連続幼女神隠し事件(3)
橋を渡り、街道を西に折れて直進。帝都の新しいビルディングと古い瓦の家々の景色が、飛ぶように流れていく。しばらく進んだ後、また北に折れて、やがて目の前に現れたのは、再開発からポツンと取り残されたような、一軒のトタン板の家だった。
「こ、ここにいるのかな?」
「幼女の匂いは間違いなく、この中に続いているでござる」
そのとき、ちゅんちゅんと鳴きながら、福太郎が現れて肩に乗った。福太郎の意図は分からないが、ともかく今は囚われの幼女たちを救い出すのが最優先事項である。それがたとえ、ゴザルくんの逮捕につながるとしてもだ。
さて、目の前。屋根は瓦だが、壁が波打っている平屋の出入口は、玄関、縁側、そして恐らくお勝手口もあるだろうし、大きな窓もあれば、そこからも出入りすることもできる。三カ所以上も出入りできるところがあるのに、こちらは二人しかいない。ということは、救出を確実に行うためには、まず、内部構造と人員の配置を十全に把握しなければいけないということである。応援を呼ぶにしても、二人で突入するにしても、だ。
まあ、ゴザルくんが幼女誘拐犯なら、この家には幼女がいない可能性が高いのだが、縁側方面の戸袋の影から慎重に顔を出した結果、果たして幼女はそこにいた。家族の協力で提供して頂いた顔写真とも一致する。間違いない。
ゴクリと唾をのみ込む音が聞こえた。
「(許せないでござる。幼女様が三名様も家にいるなんてうらやまけしからんでござる。拙者も混ぜて欲しいでござるよ)」
ゴザルくん、怒り心頭である。ぷんすかしながら小声で僕に囁くでござる。
「(落ち着け。幼女の他に誰がいるか見定めてから救出しよう)」
「(合点承知でござる)」
ここから見える部屋は一つ。恐らく居間である。向かって左には玄関と居間を隔てる扉、右手には襖があり、奥にはガラス張りの扉が見える。この家屋の外観からして、部屋は居間、台所、トイレ、風呂、そしてもう一室というところだろう。
居間にいる三人の幼女は、しかし、無表情に机を囲んで正座しているだけで、まったくお人形さんみたいである。
この辺りの住民から不審者だと思われないだろうかと心配しながら、しばらく顔だけ覗かせて観察していると、やがて奥のガラス戸が横に開き、白髪の老婆が現れた。その視線は幼女たちと、手に持ったお盆を見ていて、僕たちには気付いていない。
お盆の上に乗っているのは湯呑が四つと、あとはどら焼きだろうか。とてもおいしそう。
それを机の上に置くと、幼女が相変わらず無表情にめいめいに手を出し、食べ始める。どら焼きの中身はどうやら栗餡のようで、思わずヨダレが出てきてしまう。ゴザルくんが唾をのみ込む音が聞こえてきたが、どちらにヨダレを出しているのかは不明だ。
しばらく観察した後、顔を引っ込めて一軒家から離れ、ゴザルくんと話し合う。
犯人はお前だ、とゴザルくんに言ってみたいところではあるが、ここはぐっとこらえて、外堀から埋めていくことにする。
「犯人は、ゴザルくんだよね?」
言っちゃった。てへっ。
「ナナキ殿は何を言っているでござる。このような状況で冗談を言うのは感心しないでござるよ」
うう、怒られちゃった。
やむなくコホンと咳払いを一つ。
「うん、じゃあ簡単に情報の共有と作戦会議をしよう」
「ござるな」
「まず、内部にいるのは全部で四人。失踪した幼女三人と老婆だけで間違いないと思う」
「ござるな。あの居間の様子から、それ以外には人がいないように思うでござる」
「では、あの老婆はいったい何者なのか」
「幼女たちからはわずかに霊力を感じたでござるが、あの老婆から霊力は感じられなかったでござる」
「奇遇だね。僕もだよ」
肩の福太郎も、同意するようにちゅんちゅんと鳴く。
「そうなると、はたして彼女は犯人なのだろうか」
「それはないでござろう。いかに相手が幼女といえど、大人一人で三人も監視し続けることは難しいでござる」
「つまり、彼女は」
「犯人ではない。協力者である可能性はある。でござる」
いや、無理にござるをつけなくていいから。
それはさておき、僕としてもゴザルくんと同じ意見だ。だとすると、彼女は犯人に脅されているか何かで、幼女たちの世話をしているという推測になるのだが、そこにもやはり疑問はある。それもすぐに思い付くだけで二つ。
一つ目は逃亡の可能性を考慮していないことだ。縄で縛っているのでもなく、全く拘束しているようにも見えなかったのだから、三人もいれば一人くらいは逃げられるだろう。ましてや老婆ともなれば、逃走の成功率は上がりそうなものである。
二つ目は、そうだというのに、入り口や窓、或いは周囲に監視カメラや隠匿系の呪符の類いは一切見当たらないし、気配も感じ取ることができない。もちろん、高度な技術で感づかれないようにしている可能性はある。それにしたって、縁側の方向から覗けば、行方不明の幼女が簡単に見えるような状況で、しかも、どら焼きを振舞う老婆の顔には笑顔すら浮かんでいるというのは、やはり、どうにも腑に落ちないものだった。
「ゴザルくん、普通に呼び鈴を押して挨拶しようか」
「そうでござるな。拙者も全然分からんでござる」
そこまで思考を放棄したわけではないが、僕は老婆が幼女を害することはなく、ここに犯人もいないと断定した。
僕たちは無造作に玄関に近づき、その横についている音符のボタンをぐいっと押し込む。
ぴんぽーん、ぴんぽーんとチャイムが鳴る。
直後、中で人が動く気配がして、玄関の前で手帳を準備して待ち構えた。
「はい、どちら様ですか?」
愛想のいい表情と愛想のいい声で、先ほどの老婆が玄関を開けて顔を覗かせる。
「特殊警察・星読です。少々、事情を聞きたいことが」
「中に三人の幼女がいるでござろう? 拙者も混ぜて欲しいでご――」
僕の笑顔の裏拳がゴザルくんのみぞおちにさく裂し、彼は呻き声とともにその場にうずくまる。
そして老婆はゴザルくんなど存在しないかのように口を開いた。
「まあ、警察の。それはご苦労様でございます。……女の子たちのことでしたら、ここではなんですから、中へどうぞ」
――それから数日後。
結局、犯人のことは何も分からなかった。
老婆によればいつの間にか家に上がり込んでいて、口も開かないから世話をしていたのだという。
当然、老婆と幼女三人を本署にも連れていき、聞き取りや検査、あるいはアリバイの裏付け捜査などを行なったのだが、老婆のアリバイは完全に肯定された。
その他、老婆について分かったことと言えば、〈中川トキ〉という名前、年齢七十七歳、そして霊力を全く持っていない無霊力者であること、一〇年前に夫と死別していること、戸籍上それなりの年齢の娘と息子がいるが、二人とも中川トキさんとは同居しておらず、また連絡も取れないため、事件への関与は不明ということだけである。
幼女たちからは、微かに他人の霊力反応が検出されたが、術者も、使用された術の種類も特定には至らず、また、新しい失踪者も発生しなくなったことから、事件はいったんの幕引きとなったのだった。
「何も分からなかったね」
「何も分からなかったでござるが、幼女が全員無事だったからよかったではござらぬか」
「内心、ゴザルくんが誘拐したんじゃないかと思ってたけど」
「誘拐するなんてもってのほかでござる。拙者、ちゃんと幼女を口説く主義でござるから」
やっぱり、ゴザルくんが犯人なんじゃ……?