよ」
「「「了解しました」」」
さて、声を揃えて返事をしたところで、いよいよ五代某を任意同行するための作戦を考えなければならない。
「憲兵がターゲットアルファを拘束するとしたら、やはり基地の中が一番妥当だよね」
「そうでござるな。そうなればこちらも全く手出しができないので、この任務は言うまでもなく失敗でござる」
「通勤手段は自動車と書いてあるから、基地の中以外だと駐車場になるのかしら? 自宅にあるのか借りてるのかは分からないけど」
三人それぞれが意見を出して、憲兵を避けつつ接触できる場所を検討する。
「憲兵に後ろ暗いところがあるのなら、例えば、上層部の指示がなく、責任者が精神干渉されて独断で動かすのなら、確かに駐車場で拘束する可能性はあるね。彼の自宅は朱雀道祖土から北に少し行ったところ。ということは、ここの近所だ」
「では、それまでに接触するのがいいでござろうな」
「そうね。ゴザルくんもたまには幼女以外のことも言うのね」
「拙者、こう見えても特殊警察・宵雀の隊員でござるからな」
「「知ってる」」
ゴザルくんは胸を張って言ったが、それにツッコまないのは野暮なことだ。僕一人だけがツッコむものと思ったが、上坂さんとタイミングが合ってしまって、僕も彼女も小さく笑ってしまった。
「ゴザルくん、今日って何曜日だったっけ?」
「ナナキ殿らしくない急な質問でござるな。今日は木曜日でござる」
それを聞いた僕は、地図を広げて指でなぞるのだ。
「ターゲットアルファの所属は西の背越道祖土。そこから朱雀道祖土そばの自宅まで車で帰るには、白藍街道を通り、すぐ目の前の星読前交差点を南に進んでいると予想できる。その上で、彼が一人暮らしをしているという情報を考慮すると、途中でどこかの飲食店で食事をとると思うんだ。ちなみに彼は有沢花三尉と幼なじみで、赤烏重工に勤務していたときには、付き合っていたこともあるらしい……なんでこんな情報まで書かれてるんだ」
「なるほど。そうすると、ナナキ殿のお気に入りの大衆食堂古江に寄るかもしれないでござるな」
「いや、あそこは駐車場が無いから帰宅中に寄るには少々面倒だよ」
「となると?」
ゴザルくんは僕の推理に興味津々の様子だが、上坂さんは会話に入ってこないし、表情にも変化はない。変化がないというと、当然、真剣な表情である。真面目に僕の意見をきいてくれているのだろうと思う。
「ご飯を食べに寄るとしたら、多分、ここ」
そういって指を置いた場所には〈比良家 黒鉄街道南店〉と表示されていた。
「比良家って確か、駅前にある店舗面積が小さい丼ものチェーンよね。駐車場なんかあるの?」
いい質問だよ上坂さん、と僕は心の中で呟いて、彼女の質問にしかつめらしい顔で答えた。もしかしたら得意顔になっていたかもしれないけど、個人的には真面目な顔を作ったつもりだ。
「最近の比良家は郊外型レストランも模索してて、この黒鉄街道南店も広い駐車場と広い店内を実現してるんだ。それでいて、男心をくすぐる丼メニューと安めの値段はこれまで通りだから、一人暮らしの寂しい男たちや、トラックの運転手から絶大な指示を得てる。だけど、人気を博している理由はそれだけじゃない」
「さっきの曜日でござるな」
「その通り。毎週木曜日は、サラダと味噌汁がなんと無料!」
「なんですと!?」
僕とゴザルくんで、わざとらしく宣伝している気分になってきた。上坂さんは冷めた目でこっちを見てるし、早く軌道修正をしなけば、僕の未来は彼女とともにはないだろう。
「主にそのような理由で、僕はターゲットアルファが〈比良家 黒鉄街道南店〉に立ち寄ると予想している。そして憲兵も警察と同じように、基本的には衆人環視の元で拘束するようなまねはしないはずだ」
憲兵のこと、よく知らんけど。
ともかく、僕は矢継ぎ早に話を切り出す。
「上坂さん、ヤタガラスで彼の車の動向を監視できる?」
「資料に車の情報もあるし、問題ないわ」
そう言って彼女はタブレットを操作し始めた。
「ゴザルくん、おんぼろセダンの確保をお願い。車で向かおう」
「承知。ナナキ殿は何をするでござるか?」
「ターゲットアルファの退勤時間を調べるよ。何時頃に基地を出るのか分からないと、待ち伏せしようもないから」
そうして僕らは作戦を練り、親子丼、カツ丼、天丼定食を食しながら、〈比良家 黒鉄街道南店〉でターゲットアルファを待ち構えた。




