あいつが宵雀にやってきた!(1)
あいつに初めて会ったのは、蝉がむっちゃやかましい、白歴二一一二年七月半ばのある暑い日だった。
今でも僕は忘れない。あいつと邂逅したときの出来事を。
「はーい、ナナキ・ウィークエンドくーん。年上のお姉さんに向かって、心の中であいつとか言わないことー」
「どうしてバレたんですか!?」
「本当に言ってたんかーい」
オフィスのホログラムディスプレイの前で、僕に対してにこやかにツッコミを入れているのは、ちょっとパサついている黒髪ロングの女性で、身長はニャンコ隊長よりも少し高くてすらっとしている。ニャンコ隊長も女性としては少し背が高いから、そのお姉さんは女性としてはそれなりに背が高い部類、ということになるだろうか。服装はフリル付きの白いブラウスと黒のロングスカートで、その上に白衣をまとっている。一目でお医者さんか何かの研究者と分かる格好だが、それで表を歩いてきたのなら、ちょっとどころではなく暑かったのではないだろうか。
ちなみに瓜実顔できりりとした眉毛と目をしていて、多分、美人さんなのだろうけど、お肌が不自然にツヤツヤしているお陰で、色々と台無しになっていそうな気がする。ついでに、肌年齢は十代前半のように若々しく見えるが、実年齢は雰囲気で四十代前半だと推測された。
「では気を取り直して。ワタクシの名前は堂島綴だ。普段は赤烏重工の総合開発部で好き勝手やらせてもらっているが、それは世を忍ぶ仮の姿だ!」
「おお……」
活き活きと語る彼女の言葉に、なぜかゴザルくんとララちゃんと上坂さんがどよめいている。よく分からないテンションに当てられてしまったのだろうか。
「星読の鑑識では解析不可能な色々なあれをどうにかして分析する、永遠の十六歳スーパー鑑識美少女! それがワタクシの真の姿なのだ!」
左手を腰に当て、右手を前に突き出して言うその姿は、まるでドラマかアニメの決め台詞のようでもあり、オフィスに揃った一同は再びどよめいていた。ニャンコ隊長に至っては「決まったにゃ! かっこいいにゃ!」とノリノリで合いの手を入れている。なんだこの人たち。違う、なんだこの永遠の十六歳のお姉さんたち。
前置きはさておき、現在、このいつもの宵雀のオフィスには、かなり珍しいことに宵雀の隊員が全員揃っていた。ニャンコ隊長などは基本的に隊長室から出てこないし、先日の連続不審事故の件では、どこで何をしていたのかさっぱり分からなかった。ニャンコ隊長に聞いてもとぼけられてしまったので、本当に何をしていたのか分からない。クロードさんだけは知っている気配がするが、今はスーパー永遠の十六歳・堂島綴さんのお話しを聞くための会議中だから、もう一人の永遠の十六歳の話は後回しである。
「はい!」
ここで元気に手を挙げる女性の声が一つ。
声のした方を見やると、そこには一般警察の制服を着たちっちゃくてかわいい有沢花三尉が、美しく背筋を伸ばしているではないか。
彼女は堂島綴さんの返事を待たずに質問をした。その眼光たるや、獲物を狙う猛禽類の如くである。
「綴さんは、どうやって永遠の十六歳を手に入れたのでありますか! お肌がツヤツヤでありますよ!」
「うむ、いい質問だ!」
綴さんは待ってましたとばかりに白衣のポッケから小さな瓶を取り出して、実に嬉しそうに目を輝かせるばかりか、顔も輝かせて話し出した。多分、ものすごい勢いで油が分泌されてる。
「これは子会社の赤烏ケミカルが販売してる化粧水〈若春水〉だ。これを朝起きたときと夜寝る前にたっぷりつければあら不思議。たちどころに十代の頃の張りと艶が蘇るであろう」
「買うであります!」
「アタシも買うにゃ!」
「まあ、二人とも落ち着くがいい。クククク……。インターネットで一週間無料お試しセットを申し込んでから――」
「んっんー」
僕も思わず化粧水を買いますと言いそうになったところに、クロードさんの咳払いが聞こえ、半ばテレビショッピングのようになっていたオフィスが一瞬、静かになった。その隙を見逃さずクロードさんが先を促す。先っていうのは、もちろんテレビショッピングの続きじゃなくて、ここに集まった本来の目的の方ね。
「堂島博士、そろそろ本題を頼みます」
「なんだいなんだい。クロちゃんは相変わらずお堅いねえ。そのメガネのレンズくらいお堅いねえ」
「あなたの研究時間がどんどん消えていきますけど、いいんですか?」
「んがぐっぐ。そう言われたら返す言葉もないじゃないか。クロちゃんは、もう少し女心というものを学んだら……まあ、いいか。それでこそ佐々木蔵人だもんな。じゃあさっさと本題に入ろうとしよう。ワタクシが本題に入らなければ、宵雀のみんなはもちろん、せっかく軍部から来てくれた花ちゃんも、ただワタクシのトークショーに参加しただけになってしまうからね」
僕も一瞬忘れそうになったが、これはれっきとした会議である。ミーティングである。しかも外部の人間が二名もいる真面目なものである。だというのに、話が化粧水に流れ始めたものだから、このまま終わってしまうのかと思ってしまった。なんて危険なお姉さんなんだ。デンジャラス永遠の十六歳。ていうかさっきの化粧水、上坂さんに買ってあげたら喜んでくれたりするのだろうか。正式にお付き合いしますとか、なったりするのだろうか。「幼女に化粧水など不要」などと誰かのぼそぼそ声が聞こえてきたけど、聞かなかったことにしよう。




